仮想人生の始まり
朝八時過ぎには皆起きていた。一番遅くまで寝ていたのは、夜起きていた三人だ。
「アイオールさん少し眠そうですね」
リオンが小さくあくびしたアイオールを見て言った。
「ヴィオやタッグさんも眠そうだし」
「夜中に一度目が覚めちゃってね。少し散歩してたから。ヴィオたちも同じだよ。少し話しこんじゃって」
「隣で寝ていたアイオールさんが動いてたの、気のせいじゃなかったんだ」
「起こした? すまないね。次からは気をつける」
「いえ、気にしないでください」
皆が思い思いにルーが作ったサンドウィッチに手を伸ばす。今まで感じられなかった空腹感と満腹感を感じ、やはり世界がどこかおかしくなったと再確認する。
朝食後はなんとなく皆で同じ部屋に集まり、なにげない会話をしながら時間が過ぎるのを待つ。雰囲気はどこか沈んでいる。変わった昨日からなにも変化がなく、ただ待つだけという状況だ。なにかしらの情報があれば動きようがある。しかし情報はなにもなくうかつに動けない。
そんな中、タッグは戻ってこなかったバフを探しにヴァサリアントへと出ていた。ルーもそれについっていっている。食材を確保するためだ。この村には食堂がない。だから食事をとるにはプレイヤーが作る必要があるのだが、ルーは十人以上を食べさせるだけの食材を持っていなかった。ヴァサリアントには様々な食材を売っている店がある。売っているのは食材だけではなく、木材など様々な原材料がある。品質は並だが、品切れを起こすことがないので、大量に買いたいときは便利だ。品質のいいものを手に入れたいときは、山や海で自分で獲物を狩るか、農夫の称号を持つものから買う。ルーも農夫の称号を持つ者から仕入れているが、今回その人から仕入れないのは相手も今は大変な時で商売する余裕などないと考えたからだ。
一人することもなくすごすヴィオに、近づく二十歳ほどの男がいる。ヴィオが一人でいたのはうとうととしていたのを皆が気づかっていたからだろう。
「ヴィオ。ついてきてくれないか」
「……コールさん? どこにですか?」
「厩舎だ」
それだけでなんの用事かわかったヴィオは頷き立ち上がる。
コールは騎士の称号を持つ。そして騎士の称号を得る条件に馬を持つというものがある。コールも自身の馬を持ち、厩舎に入れていた。その馬の健康管理手伝いをヴィオはよく頼まれていたのだ。
ちなみに騎士には二種類いる。貴族に使え、出世し貴族となる者。騎士の力を冒険に役立てる者。コールは後者だ。
「眠たそうなところをすまなかったな」
「いえ。こんなときまでホワイトサンのことを忘れないなんて、大事にしてるんですね」
「ホワイトサンと触れ合うことで気晴らしになったらと思ってな」
コールもこの状況に戸惑っているのだろう。だから大事にしている馬との触れあいで、少しでも平常心を保ちたいのか。
厩舎に入ると飼い葉と土の匂いが充満していた。糞の匂いがないのは、馬が出さないからだ。プレイヤーも同じように食べてもトイレに行く必要はない。
ルーが連れて行ったため、厩舎にいる馬は一頭だ。翡翠色の目を持つ白馬だ。通常の馬よりも高かったとヴィオはコールから聞いていた。ついでに世話にかかるお金も安くはないらしい。それでも世話し続けているのだ、よほど好きなのだろう。
「元気にしてたか」
コールの言葉に答えるように、馬はいななく。陽平の耳には肯定する声が聞こえている。
「元気だそうですよ」
「それはよかった」
コールとホワイトサンは、ヴィオを仲介にして細かなコミュニケーションをとっていく。ヴィオが動物との意思疎通できると知って一番喜んだのはコールだ。大事で大好きなホワイトサンのことがもっと知ることができると、ヴィオを何度も厩舎に誘っていた。ホワイトサンも溢れんばかりの愛情を注ぐコールのことが好きで、よく懐いている。コンビネーションもばっちりだ。
