表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断絶の扉  作者: 夢追人
5/9

第五章 扉の中の動機

鈴と小八木は熊野刑事たちと一緒に事件を洗い直す。捜査員たちの懸命な捜査も手伝って、わずかだが事件の真相に近づく事実が判明してゆく。


 秦野と熊野、そして鈴と小八木の四人は、所轄の捜査員たちと共に巡視船に乗っている。2時間の船旅も終盤に差し掛かり犬養島の岩肌が目の前に迫って来た。

「真夜中にこの辺りを通ると真暗なのでしょうね。陸地も全く見えないし、こんな無人島に火が灯っていたら鬼がいると信じてしまいますね」

 小八木がまじまじと犬養島を見つめながら言った。

「鬼火伝説か……」

 長い船旅の船中、鈴と小八木は、雄一たちから聞いた鬼火伝説の話を捜査員全員に話していた。地元警官の中には鬼火伝説の存在を知っている者もいたが、犬養島にまつわる四つの伝説まで詳細に知る者は誰もいなかった。

「その四つの伝説になぞられて兄妹たちが殺されたと言うのか?」

 捜査員の誰かが小八木に尋ねた。

 航行中、京都府警から新たな情報がもたらされた。犬養波留の自宅を調査したが遺書らしき物は発見されず、旦那も自殺などあり得ないと主張した。つまり、波留の自殺説は否定された。

「そんな風にも取れると言うひとつの仮説です」

 小八木が謙虚に答える。

「もし小八木君の仮説が正しいとすれば、鈴ちゃんの主張する祟り説、つまり島に関わりのない外部の人間が兄妹を殺したと言う説は少し難しくなるな」

 秦野が鈴を挑発するような視線を送る。

「どうしてですか?」

 なぜか所轄の捜査員から言葉が出た。何となく、所轄捜査員たちは鈴の肩を持っている雰囲気だ。

「外部の人間なら伝説のことなど知らないだろう」

「桧山さんから聞いたのかも知れないわ。いえ、内通者がいたのかも知れない」

 鈴は焦り気味で、思いつくままを口にしているような感じだが、捜査員たちは深く頷いている。

「まあ、いずれにしても犬養島で生き残った人たちの中に犯人がいるのか、又は外部の人間か或いは両者の共犯なのか、全ての可能性を考えてみる必要がある」

 秦野が丸く収めようとする。

「外部の人間と言われると辛いですね。外部の人間が別荘に侵入した痕跡は今のところ見当たらないのですから」

 船酔いでもしているのか青白い顔色の熊野がか細い声を出した。

「だからそういう観点でも、今日は殺害現場以外の場所も広く指紋採取を行う」

 秦野が鈴たちを見渡した。

「え?私たちの部屋も調べるの?」

「当然だ。何かまずいのか?」

「別に。小八木はどうか知らないけど」

「まずくはないですけど、ちょっと恥ずかしいですよ」

 小八木がややふて腐れて鈴を見つめる。

「いやだ、やっぱり恥ずかしいことをしてたのね。でも痕跡が残るって、いったいどんな仕方でやったのよ?」

「違いますよ。自分の荷物以外は極力触らないようにと熊野さんに言われたので、掃除もしないで部屋を出ました。その前夜はお二人がお菓子を食い散らかし、お酒を飲み干したまま眠ったでしょう。部屋はそのまま現場保存されています」

「おバカね。熊野君の言うことなんて真面目に聞かなくていいのよ。掃除くらいしなさい、気の効かない小姑ね」

 熊野と小八木が呆れて頭を抱えた。


 柳田は、顔見知りになっている大阪府警の窓口担当者である三谷に頼んでIRエンタープライズの情報をもらった。最近の動向としては、京都の情報提供者が言っていたとおりIRエンタープライズの畑山専務が山伏ソフトに急接近しているようだ。

 山伏ソフトの青野社長は、京都裏社会ではよそ者で主流から外れている。生業のためにBGマネジメント配下に甘んじていたが、ようやく独立できる資金力も人脈も出来てきた。

 このタイミングを見計らってIRエンタープライズの畑山が接近したとすると、その目的は明らかに京都側から大阪側への引き抜きだ。

 柳田も山伏ソフトを洗ってみたが、ネット上の賭博場開帳でかなりの金が流れ込んでいるようだ。客の中には雅会のメンバーが多数いることもわかってきた。畑山専務はその資金源を得ることと、雅会に関する情報を得ることを目的としているのかも知れない。

「そんなことをしたら戦争になるんじゃないか?」

 柳田が三谷に尋ねた。

「カジノ誘致で競っている時にドンパチできる訳がない。畑山はそのことを十分わかっているからこのタイミングで仕掛けたんだ。頭のいい男だ」

 柳田と三谷はミナミの立ち飲み屋で生ビールを飲んでいる。店の外にも背の高いテーブルが並んでいて、仕事帰りのサラリーマンが気炎を吐いている。

「畑山はIRエンタープライズ創業者の息子だったな」

「ああ。まだ三十代で経験は浅いが大卒のインテリヤクザだ。求心力もあって裏社会では次世代を担う男と目されているようだが、近頃K国系の企業と揉めているようだ」

 三谷が乾きものを口に入れた。

「パチンコ利権絡みか?」

 情報交換会の議題にあったので柳田もこのネタは知っている。

「従来のパチンコ利権構造にIRエンタープライズが食い込もうとしている。そのためにも資金が必要だ」

 柳田は三谷が言わんとすることを悟った。畑山は大阪裏社会での地位を青野の前にぶら下げて、山伏ソフトから資金を引き出そうとしている蓋然性が高い。

「更に、雅会の会員が賭博に絡んでいる情報まで畑山が手に入れることが出来たら、カジノ誘致を有利に進めることが出来る。その結果大阪発展会からの評価が上がれば、IRエンタープライズも強引にパチンコ利権に手を突っ込むことが出来ると言う訳か」

 柳田が畑山の動きに納得した時、黒塗りのベンツが狭い路地にゆっくりと入って来ると柳田たちの前に停車した。柳田と三谷は顔を背けていたが、頃合いを計ってベンツから降りた男をさり気なく観察した。

「あれが畑山だ」

 三谷が小声で囁く。畑山はまだ若々しい青年といったイメージだ。白の派手なジャケットを着て明るい水色のパンツを穿いている。中肉中背で、ヤクザと言うよりはホストでもやっていそうなオシャレな若者と言った感じだ。

「ヤクザも変わったものだ」

「自称実業家だよ」

 畑山は二人の護衛を連れている。柳田たちが飲んでいる店の向かいには若者向けのクラブがあり、畑山はその派手な電飾の中へ消えていった。

「今夜はわざわざ悪かったな」

 柳田が三谷に礼を言った。畑山の勤務ルートを知っている三谷に頼んで、柳田が畑山の容姿を実見分したのだった。

「いや、酒を奢ってもらえるならいつでも歓迎だよ」

 三谷がそう言って生ビールを飲み干した。


 船が島に到着すると、捜査員たちは予め決められた現場へと展開して行った。秦野と熊野、鈴と小八木の四人は洞窟へ向かう。船着場から岩の階段を上り周囲の青い波の景色をぐるりと見渡すと、深呼吸する間もなく坂を下って洞窟の前に辿り着いた。

