92「凱旋、待ったなし」
すっかり日が落ちてしまいましたから、アイトーロルへ向かうのは翌早朝、という事になりましたの。
各々が疲れ果てていましたから、軽く食事をとったらすぐに眠りこけてしまいました。
焚き火を囲み、アレクとリザは並んで眠り、遠慮するカコナをレミちゃんが説き伏せレミロンカコナの順で三人並んで眠り、あぶれたジンさんはアドおじさんの隣で眠りました。
当然どのグループも、何か事が起こるなんてことはありませんでしたよ。
少なくとも私が見ている間は。
一足先にアイトーロルへ勝利を伝えに目を離しましたから、その間の事は分かりませんけれどね。
そして翌朝、一同はアドおじさんに別れを告げました。
「なんでぇ。オッサンも来りゃ良いじゃねえの」
「Tromper言うな。見るからに魔族の我輩が行くわけにはいくまいよ」
「んなこと言ったらロン――じゃなくてデルモベルトもそうじゃねえかよ」
皆の視線がデルモベルトに集まります。
そう言われればそうですね。
レミちゃんとカコナは今後どうするおつもりなんでしょう?
「あー。その事なんだがな。なぜかロン・リンデルの姿にも戻れるんだ。ほら」
カッ、とデルモベルトが一瞬の光に包まれると、そこにはロン・リンデルが。
さらに再び、カッ、するとデルモベルト。
「自由自在だ。何故だろう?」
『他の種族と仲良く出来る力……。それを男神デセスに求めたと言いましたね?』
「ええ。魔王となる際に」
『私はかつて、トロルの変身能力を使ってあちこちの諍いを治めて歩きました。人族の国アネロナでも、獣人の国トラベルミナでも、エルフの国セパアナでも、魔族の国ロステライドでも』
「――ん?」
『他の種族と仲良く出来る力とは、トロルの変身能力なのかも知れません。実際、当時私はどの国に行っても仲良くなれたものですもの』
「――私?」
え、あ、私、いま『私』って言いました?
『ち、違います。私じゃなくてファ――』
「婆さんが女神ファバリンだと!?」
「お婆ちゃま、ファバリン様」
レミちゃんが素早く片膝をついて屈み、ジンさんは額がつくほどの土下座スタイルです。
『ちょ、ちょっと止めて下さいよ』
「チビトロルババアなんて言って申し訳ありませんでした!」
そう言えば言われましたね。でも全然怒っていませんよ。なんと言っても私は、その全てが優しさで出来ていると言われる女神ファバリンですからね。
これ私が言い出した訳じゃありませんからね。ホントですよ。
『隠していた訳じゃないんですが、もう面倒なんでリザのひいひいひいお婆ちゃんって事にしといて貰えませんか?』
「……じゃ、俺の暴言も不問っすか?」
『ええもちろん。口調も今まで通りでお願いします』
あからさまにホッとした顔のジンさん。教会にバレたら大事ですものね。
リザはなんとなく察していたのか、私と目が合うとニコリと微笑んでくれました。
「さ! 帰ろ!」
◇◆◇◆◇
カコナを除くみんなは健脚ですからね、飛ぶように駆けてお昼過ぎにはアイトーロルが遠望できる距離までやってきました。
カコナですか?
デルモベルトに抱えられてますから何の問題もありませんよ。
お姫様抱っこなんでカコナは赤面しっぱなしでしたけど。
デルモベルトもロンに化け、ペースを落としてアイトーロルへ近付くと、国民が総出で出迎えていました。
凱旋って感じで悪くない気分ですね。
ニコラやカルベの顔も見えますね――って、おや? 珍しい顔が先頭で待ち構えていますよ。
「バカジーーーン!」
あら? てっきりアレクを待ち構えていると思ったのですが、ジンさんですか?
