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第二章 令と機関の一番目

「ふぁ~」


 呑気に欠伸をしてから、ベッドを出る。目覚まし時計は、いつの間にか止まっていた。


 自分の部屋を後にして居間へと向かう。


『昨夜、秋縞あきしま市の住宅街で殺人事件が起こりました』


 朝のテレビで、こんな感じのニュースがあっていた。大きなタイトルに、『身内が殺人? 行方不明者が犯人か』と出ていた。


 秋縞市とは令の住んでいる所から東側に隣接している市である。


 そして、昨日の少女が姿を消した方向でもある。


『きっと死人がでた』


 そう言って、秋縞市の方角に向かったのだ。そして今朝のニュース。


 アルカナの仕業だろうか? ……可能性は十分有り得る。



『被害者は七人家族の長男と次男、長女と子供達の祖父母の五人で、子供の父親と母親が行方不明になっており、警察では……』


 もしそうなら、この事件の死者五名は魔獣による犠牲者、という事になる。行方不明の両親の生存も絶望的だろう。


 朝から気分が悪い。


 しかし、いつまでもそうしているワケにはいかない。無理にでも頭を切り替えて、学校へと向かう。




 通学路の途中で瞬に会った。というか、当たり前だ。この時間帯に瞬達が登校するのは分かっているし、その時間に合わせているのは令の方なのだから。


「よう、令」


「おう、瞬」


 いつも通りの朝である。


「なあ令、有紗が今日朝練に行ったかどうかで賭しようぜ」


 そんな事を瞬が提案した。


「賭? どーいう事だ?」


「なーに、お互いにこれを賭けるのさ」


 そう言って瞬が手に握っていた物を出した。やや黄金色をした少し大きめの硬貨、五百円玉だった。


「つまり、賭に勝った方が自分のと相手のの合計千円を得る事が出来る!」


 朝から無駄にテンションが高い。しかし、五百円が手に入るとなるなら、そのテンションに付き合ってやろう。


「よし、乗った!」


 快く賭に乗る令。


「俺は行ってないに賭けるぜ」


 と、瞬。


「なら俺は行ってる、だな」


「あとからやっぱナシってのはダメだからな」


 やけに自身たっぷりな瞬。


(まさか瞬は行ったか行ってないかを知っているのか?)


