ブラーゼフロイントへ
ゲームを始めて三日目、ヴィオはビギナーズガーデンを出ようと役所に向かう。
受付には、先日出会った受付が今日も暇そうにしていた。いつも暇そうな受付だが、仕事がないわけではない。忙しい時期もあったのだ。ヴィオがゲームを始める二日前は、最終クローズから始めた人たちが多くビギナーズガーデンにいた。ヴィオはちょっとした用事があって、そんな人たちとゲームを始める時期がずれたのだった。おかげで混雑を避けられたのだ。
「こんにちは、こんばんは?」
外では十時頃だが、こちらでは明け方少し前だ。どちらの挨拶が正しいのか迷う。
「ゲーム内ではこっちの時間に合わせるのが普通になってるよ。
だからこんばんは。今日はどんな用事?」
「転送装置を使いたくて」
「ステータスウィンドウ見せてくれる?」
「自分だけじゃなくて、ほかの人もスタータスウィンドウ見れるんですか?」
「同じギルドかパーティを組んでないと無理だね。俺は管理者権限で見ることができるんだよ。そうしないと仕事にならない」
なるほどと頷いてヴィオはスタータスを呼び出す。
「うん。レベル五を超えてるね。使用許可だそう」
「ありがとうございます」
「ついてきて」
少し留守にしますというウィンドウをカウンター前に表示して、受付は歩き出す。
歩きながら会話ネタといて思いついたのだろう、スキルのことをヴィオに聞く。
「補助魔法のスキル取りました」
「ふーん、なにか理由あるの? それともなんとなく?」
「属性攻撃できそうだから、取ってみました」
その返答を聞いて受付の動きが止まった。表情にはなんともいえない、あえて表現するならやっちまったなぁといったものが浮かんでいる。
「補助魔法は身体能力補佐やダメージ軽減や相手の動きを阻害するだけで、属性攻撃は無理なんだよ。
そういったことは強化アイテムを手に入れるか、魔法剣士術式格闘家のクラスができることなんだ」
もう一つ方法があるのだが、それはゲームを進める楽しみを奪うことかつ、あまり情報を与えるわけにもいかないという理由で話すことはなかった。
「そ、そうだったんですか」
「ま、まあ役立たないわけじゃないから。取って損はないよ!」
励ましに近い言葉だ。
「アリガトウゴザイマス。
あ、そうだ。速度増加って攻撃回数が増えるってことであってますか?」
「うん、それであってる。歩行速度が上がるわけじゃないから注意してね。
ほいっ到着」
扉を開けると、明るい光が部屋から漏れ出る。
部屋の中は白一色で温かな光が天井から注がれている。二人の正面には微笑みを浮かべた五メートルほどの女神像。女神像の前に魔法陣が描かれている。天井から注ぐ光が魔法陣に集まり、紋様を成していた。
受付はウィンドウを開きながら口を開く。
「どこに行く? セントラル?」
「セントラルにも行ってみたいんですけど、ウォルタガってとこに行きたい。そこにあるギルドに入れてもらえるようになってるんです」
「へーなんてギルド?」
「ブラーゼフロイントってとこです」
「あーあそこか、いいとこだと思うよ」
言いながらウィンドウに現れたキーボードを操作していく。
「知ってるんですか?」
「イベントによく参加するギルドでね。イベント進行の手伝いにいったときによく見かけるんだよ。楽しそうにイベントに参加してくれてるんだ。
何度か一位になってたりするから、それなりに名は通ってる。
それにあそこのギルド長が美人でねぇ、ミスコン上位入賞してたよ」
「ミスコンなんて開かれてるんですか」
都が参加する様子が思い描けなかったヴィオ。誰かに推薦されたんだろうと考え、それは当たっていた。
「いろいろイベントやってるからね……これでよしっと」
魔法陣の放つ光が強くなる。
「もう少し待ってね。少しやることあるから」
受付は咳をして声を整える。表情も引き締められている。
「雛籠より飛び立つ若き者へ。
汝の行く道には苦難があるだろう。挫折もあるだろう。
けれどもそれだけではない。きっと喜びもある。達成するものもある。
汝の行く末に幸あることを願い、祈りを捧げよう!」
受付が、ばっと片手を上げた。
天井から注がれていた光の角度が変わり、ヴィオを照らす。
「旅立ちを守護する女神よ! この若者に祝福を!」
ヴィオたちの正面にある女神像から蛍のような光の粒がいくつも湧き出て、ヴィオへと集い体に溶け込んでいく。
「なんですかこれ?」
「祝福だよ。君の未来に幸あれってね。
システム的にいうと、スキルポイントの贈与」
ウィンドウを開き確認すると本当にスキルポイントが1増えていた。