 岩の扉は開いていたが洞窟の奥までは光が届いておらず、薄気味悪い闇が鈴たち四人を吸い込みそうだ。ついさっきまで島の伝説を語っていたためか、漠然とした暗い圧力に四人は躊躇して洞窟の前で立ち尽くしている。

 しばらくすると、急に方向転換した熊野が岩の扉に近づき、生真面目と言うかぎこちない動きで扉を押し始める。

「結構重いですが、女性でも押せないことはないですね」

「あら、そう。扉は良いからここに立ってみて」

 扉の方へ方向転換した熊野を鈴は笑顔で呼び戻し、洞窟入口に立っている自分の前に立たせた。

「あんたの背中なら女性でも押せるわよ」

「エエッ!」

 奇声を挙げた熊野も覚悟を決めたのか、恐る恐る洞窟の中へ踏み込んで歩を進めゆっくりと目を凝らした。小八木も熊野の後についてスマフォのライトで中を照らす。

「屍は私が拾ってあげるからね」

 鈴は、小八木に続いた秦野の背中にくっついて身を隠している。洞窟は予想外に深く延びており天井は低い。小柄の小八木でも頭が当たりそうな部分がある。突き当たりの壁面に石像の仏様が彫ってあり、スマフォの灯りでほんのりと表情が浮かび上った。 

 足元には浴槽くらいの大きさをした岩の器があり、表面張力から逃れた水がチロチロと溢れている。その溢れた水は四方八方に拡がり、自然と岩に染み入っているようだ。

「神秘的と言うか、不気味と言うか。何か重苦しい空気ですね」

 小八木の不安そうな声が洞窟に響く。ここに多くの人が閉じ込められて亡くなったのかと思うと、息苦しいほどの威圧感を覚える。電灯設備は無いので、儀式の際は蝋燭を灯すそうだ。蝋燭に照らされたこの洞窟の光景を想像すると、神秘さが更に不気味さを増長させる。

「ここで多くの人が閉じ込められて処刑されたのよ。当然でしょう。あんた、奥まで行って見て来なさいよ」

 仏像が彫られている壁面の左端に人が潜れる程の穴があり、奥の洞窟に繋がっている。

「なぜ僕が?」

「穴があったら入りたくなるような悪さをいっぱいしているでしょう?」

「それだったら熊野さんが先でしょう」

 突然振られた熊野は驚いて、

「鑑識さんの話では、穴の向こうは狭い空間で行き止まりだそうです。足が滑りやすいので要注意とのことでした」

 と、冷静さを装って危険を主張する。

「情けない男たちね」

「じゃあ、鈴さんにお願いします」

「何を言っているの。怨霊に美少女が捕まったら生贄にされるのよ。この世から美少女が減るのは社会の不利益でしょう」

 鈴は明るい声を響かせて後ろに向き直り、男たちを置いてさっさと外へ出て行った。

「生贄にされた方が社会の利益になるかも」

 小八木の呟きに苦笑しながら男たちも洞窟から出る。洞窟の威圧感から解放されると急に気分が楽になって、海風がとても心地良く感じる。すると、熊野が思い出したように話を戻して、

「美少女の力で閉めることが出来るか試してください」

 と、怨霊の雰囲気から解放されて安堵している鈴に仕事を与えた。

「私?無理に決まってるじゃない。岩の塊なのよ」

 そう言いつつも、恐怖から逃れた鈴は明るい表情で扉を押してみる。

「ウーン、重い。やっぱりだめだわ」

「その扉を閉めることが出来たら、今夜も熊野さんがご馳走してくれますよ」

 小八木が励ます。

「そう言うことなら話は別よ」

 鈴が気合を入れて足を踏ん張ると難なく扉を閉めてしまった。

「意外と軽いわ」

「怨霊にも勝てますよ、そのパワーなら」

 四人が笑い声を放つと洞窟の重い空気感などどこかへ消えてしまって、秦野が二言三言鈴をからかってから仕事の話に戻った。

「龍彦さんが閉じ込められた事件当夜、君たちはどの辺にいたんだ?」

 秦野の問いに、鈴と小八木は動きながら事件当夜の再現をする。

「雄一さんひとりが中に入って龍彦さんを担ぎ出し、そのまま船着場まで背負って行きました。僕たちも一緒にこの階段を上って丘の上まで行きました」

 小八木の回想どおりに四人は階段を上り切る。

「一馬さんがかなりショックを受けていたので、雄一さんは一馬さんを僕たちに任せてここからひとりで行きました」

「でも、雄一さんのボートが向こうの島に着いて上陸するまでここで見守っていたのよ。両方の船着き場には僅かだけど電灯の光があるから上陸する様子は見えたわ」

 鈴が補足した。

「一馬さんはどうしていたんだ?」

「大丈夫だからと言って、ひとりで先に戻りました」

 秦野は二つの島の間を流れる静かな潮を見つめ、この位置から両方の船着場が見えることを確認した。

「昨日集めた全員の証言を総合すると、犯行時刻は、龍彦さんが洞窟に到着できる最速時刻の17時10分頃から発見される20時40分頃と言うことなので、君たちとずっと一緒にいた久子さん、葉菜さん以外の全員に犯行は可能だと言うことだな?」

「はい」

「これは所轄の捜査員が龍之介さんから証言を取った内容ですが、文美さんは出掛ける時には必ず龍之介さんに断ってから出ています。龍之介さんは昼夜を問わず、水だとか何だとかしょっちゅう用事を言いつけたそうですから、龍之介さんに無断で外へ出ることはなかったと断言しています。全ての事件の犯行時刻を確認しましたが、全て文美さんには龍之介さんのアリバイ証言があります」

 と、熊野が鈴たちに捜査情報を明かした。

「ご高齢だけど記憶力は大丈夫なの?」

「頭脳は明晰だそうです。伝い歩きしか出来ないと言うだけで、正直なところ半年や一年の余命とは思えないと、担当した捜査員は言っていました」

「龍之介さんには事件の詳細を告げずに確認を取ったので、文美さんを庇っての偽証とは考えにくい。ここは龍之介さんの言葉を正として、全ての事件の被疑者から文美さんは一旦外すとしよう」

 秦野が同意を求めるような口調でまとめる。

「そうですね。今のところ文美さんには動機も見当たりませんからね」

 小八木が同意する。

「遺産相続が動機と言うことは?」

「兄妹の誰が遺産を相続しようと、文美さんには二分の一の相続が確定しています。これは龍之介さんにも確認を取っていますし兄弟たちにも公表していたそうです」

 熊野が鈴の問いに答えた。

「文美さんは兄妹たちとあまり上手くいっていなかったようですけど」

 小八木が更に突っ込む。

「同居していた訳でもないのに、兄妹全員を殺すほどの恨みを抱いていたとは考えにくい」

 秦野が熊野に代わって答える。

「それはそうね。たまに会うくらいなら我慢できるわ。さすがオジサン。嫁に苦労しているだけのことはあるわ」

「別に苦労はしていないが……」

 秦野の弁解は海風に流されて、四人は海に背を向けたまま別荘へと歩を進めた。

「ねえ、熊野君。文美さんのあの言葉を信じているの?」

「どの言葉ですか?」

「桧山さんとはただの友だちだったと言う話よ!」

「まあ……。昔のことで嘘を吐いても仕方ないですしね、それに嘘を吐いてるようにも見えませんでしたし」

 鈴は大げさに呆れた仕草を見せてから、

「本当は、二人は付き合っていて二人で出雲大社へ旅行した。そして二人して同じ御守りを買った。その後、運命に翻弄された二人は結ばれることなく別離の路を辿ったが、二人は御守を大切に持ち続けていた。二人の再会は偶然だったかも知れないけど、その後は、実らなかった恋を成就させる機会を得た数奇な者たちが進む道を必然と辿った。更に龍之介さんの病が明らかになりゴールが見えて来た。だが二人の情事を知ってしまった龍之介さんが桧山さんに危険な指令を下し、結果的に桧山さんは消された……。何て想像はしなかったの?」