 しまった、これは確実に五百円をせしめるための罠か? くそっ、ぬかった! 後悔先に立たず……か。


 まさかこんなすぐ近くに策士が居たとは。


 と、一人で熱くなっていた時だった。


「令~、瞬~、何してるの?」


 そこに現れたのは有紗だった。ただし制服姿ではない。体操服姿である。


 杞憂だった。瞬の自信には何の根拠も無いようだ。……しかし。


「……」


「……」


 嫌な予感がした。忌々しくもよく当たる事に定評のある嫌な予感……。


「……有紗は朝練か?」


 引きつった笑みで瞬がそう訊いていた。


「そうよ、朝練。たまには、ね」


「そうか」


 賭の話は聞かれなかったようだ。よかった。


「じゃあ、なんでこんな所に居るんだ? ここは校庭じゃないぞ」


「分かってるわよ、そんな事。忘れ物よ、忘れ物」


 瞬の質問に有紗が答える。


「忘れ物ねぇ」


「やっぱ慣れない事するもんじゃないわね」


 いやいや、部活動生って普通朝練は慣れていると思うのだが。


「しかも朝練終わってないのよね~」


 流石サボり常習犯。サボる事に罪悪を感じていない。いつかその心得を教えていただきたいものだ。


「そっか。じゃあ俺達はこのまま学校行くから」


 そう言って早々にその場を離れようとした瞬間だった。


「『なあ令、有紗が今日朝練に行ったかどうかで賭しようぜ』……かぁ~」


 慌てて後ろを振り返る。そこには不気味に微笑んでいる有紗が一名。


「どーゆー事かしら? 瞬?」


「さ、さあ?」


 あくまで白をきろうとする瞬。


「さあじゃないわよ。あたしだって朝練、行くときは行くんだから」


 その頻度が上がればなお良いんだが。


「わ、わりい」


「分かればヨシ。じゃ」


 そう言って有紗は家へと向かって行った。


「なあ、瞬」


 有紗が完全に見えなくなってから、令は瞬に話しかけた。


「あ?」


 瞬は不可解そうな表情で令を見た。どうやら令の意図している事が分からなかったらしい。


 だから、分かるように口で言ってやる。


「五百円」


 賭の金を忘れずに回収。


「ちっ」


 瞬は悔しそうに呻きながらも、きちんと五百円を差し出した。


「まいど」




 教室に入り、クラスの友人達と無駄話と言えなくも無い会話をする。話題はとてもありふれた事。例えば……ゲームとかマンガとか、そんな感じ。


 どちらかというと、その場を盛り上げたり暇を潰したりするのが目的。


 話してる途中で有紗が校庭を全力疾走しているのが見えた。


「ホームルーム始めるぞ。席につけ」


 担任教師が入ってきて雑談は終了。出席の確認や連絡事項を簡潔に終わらせて、担任教師は教室から出て行った。


 いつも通りに授業が始まった。


 授業を聞きながら、令は昨日の事を思い出していた。


 機関やらアルカナやらについてである。


 結局、あいつらは何だったのだろうか。分かるべくもないが、できればもう会いたくはないものだ。


 何せ一回死にかけたんだからな。しかも誤解で。


 教室にざわめきが戻る。気がつくともう授業が終わっていた。




「つ・か・れ・た」


「わざわざ強調させんな」


 昼休み、令はいつものメンバーで昼食をとっていた。


 さっきから有紗が疲れたとしか言っていない気がする。


「何で疲れたんだ?」


「朝練」


「途中でサボったろ」


「そのせいでまた雑用させられた……」


 一体今度は何をさせられたのだろうか。


「いい加減辞めるか真面目に出るか決めろよ」


 そう助言をしてやる。


「んー、辞める、かぁ」


 やはり有紗にも未練があるのだろうか。仮にも中学校の頃から続けているのだから。


「でも、辞めるのも勿体ないよな」


