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断絶の扉  作者: 夢追人
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第八章 犬養家の命脈

いよいよ終盤。多くの謎が解けてゆきます。

 休憩が終わって全員が再び席に着いた。冒頭で秦野が少し場を和ませてから鈴が真相の続きを話し始める。文美を怖がっていた割には堂々としている。

「休憩前には関係者の人間関係と桧山さん殺害事件の真相についてお話しました。これからは犬養島事件の真相についてお話したいと思います」

 鈴は少し間を置き、守井親子の方を見つめながら話す。

「30年前に起きた聖一君の事故。守井さんの息子さんが亡くなられた事故ですが、本当に扉が自然に閉じた事故だったのか?それとも波留さんや小夜さんがふざけて洞窟の扉を閉じたのか?今となっては知る術はありません。しかし、守井さんには大変お気の毒ですが、兄妹たちはあの洞窟で人が死ぬことを、いえ、言い辛いことですが、人を殺せると言うことを体験しました」

 鈴の言葉に葉菜がぎょっとした表情を浮かべる。

「更に言うと、事故で片付けられることも学んだ。何せ島には自分たちしかいない」

 秦野が意味深な言葉を低い声で放った後、更に続ける。

「先ほど鈴さんが説明したとおり、20年前、吹田秋人さんは兄妹たちによって殺されたと私たちは考えています。動機は遺産相続です。この仮説に関して龍之介さんは否定しています。ですが、秋人さんの死後、弟の銀次さんを認知することも銀次さんに会うこともありませんでした。これは何を意味するのでしょうか?」

 一瞬沈黙が流れたが守井が口を開いた。

「龍之介さんは、銀次さんまで殺されることを恐れた。と言うことですか?」

「はい。犬養家の名誉のためか、龍之介さんが否定している限り立証はできません。ですが動機はともかく、秋人さんの死が今回の事件の動機となり犯行の手段として洞窟に閉じ込めることが利用されました。私たちは、犬養島で起きた一連の事件には実行犯と実行犯を操る首謀者が存在すると考えています。そしてその首謀者の目的は秋人さん殺害の復讐を行うことです」

 秦野の言葉が全員に染み渡ると再び鈴が語り始める。

「首謀者は兄妹たちの心底にある遺産相続問題を利用しながら、犬養島伝説になぞられた祟りによる事件を演出しました。私は首謀者がどうしてあんなにも面倒な殺害方法を選んだのか、不思議で仕方ありませんでした。しかし、兄妹たちの怯えていた対象が島伝説の怨霊ではなく秋人さんの亡霊だとわかった時腑に落ちました。初日の夜、龍彦さんが洞窟から救出された後、兄妹たちが真剣に怯えていた様子を記憶しています。あの時は島伝説から想像される怨霊に怯えているものと思っていましたが、実は秋人さん殺害のことを思い起こして怯えていたのです。もしかしたら、聖一君の死に対する罪悪感も恐怖に結び付いていたのかも知れません」

「兄妹たちは、ひとりずつ殺されてゆく中で兄妹による遺産相続のための犯行なのか、秋人さんの怨霊によるものなのかわからなくなり、精神的に追い詰められていったことでしょう。それも復讐のひとつだったのかも知れません」

 小八木が鈴の説明に付け加えた。

「そして、誰があの面倒な殺害を実行したのか?」

 鈴がそこまで言って大きく呼吸をした。その間を勘違いした久子が、

「まさか、まだ私たちを疑っているの?」

 と、不安気に眉をひそめた。慌てて秦野が否定する。

「いえ、違います。守井さんには大変失礼しました。あの時は犬養島にいた全員のアリバイを総合的に判断して、四人を殺せるのは守井さんしかいないと判断したものですから」

 そう言って秦野が少し頭を下げてから続ける。

「守井さん以外の誰に犯行が可能なのか、私たちはあらゆる可能性を考えました。そして、首謀者は兄妹の誰かを騙して他の兄妹を殺害させたと仮定しました。他の兄妹が亡くなってしまえば遺産は総取りですからね、綿密な計画を準備して説得すれば話に乗ってくる。そして最後に実行犯も殺害した」

「もしかして、一馬さんが実行犯?」

 久子が遠慮気味に尋ねる。

「私たちも最初はそう考えました。しかし、柳田刑事がある情報を提供してくれました」

 鈴が柳田を見て説明を促した。

「私は別事件の担当で、ある闇賭博を行っている会社を押さえその賭博場の会員情報と賭けの注文記録を押収しました。その中にプロサッカーリーグの賭博もありました」

「サッカー」

 葉菜が小さく反応する。

「7月26日の夜に行われた京都の試合に犬養龍彦が賭けています。注文は26日の午後2時頃、携帯電話で行っています」

「26日?」

 守井が何かに気付いた。その様子を見て透かさず鈴が声を上げる。

「そうです!小夜さんが恋人岬で殺害される少し前です!龍彦さんはルール違反をして携帯を隠し持っていたのです。バーベキューの後、全員で島を回っている時に私が確認しています」