言葉でのコミュニケーションに満足したのか、ちょっと走ってくるとコールはホワイトサンを連れ厩舎を出て行く。
ここですることがなくなったヴィオはそのまま宿には戻らず、泡の出ていない池へと向かう。宿に戻ってもすることがないので、ご飯の足しになるだろうと思い魚でも釣りながらぼんやりすごそうというのだ。
池の淵に座り、安物の釣竿で釣りを始める。竿さえあれば、釣りスキルはなくとも釣りはできる。釣れるのは並サイズの普通の魚ばかりだ。スキルがあると大物を狙えたり、魚以外のもの、レアエネミーや道具が釣れる。
「全員分釣れるといいけど」
普通の魚ならば時間さえかければ現実と違い、技術や餌がなくとも釣れることは可能だ。
途中で暑くなり木陰に移動し、釣りを続行する。十二時を過ぎた頃には今宿にいる人数分は釣ることができた。魚を袋に入れ、宿へと戻る。この世界では食材が傷むということがない。袋に入れっぱなしにしていても、品質は手に入れたときのままなのだ。だから入れたことを忘れ、腐って匂いがすごいことになるなんてこともない。
居残りメンバーの昼食はルーが大目に作ってくれたサンドウィッチだ。それに魚がつくことになる。
居残りメンバーには調理スキルを持った人はない。難しい調理は無理なのだが、塩を振って焼き魚にするくらいならば、作製関連のスキルを持っていれば調理スキルの代用が可能。あいにくとヴィオは作製関連のスキルは持っていないので、釣ってきた魚を焼ける人に渡す。
昼食を終えると再びすることがなくなる。ヴィオはまた一人、宿を出る。なにか用事があるわけではなく、一人でいたいわけでもない。ただなんとなくだ。本人は気づいていないが、アイオールに寄りかからないようにと無意識に離れたのだ。
次の日も、似たような感じで行動する。タッグもバフを探しに出ている。
そして次の日も同じになるかと思われた。だが予定を変えたのは皆の前に開いたウィンドウだ。
『緊急通告開始。
管理者からのお知らせです』
たったこれだけの文章だが、多くの人に希望を抱かせるには十分だ。
だが続いた文章は求めたものではなかったため、肩透かしを喰らうことになる。
『本日午後三時、セントラル首都グランドセオのバッフェンスト城大広間にて通達あり。
混雑を避けるため、ギルドに所属するものは代表を立てること』
これだけ知らせると文字は消えた。
「通達か、なにを知らせるつもりなのか」
アイオールが消えたウィンドウの位置から目を離さず言った。
「言いにくいこともあるんだろうな」
「言いにくいこと?」
タッグの言葉にヴィオが聞き返す。
「言って問題ないことなら、さっきの通告で用件はすませたはずだ。それなのに人を限定して知らせるんだ、なにかあると思って不思議じゃあるまい?」
当たらずとも遠からずだ。言えないことはある。だがそれを集まった人に言うつもりはない。いつかはばれることだと管理者側もわかってはいるが、知らずにいることで不測の事態を防げるのではと考えていた。
さきほど知らせなかったのは、急いで作り上げた緊急通告ウィンドウではあれだけの文章を送るだけで精一杯だからだ。
「行ってくるかね」
「俺もついていこう。そうだなヴィオもこい」
タッグがヴィオを誘う。
「私も行く!」
リオンが名乗りを上げた。
「駄目だ。あまりぞろぞろ連れ歩くのもどうかと思う」
「じゃあヴィオも置いていったほうがいいと思う」
タッグはヴィオをアイオールの精神安定剤代わりにするつもりなのだが、それを言うつもりはなく言い訳を連ねてリオンを納得させた。少し不機嫌なリオンをアイオールが構って宥めていく。
遅刻せずにセントラルに行きたい三人は、すぐに泡村を出た。ヴィオが泡村に来たときに通った道を逆に辿る。そうやってヴァサリアントに向かい、転送装置で世界転移門のある街へと向かうつもりだった。
