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第六章 過去

 気絶させて、記憶を消去した後瞬を、家まで運んだ後俺達は帰宅した。


 祈が居る事について、母は何も言わなかった。既に母の中では祈が居る事が、当たり前になっっているのかもしれない。


 階段を上って俺の部屋へ。後から祈も着いてきた。


「色々訊きたい事があるんだけどとりあえず……」


 後から入ってきた祈は、今は高校の制服姿だ(とにかくそのままだと目立つ)。コートをどこに仕舞ったかは分からないが。


「機関最強、って、どういう事だ?」


 俺の質問を聞いた祈はたちまち驚いた顔――具体的に言えば、いきなりそれを訊くか、といった表情――をした。


「……機関にはアルカナほどじゃないけど、かなりの人数の“戦士”がいるの」


 いわく、人数や規模でアルカナに負けているのは、機関がアルカナの対抗組織であるからだそうだ。


 つまり、アルカナの悪事を静めるための組織だから、機関という組織が生まれたのは、アルカナが生まれた後。ゆえに、機関はいつも後手に回っているそうである。


 機関には一般人に余計な混乱を招かないように、アルカナ及び魔獣を秘匿させる義務があるという。


 だからこそ目撃者の記憶の消去、改竄かいざんや、場合によっては目撃者自体を殺す事もあるらしい。


 その中で、特に戦いを中心に活動する人達を戦闘班と呼び、更にその中で最も強い十人を“番号持ち”と言う。


「そして番号持ちの中でも順番があって、数字が小さいほど……強いの」


「……」


 祈が初めて名乗った時、彼女は自分の事をこう言った。“一番目”と。


「機関……最強……」


 とてもそうには見えないんだが。


「うん……」


「……」


「……」


 なぜかお互いに沈黙してしまった。


 つーか、今更だが、自分の部屋で同世代の女の子と二人っきり……。


 よくよく考えると、不味くないか?