 鈴の自慢気な声に、

「どうして黙っていたの?」

 と、葉菜が突っ込んだ。

「いえ、ちょっと大人の事情で……」

「でも、龍彦さんはずっと意識を失っていたはずじゃ」

 久子が鈴を見つめる。

「はい、私たちは見事に騙されていました。雄一さんの芝居に」

 鈴の言葉に雄一がピクリと反応する。

「洞窟で龍彦さんを発見した時、雄一さんは私たちを足止めしました。確かに洞窟の中は有毒ガスが溜まっていたのでそれは理解できます。しかし、その後龍彦さんを背負って本島まで行くのにも私たちを寄せ付けなかった。意識を失った男性を背負っているのだから、本来ならこんなひ弱な小八木の手でも借りたいはずです」

 雄一は無言で鈴を見つめている。

「そうです。首謀者が兄妹殺害をそそのかした相手は龍彦さんです。あの夜、龍彦さんは皆が食事をしている時にこっそりと部屋を抜け出し、洞窟の外で私たちが捜しに来るのを待っていたのでしょう。そして懐中電灯の灯りが近づくと洞窟に入り扉を閉めた。後は失神している振りをして船着場まで背負われてゆく。そして本宅で意識を失ったまま治療を受けていると、雄一さんが全員に伝えた」

 雄一が首謀者なのかと言った猜疑の空気に包まれる。

「龍彦さんが元気だったとなると話が変わって来るな」

 守井が呟いた。

「ええ。いるはずもない人が次々と殺人を行なった。私たちからは祟りに見えるのも当然だわ。祟りよ」

 鈴は小八木や秦野をちらりと見て胸を張って見せた。

「じゃあ、波留さんも龍彦さんが」

「はい。一度本島に戻った雄一さんと龍彦さんは再び別荘にやって来た。龍彦さんは波留さんの部屋の合鍵を使って中で待ち伏せする。合鍵を複数用意していれば話は簡単です。そしてリビングから戻った波留さんを襲って梁に吊るし自殺に見せ掛けた。あのスカーフは首謀者が用意した物でしょう。後は密室状態を仕上げるだけ。翌朝に葉菜ちゃんが合鍵で部屋に入り、龍彦さんが出て行った窓の鍵を閉めカーテンを閉じ直した。その時にテレビのスポーツニュースでサッカーの試合結果を見てしまった。一旦外に出て窓から中が見えないことを確認し、別荘に戻った後再び波留さんの部屋をノックする。たまたま私たちと鉢合わせになって一緒に波留さんのご遺体を発見した」

「小夜さんの殺害方法は?」

 守井の疑問に鈴が応える。

「首謀者は事前に小夜さんとコンタクトを取り、あの時間に恋人岬へ呼び出した。儀式での占い方法を教えるとか言って誘いだしたのでしょう。龍彦さんは本島からボートで恋人岬の下にある大昔に使われていた船着き場に移動。崖の路を伝って恋人岬まで上り小夜さんを待ち伏せた。おそらく14時の時点ではそこに居たのでしょう。待っている間に賭博の注文をした。そして時間どおりに現れた小夜さんを背後から襲って突き落とした。その後再び崖の路を下りてボートで本島へ戻った。龍彦さんが島の東側をボートで通ったのは偶然か、それとも一馬さんが良く釣りをするポイントを知っていて東の航路を選んだのかは不明です。いずれにしろ、釣りをしていた一馬さんに見つかることはなかった」

 鈴が葉菜に視線を移して続ける。

「一馬さんの件では葉菜ちゃんが大活躍する。葉菜ちゃんは一馬さんに、相談事があるからと言って自分の部屋に時間指定で呼び出していた。でも、一馬さんが来る前に龍彦さんを窓から招き入れている。葉菜ちゃんは私たちと一緒に居たいと言って、小八木の部屋で私たちと朝まで過ごした。一馬さんを殺害した龍彦さんは窓からご遺体を運んで神社の石段から落とした。狛犬の伝説に関連付けるために」

 鈴が少し間を置くと、 

「もしもご遺体を部屋に放置していたら葉菜さんが疑われますからね」

 と、小八木が付け加えた。

「そして最後が龍彦さんです。一馬さんが亡くなれば儀式は中止になり警察がやって来ます。龍彦さんは再び病床に就いて治療を続けている振りをします。その際に何らかの方法で心臓にショックを与えて殺害した。お医者さんなら何とでもできるでしょう?」