 と、まるで舞台劇のような演技を交えながら語った。

「なかなか逞しい想像力だ。熊野よりも刑事に向いている。女優は無理そうだがな」

 秦野が楽しそうに笑い声を放っている。肩をすくめて落ち込んだ熊野の肩を小八木が優しく叩いて慰めた。

 別荘に戻ると四人はすぐにダイニングルームへ入った。別荘の中では鑑識たちが手分けして忙しそうに作業をしていた。

「あの夜、僕たちが洞窟からここへ戻って来ると、久子さんと一馬さん、波留さん、小夜さん、そして葉菜ちゃんが集まっていました。その後雄一さんが戻って、龍彦さんの様子を話してくれました。会話の内容は昨日お話ししたとおりです」

 鈴たちが食事の際に座っていた席に四人が腰を掛け、秦野は小八木の説明を聞きながら手帳を取り出すと、

「これからは波留さんの事件について確認を進めよう」

 と、手帳を開いて続ける。

「波留さんが部屋に戻ったのが22時30分くらい。その後すぐに小夜さんと一馬さんが部屋に戻り、残った全員がこのダイニングルームを出て出入口を施錠したのが0時30分頃と言うことだな」

「はい。雄一さんの見立てでは、犯行時間は0時の前後数時間と言うことですから、ずっと私たちと一緒にいて、0時30分頃にこの別荘を出た雄一さんと久子さんには犯行は無理です」

 小八木の言葉に鈴も軽く頷く。

「防犯警報器は表口と裏口にセットされているんですね?」

「はい。だから外部の者が犯行を行うことは無理です。勿論、窓から出入りすることは可能ですが、波留さんの部屋の窓は中から鍵が掛かっていました」

 小八木は更に続ける。

「可能性としては、別荘にいた一馬さん、小夜さん、そして葉菜ちゃんの三人のうち誰か。みんなが寝静まってからそっと波留さんの部屋をノックして侵入。そして犯行に及んだ。守井さんの可能性もありますが、僕の考えではその蓋然性は低いと思います」

「なぜ?」

 秦野が小八木を鋭い瞳で見つめている。

「守井さんの単独犯行と仮定した場合、久子さんが別荘を出るまでに犯行を行わなければなりません」

「おうちに帰らないと久子さんにばれるからね」

 鈴が熊野に解説している。

「ご存知のとおり、波留さんは梁に吊り下げられていました。あんなことを思い付きで行ったとは思えません。最初から計画していたはずです。そんな犯人が、いつ帰るかわからない久子さんと言う不確定要素を置いたまま犯行を計画するでしょうか?」

 小八木はみんなの瞳を確認した後、

「勿論、波留さんが部屋に戻り、僕たちがこのダイニングルームに残っている間、守井さんが波留さんの部屋をノックして侵入することは可能です。ですが、普通女性が男を部屋に入れることは考えにくい。また、扉を開けた瞬間に強引に押し入る手もありますが、そんなリスクの高い計画を立てるでしょうか?だから僕は守井さん犯行説は現実的ではないと考えています」

 と、少し誇らしげな笑みを浮かべた。だが、そんな小八木を見つめる鈴の視線に気づいた彼は驚いて顔を強張らせる。

「あんたが立案した計画ならリスクが高いけど、例えば、波留さんの部屋で準備を整えて待っていたと言うのはどう?物置には脚立もあったし、脚立があればあんな細工も大して時間は掛からない。勿論、久子さんが家に戻る時間が読めないと言うリスクはあるけどあんたの計画よりはリスクが低いと思う」

 鈴が愛らしく笑ったが、小八木には雪女の笑みに見える。

「部屋はオートロックですよね。守井さんはどうやって波留さんの部屋で待っていたのですか?」

 果敢にも熊野が挑戦する。

「守井家はずっとこの別荘の管理をしているのよ。現に久子さんが全部屋の合鍵を持っている。それを追加することくらい難しくないでしょう」

 鈴の落ち着いた笑みが更に冷たく輝く。

「守井さんが合鍵を持っていたなら、深夜に警備装置の解除キーを使い波留さんの部屋に侵入することも出来ますよね?」

 熊野が無謀な挑戦を続ける。

「だから何?守井さん犯行説の蓋然性が増えたことを言いたいの?あんたに挑戦されている意味が解らないけど、言ってあげる。警備装置は解除する時にアナウンスも流れるし、解除記録が残るのよ。そんな事実はなかったでしょう。だからあんたの仮説は没。まあ、私に挑む努力は認めてあげるわ」

 鈴がフフと細く笑った。

「鈴ちゃんの言うとおりだ。犯行は警備システムが設定される以前か、逆に設定された後なら、その時間に別荘内にいた人間によって行われたと考えるのが自然だ」

 秦野も雪女の微笑を垣間見たのか表情が硬い。

「つまり、一馬さん、小夜さん、葉菜ちゃん、そして守井さんの四人が被疑者と言うことね」

 鈴が冷たい視線で熊野を刺す。

「いろいろなご意見ありがとうございます。被疑者は四人として、で、翌朝葉菜さんが波留さんを発見した訳ですね」

 熊野は鈴に打たれ強い。いくら鈴にダメ出しされようと、いつもと変わらない表情で淡々と話を進める。

「はい。波留さんは、散歩に行くから起こすように葉菜さんに頼んでいたようです。葉菜さんがドアをノックしても返事がないので外に回って窓から覗いてみた。でもカーテンも鍵も閉まっていたため中に戻って再度ノックを始めました。ちょうど僕たちも廊下に出ていたので一緒に波留さんを呼びました。一馬さんも小夜さんも部屋から出て加わり、久子さんが合鍵でドアを開けました」

 小八木はそこまで話すと言葉を止めて大きく呼吸した。

「スカーフで首を吊っていたんですね?」

「はい、まるで天女伝説の羽衣のように」

 小八木が秦野見つめる。

「やっぱり祟りだわ」

 鈴の呟きに驚いた全員が彼女を凝視する。さっき守井の犯行も可能だと言ったばかりだ。熊野は小首を傾げてから、

「鑑識の結果、首にはスカーフ以外の痕跡は残っていませんでした。死因は絞殺で間違いありません。波留さんはスカーフで首を絞められた後、更にそのスカーフを梁に回して首を吊ったように偽装された。そう考えるのが自然です」

