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プロローグ 黒衣の少女

 高校へと続く道を、俺、尾崎令おざきれいは、特に何の感慨もなく歩いていた。


 いつもと変わらない日常。平日は繰り返し学校へと登校し、様々な事を学んだり、友人達とたわいない話をする。


 部活動生なら、放課後の大部分をその活動にあてて、己を磨いたり、技術を高める。


 そんな、繰り返しの日々。


「おーい、令!」


 後ろから、男の声がした。俺のことを名前で呼ぶやつは、そう多くはない。


「よう」


 振り返りながら、すぐ後ろにいる少年に返事をする。


 大神瞬おおがみしゅん。俺の、小学校の頃からの馴染みの友人であり、今は同じクラスの男子生徒だ。


 俺よりも高い、つまり平均的な男子の身長よりもやや高めの身長(何気にこの身長差が鬱陶しく思ったりもするのだが)に、意志の強そうな目。黒髪は短めに切りそろえてあり、その相貌からか、女子から人気があったりする。


「おーい、令、瞬!」


 瞬のその更に後ろから、二人を呼ぶ声がする。今度は男子ではなく、女子の声。


 令を名前で呼ぶもう一人の人物。


 早乙女有紗さおとめありさ、瞬と同じく、小さい頃からの友人だ。幼なじみ、と言えば聞こえがいいだろうか。


「有紗、陸上部の朝練はどーした?」


 やや茶色がかった、腰まで届きそうな長髪を揺らしながら、こちらに走ってくる少女に向かって、尋ねる。


 有紗は彼ら三人組の紅一点であり、唯一部活に所属している部活動生でもある。


 そして、陸上部は毎日のように朝練をやっている。今日とて例外ではないはずだ。


「いーの、一回くらい」


「いや、すでに一回じゃないだろ……」


 ご覧の通り、有紗の部活の出席率はさほど高くない。


 こんな風に朝練に行かないというのも、ざらにある。


 普通なら、部活を辞めろと言われても文句は言えないが、一度もそんな事言われていない所を見ると、彼女がいかに選手として優れているかを伺い知る事が出来る。


 俺と瞬から、『走るために生まれてきた』と評価されるほどで、事実この三人の中で一番速いのも有紗である。


 根は真面目だから、サボり癖が無ければ一体どれだけ名を残せるだろうか。


 なーんか、勿体ないよなぁ。


 そんな感想を抱くのも一度や二度じゃなかった。


 駄弁りながら階段を上り、一年生の教室があるフロアに着く。


「じゃ、後で」


 そう言って、有紗は自分のクラスへ向かった。


 有紗だけが別のクラスだったからだ。俺と瞬が同じ組。


 それから、瞬や他のクラスメートと、たわいない話で盛り上がったり、教師の授業を聞いて、知識を増やす。……といっても、卒業した後に役に立つかどうかは、怪しい知識だが。


 やがて時計の短針が十二時を回り、昼休みになった。パンを机の上に広げて、瞬と共にもう一人を待つ。


 しばらくして、これまたパンを片手に持った有紗が現れた。


「いやー、ごめんごめん。先輩に捕まってて遅れちゃった」


 これが、いつも風景だった。


「それでさ、二人とも、頼み事、頼まれてくれない?」


「なんだ? いきなり」


 頼み事……厄介なことなんだろうな。きっと。


「いや~、部活の先輩にさ、さっき雑用押し付けられちゃって。『部活に来ないなら雑用でもしてろ』って」


「それ、自業自得って言うんだぜ」


 瞬が正論を述べる。……本当にろくでもなかった。


「手伝って欲しいんだな?」


 まさに、他力本願だ。完全に俺達の協力をあてにしている。


「お願い!」


 両手を合わせて、懇願してきた。


 隣で瞬が何やら、意地悪そうな笑みを浮かべている。何か条件でも付ける気だ。


「ただって訳にはいかないぞ。それに見合う報酬を払うなら、手伝ってやっても良い」


「……分かった、明日のお昼おごるから」


「令、今日はまっすぐ帰ろうな」


 気に入らなかったらしい。


「一週間だ」と、最後に瞬が呟いた。


(全く釣り合ってないぞ。一週間は長すぎる……)


 そっと瞬に耳打ちした。もちろん、有紗には聞こえない微妙な声量だ。


(良いんだよ、こうでもしないと俺達は有紗に都合良く使われる奴隷か何かになっちまう)


 さすがに奴隷は言い過ぎだとは思う。しかし、


(ああ、それは嫌だな)


(だろ?)


 とりあえず、ただ働きは嫌だったので今回は瞬に賛同しておく。


 有紗が額に手を置いて、呻いていた。本気で財布の中身を検討中のようだ。


「三日で、どう?」


 有紗が結論を出した。が、瞬は目を瞑って答えなかった。まだなのか、瞬?


「ジュースも付けるから」


「乗った!」


 現金だなぁと思いつつ、有紗を見ながら言う。……ま、俺もなんだけど。


「俺もそれで良いぞ」


 有紗はため息混じりに今月節約しなきゃ、と呟いた。






「なんで書類の整理だけで何時間もかかるんだよ!」


 瞬の声が誰も居ない校庭に響く。辺りはもう真っ暗だ。


「ホントごめん」


 有紗が謝る。


「やっぱ一週間おごれ」


「それだけは勘弁」


 てか、一番の原因は瞬が紙の束をぶちまけたからじゃないのか?


