8話:少しの進展
今回発生した魔獣脱走事件についてレポートにて纏める。まず事件発生の日時は休日の昼過ぎ、生徒の大半は外出していたが一部の生徒は部活動などで残っている中、発生した。
事件当時は魔獣が厩舎から脱走した原因は不明だったが、のちに脱走した檻の近くで女子生徒達の遺体が発見された事、とある貴族の子息の令嬢が自分達が魔獣の檻の鍵と制御用の首輪を盗んだことを白状したため、彼女達が誤って魔獣を檻から出させたものとみられる。
また、そのようなことをした理由として女子生徒は「セルギス殿下に近づく平民の女子を怖がらせたかった」と供述。
脱走した魔獣は全部で十五匹、内オルトロスが八匹、ベヒモスが三匹、クワトロコングが四匹を確認。脱走した魔獣に対し、教師陣は生徒の避難を誘導したのち、駆動鎧に搭乗しこれらを討伐。事件発生の数時間後には鎮圧を確認。また一部生徒が自ら所持している駆動鎧に搭乗し討伐に参加、その中にはセルギス殿下の搭乗する駆動鎧も確認された。
今回の事件によって発生した犠牲者及び怪我人は、重傷者十二名、死者零名、校舎の一部の破損、格納庫にて保管されていた各貴族の子息が所有している駆動鎧二十六機が破損。
以上にて、本レポートは終了とする。
―――――
「ほらほら、どうした?早く立ち上がれよ!!」
魔獣脱走事件から一週間近く、生徒や教師陣で事件のショックからまだ立ち直れていない者もいる中、カシムは校舎裏にてセルギスを含む複数の男子生徒から暴行を受けていた。
最初はただゴミを投げつけられて、それを捨てるように言われただけだったのだが、その際に溜息を吐いてしまった事が彼らの琴線に触れたらしく、校舎裏に呼び出され数人がかりで殴られることになった。
「何お前俺達を馬鹿にしてんだ!自分の立場を分かってんのか!!俺ら貴族とグルムのお前、どっちが偉いかぐらいわかんだろ!ああ!!!」
鳩尾に鋭い拳が入り、カシムは胸を押さえて蹲る。なおセルギスは流石に王太子殿下が虐めに参加するとマズイと判断しているのか、少し離れた位置で殴られているカシムをニヤニヤと眺めている。
身体能力に優れているグルム人であるカシムなら、本来彼らなど簡単に返り討ちにできる。しかし教師にも嫌われているカシムが彼らに手を出そうものなら、彼らはある事ない事を教師に伝えカシムを退学に追い込もうとするだろう。それ故やり返すことは出来なかった。
「もう、やめ、、て。」
「うるっせえな!!お前は俺らに意見できる立場じゃあねえんだよ!」
カシムを殴っていた生徒とは別の生徒が今度は彼の顔を蹴り飛ばし、カシムを仰向けにさせる。そして彼の付けている仮面に注目すると近づき、無理やり外そうと手を掛ける。
「大体なんだよ、その仮面!!気持ち悪いんだよ!!おら、外せ!その不細工な顔、拝ませろよ!!」
「待、やめ、やめろ!」
必死に仮面を外されないよう抑えるカシムに周りの男子たちは、より一層盛り上がり彼の仮面を剥がそうとしていく。何故それ程見せたくないのか?余程の不細工なのか?それらの好奇心が嫌がるカシムを無視して仮面の中に隠されている素顔を露にしようとするが、そんな彼らの前に一人の女子生徒が現れ、彼らの注目を集める。
「おい、お前達何をやっている!!」
「ああ、誰だよ?」
腰に手を当て、藍色の瞳を見開き怒りを露にしているアイシャ、彼女の制服の袖には風紀委員である事を示す腕章が付けられている。
普通であれば、大勢で一人の生徒を虐めている場面を風紀委員に見られたら焦るものだが、自分達が貴族の出身且つ王族であるセルギスの取り巻きである事、虐めている相手がヴァンドルフ王国では忌み嫌われているグルム人であるカシムである事から、彼らは平然としている。
「複数人で暴行か、、、良い趣味をしている。今すぐソイツから離れて、謝罪しろ!!」
「んだよ?女は引っ込んでろ!!!」
彼らを非難するアイシャに対し、貴族の男子生徒達は一向に悪びれもせずアイシャを無視しカシムの方へ視線を戻すと虐めを再開する。
「っ!やめろと言っている!!」