 と、不安気に鈴を見つめた。反論を恐れている。

「でも、どうしてそんな面倒なことをしたのでしょう?普通の犯人は出来るだけ早く現場から立ち去りたいものでしょう」

 小八木もやや不安そうだ。

「それはこの犬養島伝説を知っている者の犯行だと思わせるためではないですか?」

 熊野が自信なさげに言った瞬間、

「でも、同時に犯人も伝説を知っていることを公言したことになるのよ。伝説を知っている人は限られている。そんなリスクの高いことをするかしら?」

 と鈴が熊野に鋭い視線を向ける。

「だから、伝説のことを知った外部の人間の犯行だと?」

 秦野が鈴に微笑み掛けて、

「鈴ちゃんの意見も一理あるが、桧山を拘束して情報を聞き出し、殺害してから雅会の闇組織が犬養家殺害計画を立てたとして、あまりに時間が無さ過ぎるんじゃないかな?これだけの内部事情を収集するにはかなり時間を要するはずだ。外部犯人説はひとまず置いて関係者に限定すると、伝説を知っていて犯行が可能な者となると、やはり守井さんが一番疑しい。もしかすると久子さんの共犯もあり得る」

 と言って立上り、波留の事件に関する話は一旦打ち切る姿勢を見せた。

「祟りよ」

 負け惜しみにも見える鈴の笑顔も手伝って、全員が波留殺害事件に関する推理を中断した。これ以上の議論は想像の域を出ない。秦野に続いてみんな立上る。

「喉が渇いたわ。小八木、ビール」

「だめだ」

 即座に秦野が禁止する。

「もう、オヤジのくせにお硬いんだから」

 鈴の言葉に秦野は首を傾げた。

「じゃあ、ミネラルウォーターを持って来ます」

 小八木が小走りにキッチンへ向かった。


 各自がミネラルウォーターで水分補給をしながら歩く。森林の中は夏の陽が届きにくく爽やかな空気が漂っている。ほんの数分間自然のクーラーを味わった四人は、突然広がった恋人岬からの壮大な景色に思わず見惚れていた。

「争った形跡はなかった。更に、前日に全員がここへ参拝に来ていたので、足跡で犯人を特定することは難しい。と言うのが鑑識の判断だ」

 最初に秦野が現実に戻った。

「そもそも、小夜さんはここへ何をしに来たのかしら?」

「誰かに呼び出されたか、又は呼び出したと考えるのが自然ですね」

 熊野が答える。

「時間的に一番余裕を持って犯行可能なのが一馬さんですね。15時頃から洞窟周辺で釣りをしていましたから」

「小夜さんがこの岬に来たのが15時過ぎ。これは15時頃に小夜さんが神社を出たと言う、守井さんと久子さんの証言によります。そして久子さんは神社を16時頃に出て16時10分頃には別荘に着いていたと証言しましたが、君たちの証言とも一致しますね」

 熊野が鈴を見つめた。

「私たちが言えることは16時10分頃に久子さんが別荘にいたことよ。神社を何時に出たかは知らないわ。神社から恋人岬まで何分だっけ?」

「普通に歩いて5分程度です」

「恋人岬から別荘までは……。ええと、面倒だからあんたが説明して」

 鈴が小八木に命じる。秦野も、二人のそんな様子には既に慣れっこになっている。

「神社から恋人岬を経由して別荘まで行くのに約15分です。つまり、久子さんが神社を出た時間が5分早まるだけで、あるいは少し走るだけで犯行は可能だと言うことです」

 小八木の説明に熊野が頷いてから付け加える。

「守井さんの場合も可能ではありますが、久子さんが神社を出てからすぐに恋人岬まで往復したとして約10分間。鈴さんたちが恋人岬に向かった時間を考えるとギリギリですね」

「確かに時間的にはぎりぎりですが、仮に恋人岬からの帰りに僕たちと鉢合わせになったとしても、最悪、密林に身を隠すことも出来ますよ」

 小八木は熊野ではなく鈴に意見している。

「なるほど。とりあえず今のところは守井家の二人と一馬が被疑者と言うことだ。雄一さんには、その時間帯は本島にいたと言う文美さんの証言がある」

 秦野はそうまとめると、

「そしてここでの殺人も、恋人岬から飛び下りる島の伝説になぞられた訳か」

 と言って、しばらく崖の下を見下ろしていた。


 京都市山科区にある雑居ビルの表裏出入口を約三十人の捜査員が固めると、速やかに移動が始まった。5階殺害事件の後雅会の活動は急に静かになり、勉強会と称した集まりも、宴会も、賭博も行われていない。柳田は、政財界人たちの危機察知能力に感嘆しつつも、京都の歴史、ひいては日本史の陰に陽に現れては権力の臭いと身の危険を瞬時に識別し、巧みに身をこなす公家たちを連想して可笑しくもあった。

 犬養島での事件はまだマスコミには隠されているが、当然、関係者の中では知れ渡っていた。雅会にもその情報が広がると、事実関係は別として雅会の機密データを盗まれたBGマネジメント系列の組織が犬養家を殲滅したのでは、と言う憶測が広がっていった。

 こうなると、雅会としてはBGマネジメント系列組織が行ったことと雅会とは全く無関係であることを示さなければならない。必然的に雅会の活動もカジノ誘致活動も自粛する方向へと進んで行った。

 柳田たちの捜査班は、雅会に動きがない以上しばらく様子見をするしかなかったが、上層部としては一定期間に何らかの成果を出さなければならなかった。そこでやり玉に挙がったのが、雅会の幹事会社であるBGマネジメントが資本提携を通じて間接的に経営している山伏ソフト開発だった。

 表向きはデータ処理会社だが裏では違法賭博を行っている。競馬、競輪、競艇の他、プロ野球やプロサッカーも扱っている。公式レースでは存在しない組み方や高いオッズ、優良顧客には信用買いの制度もある。多くは闇サイトで取引を行うが、競技直前の一定時間だけ電話での購入も可能だ。

 要は、本丸である雅会を揺さぶることなく、末端の賭博会社をあげて成果を見せようということだ。この会社の内偵を進めていたのは柳田とは別の班だった。内偵の結果、本日の京都競馬で裏賭場が開帳されるのは確実だ。

 柳田の班は応援のために参加している。ここでの成果は別班の手柄となるがこれはお互い様だ。

 柳田の班は非常階段を使って上がった。途中出会う者はいなかった。表口から入って来た班も全員が揃った。時間は第二レースの疾走10分前。電話注文がピークを迎える頃だと思われる。

 一瞬間、緊張した沈黙が暑い空気に乗って流れる。だがこれは何度も体験している空気だ。柳田が小さく息を吐いた瞬間、無線で突入指示があり会社事務所の二つの出入口から捜査員が同時に踏み込んだ。

「警察です!その場を動かないでください!」

 中にはざっと二十人ほどの事務員がおり、若者と年配の女性が入り混じっている。みんな呆気に取られて周囲をキョロキョロするばかりだ。裏口近くにある応接ソファに座っていたスーツ姿の男性二人が立上ったが、すぐに座らされた。

「責任者は誰?」

 応接ソファの隣にあるデスクに座った中年男と視線が合った捜査員が近づいて、

「令状です。午前10時20分。組織的犯罪処罰法違反の疑いで全員を逮捕します」

 と言いながら令状を開いて見せた。

 特に大きな混乱はなく、従業員が呆気に取られているうちに事は進んで行った。多くの従業員は臨時雇いのようで、犯罪行為の自覚がない者がほとんどだった。

 応接ソファに腰かけたスーツ姿の男を見た瞬間、柳田は鼓動が激しく波打つのを感じた。そのオシャレなスーツ姿の若い男は、先日ミナミで確認したIRエンタープライズの畑山だ。

