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処刑人は英雄を夢見る  作者: 田中凸丸
2/19

2話:授業

三話は今日の夜か明日の昼頃に投稿します

 二時間目の始まりを告げるチャイムが鳴り、女教師が生徒に席に座るよう指示する。その際にボロボロになっているカシムを見つけたのだが、何も言わないどころか、鼻で「フンッ」と笑う始末だ。


「さて二時間目では、戦争を勝利に導いた兵器であると同時に我が校の存在理由でもある”駆動鎧”の成り立ち、基本構造などについて学んでいきます。まず成り立ちですが最初の授業で取り上げた通り、作られたのはグルムとの戦争時です。常人の数倍の”マナ”を保留するグルムに対して我が王国は半永久的なエネルギーである”エーテル”に目を付け、エルフやドワーフと協力し、そのエネルギーを弾性エネルギーや熱エネルギーに変換し、従来の鎧に組み込み巨大化、内部に人間が入って操縦する”駆動鎧”を開発したのです。そして世界で最初に開発された”駆動鎧”である”カーンバルクⅠ型”は前線にて活躍し、我が王国を勝利へと導きました。その後”駆動鎧”の優秀さが明らかとなり、国は”駆動鎧”に搭乗する”騎士”を育成する学び舎、”中央駆動鎧騎士育成学院”つまり本学院を設立したのです。」


 成り立ちを説明し終わると、今度は女教師が黒板に人型の簡易的な鎧の絵を書いていく。恐らく”駆動鎧”の説明をするために書いたのだろう。


「”駆動鎧”は基本的に二つの構造に分けられます。騎士が乗り込む内骨格の”エーテルフレーム”。”エーテルフレーム”に装着する外装の”エーテルエクステリア”の二つに分けられます。ではこの二つにはどのような機能があるでしょうか?エメリアさん、お答えください。」


 女教師に言い当てられたエメリアと言う女子生徒が慌てて立ち上がり、答える。


「はい、”エーテルフレーム”には搭乗者の大気中のエーテル吸収率を上げる”エーテルファン”と吸収したエーテルを体の各部のコネクタへと流動させる”エーテルストリーム”、遠征時などで乗り込んでいる騎士の負担を減らすために微量の”エーテル”を貯めこんでおく”エーテルタンク”があります。”エーテルストリーム”には”エーテルエクステリア”にエーテルを送る機能があります。現在”エーテルストリーム”は安定性を重視した少ない量のエーテルを複数のラインで送る”デュアルストリーム”が主流です。次に”エーテルエクステリア”ですが、こちらには使用者を守る外装の他に”エーテル”によって弾性エネルギーを発生し、伸縮を行う人工筋肉結晶及び、エーテルを熱や電気など別のエネルギーに変換するための変換炉、照準補正などの使用者の補助を行う補助機能などが内蔵されています。この二つが合わさることで、使用者は膨大なエーテルによって驚異的な力を発揮します。」


 エメリアの回答に女教師が満足げに頷きながら着席を促すと、今度は”駆動鎧”の変遷を説明していく。


「世界初の駆動鎧である”カーンバルクⅠ型”。この駆動鎧の設計、製作の陣頭指揮を執っていたのが駆動鎧の権威、ドクターハワードです。彼が作ったカーンバルクの設計はとても優秀で現在カーンバルクはⅥ型までありますが、基本的な設計は何も変わっていない事から彼の優秀さがわかります。また集団戦に特化した”ジャルバク”や長距離の跳躍が可能な”フロッギー”なども一部にカーンバルクの設計を流用しております。」


 その後も駆動鎧の講義は続いていき、役割の違いによる駆動鎧の運用法、各国の特色が反映された駆動鎧などの生徒に説明していき、二時間目が終わる。


「それではこれよりお昼休みに入ります。午後は実際に駆動鎧に乗り込んでの実践訓練となりますので、皆きちんと昼食を取り、午後の訓練に備えるように。」


―――――

 

 カシムが昼食を取るために購買でサラダを買い、教室に戻ると彼の机の上は悲惨なことになっていた。飲み終わったジュースや食べ終わった弁当のゴミ、”死ね!””学院に来るな!””能無し!”など考えられる限りの悪口の落書き。 