虐めを再開した男子たちに怒りながら彼らを止めようとアイシャは近づくが、ヒロインを巻き込むわけにはいかないとセルギスが慌てて彼女を止めに入る。
「まあまあ、待ってくれよアイシャ。君は勘違いをしている。」
「勘違い?これのどこが勘違いですか殿下、複数人で一人の人間を殴ってどう見ても問題行動です!」
「いや、それは、、、」
「それともカシムにそれ程の事がされる理由があると、少なくとも私の知っている彼は大人しく、謂れなき暴力を振るわれるような人間ではないですが?」
「えっと、、」
元々自分達に非がある事、ゲームのヒロインであるアイシャが主人公ではなくラスボスに味方するという状況にセルギスが困惑していると彼の横を通り過ぎ、アイシャはカシムに絡んでいる生徒の手を掴む。
「痛っ、このアマ何すんだよ!!」
「ソイツから離れろ。さもないと問題行動として学院側に報告させてもらう。下手をしたら学院を通じて実家にも問題行動が伝わるかもしれんぞ。それでもいいのか?」
「て、テメー、俺は伯爵家の子息だぞ。俺らを脅してどうなるかわかっ、、、」
「名乗るのが遅れたな、私は公爵家長女、アイシャ=スォーレンだ。それで伯爵家の子息だったか?脅したらどうなるのだ?」
「ぐっ、、、」
権力で脅そうとしてくる男子に権力で脅し返すアイシャに男子生徒はセルギスに視線を向け助けを求めるが、ヒロインに嫌われるわけにはいかないセルギスは男子生徒に「・・・やめろ」と告げる。
「殿下、ずっと申しておりますが貴方は将来この国の治める人物なんですよ。果たしてこれらの行為はそれに相応しい行為なのでしょうか?」
「・・・」
呆れた視線を向けるアイシャにセルギスは答えることが出来ず、取り巻きを連れてその場から去って行き、校舎裏にはカシムとアイシャだけが残った。
「えっと、ありがとうアイシャさん。」
「気にするな、私は風紀委員としての仕事をしただけだ。」
「でもどうして助けてくれたの?僕はグルム人だし、他の風紀委員の人達も見ないふりをしてたのに?」
実際、セルギス達に校舎裏に連れていかれる際、上級生の風紀委員達とすれ違ったのだが、彼らは特に気にすることもなくカシムを無視していた。それどころか付いてきて自分が殴られる様を鑑賞していた者もいたのだ。
それ故、誰も自分を助けてくれないと結論付けていたカシムは、アイシャの行動に驚いていた。
「それはまあ、この間貴様に命を助けられたからな。その時の礼も含めてだ。といっても実際に教師に報告をしても対応してくれるかどうかは微妙だがな。」
確かにグルム人であるカシムには色々と思うところがあるが流石に命の恩人を無碍にできない。
恥ずかしそうに指で頬を掻くとアイシャは倒れているカシムに手を伸ばし、彼を立ち上がらせる。
「そんな事よりもほら、早く購買に行かないと売り切れて昼食無しになってしまうぞ。」
「う、うん。」
自分の手を引き、購買へと向かうしアイシャを見てカシムは何故かむずがゆさを覚えていた。
―――――
「何なんすか殿下、あの女は!」
「あ、ああ、彼女は公爵家の娘で俺のお目付け役なんだ。」
教室の一角で、カシムへの虐めを非難されたことで鬱憤が溜まっている男子生徒が昼食の弁当を食べながら、セルギスに話しかけるが当の本人は適当に相槌を打ち、考え事をしていた。
(何故アイシャがアイツの味方をする?確かに今回の魔獣脱走はアイツに唆されたアイシャが起こしたものだけど、それだって直接の関係があった訳じゃないし、ゲームの中では彼女もカシムを嫌ってたはずだ。)
「公爵家だって?けっ!家の権力を笠に着て良い気になりやがって、公爵家じゃなかったら黙らせてやるのに。」
(確かゲームだと一旦アイシャが魔獣脱走事件の犯人って事がバレて見限られるんだよな。でも二学期からカシムが本格的に暗躍を始めて、俺の使用人になったアイシャに再び近づいて王族の情報を得るためのスパイとして利用してきて、その後は、、、)
「で、殿下どうしたんすか?顔が偉いことになってますよ!」
「ん、ああ悪い。」
