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第四章 ココロ

 屋上での一騒動の後。口止めの厳重注意を受け、令は帰宅を許された。


 自由と命。どちらが大事かなら間違いなく命だろう。しかし納得が出来ない。なぜ、こんな事になっているのだろうか?


 きっとタイミングの問題なのだろう。後、運も。本当は運が悪いとかそんな事では済まされないのだけれど。


「だー、運悪いなぁ……」


 あの日、有紗の手伝いをしなければ。あの日、あの道を通らなければ。


 違った結果になったのかも知れない。


「いや今更、か」


 いくら考えた所で時間は戻ったりしない。ならば、考えるべきは過去じゃない。これからの事、未来だ。そう考えないとやっていけない。


「って言ってもな……」


 どうすれば良いのだろうか。どの選択が一番最適なんだ?


 自由か、命か。


 機関に入るか、拒否するか。


「……分かるかっ!」


 命は大切だ。死にたくない。まだやりたい事や夢ってのもある。だけど、機関に入るとそんな夢もまともに叶えられなくなる。そして何より。


「有紗……瞬……」


 機関に入れば二度とここには戻ってこられない。有紗や瞬とはもう会えなくなる。


 嫌だ。死ぬのと同じぐらい。いつも一緒に居た二人。


 中学校の頃は仲良し三人組と呼ばれた事もあった。


 記憶を手繰り寄せようと、令は目を閉じた。


 ……ん? “何か居る?”


 すぐに違和感に気づいた。いつもと違う感覚。見えてないけど見えている、そんな矛盾した奇妙な感じだった。


「屋根の上……?」


 おかしな感覚を抱えたまま、自分の部屋にある窓から身を乗り出して、屋根を見上げた。夜の闇が広がっているだけ――いや、違う。


「……」


「……」


 ここに居た。黒衣の少女こと、音月祈が。今は制服ではなく、黒いロングコート姿だ。


「何してんだ? お前」


「監視と見張り」


「見張り?」


 気になったので、とりあえず訊いておく。


「魔獣が出てこないかどうか見張ってる」


「魔獣……か。なあ、詳しく話してくれよ。魔獣ってなんなんだ?」


 祈は少し複雑そうな表情をしてから、話始めた。


「魔獣はアルカナが作り出した生命体。詳しい事はまだ分かっていないけれど、今の所魂を食べて自らの力に変える事が分かってる。食べた分だけ魔獣は強くなる。それ故、魔獣にあるのは貪欲な殺人衝動のみ」