 有紗ではなく、瞬がそう意見した。


 ま、確かに勿体ないのだが。


「でもねー」


 辞めるのは嫌、真面目に出るのも面倒と。


「じゃあ逆に何で辞めたくないんだ?」


 辞めたくない理由。有紗が退部を渋る原因だ。


「……何なんだろう?」


 自分でもよく分かっていないらしい。


「中学の頃はちゃんとやってたじゃないか」


「なんかどーでもよくなったっていうのかな……いや、なんか違うな」


 全く要領を得ない話だった。


「ま、もうちょい続けてみるね」


「どうぞ、お好きなように」


 そんな話をしながらパンの袋を開けていると、有紗がこう言ってきた。


「令、本当にそのパンで良いの?」


 そう言われた令の持っているパンはクリームパンである。


「何がだ?」


「あ……うん。令が良いんなら良いんだけどさ」


「でも変だろ?」


 瞬が横槍を入れてくる。


「うるせー」


「そういえば令は昔から甘党だったよね」


 確かに、昔から甘いものは好きだったけどさ。


「甘党ってわけじゃないっての」


「甘党じゃなかったら昼にクリームパンなんか持ってこねーよ」


 そんなにおかしいのか? クリームパンは。誰か教えてくれ。




 またチャイムが鳴り、授業が始まった。後はいつも通りに進んだ。


「じゃ、今日は部活に行くから」


 放課後、そう言って有紗は部室の方へと走って行った。


「きっと雑用に懲りたんだな」


 なんとも分かりやすい理由である。まあ、有紗らしいといえばらしいのだが。


「なら、俺達は帰るか」


「ああ」




「じゃーな、令」


 と、いつものように瞬と別れてから自宅へと向かう。


 ここまでならいつもと同じだ。


 しかし、最後までいつも通り、とはいかなかった。


「動くな」


 つい最近聞いた声で、聞いた事のある台詞を言ってきた奴がいたからである。


 黒コートの、少女だ。声は随分と刺々しい。


「なんなんだ」


「話がある。着いてきて。従わないのなら実力行使もやむをえない」


 それは脅迫であった。そう、まさに純粋な脅しだ。


「……分かった」


 令は素直に頷いた。誰だって命は惜しいものだ。


 少女は令の手首を掴むと無理矢理引っ張った。


 手の感触はどんなだったかって? 上等な手袋のそれだよ。






 少女に連れてこられたのは、路地裏の廃ビル。正確にはこの場所に巨大なオフィスビルを作る計画があったのだが資金面の理由で計画は頓挫したらしい。このビルはその時の名残で、今は鉄骨のみの姿をしている。


 人気は皆無である。


「……こんな所まで連れてきて、話って何だ?」


「昨日の事」


 昨日の事。なんだったけ? と訊く必要はない。あんな事、忘れられるわけがない。むしろ忘れられたら、即急に病院に行くべきだ。


 だが今は覚えているからいけないのだろう。


「……」


 情報の漏洩、それが機関の最も恐れる事なのだろう。そうでなければ記憶を消そうとはしない。


「今日一日、君を監視させてもらった」


 普通に犯罪だろう。


「誰にも機関の事もアルカナの事も言ってないぞ」


 彼女が令を監視していた理由。それはやはり情報に関してだろう。機関やアルカナ、魔獣について知っているのは(少なくともこの世界では)令だけだ。


 ならば、誰かに話される前に口を封じなければならない。しかし、そのタイミングを見失った少女は今の今まで令の事を監視していた。


 そう考えるのが最も自然だ。


 だが、不自然な事もある。彼女の目的が昨日の記憶を消す事ならば、このように目の前に現れる必要性など全くない。


 動くななどと声をかけるくらいならば、後ろを取った時点で奇襲をかければすぐに終わっただろう。


(俺的には迷惑だけどな)