世界転移門とはその名の通り、世界を移動するための門だ。ウォルタガには三つの門がある。北東のノースウッドに向かうための門、東のセントラルに向かうための門。南東のメタリアナに向かうための門。
ヴァサリアントには直接グランドセオへと飛べるように調整された臨時の転送装置があった。管理者たちが移動のために手を打っておいたのだ。おかげで予定よりも早くグランドセオに到着した。
転送装置を抜けるとなにもにない広場に出た。その広場はヴァサリアントの庁舎跡と同じように土もない草も生えていない灰色の地面だ。ここが首都グランドセオの庁舎だったのだろう。目的地であるバッフェンスト城はすぐにみつけることができる。少しの穢れもない白亜の壁が大きく堂々とそびえ、この都市一目立っているからだ。庁舎跡から離れた場所にありながらも、その威容は少しも損なわれていない。現実ではありえないほど綺麗な白色の壁は、ネット上だからこそ表現できたのだろう。
誰もが期待を胸に城へと向かう。城でいつ問題が解決するのか発表されると考えているのだろう。その流れにのって三人も城へと向かう。
城の内部は外部に負けず豪奢といえるものだ。大広間は社交パーティーに使われそうな空間だった。すでにそこは人が多くつめかけている。その大広間の入り口でおかしなことが起きている。入ろうとした人が弾かれているのだ。見えない壁があるようにぶつかっている。
「なんでだろうね?」
「さあな?」
アイオールとタッグが首を傾げている。ヴィオも当然わからない。
わからないまま三人は扉をくぐろうとする。ヴィオとタッグはすぐそばからゴンっという音を聞いた。音のした方向を見ると、アイオールが顔を抑えてうずくまっていた。アイオールの前にウィンドウが開き、ギルドでの入場は二名までという文字が浮かび出た。
「「なるほど」」
ヴィオとタッグはなぜぶつかっていたのか理解し、同時に口に出た。
「じゃあ俺が外に出るよ。グランドセオって来たことないからぶらついてみる」
「そうしてくれるか。通達が終わったらチャットで知らせるから」
「わかった」
「大丈夫? の一言もなしで話を進めるな」
ゆらりと立ち上がったアイオールからは怒気が感じられる。これが演技か素なのか二人にはわからなかった。透明な壁にぶつかるなどコントみたいで、笑いをこらえていた二人には声をかけることが難しかったのだ。
「なんてかね? 触れると笑いが漏れ出そうでスルーしてたわけで」
「俺も同じだ。すまんすまん」
「というわけで、俺は外に出る」
ヴィオは走り去る。
「行ったわ」
「行ったな」
「逃げたわね」
「だなぁ」
「まあ、いいわ。入りましょう」
またぶつからないか手を前方に出し、扉をくぐる。油断していたのでわりと痛かったのだ。無事通り抜けると思わず小さく安堵の息を吐いた。
大広間の中には人が溢れていた。時間までまだ四時間弱あるのにだ。ちらほらと名の知られている人も見える。盗賊ギルドの長や治安維持を目的としたギルドの長たちなどだ。ほかにもホワイトヒストリーには、怪盗イーガーやヒーローブラセットといった有名人もいるが、両者は正体不明なので変装を解いてここにいるとしたらみつけるのは困難きわまりない。
「砕がいないな。話してみたかったんだが」
「ログインしてなかったのかねぇ」
砕とは二つ名だ。拳に砕けぬものなし、と冒険や依頼よりも己を鍛えることを優先しているプレイヤーで、ホワイトヒストリー内で一番といえる実力を持つ。唯一レベルが六十を超えているプレイヤーでもある。
「あいつも取り込まれたそうだ。だが気にした様子はなく鍛え続けていると聞いた。むしろ嬉々として鍛え続けているらしい」
二人に話しかけてきたのは男装の麗人だ。黒曜石を思わせる目と短髪を持ち、背丈170弱のスーツ姿で、可愛いというよりも凛々しいという言葉が似合う。
「ビレス、久しぶり」
「ああ、久しいな」
