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前編


「奇遇だね、カレン! お茶でもどう?」


 嫌になるくらい軽薄な誘いを無視して、私は歩調を速めた。せっかくの休日が台無しだ。

 ただでさえ、休みも返上するほどの繁忙期。季節の変わり目、とくに社交シーズン前のこの時期は、私の職場であるキールソンのドレス工房にたくさんの注文が舞い込む。

 シーズンが始まってからも気は抜けない。しばらく忙しい日々は続く。


 そんな中でやっと回って来た休日を、こんな男に邪魔されたくない。

 男の名は、ジェイミー・アンダーソン。キールソンの店の上得意客である準男爵様の、若き従者である。よく主人の使いで店に来るので知人と言っても差し支えない関係だが、お針子たちの中でもあまり愛想がいいとは言えない私をからかって楽しむ嫌な男だ。そのくせ、他のお針子たちには礼儀正しく接していて、人好きのする容姿も手伝って非常に評判がいい。はっきり言って苦手だ。


「カレン、無視することないだろ?」


 こっちは必死に早歩きしているというのに、ジェイミーは長い脚で悠々とついてくる。そんなところも、本当にむかつく。

 このままでは目的地までついてこられかねない。私は足を止め、ジェイミーを睨み据えた。


「お茶は結構です。ついてこないで」


 ジェイミーは猫のような琥珀色の目を見開いて、驚きをあらわにする。


「ついてこないで、って……。これから裏通りのカフェに行くんだろ? 俺もそこに用があるんだけど」


 そこまで聞いて、私の休日計画は即座に変更された。声をかけて来た時から、私の目的地は予想されていたらしい。

 踵を返して反対方向へ歩き出した私を、ジェイミーは本気で慌てて追いかけてくる。


「ちょっとちょっと、どこ行くの? 新作のケーキ、売り切れちゃうよ?」

(どうしてそんなことまでばれてるのよ……)


 少しうつむけた私の顔を覗き込むようにかがんだジェイミーの瞳に、案ずるような色が宿る。


「楽しみにしてたって聞いた。食べに行こうよ、俺のことは置物とでも思えばいいさ」


 こういうところが小狡いのだ、この男は。


 確かにいくら苦手な人間と同席するのが嫌だからといって、ここ数日そのために仕事を頑張ったと言っても過言ではない新作ケーキをあきらめるのは悔しい。

 ジェイミーは聞かなくても自分のことをぺらぺらと人に話すので、知りたくなくても知ってしまったのだが、自他ともに認める甘党らしい。たまにカフェや菓子店で遭遇することもあるので、間違いないだろう。

 つまりもともと目的地が一緒だっただけで、たまたま同じ日、同じ時間に同じ新作ケーキを食べるだけの通りすがりだ。


 お言葉に甘えて、置物扱いすることにしよう。


「その言葉、忘れないでよね」


 あきらめた私がそう告げると、ジェイミーは目を細めて嬉しそうに笑った。

 





 キールソンの店がある表通りの一本裏、通称裏通りにあるそのカフェは、隣国出身の菓子職人とその家族が営む人気店だ。季節ごとに新作ケーキを売り出すので、この街に住む甘党は一人残らず足しげく通っていることだろう。かくいう私も、その一人である。看板娘である給仕の子とは、世間話をするくらいには仲良しだ。


「いらっしゃいませー! あら、カレン! お疲れ様!」


 ……そんなに疲れた顔をしているのかな。この時期のドレス工房が繁忙期であることは周知の事実だからそれをねぎらってくれただけかもしれないが、少しだけ自分の顔色が気になりだした。


「今日はジェイミーも一緒なのね。二人とも、新作とカフェオレでよかったかしら?」


 私たちを窓際のテーブル席に案内しながら、彼女はにこにこと注文を確認する。溌溂とした愛想のよさが、いつも羨ましい。


 注文を待つ間、私は窓の外に視線を向けた。

 店内に広がるコーヒーの香りと、甘いお菓子の香り。それを感じながら、道行く人々をぼんやりと眺める時間が好きだ。人々の顔よりも服ばかり見てしまうのは、職業病だから仕方ない。