 柳田はすぐにでも畑山の取り調べをしたかったが、今はスムーズに全員を連行することが最優先だ。臨時雇いの従業員たちには手錠は掛けず捜査員が両脇に付いて連行した。

 半時間ほどで全員を警察車両に移すことが出来た。大きな混乱もなく地域にも迷惑を掛けなかったため、逮捕自体は成功に終わった。

 事務所に踏み込んだIT専門の捜査官が幹部らのパソコンデータを大急ぎで調べているが、警察が踏み込んだ瞬間に幹部たちは危機回避措置を取っているはずだ。

 柳田はこの会社の捜査で得られる雅会会員関連の情報はないと想定している。仮にあったとしても、賭博に手を出すような財界人など小物に過ぎない。

 雅会の大物逮捕に繋がらないとは言え、賭博常習犯を放置する訳にもいかない。これも仕事の内と割り切って彼は黙々と仕事を進めていった。


 鈴たち四人は恋人岬までの道を引き返し、白山神社の石段の下に集まった。

「一馬さんはこの狛犬の基礎に頭をぶつけてなくなっていたそうだけど、本当の死因は何ですか?」

 小八木が刑事二人に尋ねる。

「明確には分からないようだ。頭の打撲が原因であることは間違いないが、石段を転げ落ちる時に受けた傷が致命傷になったのか、最後に基礎台で打ったのが致命傷になったのかは判断ができない」

「死亡推定時刻は?」

「0時の前後数時間だそうです」

 熊野が答える。

「今度は狛犬に殺された。やっぱり祟りね」

 冗談かどうかもつかめない鈴の意見は無視して熊野が口を開く。

「いったい何をしに来たんでしょう、一馬さんは」

「守井さんか久子さんと会っていたと考えるのが自然でしょうね」

「しかし、二人とも寝ていて一馬さんが来たことには気づかなかったと言っている。勿論防犯カメラも警報装置もないから二人の証言を証明する術はない」

 秦野が石段を見上げた。

「仮に二人の証言が本当だとすると、一馬さんは自分で転んで死んだことになりますね」

 小八木も石段を見上げる。階段は結構急な傾きになっている。一旦転び始めたら止まらないだろう。

「祟りが恐くて、神様に守ってもらえるようにお願いをしに来たんじゃない?そのために死んじゃったなんてブラックジョークね」

 鈴が悲しそうな眼をしてから、

「一馬さんの部屋の窓、鍵は開いていたの?」

 と熊野に確認する。

「はい、窓は閉じられていましたけど鍵は開いていました。出入口の警報が鳴っていないので窓から出たと言うことで間違いありません」

「雄一さんのアリバイは?」

「真夜中ですから、龍之介さんや龍彦さんに異変が無ければ雄一さんは自分の部屋にいます。当夜は、龍之介さんの容態は安定しており雄一さんを呼んではいないとのことです」

「龍彦さんには異変があったじゃない」

「ええ。いつものように朝一番の容態確認をすると、既に亡くなっていたようです」

 熊野が不安そうな表情で鈴に応える。

「怪しいと思わないの?実は真夜中に龍彦さんは苦しんでいた。でも、雄一さんは神社にいたから放置されることになり結果的に亡くなったとか」

「それがですね、朝4時頃、龍之介さんをトイレに連れて行った文美さんがついでに龍彦さんの様子を覗いたそうです。その時は静かな寝息を立てていたと……」

「何にせよ、雄一さんにアリバイがないことは確かですね」

 小八木が結論付けた。

「葉菜ちゃんは君たちと同じ部屋で寝ていたそうだな?深夜1時頃まで話し込んでいたとか。彼女は一度も部屋を出なかったのか?」

 秦野が鈴に確認する。

「ええ、一度も」

「寝ている間もか?」

「私と葉菜ちゃんがベッドに寝ていたのよ。彼女が起きれば繊細な私はすぐに気づくわ」

 しかし、誰も本気にしない。

「何よ、この空気」

「床に寝ていた僕が保証します」

「そうか、分かった」

 秦野が素直に頷いた。

「納得いかないわね。あ、そうか、美女が二人寝ていたからドキドキして寝られなかったのね。もしかして、葉菜ちゃんに悪さをしようとして……」

 鈴が猜疑の視線を小八木に向ける。

「自分が狙われないことは自覚しているみたいですね」

 男たちが笑った後、

「一馬さん殺害が可能なのは、守井さんに久子さん。そして雄一さんということになりますね」

 と、熊野が締めくくった。


 鈴たちが別荘に戻ると、ダイニングルームに捜査員たちが集まっていた。鑑識と指紋収集の結果をまとめているようだ。秦野の顔を見るとダイニングルームから抜け出して来た所轄の捜査員が足早に近寄って来て、

「ちょっとこちらに」

 と、鈴たちをロビーにあるソファの方へ導いた。

「新しい情報か?」

 秦野が確認しながらソファに腰を下ろす。

「よっこらしょ」

 鈴と小八木は秦野たちの対面に座る。

「うちの署にいる古い捜査員の情報ですが」

 捜査員はそう言って、ちらりと鈴の方を気にした。

「構わないよ」

 捜査員は秦野の横に座ってから周囲を確認した後話し始める。

「実はその古参捜査員は、亡くなった守井さんの息子、名を守井聖一と言いますが、聖一君が亡くなった事故の担当でした。彼が言うには、当時関係者の証言に不審な点があったそうです」

「と言うと?」

「調書の記録によると、犬養家の子供たちと一緒にこの島で遊んでいた当時九歳の聖一君は、突然気を失って倒れすぐに本土まで運ばれました。犬養家の人たちを島へ送った船がまだ島に残っていたのですぐに運ぶことができたそうです。しかし病院に着く直前で危篤状態に陥り、到着するや亡くなってしまった。これが正式記録です」

「事実は違うの?」

 鈴が身を乗り出す。

「当時、聖一君を受け入れた看護師の話では、死後5~6時間以上は経過していた印象だったそうです。しかし医師は調書のとおりの供述をしたし、犬養家の大人たちも全員が同じ証言。時間が経つと看護師たちにも圧力が掛かって何も言わなくなった。結局、それ以上の調査はできずに終了した。これが古参捜査員の情報です」

「何か臭いますね」

「病院と犬養家の関係は?」

 秦野の言葉に捜査員がニヤリと笑って、

「宮津産業病院は犬養家が資本の大半を出しています。京都産業病院と同系列です」

 と意味深な瞳で秦野を見つめた。

「京都産業病院と言うと……」

「そう、亡くなった波留さんが理事長を務めていた病院です。他にもうひとつ、府内に系列病院があります」

「だから龍之介さんは宮津産業病院のスウィートルームに運ばれたのね」

 鈴がひとりで頷いている。

「病院にスウィートはありませんよ。特別室です」

「そういう関係なら、犬養家の多少の嘘は通せますね」

「聖一君の死因は突然死ではなかった。例えば兄妹たちの過失による事故死だったとしたら」

 秦野が呟く。

「守井さんに殺人の動機があると言えます」

「当時、守井さんがどこまで事実をつかんでいたのかは不明です。子供たちだけで遊んでいたのは事実のようで、しかも実際に遊んでいたのは波留さんと小夜さん。当時10歳と8歳ですから正確な調査をするにも限界がある。また、仮に守井さんが不審な思いを抱いたとしても、犬養家との関係を考えると強くは主張出来ない」

 捜査員が控えめな声で推論を述べた。

「そうなると、久子さんにも動機がないとは言えなくなりますね。少なくとも父親に協力する動機には成り得る。守井さんひとりで犯行を行うことも可能ですが、久子さんの協力があればスムーズに事が進みます」