アイオールとビレスはミスコンで知り合った。互いに自ら立候補したわけではなく、身内に推されての参加だった。互いに極端に演技している同士ということで通じるものがあったらしく、ミスコンのあと何度も会っている。
美人二人が揃っているので周囲の注目が集まる。周りから二人の名前が囁かれる。それを気にせず三人は話しを続ける。
「こんな事態になり、沈んでいるかしれないと思っていたが、変わりないようで安心した」
「そんなことないさ、少しはね」
「そんな状態で俺たちギルドメンバーを励ましたんだ。嬢ちゃんには頭が下がるぜ」
「大丈夫なのかアイオール?」
ビレスもタッグと同じ考えに至ったのだろう。気づかう様子を見せる。
「大丈夫さ、心配しなくとも潰れやしないよ。タッグとヴィオにフォローしてもらったおかげでもあるけどね」
タッグへと一発拳を突き出し、答える。
「ヴィオというのは?」
「八月前に入った新メンバーだよ。外での知り合いでね」
「ああ、それならばフォローもしやすいか」
「ところで昼は食べた?」
「私はまだだ。そちら二人は?」
「こっちもまだよ。そういうわけでタッグ、頼まれてくれるかい?」
アイオールは壁際に用意された軽食を指差す。
「パシリ?」
「さっき心配せず笑ってたことをこれで帳消しにしてやろうって言ってんの」
「笑っちゃないんだがなぁ。まあいいや。なにがほしい」
「冷たいお茶と油っこくないもの。ビレスも頼みなよ」
「いいのか? ではパスタと水を頼む」
「あいよ!」
タッグは二人から離れ、注文されたものを取りに行く。三人分は両手でも持てないので、まずは二人の分を取り、自分の分をもう一度取りに行った。
昼食後、三人は時間まで雑談で過ごす。そして午後三時になる。
大広間の奥に一段高いステージがある。そこにマイクを持ったプレイヤーと変わらない姿の男が現れた。ここに集った者たちは管理者が出てくると思っていた。管理者専用のマントをまとっていない者がステージにいることに、ざわざわとざわめきが起こる。
『お静かに。時間になりましたので。通達を始めたいと思います。
私の姿が管理者と違うとお思いの方もいるでしょう。私はあの時間帯に遊んでいたゲーム関係者です。あの時間帯に管理者としての仕事をこなしていた者は全員消えました。おそらく外へと戻されたようです。全員がというわけではないようですが。
あの日から、私たち残された関係者はこうなった原因を探っています。しかし緊急回線を構築したり、外と短時間連絡がとれただけで、原因追求は遅々として進みません。
今のところ、皆さんがいつ外へと戻ることができるのか。それも不明です」
この瞬間、ステージ上で淡々と話していく男に怒りと悲しみと動揺の声が集中する。男はそのまま表情を変えず続ける。
「まことに申し訳ありません。
皆さんの体は医者により健康を維持されています。私どもも外と内から原因を追求し、解決に励んでおります。
いましばらく待っていてください。必ずや皆さんを外へと戻して見せます」
平坦だった口調が、最後の部分に力が篭る。表情が変わらないのは、冷静でいようと努めていただけなのだろう。
それでも皆は不満をぶつけざるを得ない。問題解決の知らせと思いここに来た者が多いのだ。裏切られたと思う者が多い。仲間や知り合いも吉報を待っている。彼らにまだ待てと伝えねばならないのは、ここにいる者たちなのだ。そのときの反応を考えると、不満も漏れだすというものだ。
ひとしきり不満を浴びせられ続け、少し落ち着いてきたと判断した管理者は再び口を開く。
「これより本題に入ろうと思います」
不思議そうな顔になった人が多い。彼らは問題解決がまだ先ということが通達したかったことだと思ったのだ。それも通達したかったことだが、ほかにも言わなければならないことがある。
「まず一つ目。今後なにか連絡事項があるときは、今回のように緊急回線を開きます。
二つ目。私たち管理者の本拠地をこの城に置いています。なにか困ったときはこちらまでお越しください。
