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23「本命、対抗、穴に大穴」


 リザはニコラを呼び、一人で指揮できる範囲の警備を行うようにと、アレクを牢から出すように言いつけました。


 私はもっと渋ると思ったんですけれど、ニコラも慣れたものでね――


「儂一人ならばせいぜい二分隊までの指揮。一分隊は待機のほとんどいつも通りの稼働ですな」


 そう言って一つはあっさり請け合って――


「アレク殿――いや、この犯罪者殿は出しませぬ。これだけは譲れませぬぞ」


 もう一つは断固として取り合いませんでした。


 まぁそりゃそうでしょうね。

 いくら勇者と言えども一国の姫を拉致しようとした輩ですから。はっきり言って重罪人ですものねぇ。



「しょうがありませんね。ではわたくしがロンを呼んで参りますわ」


「え、なんでなんで!? 誰か人をやってリザは僕とここで待てば良いよ!」


「……アレク。わたくしは国民たちと同じに、この自らの手でこの国を護るトロルの姫でございますの。これしきのことで誰かの手を煩わせはしませんわ」



 そう言ってくるりと背を向け牢をあとにしたリザへ、ポツリとアレクが呟きました。



「知ってるよ、僕はそんなリザのことが大好きなんだもん……ちぇっ」





 大きな体でのしのしと街の広場までやってきたリザですが、どことなく自信なさげな素振りです。

 広場を越えてもう少し歩けばロンが常宿にしている三番亭だからですかね。


 女神ファバリンの大木で少し足を止めて祈りを捧げて、そしてリザは意を決したように三番亭へと歩を進めました。



 辺りはすでに、早朝と言うよりは普通に朝。


 チラホラと行き交う国民たちが、そうは言ってもまだ早い朝の街をうろつくリザの珍しい姿を目で追っています。すでにそれなりに目立っていますね。


 そんな国民の視線に気がつく様子はないリザでしたが、三番亭の前を二度三度と行きつ戻りつして、「ヨシッ!」と大きな拳をギュッと握って気合いを入れて扉を開き(おとない)を告げました。



 それを見ていた国民たちが僅かに色めき立ちます。


 なにせ、昨夜広まった噂に出てきたうちの一人『美青年人族』が泊まる宿だとみんな知っていますからね。


 何を隠そう、国民たちが密かに『本命』と噂しているのがロンなんです。

 え? 本命がロンなら対抗は誰か?


 それがね、対抗はカルベなんですよ。で、穴がアレクで大穴がジンさん。


 笑っちゃいますよね。


 けれど国民たちにしてみれば重大事。心から慕う自分たちのお姫さまのお相手ですからね。


 トロルたちの気持ち的には一推しは勿論カルベなんですけどね、十年前のはぐれ魔竜騒ぎでのロンの活躍を覚えているトロルも多いですからね。


 さらに昨日の広場での雰囲気も大きいんですよねぇ。


 本当はトロルであるカルベを推したいんでしょうけど、(はた)から見ていたトロルたちもカルベよりロンを優勢と見たらしいです。


 まぁ、私なんかもそう思いましたけどね。






「ははぁなるほど。そんな事になっていましたか。それは申し訳なかった」


「いえ、ロンのせいではありません。ただ、このままにしておくには(いささ)か問題がございますから」


「でしょうね……。それで? リザ姫と勇者殿の間で結論は出ているのですか?」


 三番亭のロンの部屋です。

 やはり少し分かりにくいですけれど、リザの頬はかなり赤みを帯びているようですよ。


 ただでさえ殿方とお部屋で二人っきりなのも未体験なのに、しかもお相手があのロン・リンデルなのですから。



「大筋ではそれぞれがこうしたいという話をしたところで、まだ結論には至っていないのが現状なのです」


「ではどうします? このままここで話を詰めて勇者殿に報告でも良いように思いますが?」


「……その、申し訳ないのですが、ロンにもご足労頂いてトロルナイツ詰所までご一緒して頂いても構いませんか?」


「もちろん構いません。姫の仰せのままに」


 片膝を折って(かが)み、右手を胸に当ててそう言いました。芝居がかったような仕草ですけど絵になりますね。

 

 少し気障(キザ)に思うかもしれませんが、ロンはロンで、魔族の姿から人族の姿へと変わったせいもあるんじゃないかしら。


 元魔族でさらにはその頂点である魔王だった筈のロンですけれど、どうやら本当に人族や他種族とのやり取りが楽しくてしょうがないらしいの。


 昨夜からちょこちょこロンの様子を伺っているんですけど、十年前を知るトロルおばあちゃんにお礼を言われて微笑んだり、三番亭の食堂でたまたま相席になった猪獣人おじさんとお酒を酌み交わしたり、ずっと愉しそうに笑みを絶やしません。


 心の底から、人族の姿になった――いえ、魔族の姿でなくなった事を楽しんでいるらしいのです。





「ロンにこちらに来て頂きましたわ」


「遅かったじゃない! 二人で何やってたのさ!」


「貴方が心配するような事は何もありませんよ」


 アレクはほんのりと頬を染めつつそう言うリザからロンへと視線を移し、フーッ! と犬がやるように毛を逆立ててみせました。


 まぁ、なんでしょう。怖いというより可愛らしいって感じです。せいぜい怒る子犬ですね。



「お前は怒っているらしいが俺の方が怒るところだと思うぞ」


「何がさ」


「俺はお前に一度殺され、さらに昨日は蹴り倒されたのだぞ」


「ふん! そんな事が何だよ! 僕のリザと仲良く二人っきりで過ごしたクセに!」



 …………完全にただの子供ですねぇ。

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