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最終章 少女の決意

……何ヶ月ぶりの更新だ? これ。


今まで放置しててすいません。

 朝起きると、そこはどことも知れない異空間――なんてわけはなく、いつもと変わらない自分の部屋の天井が見えた。


 ……夢を見た。とても悲しい夢だ。どんな夢だったかは詳しく覚えていないけど。


 十中八九、祈の過去話を聞いたからだろう。こんな夢を見たのは。


 仰向けになっている体を上半身だけ起こした。


 祈の姿が見当たらなかった。


「……」


 しかし予想はしていたので、大して驚きはしなかったが。


 慌てず騒がず、部屋の中を見渡す。


「……何で?」


 祈は、机と椅子の間の空間にいた。一体、どうやってその隙間に入ったのだろうか。不思議だ。


 祈の寝相は最早悪いとかいう次元を超えていた。十分におかしいと言えるレベルだ。


 寝相の悪さを競う選手権でもあったら、軽く優勝をさらっていくだろう。


 全国から、選りすぐりの寝相が悪い人達が会場に集まる。


 会場には、床を敷き詰められるほど馬鹿でかい敷布団が敷いてある。


 全員が定位置について、就寝。


 一定時間の後に、最初にいた場所から一番離れていた人が優勝。


 …………なんじゃそりゃ。自分で考えておきながら、そう思う。


 今日は学校も休みだし。もうちょい寝かしてやるか。……寝相も少し興味があるし。


「……」


 どんな動き方をするんだろうか。


 そうやって見ていると、祈が机と椅子の間から這い出してきた。さながら、芋虫のごとく。……起きてないか? これ。


 のそのそと部屋の中央に移動すると布団に潜った。


 布団を体に巻いて、横になる。そのまま祈は何度か寝返りをうった。


 机と椅子の間からの出てき方は凄かったが、その後は存外普通だった。


「……ちょっと拍子抜けだな」


 恐らく入り方も出てきた時と同じで、這っていったんだろう。


 何度目かの寝返りの後(短時間で寝返りの回数多すぎだろう)、俺の足元に転がってきた。


 その拍子に、祈の手が俺の寝巻きのズボンに当たり、それを祈が掴んだ。


 確か赤ちゃんには手のひらに触れた物を掴むって反応があった気がするが……。


 掴まれたズボンを離そうと、足を動か……せなかった。異様なほど強い力で掴まれていたのだ。


 びくともしない。もしかして、能力を使ってるのか?