三つ目。外では機械を動かしたままメンテナンスをおこなっていますが、本来ならば一度電源を落とし点検をします。それができないので、こちらの世界になにか不具合が起こる可能性があります。小さな異変でも見かけた場合、ここに知らせにきてください。
そして最後です。重要なことなので聞き漏らすことのないようにお願いします。
ゲーム内で死亡した場合、記録した宿に飛ばされることになっています。ですが今は違うようです。この三日で死亡したプレイヤーがでました。彼らは宿に戻ることなく、さりとてその場に残るでもなく消えました。外と連絡がついたときに、死亡したことで外へと戻ったのかと聞いてみましたが、誰一人として目覚めていないという返答をもらいました。死亡した者がどうなかったかわかりません。調べようがないからです。ですから死亡しないでください。問題が解決し外に出られるようになったとき、死亡していた者たちがどうなるか予想もつかないのです」
プレイヤーたちの多くは絶句する。ゲームでの死亡が現実での死亡に繋がる可能性もあるのだ。
「死なずの紅玉を持っていれば大丈夫という報告がありますので、死ぬかもしれない場所に行くときは必ず持っていってください。
以上で今回の通達は終わりです」
管理者は一礼しステージを下り、去っていく。これから調査を再開するのだろう。
実は伝えていないことがある。それは伝えるとどんな影響を及ぼすのかわからず、今のこの状況では余計な混乱を生み出しそうで言えなかったのだ。それはコロシアム以外でプレイヤー間の攻撃が有効となったことだ。魔物や罠だけが人を殺すのではなく、人さえも人を殺せるようになっている。いずれわかることかもしれないし、言っておかないといけないことかもしれない。しかし現状に対するストレスからプレイヤーキラーが生まれる可能性を考えると、言わないでおこうと管理者たちの話し合いで決まっていた。知らなければ、もしかすると問題が解決するまでプレイヤーキラーが生まれることはないかもしれないのだから。
もう一つ、機材が一年しかもたないことも言わない。現状で不安を感じてる者が多い。そこに機材のことまで話して、さらに不安を増加させる言動は意味なしと判断したのだ。さすがに解決に一年もかからないだろうという希望的観測もあった。
通達が終わり、大広間はしばらく話し声が絶えない。
「仮想の死が本物に。とんでもないな」
ビレスは首を横に振り、憂鬱そうな溜息を吐く。
「ギルドの皆に忘れずに伝えないと」
「反応が簡単に予想できるな。ったく予想外な通達だった」
「私はギルドに戻る。無事な再会を切に願っている」
「私もよ」
ビレスは元気のない微笑を残し去っていった。
「元気なかったな。あんな話を聞かされたんだから無理もないが」
「私も元気がなくなりそうだよ。
ヴィオとの合流場所どこにする? ここの入り口でいい?」
「その前にちょっと行きたい場所がある」
「行きたい場所?」
「困ったことがあればこいって言ってただろう? そこでバフのことを聞きたい。なにか手掛かりがあるかもしれないからな」
二人は話していた管理者が歩いていった方向へと向かう。大広間から少し離れた場所に人の話し声がする部屋があった、おそらくここだろうと扉を開く。
中にいた人間の注目が集まる。話していた男もいて、
「すみませんが、関係者以外立ち入り遠慮してもらいたいのですが」
と言いつつ二人に近づいてくる。
「いや、困ったことがあればこいと言ってたでしょう? だから来たんだが」
「ああ、それで。相談所はここではないんですよ。城の入り口に置いてある看板に行き先が書かれてますよ。次からはあれに従ってくださいね」
「次からということは、今はいいのかい?」
「せっかくここまで足を運んでもらったわけですし。
それでブラーゼフロイントのギルド長と副ギルド長がおそろいでなんの用件ですか?」