 元々周りから忌み嫌われている事は知っていたし、怪しい恰好をしている自分が周りに不快な思いをさせている事も知っている。それに自分から騎士になりたいと学院への入学を希望したので文句を言うのは筋違いである事も理解しているのだが、それでも初日からこんな扱いを受けてしまうとうんざりしてしまう。


 このまま教室で昼食をとっても、何かしら邪魔が入るだろうと考えたカシムは一旦教室を出て、人のいない場所で食事を採ろうとするが、彼が教室を出ていく瞬間、飲みかけのジュースのパックを投げられ、制服を濡らしてしまう。


―――――


「本当に嫌われてたんだな。」

 

 学院の裏庭、花壇もなく雑草しか生えていない生徒が来ないような場所でカシムは適当な大きめの石に腰かけ、器に入ったサラダを食べている。

 本来年頃の男子の昼食がサラダだけというのは余りに貧相で、午後の訓練では体力が持たないだろうが、()()()()によりカシムは肉を食べることが出来ないので、サラダだけしか食べれない。

 一人校舎裏、寂しくわびしい弁当を食べるという傍から見れば涙を流してしまいそうな状況の中、カシムは一人呟く。


「外に出ればもしかしたらと思ったけど、、、」


 王国の管理課に置かれて15年、とある貴族の家に軟禁されて決められた日にしか外出できず、外出できても周りから石を投げられる日々、それでもきっと自分の居場所はあるはずだと期待を持って学院に入学したのに、その期待は一日で裏切られてしまった。

 カシムが午前で自分の身に起こったことを振り返り涙目になっていると、草むらからガサガサと音がし、一匹の猫が現れる。


「何だい、君も一人かい?」


 自分にすりよってくる猫を撫でようと猫に近づくが、その瞬間猫が突如として苦しみだす。


「これは?、、、不味い!」


 苦しみだした猫に対しカシムは、辺りに生えている雑草の内の一つを見て猫が苦しみだした原因に気付き、急いで猫の首を掴んだ。


―――――


「殿下急にどうしたのです?こんな所に何か用事でも?」


「いいから黙ってついてこい。」


 カシムが昼食を取っていた同時刻、いずれはヴァンドルフ王国のトップの座に立つであろう男、セルギス=ヴァンドルフも幼い頃からの付き合いである複数の取り巻き(本人たちは友人と思っている)を引き連れて、校舎裏へと向かっていた。

 何故未来の王が人目を隠れるような場所へ向かっているのか?普通の人ならば、立場故に人が群がるのを煩わしく感じて校舎裏に逃げ込んできたのだろうと考えるかもしれないが、セルギスと長い付き合いで、人前では一見気さくながら実際は目立ちたがり屋であるセルギスの本性を知っている取り巻きは疑問を感じていた。


「よし、お前らそろそろだ。静かにしてろよ。」


 教室で自己紹介をした時のような丁寧な口調ではなく、乱暴な口調で取り巻きに命令をしていくセルギスだったが、裏庭の草むらをかき分けていくと目的のものを見つけたのか、口に指を当て取り巻きに静かにするよう指示する。

 

「お前ら見てみろ、あれがアイツの本性だ。」


 音を立てないよう気を付けながら、セルギスの後ろを付いていった取り巻き達だったが、セルギスの先にある光景を見ると驚くと同時に憤慨する。

 

 そこには包帯と仮面で顔を隠したグルム人の男と猫がいたのだが、問題は男の行動だった。男は猫の首を掴んで押さえつけているのだ。押さえつけられた猫は苦しそうにし、やがて口から野草が混じった吐瀉物を吐き出す。

 流石にグルムの男もこれ以上はマズイと思ったのか、猫から手を放すが、そもそもか弱い猫を虐めている時点で許されることではない。


「こんな小さな猫を虐めて楽しいか?」


 我慢が出来なくなった取り巻きがグルムの男を懲らしめようとするよりも先にセルギスが立ち上がり、グルム人の男、カシムに立ちはだかる。


「セルギス殿下、何故こんなところに?」


「それはこっちの台詞だな。こんな人気のない所で猫を虐めて、教室での虐めのストレスを猫にぶつけていたのか?やり返す気概もなく自らよりも弱い猫を虐める、腐った性根だな。」


「ち、違、」


「言い訳をするな!そもそも虐めを受けた原因はグルム人が三十年前、戦争を仕掛けてきたからでグルム人である貴様自身の罪だろう!侵略者の癖に被害者気どりか!言っておくがこれは教師の方達にも報告させてもらうぞ。貴様のような下衆を私は決して見逃しはしない!」