 何度かトライしてみるものの、まるで柱か何かに繋がれているかのように、動かない。


 しょうがない。祈に起きてもらうしかないな。


「まじゅ……!?」


 魔獣だ、と言おうとした瞬間だった。俺のズボンを掴んだまま、祈は寝返りをうった。


 能力使用中の、馬鹿力で。


 俺の体は、簡単に宙を舞い、そのまま床に叩きつけられた。


 否応なしに俺は二度寝をする羽目になった。




「……ん?」


 俺が次に見た光景は、最初に会った時に着ていた、黒衣に“着替えている途中”の祈の姿だった。


「……」


「……」


 無言のまま、祈は机の上に置いてあった辞書を掴んだ。


 どうやら、もう一眠りする事になりそうだ。


 ……もの凄い短時間で、覚醒と昏睡を繰り返し、三度寝から目覚めた時には、祈は完全武装していた。


「……えーっと?」


 状況が飲み込めなかった。


「……決着をつけに行く」


 祈は落ち着いた声で言った。


 その言葉の意味する事はすぐに分かった。


「アルカナと、か……」


 祈は無言で首肯した。


「よし、じゃあ待ってろ。俺もすぐに着替え――」


「レイ、今までありがとう」


「なん、でっ……」


 俺の意識は、そこで途切れた。






 ……これで良い。


 倒れているレイをベッドに運ぶ。


 レイ、怒るかな。


 きっと怒るだろう。そういえば、レイが怒る所、見た事がないな。


 コートの中から、小さな飴玉サイズの球体の物体を取り出す。“科学班”の一人に、自分が内密で作らせた物だった。


 能力を簡単に感知されないようにするアイテムだ。欠点として、能力が行使できなくなる。


 気を失っているレイに、無理矢理飲ませた。


 それから窓を開けて、そこから屋根へ上る。


 そう、これで良い。


 わたしはこの世界で、誰とも出会わなかった。索敵の能力者なんて知らない。


 ――尾崎令との出会いをなかった事にする。それが、少女が出した結論だった。


 機関に入れば、必ず地獄を見る事になる。


 きっと、レイには耐えられないだろう。


 さっきの反応を見る限り、レイは機関に入る事を決心したのだろう。


 最初はレイを、無理矢理にでも入れようかと思った。


 その決意が揺らいだのは、いつからだろうか。そして、その理由は何だったのだろう。


 ――本当は分かってる。


 暖かかったんだ。


 レイの優しさが。


 レイだけじゃない。レイの友達、家族、みんなの。


 今まで感じた事のない暖かさ。


「レイ……」


 屋根から屋根へ飛び移りながら、目的の場所へと向かった。




 休日の学校は、やけに人が少なかった。というより、無人である。


 学校の敷地に沿うように、“結界”が張られていた。侵入を拒むものではない。その役目はむしろその逆、人払いの結界だった。


 こんな事ができるのは、一人しかいない。


「ようこそ、一番目」


「アルカナ……」


 校庭のど真ん中に、アルカナな立っていた。


「ねぇねぇ、千里眼の能力者はどうしだの? てっきり一緒に来るのかと思ってたけど」


「……誰の事?」


 刹那、機関の一番目がアルカナに肉薄した。


「うおっ!?」


 アルカナは刀による斬撃を咄嗟に左へ避けた。






 ――全てを『なかった事』にしたいのならば、素直に令の記憶を消せば良かった。


 しかし、彼女はそれをしなかった。……いや、できなかった。


 或いはそれは、我侭なのかもしれない。覚えていてほしいと。その願いは。


 闇から闇へと。機関の者達はそう生きていく事を義務付けられる。望む望まないにかかわらずだ。


 少女は前者だった。理由は、前に令に話した事そのままだ。


 何よりも生きる事が過酷な世界。そこから抜け出せる。元より命がけなのは変わらない。


 だからこそ、彼女は望んで機関に入った。


 だが。


「くっ!」


 最初こそ優勢だったが、今は目に見えて不利だ。


「魔獣め」


 二対一。新たに魔獣が乱入してきた。いや、呼んだと言ったほうが正しいか。


 戦う理由がなかった。


 今までは、戦う事と生きる事はイコールだった。だが、機関に入ってからは違った。


 世界の危機だとかアルカナだとか、そんな物、少女には何の関係もなかった。ただ戦っていた。他に何もない。


