17 無自覚な女神
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「アデル兄様遅いなぁ。大丈夫かな?」
マジックバッグから瘴気を吸収する花の苗を取り出しながら、ティアラはなかなか戻らないアデルの身を案じていた。
「あん?師匠は国外のクエストも慣れてるからギルドに行くぐらいなんてことねーだろ」
「アデルさんがあいつらに遅れを取ることはないでしょうしね」
「それはそうなんだけど……」
思わず手を止め、んーっと考え込むティアラの袖を、可愛い手がツンツンと引っ張る。
「もうおしまいだべか?」
「あ、中断させてごめんねっ!苗はまだまだあるよっ!」
ティアラが取り出した苗をせっせと運んでいく子ども達。ふりふりと揺れるしっぽの行列に、ティアラは思わず目を細めた。
「ええだか?この花は森を守ってくださる大切な苗だ。丁寧に扱うだよ」
「うんっ!おら頑張るだ」
「だども、きれぇな花だべなぁ……」
トムの指導のもと、ゴーレムが耕した畑に、子ども達がどんどん花の苗を植えていく。こうしてできた辺り一面真っ白な花畑に、子ども達は歓声をあげた。
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トムがティアラに抱きついている頃。獣人の村では、なかなか帰ってこないトムを村の皆が案じていた。
「トム兄さ帰ってこないべなぁ」
「いぐらなんでも遅すぎるんじゃねえべかっ」
「ま、まさか、悪い人間に捕まったんじゃ……」
「こ、こうしちゃいられねぇべ!た、助けにいくだっ」
しかし、鍬を片手に決死の覚悟で村から出てきた村人達が見たのは、楽しそうに魔法を使って作業するティアラ達と、尻尾を振りながら巨大な肉にかぶり付いてるトムの姿だった。
「なっ!と、トム!こったらとこで何してるだっ!」
「はっ!長老様!みんな!なしてここに……」
「なしてじゃねぇ!おめ、報告もせずに何してただっ!おらたちがどんだけ心配したと思ってるだっ!」
突然現れた村の皆にワタワタするトム。気まずそうに、持っていた肉をそっと後ろに隠す。
「な、なにって、おらぁ村の皆のためにこんお方達のお手伝いをしてただ」
実際はすることもないので、おやつ代わりにセバスの焼いてくれた肉を食べていただけなのだが。いぶかしげに目を細める長老。しかし、次の瞬間、目に飛び込んできた湖の様子に、腰を抜かさんばかりに驚いた。
「み、湖が……湖が元に戻ってるだっ!」
「こ、こりゃあ一体……」
「ど、どうなってるべ」
ワイワイと騒ぐ村人達にトムは厳かに宣言する。
「みな、騒ぐでねぇ!こちらにおわすは、女神様と女神様の御使い様達だ。こんお方達が湖を甦らせてくれただよ……おら、奇跡をみただ」
いつになく真剣なトムの顔に困惑する村人達。しかし、ティアラをみて、その人外とも言える美しさにごくりと唾を飲み込む。
「ほ、ほんとに女神様だべか……」
「き、奇跡がおこったんでねか?」
「き、きっとおら達の祈りが天に届いたんだっ!」
「女神様!毒の湖を浄化し、村をお救い下さり、まことにありがとうごぜえますだっ」
「「「女神様!女神様!」」」
村人の態度に思わずたじろぐティアラ。
「いえ、私達はただの冒険者で……」
焦るティアラを置き去りにして、ははぁーっと平伏して拝み出す村人達。
(うん、この感じ。何を言っても聞いてくれる気がしない。前にもあったなぁ……。)ふっと遠い目をするティアラの隣では、生粋のティアラ教信者であるエリックが優しく微笑んでいる。
「ほら、ティアラが困っていますよ。皆さんどうか顔をあげてください。彼女はこのような畏まった対応を好まないのです。それよりもお腹が空いているのではありませんか?」
エリックの言葉にそっと顔を上げた村人達は、これまた神々しいエリックの美しさに息を飲む。
「か、神様!あなた様は神様だべな!なんて神々しい……」
「ありがたやありがたや……」
エリックも無事神様認定されたようだ。エリックは笑い転げるジャイルとミハエルを軽く睨んで黙らせ、セバスに視線を送る。セバスは大きく頷くと、
「ほっほ、村の皆さんに振る舞おうと思って、美味しい料理をたんと用意しておきましたぞ。さあさあ、皆さん、そんなところに突っ伏してないで、温かいうちに召し上がってくだされ!」
セバスが大きなテーブル一杯に出来立ての料理を並べ始めたのをみて、子ども達が一斉に歓声をあげた。
「に、肉だべっ!」
「こっちはなんだべか!見たこともない料理だけんど、旨そうな匂いがするだっ!」
「こ、これ、お前達……」
困惑する大人達に、セバスはそっと酒瓶を手渡す。
「もちろん旨い酒もありますぞ!さあさあ、皆、座った座った!」
酒を見て涎を垂らさんばかりに目を輝かせる大人達。後はもう、朝から飲めや歌えやの大宴会が始まった。
♢♢♢
大きなお腹をさすり、すっかり酔いつぶれてしまった大人達を尻目に、お腹が膨れた子ども達は苗を植える手伝いを申し出た。
「こっちは森の瘴気を吸ってくれる花の苗」「これは栄養抜群の実がなるお野菜」「これは怪我にも病気にも良く効く薬草だよ」
ティアラは見たことのない苗を不思議そうに眺める子ども達に、一つずつ手渡しながら丁寧に説明していく。
こうして日が暮れる頃には、湖の周辺は見違えるように美しい場所へと変化をとげたのだった。
だが、暗くなっても一向に戻らないアデルに、流石に他のメンバーも心配になってきた。
「師匠、さすがに遅くないか?街は確か森を抜けてすぐだったよな?」
「ふむ。アデル坊っちゃんが夕食までに帰ってこないとなると、少々心配ですな……今夜は坊っちゃんの好きなシチューにしようと思ってたっぷり用意したんですが」
「セバスさん……それって食事の心配?」
のんきなセバスに呆れるミハエル。
「私、街までアデルお兄様を探しに行こうかな」
ソワソワと立ち上がったティアラをエリックがやんわりと止める。
「ティアラを一人で行かせることはできません。それに、私たちが下手に動くとすれ違いになる恐れがあります。もう日も暮れていますし……大人達がこの調子ですから、子ども達を残してここを離れるのは少々心配ですしね」
ぐでーんと腹を出し、イビキをかいて寝る村人達の姿を見て、ティアラも思わずうなる。
「ううっ、離れてる間にまた悪い人達がきたら心配だしなぁ」
「まぁ、師匠は国外で活動することも多いから大丈夫だろ。買い物でもしてるんじゃないか?」
「えー、そうかなぁ。それだったら私も誘ってくれそうなものだけど……」
「ほら、取り敢えず今日はここで野営するぞ。ティアラは本格的な野営はじめてだろ?」
「野営!きゃー!一回やってみたかったんだ~♪みんな泊まりのクエストのときはいつも私を置いていくんだもん。私だけ仲間はずれにしてズルい。ずっと羨ましかったんだからね?私もみんなと一緒に雑魚寝したり夜通し火の番とかしたりするの憧れてたのに……」
「……はぁ。俺たちは一つのテントを使うが、お前は一人用テントを使え。いいか?中に入ったら結界を張って絶対に誰も入れるなよ」
「えっ?そこまでしなくても……」
「そこまで必要だ。分かったな」
ジャイルの剣幕にたじたじのティアラ。ミハエルとエリックは苦笑いを浮かべるしかなかった。
