 カシムが何かを言おうとするが、セルギスは聞く耳を持たずカシムを糾弾する。そんなセルギスに周りの取り巻きも同調し、結果としてカシムは彼らから”被害者気どりでか弱い動物を虐める卑怯者”として認識されてしまった。


「殿下、こんな下衆と同じところに居ては殿下にも悪影響が出てしまいます。早く教室に戻りましょう。」


「ああそうだな。俺もこんな下衆と同じ空気は吸いたくないからな。」


 そう言ってセルギス達はカシムに侮蔑の視線を向けながら、裏庭から去っていった。この時セルギスの取り巻き達はセルギスが、


「バッドエンド回避の為にも危険な芽は早めに潰すに限るよな。」


 と呟いたことには気づいていなかった。


―――――


(子猫を助けようとしてことは素晴らしいが、相手の話を聞かずに大勢で糾弾するとは、殿下のあの悪癖はまだ直っていないか。)


 セルギスがカシムを糾弾してい時、彼らは知らなかったが実はもう一人、彼らから少し離れた場所でセルギス達を覗いていた女子生徒がいたことを。


 毎日丁寧に手入れをしているのだろう艶やかな金髪、宝石のような輝きを放つ藍色の瞳、日頃の努力の賜物であろう豊満な胸部とは反対に細い腰つき、男性を魅了する要素を詰め込んだような容姿の女性だ。

 自慢の金髪を後ろで纏めている女子生徒の名はアイシャ=スォーレン。ヴァンドルフ王国の貴族の中でも最高位の公爵の生まれで王家とも親交がある有名な家の生まれである。


 そんな彼女が何故、セルギスのストーカーのような真似をしているかと言うと理由は簡単で、彼女は王家から依頼されてセルギスを監視するために学院に入学したからだ。

 次期国王という立場は色々と面倒で、国家転覆をもくろむ輩の暗殺の標的になったり、少しでも次期国王に相応しくない態度を取れば揚げ足を取られたりしてしまうのだ。

 それを防ぐため、王妃から直々に依頼されセルギスを監視し、次期国王に相応しくない行動を取った場合、即座に諫める役割を請け負っている。なお暗殺されそうになった際の護衛はまた別の経験豊富な騎士が就いている。


 現在もセルギスが、急に取り巻きを引き連れて裏庭に向ったことを知り、急いで追いかけてきたのだが、彼が取った行動に少しだけ呆れてしまう。


「昔から正義感は強いのだがなあ。」


 思わず溜息が出てしまう。セルギスの子猫を虐めていたグルムを糾弾するという行為は素直に賞賛に値するのだが、相手の言い分を全く聞かず、自分の味方を大勢引き連れている事には賛成できなくなってしまう。


 これはセルギスの昔からの悪癖であった。正義感の強いセルギスは自らが納得できないことがあると、兎に角首を突っ込むのだが、その際相手が絶対に悪いと決めつけて相手の言い分を聞かない所があった。それだけではない、常に自分に味方をする取り巻きを多数引き連れ、自分が正義、相手が悪という状況に相手を追い込んでしまうのだ。しかも本人が無自覚なのが余計に質が悪い。

 王妃からもこの悪癖だけは、卒業までに何とか直して欲しいと言われているが、それは難しいかもしれない。


「ハア、ん?どうしたお腹でも空いたか?」


 セルギス達とカシムが居なくなった裏庭で、これからの苦労に溜息を吐いていると先程カシムに首を抑えつけられていた子猫が、彼女の膝にすり寄ってくる。


「苦しかっただろう。大丈夫か?よしよし、この甘えん坊め。」


 膝を曲げ猫の喉を撫でるアイシャ。すると膝を曲げて視線が低くなったことで彼女の目にある雑草が映る。


「ん?これはセリリの葉か、何故こんなところに。用務員がサボっていたのか?」


 アイシャの目に入った雑草はセリリと呼ばれる雑草で、甘い香りがし、一見ハーブの一種と間違われるのだが実際は毒性があり、体内に取り込むと腹痛などを催し、鳥や猫などの小動物の場合は最悪死に至る。


