第8章 一、プロローグ
「東京羽田行き、
まもなくご搭乗始まります」
〈オリエンタルラウンジそら〉の
カウンターから立ち上がると、
松下ちとせは客にご案内した。
ちとせの働く航空会社のエリート会員である
ビジネスマン達は、わらわらと身の周りを片付け
搭乗口へと去っていった。
ラウンジなかほどには、
若い男性が一人残っていた。
入室時に確認した時、
確か彼は札幌行きの乗客だった。
パソコンを広げて仕事をしているようだ。
東京行きの客が退出したのを見計らい、
ちとせはテーブルを片付けていた。
その男性客の横に置いてある雑誌を、
片付けるべきか迷ったちとせは
男性客に声を掛けた。
「お客様、こちらの雑誌は片付けても
よろしいでしょうか」
男性客は、パソコンから目を上げると
笑顔で言った。
「あぁ、それ他の人が読んでたヤツだよ、
ちゃんと片付ければいいのにね、
子どもでも片付けるよな」
ちとせは雑誌を手に取った。
男性客に笑顔で一礼し、
立ち去ろうとしたところ、声を掛けられた。
「マイレージ特典の無料航空券、あるでしょ、
あれさ、天気で欠航になったら、
もうゴミになっちゃうんだよねー。
折角貯めたマイル、パーになっちゃったよ。
天気のせいだからさ、
航空会社は悪くないけどさ、
俺も、悪くないよぇ」
男性客はイタズラっぽい顔で笑った。
「そうですね、申し訳ございません」
「沖縄行きだったんだけどね、
便変更ったって、なかなか
行けるトコじゃないでしよ、
もったいなかったなぁ。
せめてマイルに戻してくれたらな」
「そうですよね、
問い合わせてみましょうか」
その男性客の言っている事は至極真っ当で
会社の規定が理不尽に思えたちとせは、
男性客からマイレージ番号と欠航便の情報を
聞き出すと、席を外した。