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9 荒れ果てた大地

 ♢♢♢


 いくつかの島を越え、広い海を渡ると、ノイエ王国やアリステア王国を有するゼノム大陸が姿を表した。だが、変わり果てたその姿にティアラは思わず息を飲んだ。


「ひどい……」


「ああ、ここまでとはな……」


 ゼノム大陸の外れ、かつて豊かな森が広がっていた大地は、見渡す限り焼け野原となっていた。森のそばには焼け落ちて打ち捨てられた村がいくつか確認できる。


「これは、魔物による被害なの?それともここはすでに戦場なのかしら……」


 ティアラの言葉にアデルは小さく首をふる。


「恐らく魔物による被害だろう。食糧が枯渇しそうなとき、森の価値は計り知れない。焼き払うような愚かな真似はしないだろう。それに、ここは元々アリステア王国の属国だ。ここを落としてもアリステア王国にはメリットがないからな」


「そうですね。私もそう思います。ここ、エスドラドは、小国ながら豊かな自然の広がる美しい国として有名だったのですが……民はどうしているのでしょう。痛ましいことです」


 エリックもまた、沈痛な面持ちで失われた森や村の残骸を見つめていた。


「みんな、ここで一度降りてもいい?森や村の様子をみてみたいの」


 ティアラの言葉に全員が頷くと、アデルが飛竜に指示を出しゆっくりと地上に降り立った。



 ♢♢♢


 すでに移動したあとなのか、討伐されたのか、近くに魔物の姿はないようだ。森の中心には大きな湖があったが、酷く澱んでおり、異様な臭気を放っている。


「この水はヤバそうだな。飛竜には飲ませない方がいい」


 ジャイルが顔をしかめて飛竜たちを水辺から少し離れた場所に移動させると、ミハエルが小瓶に少し水を取り、専用の魔道具を使って素早く水質をチェックする。


 ミハエルはこれまでに、魔力を持たない人でも気軽に使える便利な魔道具を数多く開発しており、若き天才魔道具開発者として名を馳せていた。水質を簡単にチェックできるこの魔道具も、ミハエルの発明品のひとつだ。


「毒に汚染されているね。恐らくヒートスネークの毒だろう」


「ヒートスネークか……この森もそいつの仕業か。一体何匹出たらこんな状態になるんだ」


 ヒートスネークは体長10メートルを越える蛇の魔物で、強力な神経毒を持ち火を吐くのが特徴だ。Aランクに相当する厄介な魔物だが、群れを作らず単体で行動するため、通常森ひとつを焼き付くす程の脅威ではない。


「やはり、魔物の異常発生が起こっているな……ミハエル、この湖を浄化することはできるか?」


「この様子だと、毒の影響が地下部分までかなり広範囲に広がってる可能性があります。残念ながらそこまで大掛かりな浄化装置は持ってきていません」


「そうか……」


 湖をこのまま放置すると森の土壌汚染が広がる可能性が高い。森の再生はおろか、人の住めない土地になってしまうだろう。


「アデルお兄様、私が浄化魔法をかけてみるわ」


 考え込むアデルにティアラが声をかける。


「ティアラ、魔力量は大丈夫か?」


「ええ。ここは魔力を掴みにくいけど……エリックと力を合わせればなんとかなりそう」


「ええ、やってみましょう」


 湖全体に浄化魔法をかけるため、エリックと二人で一気に魔力を投入する。ティアラの魔力は全盛期のものと遜色ないが、常に高濃度の魔力に満たされていたアリシア王国と違い、この地は包み込む魔力の層が薄く、力を出しにくい。


(守護の力が弱まっているわ……)


 魔力は女神アリステアの与えた加護の力。500年前、神力を全て魔力に変え、世界中を満たしたのだ。たとえこの身の転生が遅れようと、この先数千年はこの世界は安泰だと思っていた。これほどまでに加護の力が弱まっているとは想定外だった。


(アリシア王国は、まだ魔力が強いほうだったんだわ。それでも完全に魔力を取り戻すにはあれほど時間が必要だったんだもの。この先魔力切れになることも覚悟しないと)


 ティアラは自分の認識の甘さに唇を噛む。


「ティアラ、どうした?」


 落ち込むティアラに気付いたアデルがそっと肩を抱く。


「アデルお兄様……。ううん。なんでもないの」


 今はみんなに心配をかけるわけにはいかない。ティアラは軽く頭を振ると、目の前の作業に集中した。

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