「はい、お待たせしました!」


 テーブルに、ケーキの皿とカフェオレが二セット置かれる。束の間ジェイミーの存在を忘れていたことに気がついてはっとした。ほんの少しだけ、気まずい。

 ちらりと伺うと、ジェイミーは満面の笑みだった。わずかに目尻の吊り上がった猫目が、糸のように細くなっている。


 今回の新作は、見た目にも可愛らしいベリーのタルトだ。私の顔も、きっとジェイミーのように緩んでいることだろう。

 私をからかって遊ぶ悪癖がなければ、そう悪い人でもない。ケーキを前にした私は、いつもより寛大な心で優雅な休日を邪魔するジェイミーの存在を許すことに決めた。


 ケーキを堪能して店を出て別れるまでの間、私は本当に置物よろしくジェイミーに話しかけなかったが、当の本人は終始にこにこと楽しそうだった。

 





 休日とは、なんて短いものなのだろう。

 眠い目をこすって起き出して、身支度を整える。気を抜くとまた寝てしまいそうだ。

 これでも、一番下っ端だった頃よりはゆっくり寝ていられる。十六の年から住み込みで働き始めて四年間、ミアという後輩ができるまでは私が一番下っ端だった。誰よりも早く起きだして、店の前の掃除と花の水やり、郵便物の受け取りをしなくてはならない。郵便が届く時間にはみんな食堂にそろい始めるので、配って回ってからようやく朝食だ。


 早起きはつらかったけれど、一つだけ楽しみもあった。郵便配達員のロイ・コルトナーのことを、ちょっとだけいいな、と思っていたから。ロイは私の一つ年上で、私が働き始めたころはまだ新人という感じだった。たまに失敗しながらも懸命に働いているその姿に、親近感のようなものを感じていたのだ。見た目や雰囲気がちょっと子犬っぽくて、好みだったというのもある。

 そのロイはといえば、ミアが働き始めた初日、私が引き継ぎとして紹介したその瞬間に、彼女に一目惚れした。恋というほど確かな気持ちではなかったけれど、あっけなく私の好意は行き場をなくしてしまった。


 思えば昔からそうなのだ。私の顔立ちは十人並みで、おまけにそばかすもある。髪も平凡な茶色で、瞳もちょっと緑っぽいけどやっぱり茶色だ。そして愛想もよくないし、素直でもない。そんな私は、ロイのような純朴な男性に好かれたことがない。私に寄って来るのは、女とみれば誰でもいいようなろくでもない男と、遊び半分でからかって楽しむ悪趣味な男くらいである。


 ミアのことは大好きだし可愛がってもいるので、ロイとの仲を邪魔するつもりはこれっぽっちもない。けれど、ミアのように一途な想いを向けられてみたいと羨んでしまうのも事実だ。

 まあ、ないものねだりしても仕方がない。今は仕事が恋人だ。


 そろそろ朝食の時間だ。部屋を出る前に、ミアとの相部屋である寝室の換気をすべく、窓を開ける。二階の窓から表通りを見下ろすと、ちょうどロイが郵便を届けにやってきたところだった。


 二人の楽し気な会話が、微かに聞こえてくる。ミアはなかなか見ないくらいの美人で、気立てもよければ仕事覚えも早い。ロイの片想いはわかりやすすぎて、店のお針子たちは全員知っている。気づいていないのはミアくらいだろう。ロイには高嶺の花だと揶揄する声もあるが、私は結構お似合いだと思っていた。現に、毎朝ミアは楽しそうだ。ロイ、頑張ってるなあ。私は謎の上から目線でうんうんと頷いた。





 今日も仕事が始まった。今日の私の担当は、店番をしつつドレスの袖にフリルをつける作業だ。このドレスを注文したのはさる投資家のご令嬢で、フリルが大好きなことでひそかに有名である。たくさんフリルをつけなくてはならないので大変ではあるが、出来上がりがまあなんとも豪華なのでちょっと楽しい。