「まさか、あのグルムの男がお前の首を抑えつけていたのは、、、セリリを間違って口にしたお前から、セリリの葉を吐き出させる為?」


―――――


「それではこれより午後の授業、実際に駆動鎧に乗り込んでの実践訓練を始めます。」


 グラウンドに集まった生徒と女教師、彼らの前方には膝をつき、両手に握り拳を作り、地面に降ろしている六メートルほどの人型の金属の塊、駆動鎧が幾つも並んでいた。


「こちらの鎧が本日皆さんに乗ってもらう駆動鎧”アーヴェンク”です。こちらは”カーンバルク”の設計を流用し、一部戦闘用の機能を排除し、駆動鎧の操縦技術習得の為に作られた訓練機です。」


 確かに女教師の言う通り、アーヴェンクには戦闘用と思わせる特徴が殆どない。戦闘用のカーンバルクと比較すると装甲のある部位が少なく、また装甲そのものも薄い。頭部に搭載されている搭乗者の視界を補助する照準補助器もカーンバルクでは敵機の攻撃から守るバイザーがあるのに対して、アーヴェンクにはそれが無い。恐らく照準補助器自体もカーンバルクとは比較にならない程、性能が落とされているのだろう。


「それでは皆さん割り当てられた番号のアーヴェンクに搭乗してください。本日は駆動鎧の操縦に慣れた後に模擬線をしてもらいます。」


 カシムが割り当てられた駆動鎧に近づくと自動的に胸部の走行が展開し、内部に入るよう促す。初期型の駆動鎧は専用のスーツを着ないと衝撃で搭乗者が死ぬことがあったらしいが、その欠点を克服した”カーンバルクⅡ型”からはその必要は無くなったので制服のままで問題ない。


 カシムが乗り込んだことを認識したアーヴェンクが胸部装甲を閉じ、それを確認したカシムがコクピットの目の前にある鍵穴にエーテルファンの起動鍵を差し込み回すと、重厚な音がして駆動鎧が立ち上がり、コクピットの上部から搭乗者である騎士を衝撃から守るためのバーが下りてカシムを固定する。


 コクピットシートの背部からアームを介して両腕の横に現れた五つのトリガーがあるレバーを握り、両足をコクピットシートの下にあるペダルに引っ掛けるとカシムは左足のペダルを上向きに動かし、それに連動するようにアーヴェンクも立ち上がる。


 照準補助器から投影される周りの光景を見ると他の生徒達も軌道には成功しているようだ。というより逆にカシムが起動が一番遅かったらしい。


「さあ、それでは皆さん先ずは歩くことから始めてください。その次は走ることからですよ。」


「えっと、歩くのは右足のペダルで方向転換は左足、首は騎士本人と連動してるんだっけ?」


 女教師の指示に従い、カシムは固定された四肢から”エーテル”を鎧に流し込み、足元のペダルを操作する。

 

 駆動鎧は基本的に下半身をコクピットの足元にあるペダルで、上半身を腕でレバーを操作して動かす。

 これは可能な限り、感覚的に動かせるように設計されている為で足などの下半身を動かす場合、右足をペダルを前に傾けることで前進、後ろで後退、左右で横歩き、左足のペダルで傾けた方向に駆動鎧を方向転換、傾きの調整、姿勢の制御を行う。

 上半身は両腕のレバーで操作を行い、指にそれぞれあるトリガーを引くことで引いた指と同じ駆動鎧の指が曲げられるよう作られており、その気になればジャンケンすらも出来てしまう。

 また首の動きは騎士本人と連動しており、駆動鎧が見た方向がそのまま騎士が見ている方向となっている。

 これら設計者の努力により駆動鎧は複雑な操作なく、悪く言ってしまえばゲーム感覚で動かせる代物となっている。まあ、それでも搭乗者の技量による違いは出てしまうのだが。

 

 生徒達が動かし方を思い出しながら、前進をしていくが初めて駆動鎧の搭乗し操縦に慣れず、足元が覚束ない者も多い中、セルギスのみ慣れた様子で歩き出しており、皆感嘆の声を挙げている。逆に一番遅く歩き出したのはカシムが搭乗しているアーヴェンクであった。


「ふん、所詮グルムのお前には鎧は乗りこなせないんだよ。さっさと学校やめちまえ。そうすりゃバッドエンド回避で一気にハーレムルートだ。」


 誰も聞く者がいない狭いコクピットの中、セルギスは一人呟く。

 




 

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