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処刑人は英雄を夢見る  作者: 田中凸丸
5/19

5話:相棒

「よ~しよし、ニコラ。お前は今日も可愛いな。」


 新入生が学院に入学してから一か月、新入生たちも学院での生活に慣れてきて、それぞれの居場所を見つけている中、アイシャ=スォーレンは毎日のように校舎裏の野良猫と昼食を取るのが日課となっていた。

 そんな彼女の前に教室で居場所が無いカシムが、購買で買ったサラダ片手に近づいてくる。


「む、貴様か。」


「お邪魔します。」


 申し訳なさそうに頭を上げるカシムにアイシャは小さく溜息を吐くと、”好きにしろ”と言いたげな態度で野良猫のニコラと交流を続ける。一方のカシムは適当な石に腰かけ、仮面の下半分を取り外し昼食を食べ始める。


 アイシャとしては過去の歴史や家から聞かされた話、入学の理由などからグルム人であるカシムに対して色々と複雑な感情があるのだが、流石に彼のクラスの立ち位置を考えると追い返すわけにもいかないので特に何も言わないことにしている。一緒に昼食を食べ合うという訳でもなく、偶々同じ場所で昼食を食べる顔なじみと言ったところか、二人はそのような関係に落ち着いていた。


「貴様、今日も虐められたのか?」


「え?」


 いつもは無言で終わる昼食だが、今日は何故かアイシャが話しかけてくる。彼女の視線はカシムの制服に向けられていた。


「その制服、所々破れている上にシミがあるだろう。殴られたり切り付けられたり、飲み物をかけられたりしたんだろう。」


「・・・」


 無言で頷くカシムに呆れたような視線を向けるアイシャ。


「すでに貴様も理解してるだろう。この学院は貴様にとって決して居心地のいい場所じゃない。確かに夢を追うのは素晴らしいことだが、まともに駆動鎧を動かせない貴様では、騎士になるのも難しい。王妃様から承った鎧もあるが、それでも現実的ではない。」


 だから学院を去った方が良いのではないか?そう提案するアイシャに対してカシムは振り絞るように声を出す。


「・・・でも、、僕には他に場所が無い。何処へ行ったって受け入れてもらえない。」


「済まない。」


 ヴァンドルフ王国ではグルム人の肩身は狭い。そもそも過去の戦争で負けてからは正体を隠しながら各地を放浪し、王国内で見かけた例などはほとんど聞かないし、見かけたとしてリンチに遭う事や変態貴族の娯楽として猛獣と戦わされるという事もあるという。

 それだったら、一応国が運営し生徒の安全を確保している学院の方がまだマシなのかもしれない。それを理解したアイシャはその後一言も発しなかった。


―――――


「本当に何なのよ!あの平民、殿下に色目使いやがって!あああああムカつくムカつくムカつく!!!」


 カシムとアイシャが昼食を食べていた同時刻、普段は貴族の生徒達が優雅に昼食を食べている貴族専用の庭園の一角で、一人の女生徒が爪を噛みながら叫んでいる。

 また彼女程取り乱してはいないが、周りにいる彼女の友人達も苦い表情をしている。


 彼女達は先日、エメリアがセルギスに気に掛けられている事を快く思わず、エメリアを虐めていた生徒達なのだが、お灸をすえたあの日以降もエメリアがセルギスに近づいている(実際はセルギスが近づいているのだが)事に苛立ちを隠せないでいた。


「懲りない女よね、あの平民。まさかだけど、側室の立場を狙ってるとか?」


「ちょっとやめてよ!側室に成ったらあの平民に頭下げなくなるじゃん。最悪の想像させないでよ!大体あんな女、側室何て無理に決まってるじゃん!立場が違うんだから!」


「でも、この間も殿下あの平民と楽しそうに話してたよ。」


 仲間の一人が言い放った言葉に周りの空気は凍り付く、普通に考えれば平民であるエメリアが側室になるなどありえない。言い方は悪いが、精々一晩の過ちで済まされることなのだがセルギスがエメリアと話す際、余りにも楽しそうな表情をするものだから、貴族の彼女達にとっては冗談では済まなくなっていた。


「もっとあの女への当たりを強くしなきゃダメね。」


 自分達も将来の国王となるセルギスの正室や側室を目指している中、突如として現れた伏兵、それも普段彼女達が見下している平民の出身であるエメリアは貴族である彼女らにとって受け入れられない存在であった。