 学校から出て、帰路を急ぐ。


 三人がそれぞれ、バラバラに別れる道で、最後に言葉を交わす。


「こんな時間に女の子を一人で帰らせるつもり?」


「大丈夫、お前なら逃げられるさ」


 確かに、有紗の足なら軽く逃げられるだろう。


「そいじゃ、また明日!」


「おう」


「じゃっ」


 それに返事をして、それぞれの家へと向かう。女じゃないから痴漢とかの被害に遭うことはないだろうが、早く帰り着くに越したことはない。


 家まで後五分と言う所で、俺は足を止めることになった。


「ガアアアァァァ!」


 明らかに人間の物ではない叫び声――いや、どちらかと言えば咆哮に近い――が聞こえてきた。


 動物園から何か逃げ出しでもしたか、なんて余りに非、現実的な事を考えながら、さっきの声のした方向へと歩みを進めた。


 そこで、信じられない物を目撃する事となった。そう、事態はもっと非現実的 で、俺の想像の範疇を軽々と超えていたのだ。


 そっと、曲がり角の向こう側を覗いてみる。


「なぁっ……!」



 思わず声を上げる。


 そこにいたのは、“化物”だった。それこそ、怪物やモンスターとしか表現出来ない生き物が居た。


 一見すれば狼に見えなくもないが、図体はその比ではない。少なくとも四、五倍はある。そしてその全身の体毛が、闇を思わせる漆黒に染まっていた。


 十五年ちょっとの間今まで生きてきたが、生まれてこのかたこんなデカい狼もどきなんて見た事も聞いた事もない。


 眼前の狼もどきが、唸りながら、一歩前へと進む。


 あいつは何を狙っているんだ?


 狼もどきの視線の先を追う。


「!」


 そこに居たのは、黒服に身を包み、更にその上からロングコートとフードを羽織った人物だった。今居る場所からは、その人物の顔を見る事は出来ない。


 それ故、黒服が男か女かすら分からない。


 見た事のない狼もどきの化物。黒服の人物。十分理解出来る範囲を越えている。


「――“魔獣”」


 黒コートが言葉を紡ぐ。それと同時に、被っていたフードが脱げる。


 女だった。声、顔立ち共にしっかりと女性のそれだと分かる。


 しかも、俺と同じ位の十代の少女だった。


 刹那、少女が前方へと、“跳んだ”。長い黒髪が宙を舞い、少女の体が闇に消える。


 ――速いっ!


 視界から消えたと思った瞬間、既に少女は獣の遥か後ろに居た。距離にしておよそ五メートル。


「グルァァ!?」


 獣の、苦しそうな呻き声と、その体から流れる、黒い液体(血か?)。


 いつの間にか少女の手には刀に良く似た得物を持っていた。


 切ったのか、アレで!? と言うか、いつ抜いたんだ?


 無駄のない動きで、再び獣に向き直る。


 黒い獣は少女に向かって突進を繰り出した。


 しかし少女は、それを避けずに、刀を盾代わりにして獣の鋭利な爪を防いだ。


 なにっ!?


 刀とは元々、防御が出来るように作られてはいない。時代劇のような、刀と刀の打ち合いをすると、間違いなく折れてしまう。……というのを、いつか、誰かから聞いた気がする。


 つまり、目の前の少女の今のような戦い方は、本来は有り得ないのだ。


 少女の戦い方も、武器も、また、少女自身も、全てが異質だった。


 俺には何となく、目の前の少女がこの世の人間じゃないような気がしてならなかった。


 獣の爪撃を弾き、出来た一瞬の隙を少女は見逃さなかった。


 目にも留まらない早業で、獣の顔面に突きを放つ。


 ……終わった、らしい。


 獣が断末魔の叫びを上げ、その体が地に伏せると、二度と起き上がる事はなかった。


 そして、驚いた事に、獣の死体が眼前から消失した。まるで夜の闇に溶けるかのように。


 少女が刀を鞘に収めると、“こちらを向いた”。


 ――ぐっ。


 彼女から感じたのは、恐怖だった。


 逃げよう。今すぐ、来た道を引き返して。


「動くな!」


 少女が、良く通る声で言った。それは、警告と言うよりは脅しに近かった。


 しかし、頭で考える前に体が動いていた。振り返らず、走り出す。


 まだ二人の距離は三メートル以上は離れている。そう簡単に追いつかれは――。


 一秒も経たず、目の前にさっきの少女が現れた。


 馬鹿か、俺はっ! ついさっき彼女の戦いを見たばっかりじゃないか。五メートルの距離を一気に詰めるその脚力なら、頭の上を飛び越えて向こう側に降り立つ事だって可能だろう。


 手には刀が抜かれた状態で握られていた。


「動くな!」


 もう一度、少女は強く言った。


 刀を向けられたまま、睨まれる。


「……“アルカナ”か?」


 訳の分からない単語が、少女の口から漏れる。言葉の最後が疑問形だ。


「アル、……カナ?」


「違うのか?」


 そもそもアルカナが何か知らないのだ。答えられる訳がない。


「……」


 沈黙を守っていると、少女は刀を真っ直ぐ、俺の腹部に向けた。


 突きの構え。


「なら、強引にでも確かめるまで」


「な、何を――」


 反論する暇さえなかった。少女の放つ突きは、正確に俺の腹を貫いた。熱にも似た痛みが体中を駆け巡る。


 死ぬ。そう思った。ああ、どうせ死ぬなら、冷蔵庫の中のプリンを食べとけば良かったな、なんて絶体絶命の割には能天気な事を考えついていた。


 最後に見たのは、驚いた顔の、黒衣の少女だった。


 おいおい、何驚いてんだよ。突き刺したのは、そっちだろ?


 そこで、俺は意識を失った。

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