 自分が着る物でなくとも、かわいい服、美しいドレスというものは、心を躍らせる。


 午前中はほとんどお客さんが来なくて、静かなものだった。おかげで作業がはかどって、もうほとんど仕上げの段階だ。とある子爵家へ注文の品を届けに行っているマダム・キールソンが帰ってきたら、最終確認をしてもらおう。


 そろそろ誰かに代わってもらって昼食をとってこようか、と思い始めたとき、ドアベルが涼やかな音を立てた。


 店に入ってきたのは、きれいな茶髪をきちんと撫でつけて整えた長身の男。従者の制服であるテールコートを嫌になるくらい着こなしている。こちらの方が見慣れているはずなのに、少し前の休日のラフな格好との差にわずかに動揺した。


 カウンターに座っている私を見て、ジェイミーの猫目は半月型に細められた。


「カレン! 君が店番なんて幸運だ」


 私は不運だわ。出かかった言葉を飲み込んで、精一杯の愛想笑いを顔に貼り付ける。


「今日はどういった御用でしょうか?」


 我ながら、完璧な接客だ。客が誰であれ、態度を変えるようなことはあってはならない。

 しかし奴は、私の努力もむなしく、心底愉快そうに吹き出した。


「やだなあカレン、敬語に愛想笑いだなんて。君と俺の仲じゃないか」

「……仕事中ですから」


 およそ接客中とは思えぬ低い声が出てしまっても、仕方がないと思う。


「大体、なんですか。誤解を招くようなこと言わないで」


 私が言い返すと相手はことさら楽しそうにするのをわかっていても、つい言い返してしまう。

 ジェイミーは肩をすくめたが、目は依然笑っている。


「別に、誰も聞いてないだろ。君は気にしすぎ」


 ジェイミーは知らないかもしれないが、客が注文をしたり既製品のドレスを見たりするこの部屋のすぐ裏が、お針子たちの作業室なのだ。意外と店内の会話は聞こえるものなのである。


 それでも、客相手にいつまでも不機嫌な対応をしているわけにはいかない。気を引き締めて、表情を改めた。

 もう冗談交じりの雑談に応じないことが伝わったのだろう。ジェイミーも愉快そうな笑みを引っ込めて、持っていた鞄から封筒を取り出した。


「……まずはこれを、マダム・キールソンに」


 ジェイミーの主人である準男爵様は、かなりの得意客であり、こうしてたびたびマダム・キールソンにあてた礼状をよこす律儀な方だ。


「たしかに、受け取りました」


 まずは、ということは、きっと新しい注文もあるのだろう。私はジェイミーをカウンター脇のテーブルセットに案内した。

 手早く紅茶を用意する。向かいに私が腰かけるのを待って、ジェイミーは切り出した。


「今回も、少し無茶な注文になってしまうことを、主人に代わって先に詫びておくよ」


 きた。

 準男爵様は、夫人への贈り物としてよくうちのドレスを注文する。夫人は流行にとても敏感な方みたいで、彼女を喜ばせるために無茶な納期を設定して最先端のデザインのドレスを作らせるのだ。その分、かなりの料金を上乗せしてくださる。

 今回は、大方「あれ」だろう。


「この間、領主様の館で開かれた夜会で、領主夫人がお召しになっていたドレス。ここのらしいね」


 件の夜会で話題をさらった領主夫人のドレスは、マダム・キールソン渾身の新作だ。ほとんど全身に施された繊細な刺繍は銀糸を使っていて、シャンデリアの光を受けて複雑な輝きを魅せるようになっている。