「魔獣が能力者を優先的に狙う理由は?」


「魔獣は魂を食べる事で強くなるけど、同時に相手の能力ちからを吸収する。だから魔獣はより強くなるために、能力者を優先的に狙う」


「強くなるために殺す、か」


「そう」


 祈はどこか、ここじゃない遠くを見ていた。……そんな気がした。


「そう言えば、祈の能力ってなんなんだ?」


「身体能力の強化」


 なるほど、と心中で納得する。だから常人離れした跳躍力をほこっていたのか。


「じゃあ俺のは?」


 ぜひとも自分の能力くらい把握しておきたい。もしもの時は祈から逃げ出さなければならないから、逃走に役立てるなら使っていきたい所だ。


「……レイはどうやって私に気づいた?」


「え? 確か目を瞑って……あれ?」


 見えていないのに見えているような不思議な感覚。


「どういう事だ?」


「レイの能力はおそらく、千里眼、だと思う」


「千里眼?」


 意外と聞いた事のある単語だった。


「肉眼で認識不能の距離、範囲を見透す事が出来る」


「だから索敵、か」


 確かに広範囲を見渡せれば、敵を見つけるのは容易だろう。……逃げるくらいには、役に立つかな。


「そう。偵察、索敵に優れたサポート系の能力」


 祈は、おもむろに立ち上がり、ある方角を見た。


「どうした?」


 まさか魔獣だろうか。


「もう今日は寝る」


「寝る……ってどこで?」


「機関の本部には戻れないから、野宿」


 実に野生的な少女だった。


「じゃあ……おやすみ」


 特に言う事も無かったので、挨拶をして別れる事にした。のだが……。


「おや……すみ?」


 怪訝な表情で見られた。どうやら“おやすみ”の単語を知らなかったようだ。


 もしかしたら、文化の違いか何かで彼女の故郷ではおやすみに当たる言葉は無いのかもしれない。


「寝る時の挨拶だよ」


「そう」


 それだけ言って、少女は去っていった。もちろんおやすみの挨拶は無しである。


「別に構わないけどさ……」


 見上げた夜空は雲に覆われていた。




 翌日。祈はすでに登校していた。顔は動かさないがしっかりと令が来た事を目だけで確認していた。


「よう」


「……」


 ものの見事にスルーされた。


 祈との会話は無理そうなので、いつも通り瞬達と話す事にする。


 やや遅れて、教室に担任が入ってくる。「遅れてすまなかった」などと言いながら、ホームルームを始めた。


 簡単な連絡事項以外は大した事もなく、担任教師は教室を出ていった。


 一時間目、二時間目と授業が進んでいく。はたして、祈は授業を聞いているのだろうか。怪しい所である。


 昨日と変わらず、鋭い視線を後方から投げかけていた。


 やがて、昼。


「よ~し、令、瞬食べよっ」


 有紗が教室に到着した。


「音月さんも!」


 有紗の予想外な一言。


 今日もかよ。そう思ったが、口には出さないでおく。


「断る」


 有紗の申し出を昨日と同じように拒否する祈。


「みんなで一緒に食べた方がオイシイよ」


「必要ない」


 意地の張り合いが始まってしまった。


 結果から言えば昨日と同じく有紗が押しきって四人で食べるはこびとなった。


「……」


 が、明らかに祈は不服そうである。


「諦めろよ。有紗はこんなヤツなんだ」


 祈にだけ聞こえる声で、令は忠告した。


 楽しげに昼食をとる四人(と言っても、楽しそうにしているのは有紗達で、祈は終始押し黙っていたが)。


 平和な日常。


 もしかしたら二度とこの日常には戻れないかも知れない。そんな瀬戸際に居る自分が酷く不思議だった。


「雨、降るかな?」


 有紗のその一言で令は我に帰った。


「雨?」


 有紗と同じように令も窓の外を見る。


 空は曇天だった。見える限りどこまでも、雨雲。


「あー、もしかしたら降るかもな」


「降るならはよ降れ」


 有紗がそう呟く。その言葉に違和感、と呼べるほどのものではないが、何か引っかかるものを感じて、令は訊いた。


「なんで雨降って欲しいんだ?」


「そりゃ、部活が休みになるからに決まってるじゃん」


 笑顔でそう言う有紗。


 部活動生失格だろ。


 でも、と瞬が割り込んで来た。


「外で出来なくても、筋トレとかの室内練習になるんじゃないのか」


「あ……」


 そのような発想は無かったのか、はたまた単純に忘れていたのか、有紗の表情が驚愕に変わっていく。


「雨、降るな~、降っても七時よりも後で。神様、仏様、どうかお願いします」


 小さな願いのために使わわれる神様と仏様だった。


 どうでもいい話であるが、有紗の祈願はついにお釈迦様やらにまで願う始末だった。


 釈迦は叶えてくれないだろう。


 祈りが通じたのか、そうでないのか、一応放課後になっても雨は降らないでいた。もっとも、雨雲はさらに厚くなっていたが。


「じゃ、俺達は先に帰るな」


「ん、分かった」


 部活に行く有紗と別れて、令と瞬は帰路についた。


「で、結局昨日どこに行ってたんだよ?」


 瞬は少し前を行く令に訊いた。


「昨日? ああ」


 呟いて思い出す。


 昨日は屋上まで強制連行された。……などと馬鹿正直に答えるわけにもいかず、嘘をつく事にした。


「祈に道訊かれた」


「は?」


「方向音痴なんだ、祈は」


 と言った瞬間である。


 ビュン、と何かが令の頬を掠めていったのは。


(……小石?)


 瞬は気づいていないようだが、直径五センチほどの小石が令を掠めて“コンクリートの地面にめり込んでいた”。


(絶対祈だ……)


 どこかに隠れて見張っているのだろうか。そもそも、石を地面にめり込むほど強く投げるなんて、危ないにもほどがある。


 当たったらどうするのだろうか。


(いや、当てる気だったのか……)