「例えば空気注射をするとか。これなら薬の痕跡は残りませんよね」

 秦野が雄一に鋭い視線を送る。

「確かに筋の通った説明ですね。でも、証拠は何もありませんよ」

 雄一が思わず秦野の視線に応えた。秦野は雄一を捉えたまま話を続ける。

「何もない訳ではありません。あなたは龍彦が意識不明のまま息を引き取ったと証言している。しかし、彼が26日時点で賭博注文をできる状態になっていたことは証明されています。納得のいく説明をしていただかないとね。更に龍彦の胃の残留物からビールを飲んだことがわかっています。あなたも龍彦が勝手に飲み食いしないよう説得するのに苦労されたことでしょう。解剖されて残留物がたくさん出て来るとまずいですからね。しかし、彼は自分が殺されるなどとは思ってもいないから普通に食べたがるし酒も飲みたがる。あなたは、病人らしく見せる必要があるからと説得し、できるだけ点滴だけで済ませようとしていた」

「龍彦さんは初日のバーベキューでも大量に飲み食いしていましたから、多少の残留物があったとしても不思議はありません。しかも有毒ガスで倒れていたのですから、消化機能が衰えていたとも説明できます」

 雄一が反論した。

「しかし、ビーフジャーキがねえ」

 秦野が雄一の表情が変化するところをじっと見つめる。

「何ですか?それは」

「龍彦の胃に残っていました。しかし久子さんはビーフジャーキを用意していません」

 久子が静かに頷く。

「僕が鈴さんの命令で買っておいた物です、おつまみ用に。一馬さんが殺された夜、部屋でお酒を飲むと言って戻る一馬さんに一袋お分けしました」

 小八木が事実を明かした。

「きっと一馬さんは葉菜ちゃんの部屋にビーフジャーキを持って行ったのよ。一緒にビールでも飲むつもりだったのかも。でも待ち伏せしていた龍彦さんに襲われた。龍彦さんは深夜までそのまま待機していたから、一馬さんが持って来たビーフジャーキをつまみにして部屋のビールを飲んだ。だから冷蔵庫のビールが二本減っていた。空缶とビーフジャーキの袋は葉菜ちゃんが処分したようだけど」

 鈴が葉菜を見つめて軽く笑んだ時、秦野がすっと立上ると、

「前にもお話したとおり、葉菜さんの部屋から一馬の指紋が検出されています。そして龍彦が一馬の持っていたビーフジャーキを食べていることは事実です。葉菜さんの部屋で犯行が行われたと言うことから、葉菜さんを殺人共犯の重要参考人として警察署の方でお話を聞かなければなりません。そろそろ全てをお話になられた方が良いのではありませんか?首謀者の文美さん」

 と、迫力のある声を放って文美を見つめた。

「それ、私の決めセリフなのに……」

 鈴が悲しそうな目で秦野に訴えたが、全員の視線は鈴を無視して文美に集まっている。

「すまん」

 秦野が小声で謝った。だが、鈴は大きく頬を膨らませたままそっぽを向いている。

「ここは刑事さんに花を持たせましょう」

 小八木が囁く。

「警察庁で真面目に働く、星里崇の名に懸けて!て言いたかったのに……」

 珍しく鈴が沈んでいる。

「きっと秦野さんが埋め合わせをしてくれますよ」

 小八木は必死で慰めている。

「先斗町の割烹とか?」

「ええ、きっと連れてってくれます」

「そう言うことなら」

 鈴が急に明るい笑顔に戻って秦野を見つめる。秦野の表情が青ざめていった。

 そんなひそひそ話を鈴たちがしていると、しばらく沈黙を保って目を閉じていた文美がゆっくりと瞳を見開き、覚悟を決めた面になってすらりと立上った。

「わかりました。すべてお話します。雄一さんも葉菜さんも私の命令で動いただけです。責任はすべて私にあります」

 文美は一度大きく深呼吸をしてから語り始める。

「皆さんの調査どおり、私は学生時代に雄一さんの父親である秋人さんと付き合っていました。卒業前までの約3年間お付き合いしました。亀岡の出雲大社には、付き合い始めた頃に出掛けました。恋愛成就のご利益があると聞いたからです。秋人さんとは楽しい時間を過ごさせてもらいました。でも3年間付き合っているうちに、恋人ではあっても結婚する相手ではないと言うことを二人とも実感していました。そして四年生になり、二人とも就職先が決まった頃には何となく冷めてしまいどちらからともなく別れ話が出ました。でも決して喧嘩別れした訳ではありません。その後も良い友人関係を保っていました。卒業前、秋人さんに新しい恋人ができたと聞いて心から祝福しました」

「きれいな別れ方ですね」

 恋愛とは程遠い小八木が感心している。

「卒業後、私が就職して1年ぐらい経った頃に雄一さんが生まれました。私も嬉しくて、赤ん坊の雄一さんを何度か抱かせてもらいました。ですが次第に秋人さんの家族とは疎遠になってゆきました。心のどこかで奥さんに遠慮していたのです。まあ、当然ですね。何年か企業に勤めた後事情があって私は退職しました。そして再び祇園に戻り龍之介と出会いました。龍之介は奥さんを亡くして精神的にとても弱っていました。しばらく後、私は龍之介と結婚しました。連れ子である四人の子供たちは私に全く懐きませんでしたが、仕方のないことだと諦めていました。親子にしては歳が近過ぎますから」