「せっかくの旅立ちだからかっこよく行きたいっしょ? そういった考えのもと生まれたイベントだよ。
さてこれでここビギナーズガーデンですることは終わった。あとは足を踏み出し、広い世界に飛び込むだけ」
「お世話になりました。
いってきます!」
「いってらっしゃい、楽しんでね」
受付に見送られヴィオは魔法陣へと足を踏み入れた。
一瞬だけ視界が黒一色に染まり、すぐにどこかの大広間に出る。ここがウォルタガ、ヴァサリアントのどこかの建物なのだろう。
ヴィオが周囲を見渡していると、誰か近づいてくる。
「こんばんは。ヴァサリアント庁舎にようこそ」
庁舎ということは管理者関連の建物で、ヴィオに話しかけた人は管理者の一人なのだろう。
「えと、こんばんは」
「ここがどこだかの詳しい説明は必要ですか?」
「ヴァサリアントの役所ですよね?」
「はい。ヴァサリアントという街の北にある建物です。
出口までお送りしましょうか?」
「お願いします」
この管理人は説明係り兼案内係りなのだろう。
管理人に案内され建物の外に出たヴィオは、念のため泡村までの道のりを聞いてみた。記憶は間違っておらず、お礼を言って庁舎から離れる。振り返って庁舎を見ると小城のような外見になっていた。
ヴィオはすぐに南城門へとは向かわず、街をぶらぶらついてみることにした。初めてくる大きな街なのだ、どんなふうなのか興味があった。
ウォルタガの中心都市というだけあって、ビギナーズガーデンの村とは比べ物にならないくらい広い。ヴェネツィアのような水と共にある都市だ。しかも水は綺麗に透き通り、泳いでいる魚の姿がよく見える。観光都市として最高なのではないかとヴィオは思う。入り組んだ水路には小船がいくつも浮かび、プレイヤーやNPCが船を操り移動している。遊泳可能という看板のある水路では、数人のプレイヤーが水着姿で泳いでた。
のぞいた武器防具道具屋には高いものが揃っていた。道行くプレイヤーも高そうな装備を身にまとった者や、ヴィオよりも軽装な者、ドワーフ、獣人など様々な人たちがいる。ほかにも種族選択時には選択に入っていなかったような種族もいた。エルフっぽいのだが長い耳の変わりにヒレが髪から出ていて、どこか魚関連のような感じを受ける。
大広場と思われる場所では、プレイヤーたちが露店を開き、武器防具道具料理を売っていた。料理人風のプレイヤーが作っていたクレープが美味しそうで、ついチョコバナナクレープを買ってしまう。
置かれていたベンチに座り、クレープをかじる。ここから見える風景はプログラムされたものだとわかっているのに、見飽きることなく楽しめる。
クレープを食べ終わるとウィンドウが開き『ステータスブースト』という表示が出た。
「なんだろな?」
不思議に思い作った本人に聞いてみた。
「ああ、あんた始めたばっかりなのか。調理人の称号を持った人が作った料理を食べると、ステータスが一時的に上がるんだ。時間にして平均一時間。
私の腕はまだまだだから多くは上がらないけど、ドンドコ亭の料理なんかは30%アップして二時間以上効果がもつって話だよ」
「なるほど、ありがとうございます」
「これくらいの情報でお礼なんていいよ」
もう一度頭を下げてからヴィオはその場を立ち去る。その背にこれからもご贔屓にという声がかけられた。
見ていない場所が多いが、そろそろ泡村に行こうかと考える。
ヴァサリアントに対するヴィオの最終的な感想は、楽しそうな場所。でも人が思ったよりも少ない場所といったものだ。
街自体は広い。しかしそれに人数が見合っていないのだ。これは当然だった。一挙に人数を動員した最終クローズとはいえ、合計で一万人と少し。六つある世界一つずつにだいたい1500から2500人いる。その人数が一箇所に集まっていれば多く感じるだろうが、ばらけているのだ。人が思ったより少ないように感じて当然だ。正式にオープンして人が無制限に入ってくるようになると、解消されるのだろう。
人通りの少ない大通りを通り、南城門の転送装置に到着。行き先を告げお金を払うと、すぐにファールへと飛ばしてくれた。ファールの宿で記録し、そこから南東へ歩き始める。
切り開かれた森にできた道、大きな川のそばを歩いていく。道中で出てきた青い犬と戦い体力を半分削られるも勝利。速度増加を使い忘れたことを思い出すも、回復アイテムがないのでもう一戦は厳しいと考え、そのあとは戦いを避けて泡村に到着した。