突如、般若のように顔を歪めたセルギスに取り巻き達が驚き、急いで笑顔を取り繕う。アイシャ攻略の為のルートを思い出していたらバッドエンドの記憶が蘇り、その怒りが表情に出てしまったらしい。
”蒼天のギア”のバッドエンドだが、スタッフにの中にそう言う趣味の人でもいたのか、どのヒロインでもかなり屈辱的な寝取られ方をされるのだ。
アイシャのバッドエンドの内容は、先ずルート分岐として二学期に彼女との決闘イベントがあるのだが、このイベントでは勝っても負けても彼女と恋人になることが出来る。
しかし実は負けた時点でバッドエンドのルートに入っており、アイシャは既に薬漬けにされた上でカシムの傀儡となっており、関係も持っていることが後に判明する(決闘に勝っていればそれを防げる)
それを知らない主人公は、ハニートラップという事に気付かないままアイシャと学園生活を過ごし、一度だけ関係を持つことにもなる。
そして三年生の終盤、アイシャを通じてセルギスから王国の暗部の情報などを得たカシムはそれを他国にリーク、更にアイシャに唆されたセルギスが他国への侵略を宣言し、ヴァンドルフ王国は大陸中の国を敵に回す。勿論バッドエンドゆえ勝てるわけもなく、最後は殺された王族の血で赤く染められた王城にて縄で縛られ猿轡を噛まされ、身動きが出来ないセルギスの目の前で玉座に座っている半裸のアイシャとカシムが全てを暴露しながら行為に及び、絶望して場面が暗転して終了。
しかもアイシャがセルギスとの行為を思い出し、カシムの方がずっと気持ちいいと、あの男は下手くそだったと主人公を罵倒するおまけつきだ。
(あああ、今思い出しても腹が立つ!!ハッピーエンドはどれも泣けたのに何でバッドエンドはあんなに胸糞悪いんだよ!!!スタッフ意地が悪すぎだろ!!!)
思わず机に拳を叩きつけたくなるが、今はそれよりも何故アイシャがカシムを庇ったのかを考えなくてはいけない。
ゲームではバッドエンドだと寝取られたが、それ以外では基本的にアイシャはカシムを忌み嫌っていたはず、彼を庇う理由などどこにもない。それなのにアイシャはカシムを庇った、考えられる理由としては、
(アイツに脅されている?)
現在ゲーム知識を持っているセルギス以外でアイシャが魔獣脱走事件の首謀者(実際は違うのだが)である事を知っているのはアイシャ本人とカシムだけ、となればカシムはその事をチラつかせアイシャに自分の身を守らせると同時に公爵家のバックアップを得ようとしているのではないか?セルギスはそう考察した。
ゲームのストーリーから外れた道筋だが、これまでにもゲーム通りに進まなかったイベントがある事をセルギスは思い出す。
(エメリアとの交流イベントもなかったし、魔獣脱走事件でも終盤に出てくる魔獣が出てきた。明らかに普通じゃない。もしかして、、、)
これまでの違和感を纏め、何故シナリオ通りに進まないのか考えた瞬間、セルギスの脳裏に嫌な予感が走る。
(もしかして、、、アイツも俺と同じように元は日本人で”蒼天のギア”を知ってる?だからハーレムルートを目指す俺と同じようにアイツもヒロインを寝取るバッドエンドを目指して主人公の邪魔をしてくるのか?でもそれなら全部の辻褄が合う、エメリアとのイベントが無くなったのもアイツが邪魔をして、強い魔獣が脱走したのもシナリオを知ってるアイツが俺を殺そうとしたから、アイシャがアイツを庇ったのも、アイシャを脅して手元に置くためにと考えれば、)
実際は全く辻褄があっていないのだが、主人公のシナリオ通りに進むと考えているセルギスには辻褄があっているらしい。
そして証拠も何もないのに勝手にカシムを自分と同じ日本から転生した者と決めつけたセルギス、ふつふつと怒りが沸き上がってくる。
(ふざけやがって!テメーは悪役だぞ!なに人の女奪おうとしてんだ!!ラスボスはラスボスらしくやられてればいいんだよ!!役割を放棄して無責任にも程があるぞ!!そう言えば最近エメリアからも避けられてるし、それもアイツの仕業か!!!くそ、こんなことなら俺もアイツを殴っとけばよかった!)