「子供たちにいじめられたとか?」

 秦野が文美の動機を探るような瞳を向けた。だが彼女は軽く笑んだだけで話を進める。

「後妻の私が嫌われることは仕方ありません。仲良くなることは諦めていました。しかし、長年彼らと過ごすうちに、利己的で、余りに程度の低い彼らの人格には正直呆れ果ててしまいました。普段は四人ともバラバラの生活で、龍彦と一馬は既に結婚していましたから兄妹が揃うことは滅多にありませんでした。ですが、たまに顔を合わせると喧嘩ばかりしていました。時には守井さんの息子さんの事故について罵り合ったりすることもありました」

 文美は守井親子の方に視線を向けて続けた。

「事故の原因について、妹たちが扉を閉めたのだろうと兄たちが責めると、妹たちは、自分たちの遊びに夢中で妹たちの訴えを無視して放置した兄たちを非難しました。 そしてあろうことか、自分たちが事故に巻き込まれた被害者であるかのような言い方までしていました。私は守井さんと聖一君に申し訳なく、謝罪の気持ちしか持ち合わせておりません」

 そこまで話すと、文美は守井親子に向かって深々と頭を下げた。守井親子は複雑な表情で文美を見つめてから目を伏せた。

「龍之介と結婚してから2年目。突然桧山君が私の前に現れました。皆さんには主人が連れて来たと説明しましたが、本当は桧山君が私に仲介を求めてきたのです。とても強引に」

 文美の言葉尻に意図を感じた秦野が確認する。

「やはり脅されていたのですね?」

 文美は小さく頷いた。

「龍之介は私が仕事に口出しすることを良しとしません。桧山君にチャンスを与えることはできても龍之介に認められるかどうかは彼次第です。彼は不服そうでしたが、とにかく龍之介に紹介することは約束しました。そして彼はそのチャンスをものにしました」

「汚い手を使いそうね」

 鈴の想像は全員が感じているところだ。

「どうやって龍之介の気を惹いたのかは存じません。ですが入社を果たした桧山君は、今度は私の身体を求めてきました。学生時代の思いを果たしたいとか口走っていました」

「最低な男」

 思わず大声を張って鈴が怒りをぶちまける。

「仕方なく私は桧山君と何度か夜を共にしました。しかし、怪我の功名で私は真実を知ることができたのです。彼は私にすっかり気を許してしまい、お酒が入ると真実をペラペラ話してくれました」

「真実……」

 秦野が腕組みをしたまま身を乗り出す。 

「龍之介に取り入るチャンスを与えられた桧山君は、龍之介の息子である秋人さん、銀次さんとのパイプ役になることで龍之介に必要とされる立場を得ました。犬養商事で必要とされる業務体験を持たない彼が、仕事以外のことで龍之介にアプローチする手法には正直感心しました」

「確かに小賢しい男ね。でも、女の弱みに付け込む男は絶対に許せないわ」

 鈴が吐き捨てた。文美は柔和な視線を鈴に送ってから続ける。

「私も長年水商売の世界にいましたから、他人を脅迫したり、女の身体を奪ったりする話には慣れていました。しかし、桧山君は私の想像を超える卑劣な人間に落ちぶれていました」

 鈴から真相のあらましを聞いているため、文美がこれから話す内容を皆が想像し得る。

「先ほど話されたとおり、龍之介は秋人さんと銀次さんを認知して財産を相続させるつもりでいました。しかも兄弟たちよりも多い配分でした。桧山君はそのことを知った兄妹たちに、正確に言うと彼が教えたのですが、彼らに近づいて本当に恐ろしい計画を持ち出したのです」

 文美の言葉の余韻を引いて部屋中に緊張した空気が充満している。文美の口から出て来るであろう次の言葉は恐れながらも全員が導き出している。

「刑事さんたちの推察どおり、20年前の犬養島儀式前夜に秋人さんを殺害したのは兄妹たちです。実際に洞窟の扉を閉めたのは龍彦と一馬です。決してひとりで責任を負わないのがこの兄弟たちらしいと言えなくもありませんね」

 文美は苦笑してからゆっくりと呼吸をし、再び語り始める。

「秋人さんは事故死とされ、兄弟たちの相続分は確保され、そして桧山君は数千万円の謝礼金を手にしました。それから20年、彼らは何の反省もなくお気楽な人生を送ってきました。桧山君も常人ではあり得ない特別待遇を社内で享受しました。そして更に、桧山君は龍之介の孫にあたる雄一君を龍之介の側に置くことを約し、龍之介との繋がりを完全なものにします」