「私らのこと知ってるのか?」
「それなりに有名ですよ、あなた方は。それに……まあこれはいいでしょう。
話を進めましょうか」
「そうするか。用事は、うちのメンバーが一人行方不明になっている。俺も探しはしたんだが、みつからなくてな。どうにかならないかと聞きにきたんだ」
「大切な仲間なんだ。力を貸してほしい」
アイオールが頭を下げ、タッグも続く。
「その行方不明者とはドワーフの男でバフという名前ですか?」
アイオールとタッグは驚く。まだ誰を探してほしいのか言っていないのに、細かな情報を男が話したからだ。
「それは管理者としての権限でわかったのか?」
「違いますよ。
その件はさっき言いかけたことに関係します。それと心配かけたのはこちらの不手際です。すみませんでした」
「どういうこと?」
「バフは管理者の一人なのです。しかし管理者と知られるのはまずいので、このことを話すことは許されていません。今回いなくなったのは、調査しているからです。その調査や作業に皆忙しく、連絡をとることまで思いつかなかったのですよ。ですからこちらの不手際と申し上げたのです。せめて一言連絡するようにしていればよかったですね」
「そうだったんだ。さっき死者は消えると聞いたから、最悪の事態も頭に浮かんでいたよ」
「いらぬ心配をかけさせたようで、申し訳ありません」
「無事とわかったからいいさ。ね、タッグ」
「ああ。安心した」
これを聞いて男は笑みを浮かべた。
「バフの言っていたとおりの人たちですね。仲間想いだ」
「バフさん、そんなこと言ってたの?」
「ええ」
誰かが呼びにいっていたのだろう。バフが話している三人のもとへとやってきた。
「リーダーとタッグじゃないか。こんなところでなにをしておるんじゃ」
「お前さんに連絡もつかないから、探してもらえないか聞きに来たんだよ」
このタッグの言葉に、しまったという顔になるバフ。
「忙しかったとは聞いたが、せめて連絡の一つでもよこしてくれ」
「すまんの。すっかり忘れておった」
「まあ、無事だから良かったけどね」
「リーダーにも心配かけたようですまん」
「しっかしバフが管理者とはなぁ。予想してなかったぜ」
実は今回の騒動の首謀者と関係しているんじゃないかと、少し疑ってさえいたのだ。事態進行や観察に忙しく、姿を見せないのではと。
「誰にも言うわけにはいかんかったからの。このことは忘れてほしい」
アイオールとタッグは頷く。本来ならばずっと知らずにいたことだ。二人は皆と楽しく遊ぶことができればいいのだ、管理者とかは関係ない。
「今回の件が片付くまで戻ってはこれないんだろう?」
「そうなるの。まったくどうしてこんなことになったのか」
「さっぱりわからないのかい?」
「うむ。さっぱりじゃ。外から得た情報によると、AIが関連しとるらしいが、問題を起こせるだけの自意識はないはずなんじゃ」
「私じゃ力になれそうにないね。AIなんて手が出しようがない」
「俺もだ」
「気持ちだけもらっとくよ。こちらはわしらに任せてほしい。必ずどうにかする。不自由な思いをさせるかもしれんが、待っててくれ」
「バフさんたちを信じて待ってるよ」
あまり時間をとるのも悪いと、アイオールとタッグは目的も果たしたのでここらで帰ることにした。
見送ろうというバフに、ここでいいよと答え、二人は城入り口へと向かった。その途中でヴィオに連絡をとり、集合場所を伝えておいた。
通達が始まる前まで時間は戻る。
城を出たヴィオは気の向くまま歩きだした。広い都市だが、迷子になる心配をする必要はない。城というとても目立つ目印があるからだ。複雑な路地に入っても、ちょっと上を見上げれば城は目に入る。見えなければ見える場所に移動すればいいだけのこと。加えて、ヴィオはそんな複雑そうな場所に入るつもりはない。今も大通りに面した建物を見て回っていた。