第三者が聞けばとんでもない勘違い且つ身勝手極まりない考え方だが、主人公に転生したセルギスにとっては主人公がハッピーエンドになる事こそが正しいと考えている為、注意したところで聞き入れてもらえないだろう。
(絶対、アイツの思い通りにはさせないぞ!何が何でもシナリオ通りに進めて、前世ではできなかったハーレムルートに進んでやる!!)
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「あ、あの、この間は助けてくださってありがとうございました!」
「んむ?」
いつも通り校舎裏でカシムとアイシャ、猫のニコラも加えて二人と一匹で昼食を取っていた所、彼らを探していたのか、長い黒髪の女子生徒が息を切らしながら二人に礼を言う。サラダを食べていた途中なので変な声を出してしまったカシムは女子生徒に見覚えは無かったのだが、アイシャの方は彼女の事を知っていたのか、表情を明るくする。
「君は確か、エメリア=ヴァンドリックだったか?」
「は、はい、それでこの間の魔獣脱走事件の際に魔獣に襲われていた所をお二人に助けてもらって、ずっとお礼を言おうと思って探していました。」
詳しく話を聞くとエメリアは魔獣脱走事件の際、他の生徒の避難誘導をしていたがその際オルトロスに襲われそうになっていた所をアイシャに助けられたらしい、そして事件が終了した後に自分を助けてくれた駆動鎧の騎士達に礼を言おうと探していたのだが、中々見つからず最終的に学院に登録されている個人所有の駆動鎧のリストからカシム達を割り出したらしい。
因みに事件の際に自ら駆動鎧に乗って、生徒を助け出したとしてセルギスは全校集会で表彰されていたが、アイシャとカシムは活躍が知られていなかったのかされていない。
そう言えば、グライフの周りに女子生徒に肩を貸している女子がいたなとカシムが思い出していると、エメリアがクッキーが入った箱を二人に差し出す。
「それで大したお礼は出来ないんですけど、クッキーを焼いてきたのでどうぞ召し上がってください。」
「ああ、それは嬉しいが良ければ一緒に昼食を取らないか?流石に見つめられっぱなしだと食べづらい。」
「え、でも私は平民なんですけど。」
「確かに学院にはそういう身分を気にする輩もいるし、私も場によっては気に掛けるが今は唯の昼の休憩時間だ。わざわざそこを気にする程頭は固くない。」
アイシャがそう告げると、彼女の隣におずおずといった様子で石に腰かけるエメリア、男性が苦手なのかそれともカシム自身が苦手なのか、彼とは距離を取ったままだ。
その後、三人で昼食を取っているとアイシャがエメリアに話しかける。
「そう言えば、エメリアはセルギス殿下と仲が良いのか?」
「え、どうしてですが?」
「いや、風紀委員会で問題に挙がっていてな。殿下が一部の生徒と仲良くしている事を良く思わない生徒による虐めが発生しているとな。風紀委員の方でも何とかしようとしていたのだが、中々尻尾を掴めなくて、それで仲良くしている生徒というのはエメリアではないのか?」
「ええと、確かにそうですけど、私と殿下はそれ程親しくはないです。」
驚くアイシャにエメリアは話を続けていく、何でも周りからは仲が良いという風に見られていたらしいが、実際はセルギスが彼女に付きまとっていたらしい。むしろエメリアは話してもいないのに自分の家の事情を知っているセルギスに恐怖を感じている、とのこと。
また虐めの方もこの間の魔獣脱走事件以来、貴族の女子生徒が参ってしまったのか、もう彼女には関わってきていないらしい。
そんな話を聞きながらサラダを食べ終えたカシムは自分が居ては彼女達も困るだろうと考え、その場から離れようとするが、エメリアが待ったを掛ける。
「あ、何処に行くんですか?まだお礼のクッキーを受け取ってもらってないですよ?」
「え、でも僕グルムだし、そんなお礼なんて。」
「そんな事は関係ありません。貴方とアイシャさんは命の恩人なのですから、受け取ってください。」
カシムの手に無理矢理クッキーの箱を握らせるエメリア、てっきり彼女が感謝しているのはアイシャだけだと考えていたカシムは困惑するが、「食べてみてください。」というエメリアの指示に従い、クッキーを一枚、口に運ぶ。
「あ、美味しい。」
「良かったです。私、お菓子作りは得意なので。」
本来交わらないはずのヒロインとラスボスとの交流、もしこの光景をセルギスが見たのならば怒り狂ってカシムに殴りかかっていただろう。彼にとってラスボスがヒロインに近づくなどあってはならない事なのだから
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