 20年前の真実を明かされると、例えそれが想定内であったとしてもやはり衝撃は大きく、誰も口を効けない状態に陥っている。

「桧山君は長年面倒を見てきた雄一君を説得し、2年前に龍之介の主治医として彼の側に連れて来ました。約束を守った桧山君への龍之介の信頼は絶対的なものとなりました」

「面倒を見たと言っても、どうせ龍之介さんが出した資金をさも自分のお金のように振舞っていただけでしょう?」

 文美はチラリと鈴に視線を送ったがその問いには答えず、

「私は、龍之介の様子を毎日のように観に来る雄一君と時間を掛けて信頼関係を築いてゆき、今から1年ほど前、私が知っている真実の全てを彼に明かしました。さすがに最初は信じてもらえませんでしたが」

 そこまで話すと、全員の視線が自然と雄一に集まった。雄一も大きく呼吸をしてから意を決して語り始める。

「僕は初めて文美さんを見た時に、父の恋人だった人だと言うことにすぐ気が付きました。三人が写った例の写真を父のアルバムで見たことがあるからです。父は懐かしそうにその写真を見ながら思い出話をしてくれたことがあります。僕は桧山さんに利用されているかも知れないと言った危惧は何となく感じていましたが、龍之介さんに援助していただいたことはとても助かりましたし、パイプ役の桧山さんに対しても素直に感謝していました。しかし父の殺人計画を立てた首謀者だとは……。さすがに思いも寄りませんでした」

 今まで世話になっていた人が自分の父親の殺害計画を立てていたと言う事実を知った時の気持ちは到底想像できない。鈴はそんな思いを抱きながら雄一の言葉を待った。しかし、再び文美が話し始める。

「龍之介が病床に着いた半年前から、兄妹たちは入替り立代り龍之介の所へやって来ては自分の取り分を増やすように交渉していました。私は龍之介が不憫でなりませんでした。そんなある日、私は雄一君から秘密を打ち明けられました。彼の同級生である畑山と言う裏社会に通じる友人に依頼されて、桧山君を罠にはめる手伝いをしようとしている。畑山と言う人が桧山君を罠にはめる理由は知らされませんでしたが、雄一君は父の復讐を果たす決意をしていました。雄一君は具体的な話は何もしませんでした。しかし裏社会の人間にはめられた者がどうなるのかは容易に想像できました」

 文美が秦野の方に視線を向けた時、

「取調べている訳ではありませんが、真実を明らかにするためにお答えください。あなたは、雄一さんから具体的な計画について一切お聞きになっていないのですね?」

 と、秦野が文美に念を押した。すると雄一が秦野に対して、

「はい、何も話していません。桧山さんへの復讐計画は私と畑山が立てました。文美さんには桧山さんを罠にはめるとだけ伝え、具体的な復讐方法も殺害の意図も知らせていません」

 と、文美に代わって答えた。するとすぐに秦野が口を開いた。

「少し話を戻しますが、桧山を殺害するのに真名井の井戸水を使った理由は秋人さんと同様の死に方をさせるためだと推察しますし、心情的に理解もできます。しかし、なぜ御守りをつけたのか理解できません。先ほどはお答えいただけませんでしたがよろしければ理由を教えてください」

 雄一の心情を測った良いタイミングだ。鈴も小八木も雄一の答えに注目する。本来ならば、できるだけ余計な物は現場に残したくないのが犯罪者の心理だろう。少し考え込んでいた雄一がゆっくりと口を開く。

「桧山さんをあの世で辱めるためですよ。あの世で父に会ったら恥ずかしいでしょう。父の恋人だった人を寝取って二人の思い出の品を堂々と首からぶら下げている……」

 そう話した雄一は乾いた笑い声を零した。

「イケメンのくせに卑屈な面もあるのね。仕込みが凝り過ぎて私には理解不能だわ」

 鈴が小八木に囁いた。秦野も少し意外そうな面を作ったが、

「なるほど、よくわかります。お答えいただいてありがとうございます」

 と、軽く会釈した。

「わ、わかるの?あのオジサンも奥さんに虐められてかなり歪んでいるのかもね」

「地下水は死に水で、御守はあの世での魂の無事を祈るためだと言った鈴さんが天使に見えますよ」

 小八木が囁く。そんな二人をチラリと睨んだ秦野が、

「文美さん、話を中断させてすみませんでした。続きを話していただけますか」

 と丁寧に促した。前半で文美たちの機嫌を損ねたため秦野はひどく気を遣っている。

「雄一君の決意を聞いた私は思い悩みました。その結果、桧山君から20年前の真実を聞き出してからずっと心の奥に閉じ込めていた物が一気に噴き出して来ました。秋人さんの殺害だけでなく、聖一君の死に対する兄弟たちの不遜な態度、龍之介の財産にしか興味がない強欲。私は考えに考え抜いた挙句意思を固めました。雄一君が秋人さん殺害の計画を立てた桧山君に復讐するのであれば、私は実行犯の兄妹たちに復讐しようと……」