 小八木が身を乗り出して推理を語り始める。

「小夜さんと一馬さんの事件に関しては、守井さんの証言に久子さんが合わせれば済むことですし、波留さんの事件に関しても、予め守井さんに合鍵を預けて置き、食事中に守井さんが波留さんの部屋に侵入して彼女が戻って来るのを待つ。彼女が戻った瞬間に犯行を実行。波留さんが部屋に戻ってからも、僕たちがダイニングルームに居るように話を長引かせることで偽装工作の時間稼ぎをすることが出来ます」

 小八木がやや鼻を高くして秦野の反応を窺った。

「しかも守井さんだけが遺産相続の占い方法を知っていた。だから、それをエサにすれば兄妹たちをこっそりと呼び出すのは簡単です。龍彦さん、小夜さん、一馬さん。いずれに対しても、あなただけに教えるから誰にも気づかれずにこっそり来るようにと誘導できます」

 熊野も勝利気分になって小八木に賛同したが、鈴はいまひとつ乗り気ではない感じだ。

「鈴さんはまだ祟り説ですか?」

 熊野がからかうように笑った。


       波止場

     ⇑

        扉


 〇〇〇〇〇●●●〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


 〇  ●警報装置       〇  ダイニングルーム〇崖


 〇                〇      ●● 〇


 〇      キッチン             ●● 〇


 〇                〇 鈴たちのテーブル〇


 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇            〇


 〇     〇  〇   〇   〇      ●●    〇海の景色


窓● 龍彦  ●扉 〇   〇   〇      ●●    〇


 〇     〇  〇   〇   〇      ●●    〇


 〇〇〇〇〇〇〇  〇女風呂〇男風呂〇      ●●    〇


 〇     〇  〇   〇   〇      ●●    〇


 ● 一馬  ●  〇   〇   〇      ●●    〇

          〇〇〇〇〇〇〇〇〇

 〇     〇  〇       〇   兄弟たちのテーブル〇

          〇

 〇〇〇〇〇〇〇  〇       〇            〇

          〇       〇

 〇     〇  〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇  〇〇〇〇〇〇〇

          〇

 ● 小夜  ●  〇                    〇

          〇洗面台

 〇     〇  〇                    〇

          〇

 〇〇〇〇〇〇〇  〇〇〇 〇〇〇〇〇            〇


 〇     〇  〇       〇            〇崖


 ● 波留  ●  〇 共同お手洗い〇            〇


 〇     〇  〇       〇            〇


 〇〇〇〇〇〇〇  〇〇〇〇〇〇〇〇〇            〇


 〇     〇                       〇


 ● 葉菜  ●                       〇


 〇     〇                       〇


 〇〇〇〇〇〇〇                  ●●●● 〇


 〇     〇                  ●●●● 〇海の景色


 ● 鈴   ●                  ソファ  〇


 〇     〇    ロビー                〇


 〇〇〇〇〇〇〇                  ●●●● 〇


 〇     〇                  ●●●● 〇


 ● 小八木 ●                  ソファ  〇


 〇     〇                       〇


 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇 〇      〇


 〇        〇                    〇


 〇 物置     〇    土間       〇   テレビ〇


 〇        ●警報装置                〇


 〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇●●●●〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


               扉               〇


                               〇崖


                               〇


                               〇


                               〇


← 白山神社                         〇海の景色


             BBQができる庭          〇


                               〇


                               〇


  〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇


                 密林


 過去の裏情報にまだ動揺している四人はダイニングルームへ入っていった。先ほど情報をもたらせた捜査員も自然な所作で仲間の渦に消えてゆき、今度はイガグリ頭の捜査員が少々疲れた面持ちで近づいて来た。

 鈴たちは四人テーブルの席に着いて捜査員の動きに視線を注ぐ。イガグリ頭の捜査員が何か衝撃的な情報をもたらすのかと期待してしまったが、指紋の検出場所をまとめた簡易メモを秦野に手渡しただけだった。秦野の向かいにいる鈴たちも身を乗り出して一緒に覗き込む。

 当然のことながら久子の指紋は各部屋で発見された。鈴と小八木のものも各部屋のドアノブなどから採取されている。

 際立って少ないのが守井さんの指紋だ。彼がここへ来たのは警察の事情聴取の時だけで、ダイニングルームのテーブルに残っているだけだ。同じく文美と雄一の指紋もダイニングルームと玄関に残っている程度だ。

 また一馬の指紋は、鈴や小八木の部屋からも、そして葉菜の部屋からも採取された。

「どうして一馬さんの指紋が私たちの部屋から発見されるのよ?キモイはね」

 鈴のぼやきを聞いた所轄捜査員が微笑みながら、

「鑑識の話によりますと、鈴さんたちの部屋から採取された一馬さんの指紋は、ドアや窓ガラスに付いていたもので、結構古いもののようです。久子さんの話によると、一馬さんは釣りをするためによくこの島を訪れていましたから、ほとんどの部屋を利用したことがあるそうです」

 と、鈴を安心させた。

「因みに、葉菜さんの部屋で発見された一馬さんの指紋はどの辺りに付いていたのですか?」

 なぜか小八木が葉菜の部屋に興味を示す。

「何を気にしているのよ?」

 鈴が意味あり気に小八木の瞳を覗き込む。

「葉菜さんの部屋か。えーと。窓ガラスとベッドの縁、冷蔵庫の扉、椅子とテーブルかな」

 捜査員はメモとは別の資料を見ながら答えてくれた。と、鈴が捜査員の資料を奪うようにして中身を凝視する。そして無言で資料を返すと広い窓の外に広がる青い海をぼんやりと見つめた。

「どうかしたのか?」

 秦野が鈴の変化に驚いている。

「部屋に下着でも忘れて来たのでしょう。水でも持って来ます」

「ちょっと待って」

 鈴が小八木を呼び止めてから、

「あんた、葉菜ちゃんとやったの?」

 と、唐突に叫んだ。

「はい?」

 小八木だけでなく周囲の捜査員たちもあんぐりと口を開けたまま二人の会話を見つめる。

「ただの友だちですよ。大学のクラスが同じと言うだけで、デートすらしたことはないです」

「葉菜ちゃんが軽い女だとか言った噂を聞いたことは?」

「まさか。見るからに真面目な感じじゃないですか」

 小八木は困惑している。

「女の見掛けに騙されちゃだめよ。まあいいわ。熊野君、葉菜ちゃんと雄一さんの戸籍を調べてよ。綿密にね。それから殺された波留さんが発見された朝6時前後にサッカーリーグの試合結果を放送していたテレビ番組を調べて欲しいの。京都の試合結果を放送したチャネルと時間を正確に調べてちょうだい」

