38 エスドラドの勇者
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「なに!?我が兵が惨敗しただと?」
「ここは危険です!すぐにこの館にも敵の手が伸びるでしょう。ひとまずアリステアに撤退しましょう!」
「馬鹿を言うなっ!ここは我がルート侯爵家の領地だぞ!領地を捨てて逃げる貴族がどこにいるのだっ!」
「で、ですが、すでにこちらにはまともな戦力は残っていません。報告によると、ジム・リーは鬼神のごとき強さで兵たちをなぎ払ったと。冒険者たちの戦力は我らの想像以上です」
「忌々しい下衆どもが……」
「まずは王都に取って返し、王に増援を要請するのが肝要かと……」
「ちっ、ひとまず撤退だっ!」
「はっ!」
慌ただしく逃走の準備を始めるたルート侯爵一行は、贅を尽くした屋敷をほうほうの体で逃げ出した。
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「って言うことだけど、どうする?このまま見逃す?」
ルート侯爵家の様子を風魔法で観察していたミハエルは、ルート侯爵が敗走しようとしていることをジムに知らせた。
「ああ、一兵残らず逃がしてやるつもりだ。下手にこの国に残られても迷惑だしな」
ジムの言葉に冒険者たちも深く頷く。この戦いの目的は、エスドラドを自分達の手に取り戻し、アリステアの支配から逃れることにある。向こうが権利を手放して逃げるなら、それに越したことはない。
「そうだな。仮に捕まえて収監するにしても、大監獄は誰かさんたちのお陰で綺麗さっぱり失くなっちまったしな」
ジャイルがチラリとアデルに視線を送ると、アデルは気まずげに目を反らした。
「あー、その、あれだ。大監獄を破壊したのはすまなかった」
「ぶはっ!いや、あれは傑作だったぜ?」
アデルが形を変えたせいで倒壊を免れたエスドラド大監獄だったが、結局地上部分の多くを砂に変えたせいで地下牢も全て砂に埋め尽くされてしまった。
「あんなもん、なくていいんだ。清々したよ」
「ああ。全くだ。もう見たくもねぇしな」
「そうだそうだ!」
ジムの言葉に賛同する冒険者たち。アデルはほっと胸を撫で下ろした。
「だが、今度はアリステア国軍を引き連れて攻めてくるかもしれないな」
「ああ。その可能性は大きいな。エリック、教会の様子はどうだった?」
「教会はすでにもぬけの殻でした。ジムの話を聞く限り、正式な神父がいたかどうかも怪しいですね……おそらくエスドラドを弱体化させるために派遣された、ルート侯爵の息の掛かった人物でしょう」
「そうか。取り敢えずアリステアの貴族やそいつらと結託している教会の勢力は追い出せたようだが、これからも油断はできないな」
考え込むアデル。エスドラドは心配だが、アデルたちも旅の途中。いつまでもこの国に留まることはできない。そのことは、ジムにも良く分かっていた。
「あんたたちには本当に世話になったな。だが、ここからは俺たちの戦いだ。もう二度と、あいつらに俺たちの国を荒らさせねぇよ。この恩は一生掛かっても返せねぇが、俺にできることならなんでも言ってくれ」
アデルは差し出されたジムの手をしっかりと握りしめる。
「ああ。この国を頼む。あんたならこの国をより良い方向に導いてくれると信じてるぜ」
「多大な助太刀、感謝する」
次にジムはティアラに向き直る。
「嬢ちゃん、あんたに救われた命だ。精々恥じないように使わせて貰う」
「はい。ご武運を」
「おうっ!」
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「気持ちのいい男だったな」
「まさに獅子奮迅の活躍ぶりだったね」
ティアラたちはエスドラドに別れを告げた。この先エスドラドはさらに大きな戦いの渦に巻き込まれて行くだろう。
(でも、きっと大丈夫……)
ジムと冒険者たちが見せてくれた不屈の精神があれば、きっと乗り越えていける。
ルート侯爵一行を追い出した後、ジムに対する国民の熱狂ぶりは凄まじいものがあった。諦めに支配され、抑圧されていた民の心はジムという英雄とともに立ち上がったのだ。この先エスドラドの民は、真の自由を掴みとるために戦い続けるだろう。
そのときはきっと、ジムに託した新しい力が役立つはず。
彼に与えられた新たなるスキルは、何度でも立ち上がる不屈の体。ジムだけに使える身体強化魔法だった。ジムに眠る能力をティアラの魔力を使って揺り起こし、魔法として発現させたものだ。
その力は、きっとジム本人がこれまで何よりも望んできたもの。己の力で運命を切り開いてきた人だから。
「エスドラドの優しい勇者様。また、お逢いしましょうね」
そっと呟いた言葉にセバスが眉を上げる。
「おや、姫様はあのような大男がタイプですか。やはり男は筋肉ですなっ!」
「え、タイプって言うか、素敵な人だったわよね」
ティアラからもれた「素敵」と言う言葉にミハエルとジャイルが素早く反応する。
「え、待って!ティアラはごついおっさんが好みなの!?僕みたいな王子様タイプは駄目っ!?」
「いや待て、俺は意外と脱いだら凄いぜ?」
「二人とも何を言ってるんですか……身長は私も変わりませんよ?」
「まぁ、一番近いのは俺だなっ!ティアラはお兄ちゃんっ子だからな!ハハハハ」
ジムに張り合おうとする仲間の言葉にティアラは思わず笑いだす。
「みんなが、私にとって一番素敵な勇者様よ!」
だが、「「「俺が一番だっ!」」」そこだけは譲れない男たちなのだった。
