 文美はそこまで話すと、少し疲れたように項垂れた。

「そして犬養島での犯行計画を立てたのですね?」

 文美は項垂れた頭を更に下げた。

「では、犬養島での事件について、あなたがご存知なことを全てお話し願いたい」

 秦野が軽く頭を下げた。文美は秦野をじっと見つめた後大きく呼吸をすると、今度は鈴の方に視線を移してから話し始めた。

「大筋は鈴さんが説明されたとおりです。まず私は実行犯に選んだ龍彦に話を持ち掛けました。兄妹の中で唯一まともに仕事をしており、他の三人を心底邪魔だと思っていたからです。次男の一馬は役職には就いていますが、役員としての仕事は何もできません。ただ高給を取って遊んで暮らしていただけです。長女の波留は病院の理事長に名を連ねておりますが、一度も社会で働いたことのない人間が理事長の仕事などできる訳がありません。子供ができなかったこともありますが、有閑マダムと連なって高級ランチを貪っているだけの人畜無害の存在です。次女の小夜は遊び半分で幾つものレストランを開き、返す見込みもない借金を犬養商事に積み重ねるだけの放蕩娘でした。ですから彼らを始末する話を龍彦に持ち掛けました」

 龍彦以外の者たちが社会に貢献する仕事をしていなかったことは守井親子も同感のようだ。

「私の話に興味を示した龍彦に、犬養島伝説に沿って三人を殺害する計画を話しました。勿論、警察が怨霊による殺害など認める訳がありません。龍彦もそのことを一番に指摘しました。しかし捜査が始まると必ず秋人さんの件や聖一君の件に辿り着くはずです。事件性の有無とは関係なく、兄弟たちが罪の意識や島の怨霊に対する深い畏怖を持っていたと推察されたら、全ての殺人は最悪感や恐怖に追い詰められた末の自殺、或いは思い詰めたための事故と見なされる筈だと言う私の説明に彼は納得しました」

「首吊りに飛び込み、石段からの転落。いずれも思い詰めた挙句の自殺もしくは事故と言う見立ては十分にできると思います。ましてや無人島と言う特殊な環境ですから、目撃者も証拠も不十分です。殺人を立証するのも困難ですから」

 熊野が久しぶりに口を出した。

「龍彦が計画参加に同意した後、雄一君に話を持ち掛けました。雄一君は二つ返事で協力を約束してくれました。葉菜ちゃんには一切事情を話していません。雄一君を通じて何も聞かずに指示に従うようにお願いしました。彼女のバイト先店長に指示して葉菜ちゃんが儀式のバイトに参加できるよう手配したのも私です。ですから彼女には全く罪はありません」

 文美が葉菜をちらりと見た後続ける。

「事件当夜無人島での初日の夜、ご存知のとおり龍彦はみんなの目を盗んでひとり洞窟へ行き、雄一君たちが捜しに来るの待っていました。そして皆が近づいて来ると洞窟の中に入り扉を閉めました。すぐに雄一君が飛び込み気を失った振りをした龍彦を背負って本島にある本宅へ戻ってきました。本宅では龍之介に見つからないように行動しました。龍之介は二階の部屋で寝たきりですから雑作のないことです。龍彦は本宅では自由に過ごしましたが食べ物と飲み物だけは厳重に制限しました。計画の筋書きは、龍彦はずっと意識不明状態で、警察がこの島に来た頃に意識を取り戻すと言う筋でしたから。龍彦も渋々従ってはいましたが、やはりアルコールを完全に絶つことはできなかったようですね」

 文美は小さく吐息を吐いた。

「ビーフジャーキも食べていました。まあ、まさか自分が解剖されることになるとは思ってもいなかったでしょうから仕方ないことだと思いますが」

 熊野が口を挟んだ後、文美が続ける。

「波留の件に関しても鈴さんが説明されたとおりです。私は犬養商事の社員に依頼して各部屋の合鍵を二つずつ作っていました。建物オーナーの指示ですから何の疑問も持たずに準備してくれました。そして龍彦と葉菜ちゃんに合鍵を渡して計画を実行しました」

 鈴は話を聞きながら葉菜の様子を窺った。彼女は複雑な表情で文美を見つめている。驚きと憐れみを合わせたような……。

「小夜を恋人岬に呼び出したのは私です。彼女の部屋に手紙を置いておきました。財産相続を決める占い方法とそれを有利な結果に導く方法を教えるという内容でした。後は説明されたとおりです」

「合鍵を使って小夜さんの部屋に手紙を置いたのですね?」

 秦野が確認する。

「いえ、ドアの下の隙間から入れておきました」

「なるほど」

「一馬を葉奈ちゃんの部屋に呼んだのは、同じようにして置いた葉菜ちゃんの手紙です。殺人事件が続いて不安なので話相手になって欲しいと言った内容です。女好きの一馬は喜んで部屋に行ったことでしょう。しかし波留の時と同様、部屋の中では龍彦が待っていました。皆さんが寝るのを待ってからご遺体を白山神社まで運び石段の上から落としました」