「ったく、なんだよキスニのバカ。俺に何のようだっつうのよ」
一同が近付いていくと、少しまだ距離があるのにキスニ姫が駆け始めてしまいました。
「バカジン! バカジン! バカジン!」
呪いの言葉を吐くかの様に、繰り返し同じ言葉を叫び続けるキスニ姫。
「ジン。キスニ転ぶと思うよ」
「おう。俺もそう思う」
「転ぶ前に行ってあげなよ」
「なんで俺が! おめえが行けよ」
「他の女の子に手を差し伸べろって言うの? リザの前だよ?」
アレクの言葉を、確かにそうだと受け止めたジンさんはロンへ目を向け、はぁ、と一つ溜息をこぼして小走りに駆け始めました。
ロンの左右に綺麗どころが侍っていましたからね。
「バカジン! バカジン! バカジ――あっ!」
アレクの予想通りにつまずくキスニ姫。
「よっ――と。バカはオメエだ、危ねえだろうが」
まぁ〜イカしてますねぇジンさんったら。
つまずいたキスニ姫を、フワリと上から抱き抱えてそう続け、優しく持ち上げストンと立たせました。
「バッ――、バカはバカジンだもん!」
「なんでぇ。俺のどこがバカだってのよ?」
割りとバカなところばかりを見てきたような気もしますが、今はちょっとそれは置いておきましょうか。
「し……心配したんだから! キスニに黙って魔王と戦いに行くなんて!」
「――お? おう、確かになんも言ってねえけど――」
そりゃあそうです。急に向こうからやって来ましたから。誰にも言いようがなかったとも言えますね。
「キスニに黙って危ないとこに行っちゃダメなんだから!」
体当たりするかの様に、キスニ姫がジンさんの胸へ! ドサリと尻餅をついたジンさんの胸にそのままキスニ姫も倒れ込みます!
これは一体なんなのでしょう。私たちは何を見せられているのでしょうか。
「ジン殿。キスニ姫はあれからジン殿にご執心なのでござる」
いつのまにか近付いていたノドヌさん。
「はぁ? あれからってなんだよ。全く身に覚えがねえんだけど」
「小手返しでござるよ」
「…………? 小手返し?」
あぁ、してましたね小手返し。
エスエスの件でボラギノ女史がキスニ姫を説得する際、でしたっけ。
「バカだと思ってたジン殿を見直して、それから急に意識しだして、顔を見に行こうとしたら魔王騒ぎで、なんだかんだで恋心が募った、だそうでござる」
…………まぁ、そういうものかも知れませんね。
そういうものですか? そんな娘いるんですか? 年寄りだからか私には分かりませんね。
「ジン……。無事に帰ってきたご褒美に――」
「な、なんだよ! とりあえずちょっと離れろって――」
キスニ姫がジンさんの体の上をよじ登るように迫り、その綺麗な顔を近付けて――
ちゅうっ!
しちゃいましたよ! ちゅうっ! 割りと時間を掛けた、しっとり潤んだちゅうを!
「…………………………でへ――バっ――バカなにやってんだ!」
「……見た?」「見たよ。ばっちり」
ジンさんにしなだれ掛かるキスニ姫を挟む様にレミちゃんとカコナがしゃがんでじっと見詰めていました。
「見たってなんだよ!? 俺がやった訳じゃねえだろうが!」
「デレた」「うん、デレた」
でへ、確かに言ってました。
「キスニ姫っていくつ?」「十五」
「ワタシらの事ガキ扱いしてなかった?」「してた」
「「ロリコン」」
「ちっ――ちがっ――だってこいつ! か、顔だけは可愛い――……はっ!」
キラキラと目を輝かせるキスニ姫が、がばりとさらに抱きしめて再びちゅうっ!
ノドヌさんがジンさんの肩をぽんぽんっと叩いて踵を返して戻っていきました。ボラギノ女史へ報告に行くのでしょうか。
ジンさん、これはもう待ったなし、ですかね。