そこはビギナーズガーデンの村より広く、ヴァサリアントより小さなフォールよりも小さい村だ。目を引くのは空中に浮かぶいくつものシャボン玉。なるほどこれが村の名前の由来かと考えつつヴィオは宿を探す。探す過程でシャボン玉を次々に生み出す小池を発見した。そこから出たシャボン玉に好奇心から触っても割れず、じっと見ていると風に流され村中に広がり、一定時間経ち割れていった。
観光気分で歩いていると、宿をみつけることができた。
「ほかに宿はなかったし、ここであってるはず」
少し緊張しつつ宿に入る。NPCの受付がいらっしゃいませと声をかけてくる。まずは記録しておく。そしてフロントから内部を見渡すと、宿の奥から三十才ほどのがっしりした体つきの獣人が出てきた。黒熊の獣人なのだろう。二メートルの巨体で体全体が黒毛で覆われている。その肩には小さく愛らしい妖精がのっかっている。
ギルド関係者かと思いヴィオは話しかける。
「すいません」
「ん? なんだ?」
「ブラーゼフロイントの関係者ですか?」
「そうだが、お前さんは?」
「俺はた、じゃなかったアイオールに頼んでここに入れさせてもらえるようになったヴィオと言います」
アイオールのプレイヤー名である立瀬と言いかけ慌てて言いなおす。
「おーお前さんがアイオールの嬢ちゃんが言ってた新人か! 話に聞いてるよ。今アイオールも奥にいる案内するぜ」
「ありがとうございます」
「畏まらなくていい。仲間になるんだもっと砕けていこうぜ」
「わかった」
それでいいんだとヴィオの背中をばしばし叩く。親愛の情が込められているのわかるので、多少力が強くとも文句を言う気は起こらない。
「あ、そうだ。名前はなんて言うんだ?」
「俺はタッグ。こっちはフィスだ」
タッグは肩にいる妖精を指差し言った。フィスを見ると笑いかけてきたので、ヴィオも笑い返す。
「アイオールから聞いてる。頼りになる人だって」
「嬢ちゃん、そんなこと言ってたのか。嬉しいねえ」
通路にあった扉の一つを開くと、宿の外見よりも広いと思われる空間が広がっていた。
「部屋の大きさがあってないような……プログラムで広さをいじってる?」
「そうだ。
アイオール嬢ちゃん、新人がきたぜ!」
部屋の中には三人いる。一人はヴィオと同年代か少し上の人間の男、もう一人は二十ほどのエルフ、最後はそのエルフにべったりくっついているヴィオと同年代の女。
「ヴィオ? 来たのか! 待ってたよ!」
立ち上がり近づいてくるエルフを見て、ヴィオは心の中だけで誰だ? と呟く。後々このこと思い出し、口に出さなかった自分を褒めてあげたくなった。
外装が違うのは当然として、受ける雰囲気も都と違う。
朱色の長髪を流すままにして、その髪から長い耳がぴょこんと出ている。切れ長のルビーを思わせる瞳、すらっと通った鼻筋、桃色の唇、雪に負けていない白い肌。華奢に見える体を大きめのケープが隠している。見た目で判断するとおっとりとしてそうだが、雰囲気と口調でそうではないとわかる。美人だ、ヴィオが勇が今まで見てきた人の中でトップに入るほど美人だ。
この外装は都が狙ったものではない。都も外装はランダムで決め、もともとの素材の良さもあって美人となった。そこに種族でエルフを選んだせいでさらに美人度が上がった。開発者の中にエルフは美形といった信念を持つ者がいたおかげで、外装に補正がついているのだ。
都がこの外装を変更しなかったのは、自分とはまったく違うから演技しやすいのではという考えがあったからだ。
近づいてきたアイオールがタッグへと拳を振るう。
「嬢ちゃんはやめなって言ってるだろ!」
「すまんすまん」
殴られると予想していたタッグは、笑いながら掌でアイオールの拳を受け止めた。プレイヤー間での戦闘はコロシアム以外では成立しないためダメージを受けることはない。だから受け止めなくともいいわけだが、そこはそういったやりとりを楽しむため演じているのだろう。
「何度言っても聞きやしないっ。どしたのさヴィオ?」
「えっらい驚いてんな?」
もちろんアイオールの言動に驚いていた。演じているとは聞いていたが、今のところまったく都を感じさせないのだ。ここまでとは思っていなかった。
「い、いや……相変わらずだなと、まったく外と変わらない言動に呆れて驚いてた」
素の状態とまったく違うから驚いてましたとは言えない。約束があるのだ。だからなんとか誤魔化す。
そんなヴィオをタッグは一瞬のみ探るような目で見たが、すぐに笑みをかたどったものへと変わった。作った笑みではなく、自然に浮かぶ笑みだ。
「そうなの? アイオールさんこのままなんだ?」
「僕はそうだじゃないかと常々思ってたけどね」