「最初から神社に呼び出せば良かったんじゃないですか?小夜さんの時と同じように」

「兄妹で最後のひとりとなった一馬は全財産を相続できると思っています。そんな彼が誰かに呼び出されてひとりで行動するような危険な真似はしないでしょう。次々に事件が起きているのですから」

「その点、葉菜ちゃんに誘われると何の疑いもなく信じると言うことですね」

 熊野は納得するように頷いた。

「そして警察が到着するまで龍彦さんを眠らせました。まずは鎮静剤を打って眠らせます。そして医学的に跡が残らない方法で龍彦さんの命を絶ちました。これも全て私が指示したことです」

 文美がそこまで話し終えた時、突然雄一が立上り、

「それは違います」

 と声を張った。

「文美さんの計画では龍彦さんを殺すことにはなっていませんでした。なぜなら、龍之介さんが持っている株式、つまり全発行株数の六割を文美さんは既に譲り受けていました。文美さんは、事件が落ち着いた後に龍彦さんを解任し、新たな役員を選出して新体制で犬養商事を立て直すつもりだったからです。龍彦さんは自分が実行犯である以上事実を明らかにすることはできません。犬養家から追放し、社会的に葬ってしまうと言うのが元の計画でした。そして文美さんは最後までそう考えていました」

 雄一は文美の指示でないことを主張すると全員を見渡した。

「では、あなたの独断で殺害したと言うことですね?」

 熊野がすべてに終止符を打とうとした。

「いえ、僕は龍彦さんを殺してなどいません」

 雄一の言葉に全員が息を飲んで固まった。熊野はポカンと口を開けたまま言葉を失っている。

「何よこの展開。普通はここで犯人がすべてを告白して、同情を買って事件終了でしょう」

 鈴は秦野がどう出るか視線を注いだ。いや、鈴だけでなく全員が刑事たちの言葉を待っている。

「龍彦は昏睡状態ではなく、出歩いていたという証拠もあるんですよ、あなたが事件に加担していたことは間違いない」

 秦野が何とか言葉を絞り出した。

「甘いわ」

 鈴が囁く。

「仮に文美さんが話されたことが事実だとして、僕がそれに協力したとしましょう。そのことが龍彦さんを殺した証拠になりますか?」

「でも実際にあなたは鎮静剤を投与している。龍彦を眠らせて殺害したのは明確な事実です」

「僕が鎮静剤を投与した後に亡くなったのは事実ですが医療行為と死亡との因果関係は証明されていません」

 雄一の表情に余裕が浮かんでいる。

「病人でもない人に薬を投与したのか?」

 秦野は少し苛立っている。

「龍彦さんは、この島に来てから毎晩興奮状態で眠れなかったようです」

 平然と言ってのけた雄一に、

「それは人を殺したから興奮していたのでしょう!」

 と、思わず熊野が興奮した。

「さあ、理由は聞きませんでした。とにかく毎晩眠れないから何とかしてくれと言われました。僕は鎮静剤を打つことを提案し、投与にあたってリスクも説明しました。そして彼の同意を得た上で投与しました。署名付きの同意書もあります」

「さすがイケメン。ここで反撃するとわね」

「イケメンが関係あるんですかね」

 鈴と小八木の会話など聞きとる余裕のない刑事たち。とうとう秦野が奥の手を出した。

「では葉奈さんだけでなく、文美さんと雄一さんにも改めて警察署の方でお話を聞かなければなりませんね。まあ、どの道あなたは桧山殺害の件で引っ張られると思いますが」

 秦野が迫力のある声を響かせた。

「だめだこりゃ」

 鈴が小声で零す。

「文美さんが僕たちを庇ってくれる気持ちはありがたいですが、僕も葉奈ちゃんも覚悟はできています。警察でも裁判所でも出向きますよ。ただし正式な令状をお持ちください。我々も優秀な弁護士を多数用意して待っています」

 秦野も熊野も無言でいるところへ雄一が更に畳み掛ける。

「そもそも無人島での事故や自殺を連続殺人事件として立件できますか?立件には証拠、証人は勿論のこと、過去に起きた僕の父の事件についても警察当局の過ちまちを認めなければなりませんよ。殺人事件を事故として処理してしまった事実を公開し、その間違いが今回の連続殺人事件の原因を作ったことを認められますか?天下の警察組織様が……。それに僕が桧山さんの殺害に関与したと言う話も犯罪者である畑山の証言だけですよね?何か証拠でもあるのですか!」

 最後には少し声を荒げて、雄一の心底にある怒りが表情を露にしてきた。

「あなた方もそれが無理だとわかっているから、こうやってイレギュラーな方法で真相を知ろうとしてる訳でしょう。文美さんが話されたことも事実かどうかはわかりませんよ。皆さんに話を合わせただけなのかも知れませんし」