 熊野は納得いかない風に生返事をした。

「イガグリさん、葉菜ちゃんの部屋の冷蔵庫にはビールが何本残っているか調べている?」

「ああ、ちょっと待てよ」

 イガグリは手元の資料をめくってから、

「缶ビールは四本残っているな。因みに鈴ちゃんと小八木君の冷蔵庫にはビールはなかった」

 と鈴に応えた。

「二日目の夜に小八木の部屋で飲んじゃったからね、三人で。ほとんど小八木が飲んでいたけど」

「でも小八木君の部屋に残っていた空缶は九本しかなかったぞ。各部屋の冷蔵庫には六本ずつ入れてあると久子さんが証言しているのに数が合わないな」

「あの夜、鈴さんは三本しか僕の部屋に持って来なかったですよ」

「エヘ、前の夜に三本飲んじゃったからね。空缶はキッチンのゴミ箱に捨てたから数は合わないわ」

「それが何か関係あるのか?」

 秦野が我慢の限界のような口振りで言ってから、

「鈴ちゃん、君の要望には応えるが理由を説明してもらわないとな」

 と、若干声を優しくした。

「そうね秦野さんの言うとおりだわ。ではまず指紋の件だけど。小八木、久子さんの説明を思い出さない?私たちの部屋にあった椅子とテーブルは今回の儀式のために新調したのよ」

「何!」

 秦野が瞬間的に反応した。

「本当か?」

 秦野が小八木にも確認する。

「確かにそう説明されました」

「要するに、葉菜ちゃん部屋の椅子とテーブルに一馬さんが触れたのは、今回の宿泊中と言うことよ。自動ロックだから勝手には入れない。一馬さんと葉菜ちゃんが会ったのは今回が初めてだから事前に何かを計画していたとは考えにくいわ」

「もしかして、葉菜さんが一馬さんを誘惑したと?」

 熊野が鈴に問うた。

「どっちが誘惑したかはともかく、二日目の夜は葉菜ちゃんと私たちは小八木の部屋で一緒にいた。だから一日目の夜に葉菜ちゃんは一馬さんを迎え入れたことになる。手の早い女だわ。やる前にビールでも飲んだかなと思って確認したの。どうやら二本飲んでからやったのね」

「やること前提ですか。それで彼女の風評を僕に確認した訳ですね」 

 小八木が納得したように鈴を見つめたが彼は複雑な感情を浮かべている。

「とにかく椅子とテーブルの件はもう一度久子さんに確認をとってくれ」

 秦野がイガグリに依頼した。

「葉菜ちゃんと雄一さんの戸籍を調べる理由は何だ?」

「何となくだけど、二人は前からの知合いのような気がして仕方ないの」

「何となく?女の勘ですか?」

 熊野が少し落胆した。

「女の勘を馬鹿にするもんじゃない」

「さすがオジサン。だいぶ痛い目に遭ったのね、可哀そうに」

「同情されているのかな?」

 秦野が苦笑する。

「あれは私たちが初めて雄一さんと会った時のこと、確か雄一さんが龍之介さんの昼食を取りに来た時だったわ。葉菜ちゃんが『雄一さん』て呼んだの。初対面でいきなり名前を呼んだのよ」

「鈴さんも『雄一さん』と呼んだじゃないですか」

 小八木が反論する。

「それはそうだけど、葉菜ちゃんが名前を呼んだ時に雄一さんが少し驚いた顔をしたの。知り合いであることがばれるから驚いたのよ。現に私が呼んでも雄一さんは何の反応も示さなかったわ」

「葉菜ちゃんに名前を呼ばれて、男としてドキッとしただけじゃないですか?ただ単に」

「小八木。それって、私より葉菜ちゃんの方が良い女だってこと?」

 小八木と熊野は蛇に睨まれたカエルのように固まって何も言えない。

「まあ、好みはそれぞれだからな」

 秦野が同情を示してから、

「ではスポーツニュースの件は?」

 と話を進めた。だが、鈴は無視して、

「そうだイガグリさん。波留さんの部屋のテレビは何チャンネルになっていました?」

 と、急に愛想よくなって可愛く尋ねる。

「いや、そこまでは確認していない。後で調べておく」

「お願いしますね、イガグリさん」

 鈴は愛らしく微笑んでイガグリをやる気にさせた。

「あのう……」

 熊野が何か言い掛ける。

「スポーツニュースの件ね。調査結果が出たら葉菜ちゃんの前で一緒に説明するわ。これから守井さんに突撃よ、熊野君が推理を披露して守井さんを追い詰めるの」

「え?僕がですか」

「大丈夫。筋書きは私が教えるから。秦野さんは守井さんたちの反応を見て犯人かどうか決めてちょうだい。そう言うの得意そうだから」

「俺が決めるのか?」

 秦野も面食らっている。

「熊野君、私たちが宮津に戻るまでに調査結果は分かるわよね?戸籍とテレビ番組を調べるぐらい簡単でしょ?」

 熊野を虐め終わった鈴は、再び広い窓から海を眺めて思考に入り込もうとしたが、

「あっそうだ。イガグリさん!私の部屋にパンティ落ちてなかった?純白よ」

 と叫んだ。

「後で探しておく」


 宮津に戻った鈴たちは、ホテルに残っている葉菜を車でピックアップしてから守井と久子がいる白山神社を訪れた。文美と雄一は、既に龍之介と共に社用車で京都へ戻っていた。

 何しろ犬養商事の役員が皆亡くなってしまったのだ。形式だけだが役員の肩書がある龍之介が急遽現役復帰し、騒動の鎮静と今後の骨組みを作る任を担う他ない。当然それには文美と雄一の補助が必須である。

 大手川の三角州のような宮津平地の西側、山際にある小高い峰の一部に背中を預ける形で白山神社は神殿を構えていた。

 境内は広くはないが歴史を感じさせる茅葺き屋根の造りだ。鈴たちは社務所の奥にある来客用座敷に通された。 

 鈴が熊野に依頼した調査結果は船にいる間に届いていた。だが、葉菜にはまだ何も話していない。木彫りが入った重厚な肌感の卓上テーブルに緑茶が並べられた。

 そして皆がお茶をひと口飲んだ頃、奥から守井亮と久子がやって来た。

「突然すみません、お忙しいところを」

 秦野が挨拶代わりに軽く詫びを入れる。

「いえ大丈夫です。出来るだけの協力をするつもりです」

 守井家の二人と葉菜が横に並び、鈴たち四人がその向かい側に座っている。

「今日は少し失礼なお話をさせて頂きます。不愉快な思いをさせるかも知れませんが、ご容赦いただきたい」

 秦野の前触れに守井は少し表情を硬くする。

「では、早速ですが」

 熊野が口火を切る。

「まずは藤田葉菜さん、あなたは吹田雄一さんと従妹の関係ですね?」

 葉菜はドキリとした表情で熊野を見つめたが、すぐに柔らかな面に戻って軽く微笑みながら、はいと頷いた。

「どうして黙っていたのですか?」

「大した理由はありません。雄一さんは龍之介さんの主治医をしていますし、私は小夜さんの店でアルバイトをしている。私たちの関係を明かして犬養家の人たちに変な気を遣わせるのも申し訳ないので、二人で相談して黙っていることに決めました」

「お互いに島へ行くことは知っていた訳ですね?」

「はい、事前にメールでやり取りしました」

「二人はよく会っているのですか?」

「子供の頃はよく遊んでもらった記憶はありますけど、私が中高生になった頃からは年に数回家族で会う程度です」

 戸籍調査の結果、藤田葉菜20歳は、草加銀次と藤田美緒の間に生まれた長女で兄妹はいない。夫の草加姓ではなく妻の藤田姓を名乗っている。

 吹田雄一、30歳もひとり息子で草加秋人と吹田優子の間に生まれた。父親である吹田秋人は既に亡くなっている。吹田家でも妻の方の姓を名乗っている。そして草加秋人と銀次は兄弟だった。