開いている店はNPCのものばかりだ。店の獲得はいまだ実装されていないのだから当然だ。だから空き店舗以外はすべて営業中なのだが、その中にあって一つだけcloseの看板がかけられている店があった。
「ドンドコ亭……アヤネが言ってた店かここは。
城に話を聞きに行ってて休みなのか? こっちにいない可能性もあるか」
なるほどと思い、だから世界の中心都市なのに今は露店が少ないんだなと一人うなづく。いつもはもっと多くの露店が営業しているのだろうと思って、ふと思い出したことがあった。
「レックスという人がいないあいだはNPCが店を動かしていたんじゃ?」
レックスがいなくとも店が開いているはずなのだ。なんでだろうなと不思議に思い、窓から中を覗いてみたが、人影は見えない。なにか不都合があったのだろうと結論付と、ヴィオはその場を離れた。
NPCがいないのにはたいした理由はない。管理者たちと同じように消えただけだ。なぜ消えたのかそれは不明だ。今では店の営業はウェイターとウェイトレス数名をバイトとして雇い動かしている。レックス的にはずっと休みでもかまわなかったりする。だが周囲の恐ろしいまでの懇願によって、今まで通りの営業を続けていた。
こんなことは、ずっとヴァサリアントにいるヴィオが知るわけもなかった。
ドンドコ亭を見たあともポンポコ屋本店を見たりして、あちこちに足を運ぶ。そのうちに都市の入口にまできた。引き返そうかと考え、最近村にこもりっきりで動いていなかったので鈍っていそうだとも思う。実際はこの体が鈍るわけはないのだが、気分的にそうなっていそうだと思ったのだった。
「戦闘でもすれば少しは気分も晴れるかな」
泡村を出てヴァサリアントにつくまでにも戦闘はあったが、それほど強くはないエネミーばかりでアイオールの魔法とタッグの斧で一方的に蹴散らし、ヴィオの出番など皆無だった。
軽い気持ちで戦闘をしようと決め、郊外へと出る。右手には鋼鉄製のブロードソード、左手には丈夫な魚鱗を使った丸盾を持つ。
グランドセオ周辺はホワイトヒストリー開始初期の出発地点だったので、雑魚敵ばかりだ。強さ的にいうと、泡村周辺の敵よりも若干弱い。ここから北東にある高原や南にある塔にはバジリスクやナーガクイーンといった中ボスが存在するが、そこに行くまで数時間はかかるので今日のところはヴィオが行くことはないだろう。
グランドセオから離れすぎないように注意し、ヴィオは敵を探す。少し離れた場所には、ヴィオと同じように外に出ている二人組がいる。侍っぽい姿の男と十才に届いてるかいないかくらいの女の子という組み合わせだ。少女のほうは実年齢かどうか怪しい。十才くらいの子供が気軽に遊べるゲームではない。子供を演じる変わり者と結論付け、その二人から目を離し敵を探す。
タイミングよくそばに赤茶の羊っぽいエネミーが現れた。だがヴィオにとって位置が悪い。背後に現れたからだ。羊はヴィオにすぐ気付き、戦闘態勢を取り、突進した。運もなかったのだろう。クリティカルをくらうことになったのだから。足音に気付いたときにはすでに避けるには遅すぎた。
異変の日から戦闘をしていなかったことでヴィオは想像してすらいなかった。痛覚も五感と同じように外と同じ程度に引き上げられていることに。
ほんの数日前までただの雑魚敵でしなかった赤茶の羊は、己の牙を渾身の力で突き立てた。それは致死のダメージではない。むしろ軽傷といってもいい。だが現実で負うと竹刀で力いっぱい突かれる、それと同じくらいのダメージだ。その痛みがヴィオの背に走る。息がつまる。目を見開いた。気構えしていないところにこれだ、思考が痛み一色に染まってしまった。その場にうずくまるヴィオに羊はもう一撃だと追撃してくる。今度は普通のダメージだったが、それすらも少しの痛みを伴い、この痛みが何かの間違いや偶然ではないことを証明していた。血が流れていないことを頭の片隅で不思議にさえ思っていた。