 戦っている間に、何度も恨まれた事もあった。圧倒的に数は少ないが、感謝される事もあった。


 そんな中、少女は何を感じ、何を思ったか。


 世界を守る。それが機関の目的だ。加担している気は、まるでなかったが僅かながらに、少女もその影響を受けていた。


 生きている理由とはならなくても、当面の戦う理由にはなりえた。……あるいは、誤魔化しだったのかも知れない。


 それでも。


 少女は戦い続けた。異例のスピードで番号持ちとなり、一番目となるまでに至った。


 一人で戦い続けた。


『テメーは生きてんのか?』


 同じ番号持ちが、少女に向かってそう言った事があった。それは、少女が番号持ちに入ったばかりの頃。


『……』


『何言ってるか分からねぇって顔だな。確かに、お前は生き物としては生きてんだろうさ。だがな、お前は、“人として”は、生きてんのか? 俺には、お前が死んで見えるぜ』


 あの頃はその言葉の意味が何一つとして理解できなかったが、今なら分かる。


「確かに、あの頃のわたしは、死んでたよ。でも今は違う」


 倒すべき相手を見据える。


「“五番目”、見つけたよ。戦う理由……生きる、理由を」




 尾崎令は走っていた。祈が向かった方角は、窓から見えたから、分かっている。


 意外と早く目が覚めた。気を失っていたのは、殴られてから祈が窓から出るまでの数十秒だけだ。


「変な物飲まされるしよ……」


 目が覚めてすぐに、何かを飲まされている事に気づいた。


 うまい具合に吐き出す事ができ、今はポケットの中だ。これの正体が分からないうちに、捨てるわけにもいかない。


 向かった場所は、学校。


 ……祈が、一人で決着をつけに行った事。


 理由は明白。要は邪魔だって事だ。俺の存在が。


 戦えないのだから、当たり前だが。


 道を右折し、校門まで数メートルを残すだけ。


 今いる場所からも、校庭の様子が見えた。


「祈!!」


 俺は、走り出した。




「祈!!」


 その声が聞こえた瞬間、少女は耳を疑った。


 何で、レイが……? そう思ったのもほんの一瞬だ。


 魔獣――人型をした巨躯の化物が、手にした棍棒(のような物)を、自分に叩きつけてきたのである。


 強化したままの筋力で、魔獣の攻撃の射程範囲外までバックステップをする。


 魔獣から距離をとると、ちょうど、レイの近くに着地する事ができた。


 振り返る事なく、レイの首根っこを掴み、そのまま全力で、走った。


「浮いてる!? 浮いてる!?」


 レイが騒ぐが、無視して校舎の裏に隠れる。


「どうしてここが分かったの!?」


 能力は封じたはずだ。索敵されない代わりに、能力も使えなくなっているから、こことは分からないはず……。


「祈がこっち行くのが見えた」


 それを聞いて、全身の力が抜けるかのようだった。


「……」


「で、緊急の所悪いんだけど、これ、何?」


 そう言って、レイがポケットから出したのは、あの球体。


 能力を含めた異能を封じ、索敵されなくなる物だという事をレイに説明し、レイも飲み込む前に吐き出したと言った。


 しくじった。失敗もいいところだ。


「色々言いたい事はあるけど、後回し。今は目の前の敵を倒すのが先決」


 余計な事を考えるのも、怒るのも後回しだ。


「祈、耳貸せ」


「耳は貸せない」


「そうじゃなくてだな……。作戦とまではいかないが、ある考えがある。うまくいけば、アルカナを無効化する事ができる」


「え?」




 校庭まで出ると、アルカナがそこに立っていた。


「敵の前に一人で出るなんて、良い度胸してるねぇ」


 令に向かって、アルカナは言った。


「……敵じゃねーよ」


「……どういう事だい?」


 アルカナが俺の言葉に反応して動きを止める。


「お前だって、索敵の能力者(おれ)がほしいんだろ?」


「じゃあ、こっち側についてくれるのかい?」


 よし、掛かった。


「アルカナの目的は何だ? 破壊とか創造とかいってたけどよ」


「そんな事言ったかな?」


「…………」


「冗談だよ、冗談。……アルカナの目的。それはね」


 奴は俺の周りを歩きながら、続けた。


「今ある世界を壊して『完全なる世界』を創る事さ」


 俺はアルカナが近づいた隙に、相手の襟を掴んだ。