「あれに似たデザインで、一着作ってほしいんだ。主人は、色などは全てマダムに任せると」

「承りました」

「詳しいことは、さっきの礼状にも書いてある。支払いはいつも通り、納品のときに」


 ここまでは、ほぼ決まったやりとりだ。問題は納期である。


「それで……なんとか、来週末にある子爵家の夜会に間に合わせてもらいたい」

「ら、来週末……」


 これは、今までで一番短い納期じゃないだろうか。デザインは領主夫人のものをアレンジすればいいとはいえ、とてもオートクチュールのドレスを作れる期間ではない。


 けれど、マダム・キールソンの信条は、マダム自身が徹夜をしてでも、顧客の希望通りの納期に間に合わせることである。きっと彼女は二つ返事で引き受けるだろう。

 私にはイレギュラーな納期の決定権がないので、ここはいったん保留だ。


「正式に、その納期でお受けするかどうかは、マダムに話を通してからになりますが、いいですか?」

「もちろん。……今日、マダムはいつ戻られる?」


 私は店内の壁にかけられた時計へ目をやった。


「お昼過ぎの予定なので、あと一時間もすれば戻るかと」

「わかった」


 ジェイミーの声音が、少し嬉しそうに弾んでいる。不思議に思って彼に視線を戻すと、いつもの笑みが浮かんでいた。


「カレン、そろそろ昼休憩だろ? どうせ俺はマダムの返事を聞いてからじゃなきゃ帰れないし、ちょっと付き合ってよ」


 私は、思わず顔をしかめそうになるのを必死で耐えた。きっと顔が引きつっているんだろう、ジェイミーの笑みが深まる。


「君ってほんと、感情が顔に出るよね」

「……余計なお世話よ」

「素直じゃないなあ」


 私の反応ににやにやと笑っていたジェイミーは、今度はすっと真剣な表情になった。


「そんなに、俺のことが嫌い?」


 正面切って聞かれたことは今までなかったので、私は返答に窮してしまった。

 ジェイミーは苦笑した。


「正直に答えてよ」

「……嫌いでは、ないですけど」


 やっぱり、苦手だ。やっとのことで口にすると、ジェイミーはさみしそうに言った。


「君はお人好しだな」


 空気が重苦しい。苦手な相手でも、傷つけたかと思うと怖くて顔があげられなかった。

 すると、奥の作業室からミアが顔を出した。彼女は気まずそうに言う。


「カレンさん、私が留守番するので、そろそろお昼に……」


 後輩にまで気を遣わせた情けなさに、嫌気がさした。

 こうなったら、もうはっきりさせてしまいたい。

 私は覚悟を決めて、ジェイミーに向き直った。


「話したいことができたから、お昼、ご一緒するわ」


 いつもひょうひょうとしているジェイミーの瞳に、さっと怯えのような色がよぎる。

 けれど彼はすぐに笑顔を作った。


「……ありがとう。じゃあ、行こうか」






 こんなに静かなジェイミーは、はじめてだ。いつも何かと楽しそうにしゃべっているし、私をちょっと怒らせるようなことを言っては笑っているのに。


 向かい合って食事をしている間、彼は裁きを待つような神妙な表情だった。

 皿が下げられ、食後の紅茶が運ばれてきたところで、私は意を決して口を開いた。


「さっきの話だけど」


 ジェイミーの琥珀色の瞳に浮かぶ色を伺いながら、続ける。


「あなたのことが、嫌いなわけではないわ。ただ……少し、苦手なの」

「……うん」

「私をからかって遊ぶのをやめてもらえれば、その……もう少し、苦手ではなくなると思う」


ジェイミーの猫目が見開かれた。


「遊び半分の冗談に付き合えるような、余裕、みたいなものが、私には無いし……大体、どうして私なの? あなたなら、会話とか、食事とか、付き合ってくれる女性が他にいるでしょう?」