「祈」


「レイ」


 同時だった。


「レイから」


「祈から」


 どこの漫才だ。


「そろそろ夕飯よ~」


 母の声が一階から聞こえてきた。




「……母さん、うちのエンゲル係数どの位上がった?」


「……?」


 祈は朝にもまして凄まじい食いっぷりを見せてくれた。あの細い身体のどこにあれだけの質量が入っているのか。


「だとすると、圧縮率は……」


「令?」


「レイ?」


 その変なものを見るような目をやめてくれ。


 まあ、とりあえず、この食いっぷりは、人体の神秘という事にしておこう。




「ねえキミ、アルカナに入らないかい?」


 夕食後、一人になった俺(祈は風呂に入った)はアルカナのその言葉を思い出していた。


「これは真面目な話なんだけどね、どうせこのままじゃキミ、殺されちゃうでしょ?」


 ……。


「殺されないにしても、自由を奪われて生きる事になる。死と隣り合わせの中でね」


 確かに、このままだと、祈に機関とやらに連れて行かれてしまう。最悪の場合、殺される。


 アルカナ側につけば、死という最悪のパターンだけは防げる。……六十億人の犠牲の上で。


 しかし、その犠牲の中には瞬や有紗もいるのだ。


「……レイ」


「っ!」


 不意に声を掛けられた。


「……祈。どうした?」


 見ると、祈がちょうど風呂から上がってきた所だった。


「お風呂、空いた」


「あ、ああ。分かった。すぐ入る」


 すっかりこいつはうちの一員だな。完全に溶け込んでやがる。




 風呂から上がると、祈が部屋の床に座って、目を瞑ってじっとしていた(瞑想?)。これは邪魔しないようにそっとしておいた方が良いのだろうか。


「レイ」


 目を閉じたまま、祈は俺を呼んだ。


「何だ?」


「昨日の約束」


 なんかあったかな……。


「話すよ。わたしの過去」


 そう言えば、そんな約束があったな。





 祈の故郷は、科学技術とは全く無縁の世界だった。電気すらない、そんな世界である。


 そんな所で、祈は生まれた。


 法律に当たる物がなく、その世界全体を通して無法地帯だった。


 盗み、殺し、その他罪とされる事が、その世界では咎められる事はなかった。


 その世界で信じられるのは、自分自身のみ。血生臭い事など日常茶飯事。


 身を守る為の殺しもあったし、そうでない殺しもあった。


 そんな、自分しか信じられない世界でも、手を取り合って生きている者達も居た。


 孤児達だ。親から捨てられたり、親を殺されてしまった者達が、グループを作りそこかしこで、日々を生き抜いてきた。


 その中のある集団に、祈も居た。


 その頃は名前なんて物がある事さえ知らなかった。親の顔なんて覚えていない。両親はどうなったのか、死んだのか、まだ生きているのか、それすらも分からない。


 ――とにかく、祈の所属していたグループは、他のグループと大して変わらない、七~八人くらいで、形成されていた。


 基本的に、同じグループの子供達同士は協力関係にある。仲間であり、友人であり、親の居ない彼らにとっては、集団は“家族”であった。


 祈――黒髪の彼女を除いては。


 日本でこそ黒髪は当たり前だが、その世界では黒い髪は全くと言って良いほど少なく、珍しがられたかと言うとそれは違う。


 仲間外れ。いじめ。同じグループの中で、彼女の仲間と呼べる人物は皆無だった。


 孤児の集まりであるこの集団では、一人増えただけでも、致命的だ。そもそも強奪などの方法でしか食料を得る事が出来ない。


 必要以下しかない貴重な食料を、“黒髪をした異端者”に分け与えるなどと、彼らに出来るはずもなかった。


 他の者は少ない食料を分け合っていたが、分けてもらえる食料もない彼女は、独りきりで生きてきた。


 居ても居なくても変わらない。


 少なくとも同じグループに入っていれば、歓迎されはしないだろうが彼らの寝床を一緒の使う事が出来る。


 それに、今更別のグループを探した所で、どこも似たり寄ったりの反応しかされないだろう。


 そんな理由から彼女はこのグループで生きてきた。


 幸か不幸か、生に対する執着は誰よりも大きかった。


 必死だった。残飯も漁った。雑草も食べた。


 生きる事だけ考えた。生き残る為に生きた。


 死にかけた事なんて何回もあった。死んだ方がマシだと思った事もあった。


 それでも生き抜いてきた。この手を血に染めた。殺した相手の屍を漁った。


 同じグループのメンバーから裏切られもした。帰る所がなくなっても必死に生きた。


 金を貰って人を殺した。懸賞金の為に人を殺した。自分が殺した者の人数も忘れた。


 そんな事を続けていたある日の事だった。黒コートの男と出会ったのは。


「はじめまして、黒髪の人」


 そんな言葉と共に現れた男は祈に交渉を持ちかけてきた。


 内容は単純明快。機関に入って自分達に協力しろ、という物。


 祈はこの提案を二つ返事で了承した。居・食・住が全て揃っているという理由だけだった。


 それからは殺す相手が人から魔獣に変わっただけ。


 生活が安定しても、彼女は生きる事以外は考えなかった。


 生きる事、戦う事以外に、自分自身を見出す事が出来なかった。






「……祈」


「わたしは、ずっとそうやって過ごしてきた」


 ……これが祈の過去。過ごしてきた、軌跡。


 時折見せる、子供っぽい歳不相応の行動や言動……それはやはり祈の本当の姿だったんだ。


「祈……」


「だから、ずっと自分のしてる事に理由が欲しかった」


「理由……?」


「そう、理由。ずっと生きる事しか考えてなかったから……何の為に戦っているのか……」


  祈は、故郷で暮らしていた時から、ずっと考えていた事があったと言う。


 死にかけた頃。死んだ方がマシだと思った時。


 『どうして生きてるんだろう?』


 幼い頃から考えていたと。祈はそう言った。


 どうして生きてるんだろう?


 ……生きる事に対して疑問を抱く。どれほどの事を経験すればそういう事を考えるようになるのだろう。


 俺だって、何か嫌な事があって、毎日が嫌になる事もある。


 けれど、本当の意味での“死”を考えた事は一度もない。


 それはきっと、未来に対して希望があるからだ。


 だけど、祈にはそれがない。……希望、夢がないんだ。


 どうなるか分からない明日の事よりも、今の一瞬一瞬に全力を注がなければいけない。そこに夢やら何やらが入り込む余地などない。


 そんな事を考えるくらいならば、いかにして今日の分の食料を入手するか考えるべきだ。


 そんな世界で生きてきたのだ。祈は。


 誰一人仲間が居らず、誰一人頼れず、独りぼっちで。


 俺はそっと祈に近づいた。


「レイ?」


 そのまま祈を抱き寄せた。


「レイ!?」


 祈がそんな慌てた事を上げた。


「つらかったな。苦しかったな」


 近くで見た祈の首筋や、服から見えている背中には、無数の傷があった。深い傷痕も、そうでないものも。


 それだけで、祈が送ってきた人生が、いかに悲惨なものだったかが、知る事ができた。


 傷痕が消える前に新しい傷が上から出来ている所もある。


 戦う事でしか、生きる事が出来なかった祈。それなのに、戦う理由を見つけられなかった祈。


 生きるために必死な少女。


 祈を慰めたいと、そう思った。


 彼女の笑顔が見たいと、心からそう思った。

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