 秦野はただじっと雄一を睨んでいる。

「繰り返し申し上げますが僕には殺意などありません。薬の投与が不適切であったならそれを証明していただく必要があります。証拠もなしに殺人や医療ミスをでっち上げるのは迷惑な話ですので、こちらも法的に対処させていただきます」

 いつの間にか太陽は西に傾き、ブラインドの隙間から西日が差し込んでいた。鈴は小さく吐息を吐いてから、

「作戦失敗。完敗ね」

 と言って立ち尽くしたままの秦野と雄一を見つめた。

 雄一の言うとおり、警察には十分な証拠も証人もない。そもそもこの事件は犬養家が個人で所有している無人島と言う特殊な環境で起きた事件であり、防犯カメラも第三者も存在しない。

 更に通報も遅く捜査には全く不利な環境であった。また、過去の捜査結果を覆さなければならないと言う、警察組織が決して動こうとしない方向へ導かなければならないと言う難題もある。

 そこで鈴たちは作戦を練り、首謀者の文美が自白するように誘導する計画を立てた。葉菜を脅しの材料にし、文美に真相を語らせるところまでは成功したが雄一に罪を認めさせることはできなかった。勿論、文美にしても非公式の場であるから話しただけで、正式な取り調べに応じるかどうかは不明だ。

「やはり父親を殺された恨みは強いですね」

 小八木が鈴に囁く。

「畑山っていう裏社会のお友だちと仲良くしているからね、きっと悪さに通じた顧問弁護士なんかにも相談してきたんでしょう」

 鈴は素直に負けを認めているが、趣味で事件を扱っている鈴と違って秦野たちは仕事だ。彼らは犬養島殺人事件の犯人逮捕は難しいと思っている。だが、非公式な場であれ彼らの口から自白を引き出すことが、彼らが矛を収められるぎりぎりの条件だった。

 その執念と怒りと焦りが混同した表情で秦野も熊野も突っ立っている。会議中、ほとんど口を利いていない柳田だけがじっと目を閉じて座っている。

「三人とも座ったら?」

 鈴の声とは逆に文美が立上る。

「いけずなオバサン」

「もう、よろしいかしら。私たちは真相を話しましたからご満足でしょう?これ以上はお付き合いできませんので悪しからず」

 文美の言葉で全員が立上りぞろぞろと会議室を出ていく。秦野たちにも彼らを止める言葉はない。夢遊病者のように彼らの後について犬養商事の駐車場までやってきた。

「本日はご協力ありがとうございました」

 熊野と柳田が参加者たちにお辞儀をしたが、秦野は少し離れた場所で電話をしている。鈴たちも熊野たち刑事と一緒に頭をさげて礼を述べた。

 と、先ほどから遠くで響いていた緊急車両のサイレン音が次第に大きくなり、犬養商事の前にある大通りを疾走してゆくのかと思いきや、鈴たちがいる駐車場に三台の警察車両が入ってきた。パトカーではなく黒塗りの乗用車だった。

「秦野さん、部下がお迎えに来たわよ。私も乗せてってね」

 電話を終えたばかりの秦野が近寄って来て、鈴に向かって大声を放った。

「吹田雄一のお迎えだ!」

 車両から降りてきた刑事たちが雄一を取り囲み、逮捕状を見せてから身柄を確保した。

「どういうことですか?」

 文美が秦野をにらみつける。

「雄一さんが龍彦さんを殺害した証拠が発見されました」

「証拠?」

「取り調べ中の畑山が録音記録を警察に提出しました。ひとつは半年ほど前のものです。雄一が畑山と彼の顧問弁護士に刑事罰に問われない殺害方法を相談していた内容です。こちらはあくまでも一般論として話していたので直接の証拠にはなりません。ですが、もうひとつは最近収録されたもので、雄一さんが自ら行った犯行を具体的に話して弁護士に確認を求めています。そして本日の会でどこまで話していいのか、警察の捜査にどこまで協力していいのか、こと細かに指導を受けていました」

 秦野の説明に呆然と宙を見つめている雄一に、

「用心深い畑山は、三人の会話をこっそり録音していた。奴にはめられたな」

 と、同情の眼差しを向けた。

「畑山さんと司法取引でもしたの?雄一さんを売ったら罪を軽くするとか?」

 鈴は畑山の急変が腑に落ちない。

「日本には司法取引の制度はない。署に戻ってから確認する」

 秦野も熊野も、先ほどの憂鬱な表情とは違って晴れ晴れとした表情に一変している。

「雄一さんも懲りなわね、学生時代にひどい目に遭わされたんでしょう?畑山さんに。友だちは選ばなきゃだめよ」

 鈴が雄一の背中に声を掛けた。

「本日はご協力ありがとうございました」

 秦野が勝ち誇った面で改めて礼を述べる。文美は不満そうな表情を残したまま自分の車へ乗り込んだ。

「九回の裏、逆転ホームランね」

「捜査本部全員の力だ」

「熊野君も数に入っているの?」

 刑事たちはにこりと笑った。


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