「どうした?」


「あ、いや……別に」


 辺りをキョロキョロ見渡す挙動不審な令を見て、おかしく思う瞬。


「別にじゃないだろ?」


「いや、祈が……」


 小石、二投目。瞬や令の動体視力を超えた速度で、令の耳を掠めていく。


「……何でもない」


 令が確認できたのは、小石が風を切る音のみだった。




 令の奇妙な振る舞いに、色々と言いたい事もあったのだが、用事を思い出した瞬は令に断ってから、先に帰った。


 そして、取り残される形となった令だが、むしろ今は都合が良いと言える。


「……出てこいよ」


 大体の位置はすでに把握している。振り返ったそこに、祈が居た。


「……」


 祈はすでに着替えており、黒いコート姿をしている。フードは被っておらず、不機嫌そうな表情を惜し気もなく晒していた。


 開口一番、


「方向音痴じゃない」


「……は?」


 この言葉は少々意外だった。


「方向音痴じゃない」


 再度同じ事を言う祈。


「……まさかさ、怒ってる?」


「……」


 返事の代わりに祈は頷いた。


 そう言えばと、令は昨日の事を思い出していた。確かに祈は瞬の「ドジなんだな」という台詞に対しても怒っていた気がする。


 怒っている。ドジと言われた事も方向音痴と言われた事も、祈にとっては不本意な事だ。確かに俺だってドジとか方向音痴とか言われたら怒るな。


 だけど、どこかで祈なら怒らないと思っていた。


 なぜだろうか?


 答はすぐに出た。魔獣と戦ったりする日常を送る祈を、遠い存在だと俺が勝手に思っていたのだ。


 だが、戦士とか言っても、それ以前に祈は人間なのだ。


 そりゃあ怒ったりもするだろう。


「悪かった」


「うん」


 そう、同じ人間なのだ。




 夜の帳が落ちてきた。曇天だけあって窓の外はかなり暗い。そして。


「今日も来たのか」


 屋根の上に、昨日と同じく黒衣の少女が居た。今日は祈がいつ来たか、きちんと認識する事に成功した。なんとなく分かってきた。“千里眼”の使い方が。


「守る為」


 祈はそう答えた。一応、俺の事は守ってくれるらしい。


「……ありがとな」


 皮肉などではない。守る理由が俺の能力目当てだったとしても、あの化物から守ってくれるのだから。


 それだけでも礼を言うには十分だと、令は思った。


「なんで、礼を言うの?」


「なんでってそりゃ……」


 だが、祈の考え方は違うらしい。


「わたしは、きみの事殺そうとしたのに、何できみは普通に礼が言えるの!?」


 ――この問答、最初に会った時にもした気がする。


「それとこれとは話が違うだろ? 確かにお前は俺を連れて行こうとしてるけど、俺の事守ってくれるんだ。それだけで礼を言うには十分だ」


「違くない!」


 なぜか、祈はムキになっていた。


「どうしたんだよ?」


「何でレイは礼を言うの……?」


 れい続きで言葉としてとてつもなく違和感を感じるが、この際放っておこう。


「礼を言わないのが、普通だってのかよ?」


「そうだよ……みんなそうだったから」


「みんなってどういう事なんだ?」


「……レイと同じような境遇の能力者」


 俺と同じ?


「今までごく当たり前な日々を過ごしていた人達」


 ……。


「みんな、みんなそうだった。怒ったり、悲しんだり。誰も、礼は言わなかった」


 ……。


「『お前のせいで、俺の人生滅茶苦茶じゃねーか!』……みんな怒鳴ってた」


 だから、俺のような反応は初めてだったのか。


「なあ、祈……」


「わたしは間違ってたわけじゃない……」


 そう語る祈はなんだか辛そうな表情をしていた。


「祈……」


 まるで弱々しい小さな子供のようでもあった。


 そっと祈に向かって手を伸ばした。


「触るなっ!!!」


 頭に向かって伸ばした手を、祈は思い切りはね除けた。


「な……」


「あ、いや……」


 祈はどうしていいか分からないといった表情をした後、どこかへと去ってしまった。


 礼はしばらくその場から動けずにいた。



 その数十分後。外は土砂降りの雨模様と化していた。梅雨の季節にも負けない程の雨量だった。


 ベッドで仰向けに寝転がっていた令はふと祈の一言を思い出していた。


 機関の本部には戻れないから、野宿――。


 野宿? この雨の中?


 確か祈はこの世界の通貨を持っていなかったはずだ。だから宿泊施設等には泊まれない。


「あのバカっ!」


 傘をさして、令は外へと飛び出した。


「たく、梅雨入りにはまだ早いぞっ!」


 向かうは少し前に祈が去って行った方角。


 ――集中しろ。


 ――探し出せ。


 自らの能力である千里眼を使って、辺りを見通す。


 ――見つけた!