 そんな中爪を噛んでいた一人が恐ろしいことを呟く。


「ねぇ、あの平民。いっそ死んじゃえばいいと思わない?」


―――――


(私の教科書、酷いことになってる。)


 自分の机の中に閉まっておいた教科書がビリビリに切り裂かれている事に持ち主であるエメリアは溜息を吐く。

 王子であるセルギスと初めて話した時から、このような嫌がらせはずっと続いている。カシムへの虐めが極端に酷いだけで目立たないが、エメリアも同じように貴族の生徒からが虐めを受けていた。


(私から話しかけたことは無いんですけど。)


 エメリアが虐められている理由は彼女がセルギスと仲良さげに見えることだからなのだが、セルギスは兎も角、エメリアはセルギスに対して何の感情も抱いていない、いや寧ろ不信感を抱いている。


(殿下、一度も話したこともないのに髪飾りの事や私の家の事情を知ってたし、ちょっと怖いな)


 初めてセルギスと話した際、セルギスは自分が付けている髪飾りが母の形見である事や父が元軍人で現在は過去が原因で酒浸りの生活を送っている事を何故か知っていた。今まで話したことも出会ったこともない相手が自分のプライベートを知っているなど不気味以外の何物でもない。


 なおセルギスがエメリアのプライベートを知っている理由は勿論、前世のゲーム知識を覚えていたからだ。

 セルギスはその知識を使って早い段階で彼女を攻略しようとしていたのだが、それが逆効果になっている事を彼は知らない。


(あのグルム人よりはマシだけど、流石に少し参ります。)


 その後、昼休憩が終わり午後の駆動鎧を使った授業に入るのだが、案の定貴族の令嬢達から嫌がらせを受ける。


『きゃっ!』


『あら、ごめんなさい。私まだ駆動鎧の操作に慣れてないのよ。』


 わざと鎧をぶつけられ、地面に倒されたり。


『痛ッ!』


『ごめんあそばせ、平民はいつも首を垂れてるから見えなかったわ。』


 プッシュガンの訓練で威力を押さえた弾丸を当てられたりと散々だった。まあそれでも、突き飛ばされ倒れたところを剣で複数の生徒にタコ殴りにされていたカシムよりはマシであるが。


「さて皆さん。本日の授業は此処でお終いですが、来週からはいよいよ魔獣との実践訓練を開始します。厳しさは今以上の物になりますので覚悟してください。」


 魔獣、一般の動物を遥かに超える巨体と獰猛さを持ち多くの人間が被害になっている。駆動鎧に乗る騎士の仕事としては戦時中の出兵、駆動鎧を使った犯罪者への対処などがあるが、一番多いのは魔獣退治である。

 そして駆動鎧に搭乗する騎士を育てる中央駆動鎧騎士育成学院では勿論、魔獣の討伐も授業に含まれている。

 王国の騎士団に魔獣の生け捕りを依頼し、学院の専用の厩舎で管理、授業で生徒に討伐させるという方針を取り、教師のアドバイスを受けながら生徒は魔獣討伐のノウハウを学んでいく。

 生徒は魔獣との戦いに興奮する者、怯える者など様々だがその中に怪しげな笑みを浮かべている集団がいる事に気づいた者はいなかった。


―――――


「結局コイツに一度も乗ってないな。」


 授業の無い休日の土日、普通の生徒であれば学院の外へと買い物やデートに勤しむものだが、グルム人と言う出生と包帯グルグル巻きに仮面という怪しい風貌のカシムは街に出れば碌なことにならないと考え、貴族の生徒が個人で所有している駆動鎧の格納庫に居た。

 理由はカシムが入学祝としてアンジェリカ王妃から貰った駆動鎧”グライフ”の洗浄の為だ。王妃から承ってから一度も搭乗はしていないのだが、それでも貰った物は綺麗にしないと罰が当たるし、時間を潰すには丁度いいとして今日この場に来ていた。


 肩に抱えたモップをバケツに満たした洗浄液に浸し、(一応)相棒を綺麗にしてやろうとしているとカシムと同じようにモップと洗浄液が入ったバケツを持った人物が格納庫に入ってくる。


「む、また貴様か、良く会うな。貴様も駆動鎧の洗浄か?」


「あ、ども。”も”って事はアイシャさんも。」


「うむ、相棒を綺麗にしてやろうと思ってな。」


 格納庫に現れたアイシャはカシムの”グライフ”が鎮座している場所から少し離れた場所で鎮座している彼女の瞳と同じ藍色の駆動鎧に向い、モップで駆動鎧を拭き始める。


「これがアイシャさんの駆動鎧?見た目はカーンバルクみたいだけど。」


「ああ、カーンバルクⅤ型を私の戦い方に合わせてカスタムした鎧だ。と言ってもあくまでエーテルストリーム、エーテルファンの調整や武装のセッティングをしただけで性能は原型機と変わらないがな。」


