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79「おでこにそっと」


 アイトーロルから真西へ向かうと魔の棲む森があり、さらにその真北に聳えるのが北ネジェリック山脈、真南に聳えるのが南ネジェリック山脈。


 その北ネジェリック山脈に多く棲む魔竜。

 フルがそれを捕らえてアイトーロルを襲わせるのを阻止すべく、リザはこれから駆け通しとなります。



「出来た。似合う」


 ()()()()()っぽいアレクの二度目のプロポーズにリザが応えたあと、走るのに邪魔だろうとレミちゃんがリザの髪を結えてくれていました。


 よく考えたらアレって普通は主役二人が立てるものじゃありませんよね。きっと平気でしょ。分かりませんけど。



「レミさん、ありがとうございます。どうでしょう、似合いますか?」


 頭の後ろで大きめの三つ編みに編まれたリザの紅髪。良く似合っています、イメチェン成功ですね。


 訓練用の簡単な革鎧だけを身に付けていますから、兜や鉢金なんかはありません。結えた方が具合良さそうです。



「――とっても似合うよ! 素敵! も、もっかい……」


 ふわわわわわ、と口走って頬を染めたアレクがもう一度リザに抱きつこうと近づきましたが、特に空気を読まずにジンさんが口を開きました。


「おい、姫さん! これ持ってけ!」


 ジンさんが小さなバッグをリザへと放り投げて渡します。

 なんでしょう? 婚約祝いかしら、なんて言ってみたりして。うふふ。


「心配すんな、大したもんじゃねえよ。残りの干し肉ぜんぶだ。俺らはあの(かって)え魔物の肉焼いて食うからよ」


「この干し肉だって(かった)いけどね」


「うるせ。無いよりゃいいだろが」


 ジンさんってこういう気は回るし、普通にしてれば良い男よねぇ。ちょうどいいバルク、精悍な顔付きに少しの無精髭、長過ぎず短過ぎずの無造作ヘア。


 これで()()()じゃなかったら――


 ――いえ、そこもジンさんの魅力ですよね。



 バッグを腰に括り付け、リザがお礼を言います。


「助かりました。実は今もうすでにお腹空いておりまして……」


「おう、気にすんな。それなら走りながらでも喰えるだろ」



 ありがとうございます、と伝えたリザは、再びアレクの方へ向き直って膝をつき、視線を合わせて優しく言います。


「少しの間、行って参ります。アレクの事ですからきっと平気でしょうけれど、気をつけて下さいね」


「僕は平気さ! リザこそ、ぜっったいに怪我なんかしないでよ!」


「任せて下さい。約束します」


 口約束に過ぎませんが、二人はもう婚約者同士。

 なんだか感慨深いものがありますね。


 再び軽く抱きしめ合った二人、リザがアレクのおでこにそっと、ほんの少しだけ唇を触れさせて、そしてゆっくり体を離してリザが立ち上がりました。


 きゃー! リザ! 貴女凄いじゃないですか!


 二人ともお顔が真っ赤。こんなアンバランスで可愛いカップル、私は見たことありませんよ。


「では行って参りま――」


Attends(あっとん)!」


 ちょっと待った! ですって。もちろんアドおじさんです。


「トロルの姫よ、悪いんだが俺様にも癒術をお願いできまいか!?」


「どの口が言いやがるんだよ、おい、アドのおっさんよぉ」


 ジンさんの言う通りですねぇ。このタイミングでそれはなかなか言える事じゃあないですよ。


「いやいやいや、みなまで言うな、分かっとるんだが痛いんだよ! オマエに殴られたところが!」


「構いませんよ。……構わないかしら?」


 リザがアレクへお伺いを立てますが、ニヤニヤぽやぽやした顔のアレクが指でオッケーを出しました。


「えー? 別に良いんじゃなーい? レミのヒモさえ解かなきゃ〜」


 という事で、リザの癒術が炸裂します。怪我だけを癒す程度の弱癒術ですけれど。


「感謝する、トロルの姫よ。()()と言うわけではないが、一つ助言をしたいがよろしいか?」


「伺います」


「フルの特異体質は知っておられよう。貴女のその戦斧の刃ではフルの核を斬るのは難しい。その点、何か策がおありか?」


「はい。わたくしなりに、ですが」


 そう言ったリザは、背に負った戦斧をぽんぽんと手で叩いて見せました。


「なるほどな、これは差し出がましい事を申した」


 ニヤリと笑うアドおじさん。なんだかよく分かりませんが、二人の考えは同じの様ですね。


「では今度こそ、行って参ります! 皆様、お気をつけて!」


「うん! リザもね!」「おう、姫さんもな」「リザ姫ファイト」



 筋肉痛はまだ酷いだろうと思いますが、それを全く見せずにリザが北を目指して駆け出しました。



「おう、アドの旦那。良いとこあるじゃねえの」


「何がだ。身に覚えがないわ」


「ほんとはもうあんま痛くなかったクセによ。小粋だねえ」


「だ――黙れ小僧が! ただ、な、応援したくもなるだろうが」


 もうずいぶんと小さくなった、三つ編みを揺らすリザの背中からアレクへと視線を移したアドおじさんがそう告げました。

 ほんのり頬を染めながら。




 さ!

 私も仕事しなくっちゃね。

 ニコラ達にも出張(でば)って貰わなくっちゃ!



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