「廃ビルか!」


 少し離れた廃ビルへ、令は走り出した。


「祈っ!」


 廃ビルの入り口は、この前のようにバリケードがあったが、構わず中へ入る。


 ……いくら途中まで作られているといっても、あくまで基礎部分の話だ。雨宿り目的には心もとない。


 野宿なんかもってのほかだ。


 一階、誰も居ない。


 二階、誰も居ない。


 三階、誰も居な――居た。


「祈っ」


 三階の片隅に祈は座り込んでいた。


「祈、大丈夫か?」


「……レイ?」


 黒いコートには少なからず耐水性があるようだが、それでも雨の全てを防ぐ事は出来ていない。


「何でお前こんな所に居るんだよ?」


「……野宿」


 だろうけどさ。


「こんな所で寝泊まりしてたら風邪引いちまうだろ」


「大丈夫」


 お前の口癖はそれか?


「大丈夫、じゃねーよ。来い!」


 強引に祈の腕を引いて立たせる。


 ……案の定、祈の手首は雨と寒さで冷えきっていた。これのどこが“大丈夫”なんだか。


「放して」


「断る」


 祈を無理矢理立たせると、祈を引いて走り出した。


 祈を連れて、家へと向かう。


 途中、祈が何か呟いていたが、雨の降る音にかき消された。


「母さん、風呂沸いてる?」


「どこ行ってたの?」


 母は悠長にそんな事を言ったが、令はそれを無視して、もう一度繰り返した。


「風呂沸いてる?」


「どうしたの? そんなに慌て……て?」


 そこでようやく、ずぶ濡れになった祈に気付いたらしい。


「令、誰なのその子!? びしょ濡れじゃないの」


「クラスメイト。そんな事より、風呂沸いてるかって訊いてんだよ」


 一応は俺が意図した事が伝わったのか、母は祈を連れて(無理矢理引っ張って)風呂場へと消えた。


「……何て説明するかな……」


 全て自分のお節介なのだが、それでもはぁと令はため息をついた。


 十分後、風呂場へと消えた母がリビングに戻ってきた。


 さて、十分の内に考えておいたハッタリを――。


「あの子、可哀想にね」


「へ?」


「へ? じゃなくて。……あの子、親が居ないそうじゃない」


 具体的な内容までは分からないが、祈が自分から適当に嘘をついて誤魔化したらしい。


 母の話によれば、祈は小さい頃に親を亡くした孤児らしい。それを聞いた母はそれ以上の質問をしなかったようである。


 ……まさか祈がこんな高度な嘘がつけるとは思わなかった。確かに孤児云々なんて言われたら、迂闊に話は訊けないからな。


「……んじゃ、俺自分の部屋居るから」




 そのたっぷり三十分後。


「レイは何でわたしの事助けたの?」


 祈は俺の部屋に来るなり、そう訊いてきた。ちなみに、今祈が着ているのは、どこかで見た事のある……と言うか少し前に使ってた俺の寝巻きだった。


「……何でって、あんな所で寝てたら風邪引くだろ?」


「引かない」


「いや、引く」


「引かない」


「引く」


 それからは、引く引かないの応酬だった。


「引かない」


「引く」


「引かない」


「引く」


「引かない」


 今だっ!


「引かない」


「引く……あ」


 ……ものの見事に引っ掛かってくれた。


「くしゅん」


 更にナイスなタイミングでのくしゃみ。


「で?」


 祈は顔を真っ赤にさせて、


「うるさいっ、見るな!」


 そう言った。


「それより、よくあんな嘘つけたな。孤児とか、親が居ないとか」


 このままだと、身体能力強化ちからを使われた上で殴られる可能性もあったため、多少強引に話の流れを変えた。


「嘘じゃない」


「…………は?」


 祈の言った事がよく分からなかった。


 嘘じゃない、だって?


 嘘じゃない。という事は、ホント?


 何が? あのハッタリが?