 その後は二人共無言で鎧をモップで拭いていくが、アイシャの方は一区切りついたのか休憩に入り、水筒からお茶を飲みながら、必死に”グライフ”を綺麗にしているカシムを眺める。


「それが王妃様から承った”グライフ”か。受け取ったあの日以来私はコイツが動くのを見た事が無いが乗っていないのか?」


「うん、授業ではいつもアーヴェンクに乗ってるし、職員の人達から許可も貰えなかったから。」


「ふうむ、特徴的な頭部以外の装甲はカーンバルクに似ているな。Ⅱ型、、、いやⅢ型か。」


 世界初の駆動鎧でその歴史に名を刻んだカーンバルクは、三十年前に初めて投入された戦争以来何度もマイナーチェンジをされており、特に装甲の形状と内部フレームに搭載されているエーテルストリームが顕著だった。

 戦時中に開発されたカーンバルクⅠ型、Ⅰ型の問題点を改修したⅡ型、さらに一部のエリート騎士の為に性能を向上させたⅢ型は装甲の形状は角ばっており、エーテルストリームは一度に多くのエーテルを鎧各部に送れる”シングルストリーム”式が主流だった。

 一方の戦後に開発されたカーンバルクⅣ型からⅥ型は、装甲の形状は魔獣の爪や牙を受け流すために丸みを帯びており、エーテルストリームは一度に大量のエーテルを送れる騎士もそれ程いない事から安定性を重視したデュアルストリーム式が主流となっている。


 そしてグライフの装甲の形状は角ばっており、更に嘗て見た資料からアイシャはグライフの装甲にはカーンバルクⅢ型の装甲が使われていると予想を付けた。


「お~、良く分かったのう、お嬢ちゃん。確かにソイツに使われとるのはカーンバルクⅢ型の装甲じゃい。ま、中のフレームは全く別もんじゃがの。」


「っ!誰だ!!」


 突如聞こえた謎の男の声に、アイシャがモップを声がした方向に向けるとそこには一人の老人がいた。

 頭頂部の髪は禿げてなくなり、側頭部にのみ残っている白髪、目元を隠す派手なサングラス、南国の花があしらわれた薄手のシャツと便所サンダル。傍から言ってとても怪しい人物であった。

 警戒心を露ににじり寄ってくるアイシャに慌てて男性は自身の身の潔白を説明する。


「ちょ、ちょいまっとくれ、儂は怪しいもんじゃない。この格納庫の管理を任されとるモンじゃ。」


「む?本当か?」


「ほ、本当じゃ、じゃからそのモップを降ろしてくれんか?」


 納得したとは言い難いものの、アイシャはモップを降ろす。


「おじいさんはこの駆動鎧について詳しいの?さっきフレームがどうとか言ってたけど。」


「おうとも、伊達に長年この格納庫の管理は任されとらんよ。この格納庫にある駆動鎧は全部把握しとるわい。ん?お前さんもしやグルム人か?」


「・・・えっと、はい。」


 老人の質問に答えにくそうにカシムは応じる。”この人の好さそうな老人も自分に罵声を浴びせるのだろうか?”と彼が考えていると、老人は悲し気に少し笑うと、格納庫内に常設されている簡易椅子に座りこむ。


「・・・そうかい、王妃様がコイツを持ち出した時は驚いたが、そう言う事かい。何とも皮肉なもんじゃな。」


「あの?」


「ああ、邪魔してすまんかったのお。気にせず続けてくれんか。因みにお前さんコイツを動かしたことは?」


「一度もないです。」


 カシムの答えに老人は再度「・・・そうかい。」というとパイプをふかし始める。カシムとアイシャも休憩を終えて、鎧の洗浄を開始する


―――――


「ね、ねえ本当にやるの?」


「何今更怖気づいてんのよ。大丈夫よ、持ち出すのは弱い魔獣だし、普段は檻の中で飼われてるんだから。」


 カシム達がいる格納庫から少し離れた場所にある建物、授業で使う魔獣を管理している厩舎に職員の目を掻い潜るように中に潜入しようとしている女子生徒の集団がいた。


「ちょっと脅して怪我を負わすだけよ。それに何かあったとしても、私の家は伯爵家だから、パパに言えばもみ消してくれるわ。アンタだってあの平民の女が気に入らないんでしょ。」


