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ユウヒ

作者: 大熊 なこ

「付き合ってください」

 3日前の放課後、隣のクラスの豊永春という女子から呼び出され、言われた言葉だ。僕は、どうすればいいかわからなかった。なにせ、喋ったことの無い人からの告白など、人生ではじめてのことだったからだ。僕達は、1週間だけ付き合うことになった。所謂お試し期間というやつである。彼女もそれで、納得したようだった。


 僕は正直、彼女が変人でなければ付き合おうと思っていた。というのも、豊永春はちょっとした有名人だった。まだ始まってから3ヶ月という短い高校生活の中で、5人の男を作り5人の男に振られたらしい。「レンアイ」の「レ」の字も知らない僕は、そんな事を成し遂げられるのは、変人か淫乱のどちらかしかないと決めつけた。

 付き合い始めた当日に、僕はその答えを知ることになる。告白された流れで、一緒に帰ることになった時、

「私、夕日は嫌いなの。」

 彼女は、そう呟いた。

「夕日って、私を見てよってそうやって、ギラギラしている感じがするの。夕日は普通。美の象徴のような顔して、本当は夕日より、朝日のほうがオレンジって似合うのよ。」

 僕は、彼女が何を言っているのかよくわからなかった。つまり、彼女は変人だった。とてつもなく巨大なやるせなさに襲われた。こんなに顔がかわいいのに。おとぎ話の世界に生きてるんだ。こういう女子は、好かれない。世の中をツラツラと流れるように、流されるままに生きてる女子が、辛くても生きて、諦めながら生きてる女子が素敵なのに。

 僕は、夕日を眺めた。僕は、この世界に染まってはいけないと、そう思った。カラスがバサバサ、飛び立った。


 お試し期間2日目は、土曜日だった。僕達は、東京に遊びに行った。映画を見て、カフェで喋って……。やっていることは普通のカップルと同じである。一つだけ違うことがあるとするならば、それは、僕が一回も彼女の顔を見ていないということだ。彼女の顔をみてはいけない。彼女の顔は可愛すぎた。隣を通る男子はかわいいと呟き、見つめられた男子は顔を赤らめる。恐ろしい顔面なのである。僕は豊永春の世界に決して染められたくはなかった。そのためには、顔面を見ないという方法以外にできることがなかったのだ。

「すごく苦いのに、なんで大人はコーヒーが好きなんだと思う?」

 カップの中身をスプーンで混ぜながら、彼女は聞いてきた。ミルクが上手く混ざらないようである。

「知らない。」

 僕は、彼女の顔は見ずに、素っ気なく答えた。

「苦味という名の苦労を重ねてゆくうちに、苦みにいつのまにか慣れてしまうからだと思うの。」

 あさっての方向を向きながら答えてくれた。あぁ、浸ってるな。僕は自分の冷たい心を感じることしかできなかった。


 帰りの電車でのことだった。それなりに混んでおり、僕達の体は密着していた。彼女の体は柔らかくって、小さくて……。そんなことばかり考えてた矢先、僕はある人を見た。きっと彼女も同じ人を見つめてただろう。その人は、腕が1本しか存在せず、足は不規則な長さをしていた。揺れる電車の中、なんとかバランスを保っている。必死につり革に捕まり、補助の棒のようなもので体を支え、立っていた。その目の前にはイスが1席、ポカンと空いている。満員電車なのにも関わらず、自然に、誰も座っていない席がある。

『障害者には、席を譲りなさい。』

 頭に浮かんできたのは、電車の窓ガラスに貼ってある教え。

きっとその人は、座らない方が楽なのかもしれない。降りやすいのかもしれない。人間の当たり前の気遣いや考えを変えたいのかもしれない。自分はやれるのだと抵抗したいのかもしれない。とにかく、この状況をどうにかしなければならないと思った。僕はあのポカンと空いた席に座って、あの人を肯定しなければならないのである。けれど、僕は、動けなかった。周りの目という恐怖に怯えた。


 そのとき、僕と密着していたものが、離れていった。

 彼女は、豊永春は、動いたのである。


 豊永春は、人混みを綺麗にかき分けていき、そしてドスンと、その席に座り込んだのだ。ふと、見えた。彼女はとても、綺麗だった。


 駅に停車する度に、新しい乗員がくるたびに、彼女は訝しげに見られた。

 けれど、そんなことはお構いなしに、座り続けた。その人は、どんな顔をして駅を降りていっただろう。反対方向を向いていて、あまり顔は見えなかった。しかし、きっと、きっと、自分に誇りをもって降りることができたであろう。


 その後すぐに、彼女に告白をしたことは言うまでもない。僕は、彼女に夕日の美しさを伝えたいと思った。夕日はね、紫が似合うんだ。空が暗くなって、暗くなって。でも、抵抗をしてるんだよ。まだオレンジでいたいって。オレンジが反射した雲は、紫をおびた空と相性が悪い。けれど、こんなに美しいんだ。


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