 だが、それをせずにわざわざ目の前に現れたのだから、なにかしらの理由があるのだろう。


 人気のない場所に連れてくる時点で対等な話し合いをするつもりはないようだが……。


「今日一日、君を監視して、分かった事がある」


 令の台詞を無視し、黒コートの少女は話を続けた。


「君は、ただの人間じゃない」


「……は?」


 信じられないカミングアウトだった。思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。


「君はわたし達と同じ」


「……何がだよ?」


 彼女は一呼吸分、タイミングをずらして、こう言った。


「君は“能力者だ”」


 これまたわけの分からない話だった。少女曰く“機関”の“戦士”と呼ばれるメンバーはなにかしらの異能力を持っているのだそうだ。


 その力の種類は多岐に渡り、特に珍しいのは索敵系の能力らしい。


「なぜか索敵系の能力だけ相対的に数が少ない」


「もしかしてそれが俺だってのか?」


「そう」


 実感はない。今までごく一般的な高校生だと思っていたのだから、信じろというのが無理な話だ。


「本当にそうなら、俺はどうなるんだ?」


 レア物の能力を持っている人間を見逃すとは思えない。


「君を機関に連れていく」


「……」


 機関というのは簡単にいうと対抗組織である。アルカナと呼ばれる、いわゆるの悪の組織から世界を守る戦士達の集まりだ。


 彼らの目的はアルカナを倒す事のみに重点が置かれている。


 機関に連れていかれるという事はその戦士達の仲間入りするという事とイコールである。


「わたしは本来の任務があるから、今すぐには機関の本部には戻れない。だから、その任務が終わるまで君はわたしの監視下におく」


 つまり、簡潔に言うなら、運悪く機関に目をつけられてしまった。俺を本部に連れて行きたいけど、しなきゃいけない事があるからそれが終わるまで待ってろ、と。


 横暴だ。


「……それで、俺はどうしたら良いんだ?」


「昨日の事やわたし達の事は誰にも話さず、このまま待っていて」


「従わないって言ったら?」


「今ここで切り捨てる」


「……分かった」


 そうでも言わないとこの場で本当に切り捨てられそうだった。とんでもなく物騒な目でこちらを睨んでいたから。


「君は」


「あ、待った。名前で呼んでくれ。どうせなら」


 これは完全に個人的な事だ。


「……」


 なぜそんな事を言ったのか理解出来ないという表情で、少女は令を見た。


 なに、特に理由はないさ。君とかお前で呼ばれるのはなんとなく嫌だった。


「尾崎令って言うんだ。お前は?」


「……一番目」


「それは名前か?」


 こくりと少女――一番目は頷いた。


「機関では名前なんて必要ない。個人を識別出来ればそれだけで良いから」


 一番目。それがこの少女に与えられたただ一つのコードだった。


 令には目の前の少女、一番目がどこか哀しそうに見えた。きっと、それが理由だろう。


「……名前、つけてみるか?」


 こんな事を言ったのは。


「……」


「他に名前があるなら別に良いんだけどさ」


「名前は……無い」


 そう一言呟いて、少女は俯いた。


「……いのりとかどうだ?」


「祈……」


 咄嗟に出てきた名前を言う。この調子で名字も即席で作る。


「名字は音月おとづき音月祈おとづきいのりってのはどうだ?」


「音月、祈……」


 自分のネーミングセンスの悪さは折り紙つきだな。


「分かった。それで良い」


 良いんだ……。


「ってもうこんな時間じゃねーか。なあ、もう帰って良いか? さすがに怪しまれる」


 何気なく腕時計を見た令はそう言った。怪しまれるという言葉が決め手になったのか、


「……分かった」


 と言い、少女と別れる事が出来た。






「おとづき……いのり……」


 先ほど決まった自分の名前を呟く。小さな子供が初めて聞く言葉の発音を確かめるように。


 彼女は今、廃ビルの鉄骨の一番上に居た。二、三階くらいまでは、きちんと作られているが、作業の途中で作るのが中止されたのか、四階から上は鉄骨の骨組みのみが残っている。


 流石この地域最大のビルを作ろうとしたほどだ。作りかけであっても、十分に高い。


 そこからならこの町のほとんどを一望する事が出来た。


 どちらかというと都会だろう。様々な建物がこれでもかと並んでいる。


 それでいて自然も多い。少女の視界の右側には山も見える。


 ビルの下の方を見る。先ほどの少年、尾崎令が走っているのが確認出来た。


 元々視力には自信がある。


 確か今日は少年を脅しに行ったはずである。それなのになぜ名前云々の話に変わっていたのだろうか。


 そして自分はなぜ、こうも素直に“自分”をさらけ出してしまったのだろうか。


「おとづき、いのり……」


 もう一度声に出して言う。


 名前なんて、もう自分には縁のないものだと思っていたのに。


 もう一度下を見る。様々な人間が道路を歩いていた。


 そこに居る人間達はみんな――笑顔だった。


「……」


 鉄骨の骨組みを器用に渡り、場所を変える。今度は、反対側。


 この世界に来て抱いた最初の感想。それは、美しい、だった。


 見た目の話ではない。見た目――風景でいうなら、もっと幻想的な世界も見た事がある。


 美しいと感じたのは、人に対してである。皆が幸せそうにしていたからである。


 誰もが幸せそうに笑っていたからである。


 それを美しいと感じたのだ。


 そして、“羨ましい”と確かに感じたのだ。


 ――もしも、わたしの故郷がこんな世界なら、あるいは……。


 そう考えたのだ。


 この町が惨劇に沈む。それだけは避けたいと思った。


 色々考えたけど、当面のやるべき事、それは。


 尾崎令の監視。


 彼女は令の去っていった方角を見つめ、日が落ちるまで物思いにふけっていた。

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