「そ、そうだけど。」


 彼女達はエメリアを目の敵にしている貴族の女子生徒の一部であり、未だに学院に在籍し、セルギスにちょっかいを掛けているエメリアを学園から追い出すための企みに必要なものを用意する為、この厩舎に忍び込んでいた。


 その企みは至極単純、厩舎から数匹の魔獣を檻から出し、エメリアを襲わせ彼女に怪我を負わせて退学に追い込むという内容である。流石の彼女も生身で魔獣に襲われては心身ともに無事では済まないだろう。そうすればエメリア自身の意思で退学を選ぶはずだし、もし再起不能な重傷を負ったり、最悪死亡しても伯爵や侯爵など多大な権力を持つ親がいる彼女達は親に頼ればもみ消してもらえると考えている。


 普通であればとんでもない考えだが、貴族と言う立場で育ってきた彼女達にとって平民とは別に居ても居なくてもどうでも良い存在であり、エメリアが死んだところで痛む心は持っていなかった。


 そして、警備員の目を掻い潜りながら厩舎に忍び込んで行く彼女達、奥に進んで行くと彼女達の目に多くの魔獣が閉じ込められている檻が映る。


「よし、此処ね。ちゃんと鍵と首輪は用意した?」


「う、うん職員室から盗んできたけど。」


 先頭を行く生徒に別の生徒が、懐から出した鍵の束と首輪を渡す。鍵は魔獣が閉じ込められている檻の錠を開ける為のもので、首輪はエーテルを電気に変換する機能が搭載されており、これで魔獣が暴れないようにするのだ。


「さてと、それじゃどんな魔獣をあの平民にけしかけようかしら?」


 楽しげに自分達の目の前に広がる檻から魔獣を品定めして行く伯爵家の令嬢、ある魔獣が数匹閉じ込められた檻が目に留まる。

 檻の中にいる魔獣は大きさは四メートル程の犬型の魔獣だが、首が二本あり、口からは鋭い牙が覗いている。


 オルトロス。首を二つ持ちその牙と爪で人に襲いかかる魔獣、巨大なものになると駆動鎧の装甲にも傷をつけるという。


「これなんかいいんじゃない?これが目の前に現れたらあの平民、小どころか大きい方も漏らしながら逃げるんじゃないかしら?」


「で、でも、この魔獣じゃ、本当に死んじゃうんじゃ?それに檻から出したら私達も襲われるんじゃ?」


「さっきも言ったでしょ!今更何怖気付いてるのよ!もし何かあってもパパが揉み消してくれるし、こっちには首輪があるのよ!こいつら首輪を見たら怯えるように躾けられてるの!暴れても首輪にエーテルを流し込めば、それで大人しくなる!私達に危険が及ぶ心配はないの!さっさとコイツを檻から出すわよ!」


 直前になって怯え始めたクラスメイトを苛立たしげに睨みながら、鍵を持った令嬢が鍵を檻の鍵穴に差し込み、解錠し檻の扉が開けられる。

 他のクラスメイトが、扉を開けた令嬢から数歩離れて様子見をするが、檻に閉じ込められたオルトロス達は特に何もアクションは起こさない。


「ほら見たでしょ!コイツらは躾けられてるの、私達を襲うわけないじゃない!さあ、アンタ達!私がアンタ達はのご主人よ!今から首輪をつけるから大人しくしてなさい!」


 檻の中のオルトロス達が大人しくしていることから、調子に乗った伯爵家の令嬢は首輪を掲げながらオルトロス達に近づいて行く。


 だが彼女は知らなかった。別にオルトロスは彼女達を怯えているわけではなく、ただ相手にしていないだけという事を。そして本来なら駆動鎧を用いて先に首輪を付けてから魔獣を檻から出すことを。


 令嬢が首輪をオルトロス達に見せつけた瞬間、彼らの脳裏に無理矢理首輪を付けられ、苦しめられた記憶がフラッシュバックし、令嬢と彼女から少し離れた位置にいる女子生徒達を敵と認識する。


「よし、まずはアンタよ!さあ、動か・・・プゲッ!」


 令嬢が一匹のオルトロスに近づいたその時、オルトロスの鋭い牙が、令嬢の頭を食い千切った。


厳しい意見も糧としますので、感想をバシバシお願いします!!

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