「お前馬鹿だろ」


 僅かな硬直の瞬間に、俺は握っておいた球状の物をアルカナに飲み込ませた。


「何を飲ませた!?」


 急いで俺から距離を取ると、アルカナは俺を睨んだ。


「“封印球”。そのままの名前だな。効果は、説明しなくても分かるよな?」


「貴様、ボクらにつくんじゃなかったのか!?」


「誰がそっちにつくって言ったよ? 見事に引っかかってくれた上に素直に目的までばらしてくれて、ありがとさん。祈!」


「もう来てる」


 俺のすぐ横に、祈の姿が現れる。


「……ッ、ギガース! 来い!」


 アルカナが叫ぶ。しかし、その声に答える者はいなかった。


「ギガースって、あの巨人の魔獣の事か? そいつなら、俺とお前が話してる間に祈が倒したよ」


「……な、に?」


 祈が刀をアルカナに向ける。


「これで終わり」


「……これで終わったと思うなよ。ボクは末端でしかないからね。ボクを倒しても、アルカナ二十二位がお前達を……」


 スッゴイ悪役(しかも雑魚)の台詞だった。


「……『これで終わったと』まで聞いてた」


 ボソッと祈が呟いた。それって最初じゃん。


「貴様ァ!!」


 怒って当然だとは思うが……。


「レイ、目、瞑ってて」


 祈の指示通りに目を瞑ると、その瞬間、血しぶきの音がした。




 何とか戦いは終わった。


「それじゃ、祈。聞かせてもらおうか。何で俺の能力を封印しようとしたんだ?」


 その場に座って、俺は祈の話を聞いた。


「……あれを使えば、能力が使えなくなる代わりに、機関やアルカナから狙われる事もなくなるから」


「祈は俺の事を連れて行くんじゃなかったのか?」


 祈は首肯した。


「でも、今は違う。レイに、こっちにいてほしくなったの」


「は?」


「……だから、レイには、機関の戦士としてじゃなくて、ここで普通の生活を送ってほしくなったの!」


 祈の急な考えの変化に、俺は戸惑っていた。


「祈……」


「……わたしは、レイを連れて行きたくなんか……巻き込みたくなんか……」


 後半は、涙声で良く聞こえなかった。


「……祈」


 そっと、俺は祈を抱きしめた。何か、言わなくては。そう思った時。


「熱いねぇ、お二人さん」


「「!?」」


 いきなり声がした。見ると、すぐ側にもう一人、機関のコートを纏った青年が立っていた。


「……五番目!」


「よう、一番。帰りが遅いからって来てみたら、結構ややこしい事になってやがったな」


 青年が俺の方を向いた。


「索敵の能力者か」


 ……全てバレているようだ。


 青年は再び祈に向き直った。


「にしても一番お前、あん時より随分生き生きしてんな。良いじゃねぇか。俺は昔のお前より、今のお前の方が良いと思うぜ」


「何しに来たの、五番目」


「お前を連れ戻せ。そう言われた」


 青年はやれやれ、というように両手を振った。


「全く、“封印球”なんてモン、いつの間に作りやがったよ。上の連中にバレたらただじゃすまねーぞ」


「……」


「機関への裏切り行為とみなすぞ」


「おい、お前、裏切りってどういう事だよ!?」


 俺は青年に向かって叫んだ。


「……俺達にゃ、能力者を見つけたら報告して本部に連れて行く義務がある。それを放棄して、あろう事か貴重な能力者を手放そうとしやがった。十分裏切りだ」


「そんな……」


 祈が俺のためを思ってしてくれた事は、全部裏切り行為だっただと。


「“本来なら”上に能力者の事を報告して、お前の身柄を拘束しなきゃいけないんだが……」


「レイには手を出すな!」


 祈が、俺をかばうように、前へ出た。


「……一番、そいつがお前の生きる理由か?」


 祈は無言で頷いた。


「…………分かった。こいつは上に報告しない」


「五番目!」


「ひとまず帰るぞ。一番」


 そう言って五番目は背を向けた。祈が、それに着いて行く。


「祈!」


「レイ、今までありがとう。本当はレイと一緒にいたいけど……レイには危険な目にあってほしくないから……ごめんなさい」


 そう言い残して、祈は、俺の前から去って行った。

最終章ですが、まだ続きます。エピローグが残っているので。

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