「両家ともご主人の姓ではなく、奥さんの方の姓を名乗っているのには何か理由があるんですか?」

 引き続き熊野が質問する。

「さあ、私に聞かれても。そう言うことは両親に聞いてもらった方が」

 葉菜は素直に答えた。

「仰るとおりですね。京都に戻ったら一度ご両親からお話を聞きたいと思っています。ところで守井さん。お話辛いことではありますが、犬養島での四つの事件に関して、守井亮さん、久子さん、そして葉菜さんの三人が深く関わっていると私たちは考えています」

「どういう意味ですか?」

 守井が困惑した表情で秦野と熊野を見つめる。熊野が犬養島での事件の経緯と全員の行動、証言、アリバイの有無などを説明してゆき、守井亮が単独で、あるいは久子の協力があれば犯行が可能であることを説明した。

「家族の証言に信憑性がないと思われるのは仕方がありません。刑事さんの言われることは確かに理にかなっています。しかし、私たちは一切関係ありません」

 守井亮は堂々と言ってのけた。

「それに葉菜ちゃんがどう関わっていると言うの?」

 久子が初めて口を開いた。熊野が少し焦った風に鈴へ視線を送る。葉菜の件は鈴からまだ何も聞いていない。すると、鈴が嬉しそうに軽く微笑んでから話し始める。

「波留さんが自室で絞殺された後梁に吊るされた件だけど、あれを手伝ったのは葉菜ちゃんだと思うの。犯人は波留さんの部屋の窓から出て行った。万が一にでも、廊下を通って玄関から出る姿を見られることを恐れたのでしょう」

 あまりに唐突な結論に全員が息を飲んだまま呆然としている。

「でも窓の鍵は掛かっていましたよ」

 驚きの空間でようやく熊野が口を開いた。

「だから、その鍵を掛けたのが葉菜ちゃんなのよ」

 鈴以外の全員が再び固まる。

「葉菜ちゃんは波瑠さんの部屋の鍵を持っていた。合鍵なのか、合鍵のコピーなのか不明だけど。あなたはあの朝5時50分ぐらいに波留さんの部屋に入り、窓の鍵を掛け、カーテンもきっちりと締め直した。そして一度玄関を通って外に回り窓の外から中が見えないことを確認してから戻って来た。そこで私たちに出会ったの。後は私たちと一緒に波留さんを起こす演技をした」

「何を根拠にそんなことを言うの?」

 葉菜は、全くもって覚えがないと言う表情をしている。

「あなたは一馬さんがサッカーリーグの試合結果を尋ねた時、すかさず答えたわよね、京都が勝ったと」

 鈴が次に何を言うのか、葉菜は恐れを抱きながらも慎重にゆっくりと頷いた。

「その試合結果をどこで知ったの?」

「さあ、忘れたわ」

「あなたは波留さんの部屋で聞いたのよ。あの時テレビは点けっぱなしになっていた。小八木が残した証拠写真にも残っている。あの朝選ばれていたチャンネルでやっているニュース番組で試合の結果を放送していたのよ、時間は5時51分。テレビ局に確認したから間違いない」

「他の番組で見たのかも知れないわ」

「あの日、他の局では放送していないの。前夜にはもう一局放送した番組があるけど、放送時間は夜の11時5分くらい。つまり私たちがダイニングルームで話し込んでいた時間よ」

「そんなこと言われても、私は波瑠さんの部屋には入っていないしテレビも見ていない。もしかしたら前の試合の記憶と勘違いしていたかも……」

 葉菜は必死になって誤魔化そうとしているが鈴は構わずに話を進めてゆく。

「次に一馬さんの事件だけど。葉菜ちゃん、一馬さんを部屋に入れた?」

 葉菜は恐々とした表情で鈴を見つめながら否定した。

「会ったばかりの男性を入れる訳がないでしょう」

「そうよね。でもあなたの部屋のテーブルと椅子に一馬さんの指紋が残っていたの。あのテーブルと椅子は新品だから、一馬さんが以前に釣り遊びをしに来た時に付いたものではない。ですよね、久子さん」

 久子はゆっくりと頷いて、

「そう言うことになりますね」

 と言った。

「あなたは二日目の夜に限って、不安だから私たちと一緒にいたいと言って自分の部屋を空けた。そうして一馬さんにはこっそりと部屋に来るように伝えていた。相談に乗って欲しいことがあるとか、怖くて眠れないとか、女の子らしい言葉で誘った」

「でもオートロックでしょう」

 熊野が突っ込む。打ち合わせした訳でもないがナイスフォローだ。鈴は少し小馬鹿にしたような視線を送ってから、

「何か挟んでおけばいいでしょう。葉菜ちゃんは時間を指定して一馬さんを呼び、その前に犯人が窓から入って待ち伏せする。一馬さんが入って来たところを襲い、それから神社に運んで石段から落とした」

「そんな面倒なことをしなくても、神社に呼び出して殺せばいいじゃないですか」

 小八木も推理ショーに加わる。

「仮に守井さんが犯人だとして、守井さんは神主さんよ。いつもお仕えしている神様の前で殺人を起こすと思う?別の場所で実行したいと思うのが自然でしょう」

 秦野の視線は守井の表情を厳しく捉えている。

「更に、雄一さんも協力している蓋然性が高いと考えています。龍彦さんを洞窟に閉じ込めたものの、計画どおりには亡くならなかった。雄一さんは龍彦さんを治療すると見せ掛けて最終的には命を絶った。医学的にどのような手段を使ったのかは不明です。でも解剖結果が出れば何かわかるかも知れません」

 鈴が話し終えた後も秦野は守井を見つめている。その視線に気づいた守井は、自ら釈明を始めた。

「私は雄一さんとも葉菜さんとも特別な関係ではありません。雄一さんは龍之介さんの主治医ですから、今までにも何度かお会いしていますが、葉菜さんとは今回初めてお会いします。それに私たちには犬養家の兄妹を殺す理由がありません」

「本当ですか?」

 秦野が鋭い視線で守井を射ながら、

「30年前の息子さんの事故、聖一君の事故は本当に事故だったんですか?」

 と静かに言った。守井はじっと秦野の視線を跳ね返している。久子が驚いたように二人の表情を交互に見つめてから、

「どう言うこと、お父さん!」

 と叫んだ。

「久子さんもご存知のとおり、宮津産業病院は犬養家の資本で成り立っています。あの時聖一君が緊急搬送されたのは宮津産業病院です」

「知っています。まさか病院が嘘を言ったと?」

「少なくとも病院に着いてから亡くなったのではない。死後5~6時間は経過していた様子だったと、当時の担当看護師が捜査員に語っています。ただ、その後は何も言わなくなりましたが」

 秦野が守井の反応を見ながら事実を明かした。

「本当?お父さん、何か知っているの?」

 父親の犯罪を否定したい気持ちを久子がぶつけている。

「守井さん、あなたが犯人ではないとおっしゃるなら、例え都合の悪い事実でも話していただけませんか」

 守井はしばらくお茶の入った湯呑みをじっと見つめていたが、

「わかりました。犬養家の兄妹も皆さん亡くなられたことですし、もう話しても良いかと思います。この事実を話すと益々私が疑われる結果になるかも知れませんが、私は無実です。私が無実だと言うことを信じてくださるのなら話します」

 そう言った後、じっと秦野と見つめ合ったが秦野がゆっくりと口を開いて、

「わかりました、信じましょう」

 と、低い声を放った。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