アイオールと共にいた男女が近づき言う。
「ほほう? セバスターはそんなこと考えてたのか」
「えっ!? いやごめんなさいリーダー!」
アイオールにこめかみを拳でぐりぐりとされながらセバスターは謝る。
もっとやれーと煽るのはアイオールのそばにいる女。
「リオン煽るな!?」
セバスターが煽りを止めさせようと言った。
「兄貴の自業自得でしょ!」
「あの二人は兄妹?」
ヴィオがタッグを見上げ聞いた。
「ああ。男の方がセバスター、薬作り職人だ。女のほうがリオン、お前さんと同じく最終クローズから始めたんだ。リオンはセバスターに誘われ三日前にここに入ったばかりだ」
「三日前に会ったにしてはアイオールに懐いてるような?」
「なんでも綺麗なもの可愛いものが好きらしくてな、初めてアイオールを見たときからくっついてるよ。迷惑にならない程度の懐きようだから、アイオールも悪い気はしてないらしく好きなようにさせている」
「たしかに綺麗だもんなぁ。ミスコンで上位入るの納得だわ」
「そのこと知ってるのか。アイオールから聞いたのか?」
「いやいやビギナーズガーデンの役所受付さんに、ここに入るって話したら教えてくれた。ここがいいところだとも言ってた」
「そんな風に思われてるのか。嬉しいじゃないか」
所属しているギルドが良い雰囲気だと思われていると知ったタッグは嬉しげに笑みを浮かべた。その雰囲気を受けてかフィスも笑顔になる。
「なんの話してんの?」
セバスターを解放したアイオールが上機嫌なタッグを不思議そうに見て聞く。
タッグが今聞いた話を聞かせると、アイオールたち三人も嬉しげな笑みを浮かべた。皆タッグと同じなのだろう。
「そだそだ」
ビギナーズガーデンから連想し頼まれごとを思い出したヴィオは、袋から苔の塊を出す。
「これ頼まれもの」
「あ! 苔の塊だ! リーダー頼んでくれてたんですか!?」
「ヴィオがビギナーズガーデンにいるから、ちょうどいいと思ってね。
トレードしようヴィオ」
アイオールが提案してくるが、その方法がわからない。それを伝えるとやり方を一から教えてくれるようになった。
「まずはトレードって言って、そのあとにトレードしたいキャラクター名を言うんだ。
トレード・ヴィオ」
アイオール真似て続く。
「トレード・アイオール」
すると両者の前に、四分割されたウィンドウが開いた。
「ウィンドウの右に袋の中身、その下に所持金が表示されてるだろ? 物を交換したいときは物に触れて、買い取りたい場合は所持金に触れる。物やお金を選んだら、その個数や使いたい額を左下にある数字キーを操作して決める。そしたら左上の枠に相手の提示した物や金額が表示される。これでいいのなら表示された物か金額に触ればよし」
教えられたとおりに操作していく。
「七つ持ってきてくれたのか。じゃあこっちは一つ1000sで買い取ることにして。あと転送装置の料金も渡しとくよ」
ウィンドウの左上に7500sという金額が表示された。これでいいと思ったヴィオは金額に触れる。
「これでトレード終了だ」
所持金に7500s追加されている。
「いっきに所持金が増えたなぁ」
「始めはそう感じるかもね。でもレベルが上がってあちこち行くうちに、それだけだと足りなくなるよ」
タッグとセバスターは同感だと頷く。特にお金に関して少し無茶したタッグは深く頷いている。始めたばかりのリオンはまだまだ実感がないのだろう、首を傾げている。
「セバスター、これ倉庫に入れとくから好きなときに使いな」
「ありがとうございます!」
「タッグ、ヴィオを連れてここらを案内してやって。あとギルド加入登録をお願い。
私たちはいないメンバーに連絡して集まってもらうから」
顔合わせなのだろう。リオンが入ったときもしたのだ。そのまま食べ物飲み物を持ち酔って賑やかなパーティになった。
「いいぜ。ヴィオは必要な道具やらをまだ買ってないだろうから、それの買い物もしてくる。
その前に登録だな。ウィンドウを開いてくれるか? んで環境設定、ギルド設定に進むと」
白紙のウィンドウが開いた。
「手を出してくれ」
言われるままヴィオは手を出す。その手をタッグは掴んだ。
「ようこそブラーゼフロイントへ、歓迎する」
ウィンドウにブラーゼフロイント加入の文字が浮かんで、ウィンドウは消えた。
歓迎の握手がギルド加入登録のキーとなっているのだ。これは誰でもできるわけではなく、基本的にギルド長か副ギルド長のみが行える。
「これからよろしく」
ヴィオのこの言葉にタッグは歓迎の笑みで応えた。