「わたしには、親が居ない。それは、本当の事」


「…………マジ?」


 こくりと、祈は頷いた。


「わたしは孤児として生きてきた。父さんの顔も母さんの顔も覚えてない」


「そんなに小さい頃の事なのか?」


「そう」


「小さい頃から、独りで生きてきたのか?」


「そう」


 ……………………。


 何も言えなかった。


 だから、言葉の代わりに。


「……何で頭撫でるの?」


「気にするな」


「気にする」


 このままだとさっきの応酬の二の舞になる事が容易に想像出来たので、言い返さなかった。


「……辛かっただろ?」


「何が?」


「……無理するなよ」


「してない」


 なら、何で……。


「何で泣きそうな顔してんだ?」


「……」


「辛い時は泣いて良いんだぞ」


「……から」


「何だって?」


「泣かないって決めたから」




 なんやかんやで祈はうちに泊まる事となった。


 外が雨な上に、祈が言うには監視対象である俺の近くに居る方が、色々と都合が良いらしい。


 もっとも、機関だの能力者だのを打ち明ける事は出来るはずもなく、適当にでっち上げた理由を話した所、意外とあっさりお泊まりオッケーが出たのだ。


 寝る前、祈が俺の部屋にやって来た。


「どうした?」


「……」


 何か言いたそうにしていたが、なかなか話し出そうとしなかった。


「黙ってたら分かんないぞ」


「レイは、どうしてわたしの事、助けたの?」


「それ、さっきも訊かなかったか?」


 確か、風邪の引く引かないの応酬になった気がする。


「そうじゃなくて……いや、そうだけど」


「どっちだよ?」


「風邪を引くとか、そんなんじゃなくて……」


 ……なるほどね。祈の言いたい事が少し分かった。


「俺にとって迷惑なはずの祈を助けた理由、てか?」


 こくり、と祈は頷いた。


 つまり、祈が訊きたい事というのは、助けた理由は理由でも、“風邪を引くから”ではなく、それ以前の、迷惑な存在である祈を“どうして”助けたか、なのだ。


 確かに、放っておけば良いのだ。本当に迷惑だと思っているなら、助ける必要性は皆無なのだから。


 事実、今まで会ってきた人達はそうだったのだろう。


 ――みんなそうだった。怒ったり、悲しんだり。


 監視相手を助けるなんて、愚の骨頂……なのだろうか?


「助けたかったから」


「……」


 否。確かに祈を助けたのは、普通に考えたら愚かな事なのかも知れない。


 だけど、祈を助けた事、それは間違った事じゃない。


「レイは不思議」


「……? 何が?」


「普通はそんな事言わない。わたしが来なかったら、レイは今まで通りの生活が出来たのに。理不尽に自由を奪おうとしてるんだよ? わたしは。……普通なら、恨むよ」


 ……。


「確かに俺だって最初は、どうやって逃げようか考えてたさ。機関に連れていかれるなんて、由々しき事態だからな。まあ今だってどうしたら殺されないで、なおかつ今まで通り過ごせるか考えてるさ」


「じゃあ何で……」


 少し考えた末に、俺はこう言った。


「――分かんね」


「え?」


「確かにさ、祈を助けたかったから助けたけど、何でそう思ったかは……良く分かんねぇ」


 そう、なんで助けたか、自分でも分からない。むしろ教えて欲しい位だ。


「……レイ、変」


「変は流石に怒るぞ……つーかそろそろ寝ろよ」


 時間も時間。どちらかと言うと俺が寝たい。


「うん」


 そう言って祈は後ろ手でドアを閉めた。


「ってここで寝るんかい!」


「監視……」


「マジかよ……」




 俺はベッドに寝て、祈は床にそのまま(と言っても、流石にじかに寝るというのもいかがなものかと思ったので使っていない布団を渡した)寝る事となった。


「……寝たか?」


「……まだ」


 真っ暗闇の部屋。今日は月明かりも無い。更に激しくなる雨音と街灯の光のみがそこにあった。


「……お前、孤児って言ってたな」


「うん……」


「独りで生きてきたって……言ってたよな」


「うん」


「詳しい事、教えてくれないか? 言いたくないならそれでも良いんだけど……」


 機関の戦士、一番目。彼女が一体どんな人生を送ってきたのか。きっと、俺には想像もつかないものなのだろう。


 知りたいと。そう思った。結局はただの興味本位なのかも知れない。だけど、祈の歩んできた軌跡を、祈の事を、知りたいと思っていた。


「聞きたいなら、良い。話す。だけど長くなるから、今日は止めておく」


「ああ、分かった。……おやすみ」


「……おやすみ」


 今日はちゃんと言ってくれた。


 それから少しして。


「ありがとう」


 そう聞こえた。

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