 驚いた表情で聞いていたジェイミーは、とうとう耐えるように目を閉じ、重苦しい息をついた。


「……まさか、ずっとそんな風に思ってたのか……」


 ジェイミーは眉根を寄せ、辛そうに顔を歪めた。初めて見る表情に、私は戸惑ってしまう。

 彼は絞り出すような声音で言った。


「ずっと、不快だった? 本当にごめん」


 そんなに真剣に謝られると、かえってこちらが悪いみたいだ。うんざりしていたし、困っていたのは確かだけれど、不快とまで感じていたかといわれると、わからない。

 ジェイミーの瞳は、罪悪感に塗れていた。


「遊んでるつもりはなかったんだ。君の反応が可愛くて、つい……」


 言い訳がましいな、とジェイミーは自嘲した。

 彼は大きく深呼吸すると、私の目をまっすぐに見つめる。


「俺は本気だよ。初めからずっと。少なくとも、その気もないのに女性をお茶や食事に誘うなんてことは、俺はしない」


 一瞬、何を言われたのか理解が追いつかなかった。

 そんな私を追い詰めるかのように、彼は続けた。


「もう一度言う。俺は本気だ。本気で君のことを、好きだと思っている」


 今度は私が驚く番だった。

 じわじわと、頬に熱が集まっていくのを感じる。


「う、うそ……」


 思わず口をついて出た言葉に、ジェイミーは黙って首を振った。

 信じられなかった。

 耐えられなくなって、私は立ち上がった。脚にぶつかった椅子が、がたりと音を立てる。


「か、からかうのも、いい加減にして。冗談が過ぎるわ」


 ジェイミーの顔は、見られなかった。

 なんとかテーブルに紙幣を置いて、私は店を走り出た。ジェイミーが私を呼ぶ声がした気がするけれど、かまっていられない。


 キールソンの店に帰り着いたときには、私の息はすっかりあがっていた。

 格好も、感情も、なにもかもぐちゃぐちゃだ。

 心配そうに駆け寄ってきたミアに、思わず抱き着いてしまう。


「カレンさん? 大丈夫ですか?」

「……ごめん、なんでもないの……」


 私は臆病者だ。




 それからというもの、私はジェイミーを避けに避けた。

 仕事で対応せざるを得ないときも、首元できれいに結ばれたタイから視線を動かさずに会話する。

 だから、そのときのジェイミーが、いったいどんな顔をしていたのかは、知らなかった。




 その日は降ってわいた休日だった。というのも、数日前にミアの母が倒れたという手紙が来て、その日休みだった私が彼女の代わりに仕事に出たのである。幸い大事にはならなかったようだが、本来ミアの休日であった今日、私が休むことになった。


 あいにくの曇り空だ。外に出るのは億劫だけれど、たまの休みである。買い物でもすれば気分もあがるだろう。


 考えなければいけないことから目を逸らしているのは、自覚している。

 そもそも私自身がジェイミーのことをどう思っているのか、とんとわからなくなってしまった。苦手だけれど、嫌いではない。からかってこなければ、朗らかで気持ちのいい人だとは思うのだけれど、恋愛対象として見てこなかったので、どうしていいのかわからない。


 あのとき、ジェイミーは間違いなく真剣だったとは思うが、素直に信じることもできていない。

 だからだろうか。

 その光景が目に飛び込んできたときも、それほど驚かなかったように思う。


 お昼前に買い物に繰り出した私は、いくつかの店を見て回った後、少し遅めの昼食のために、カフェの窓際の席に座っていた。


 目の前の通りを眺めていると、見慣れた姿が目に入る。

 いつもは丁寧に撫でつけている茶髪を下ろし、ラフなシャツとサスペンダー付きのスラックスを身につけて、見るからに休日という装いのジェイミーだった。

 彼は、隣を歩く若い女性に親し気に笑いかけ、何かを話している。女性は可愛らしい笑みを浮かべ、じゃれつくようにジェイミーの腕を取った。

 ジェイミーは、困ったように笑いながらも、その腕を振りほどかない。


 時計の針の進みが、遅くなったような心地だった。

 二人が通り過ぎていき、周囲の音がざわざわと戻ってくる。


 まず頭に浮かんできたのは、ああ、やっぱり、という気持ちだった。

 私のことは、思っていた通りからかって遊んでいただけだったんだろう。やめてほしいなんて冗談の通じないことを面と向かって言われたから、真剣に想いを伝えるようなふりをして仕返ししたんだ。

 あんな風に真剣に好きだと言われて、少しでも嬉しいと思ってしまった自分がいたことに気がついて、自嘲の笑みがこぼれた。


「……馬鹿みたい」


 それからはもう買い物を続ける気も起きず、そのまま部屋に帰った。

 休んだ気のしない休日だった。




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