最初の一撃の衝撃が抜けきらず満足に動けないヴィオの様子を変に思ったのか、離れた場所にいた二人組が近寄ってきて、羊を倒す。
「大丈夫か?」
「……なんとか大丈夫です。助けてもらいありがとうございます」
ようやく動けるようになり、助けれくれた男へと向きを変え頭を下げる。
「困った時はお互い様だ」
なんら含むところのない表情でそう言った。
「しかしあれは強いとはいえない魔物だ。どうして一方的に攻撃をうけるようなことに? その装備ならば苦戦はしないだろう?」
「痛みがあったから、それに驚いて。なんの覚悟もないところにいきなりあれはきついものがある」
「たしかにね。よくわかるよ」
戦い傷を負った誰もが驚いたのだ。この痛みが原因で注意がそれ死んだ者もいるし、まだ知られていないが即死ダメージを受けあまりの痛みにショック死した者もいる。
そういう点から見ると、今ここで痛みがあると体験できたヴィオは運がよかったのかもしれない。
「気分が萎えたから今日は戦いはやめよ」
「それがいいかもな。集中力がきれた状態で戦ってもろくなことにならない」
侍はその場に座り、袋から飲み物を出す。緑茶とリンゴジュースの二種類、ついでにマフィンもいくつか出しヴィオに勧める。
「ありがとう」
出されたものをありがたく貰う。昼食のことを考えていなかったからちょうどよかった。
侍は少女にジュースとマフィンを渡し、自分は緑茶のみだ。
「俺はヴィオっていうんだ。そちらは?」
食べて飲み一息ついたところで、自己紹介となる。
「俺はコサブロウという。こっちはチカだ」
紹介されたコサブロウの影に隠れるように座る少女はペコリと一礼し、マフィンを再び食べ始める。
「すまんな。どうも人見知りするたちのようで」
「なんというか外装にあった行動だな。こういった外装だと演技もしやすいのかね?」
「勘違いしているようだが、チカは外装のままの年齢だぞ?」
「え? そうなの?」
「ゲーム開発者の子供らしくてな。花火イベントを見させるために、特殊外装を用意しこっちに来て巻き込まれたんだ。戸惑っているところを縁あって出会い、以来一緒に行動している」
「いい人だ」
「人として当然のことをしたまで。特別なことをしたわけではない」
そう言い切り、実際に行動したのはすごいことなのだろう。
「外装と名前もあいまって義に生きる侍っぽく感じるよ」
コサブロウはヴィオの言葉に嬉しそうな顔を見せる。
「そう言われるのはすごく嬉しい。以前読んだ時代小説に出てきた人物に憧れ真似ているんだ」
「そうなんだ」
「現実だと難しいが、こちらだとこういったこともできるから、これだけでもゲームをやれてよかったと思っているよ」
三人はしばらく楽しげに話していく。チカもヴィオに少しずつ慣れてきたようで、一言二言喋り出した。
「そういや、二人はバッフェンスト城に行かないのか? 通達があるって知ってるだろ?」
「二人までしか入れないだろう? そうするとチカを置いていくことになるんだ。だからあっちはリーダーに任せ、俺たちは暇を潰すことにしたんだ」
「ああ、俺と似たようなものか。俺はギルド長と副ギルド長に任せて、自由に過ごしていたんだ。
ギルドでの参加者は二人までとか知らなかったしな」
「そうだな。そこらへんも知らせてほしかったな」
そのときタッグから集合場所を指示するチャット連絡がきた。
「話が終わったみたいだ。俺は仲間と合流するよ。そっちはどうするんだ?」
「俺たちはまだ連絡がこないから、もう少しここにいる」
「そっか。じゃ、また会えたらいいな。マフィンごちそうさま」
チカにもバイバイと手を振る。手が振り返されるのを見て、ヴィオは歩き出した。
ヴィオとコサブロウは近いうちに再会できるが、嬉しいとはいえない再会となる。
近いうちに起きる事件。それは人の暴走が表面化した一番初めの事件となる。




