番外 秋狩り
コルオルジオ氷窟からアヤネを連れ帰り、数日が過ぎた。
この間にアヤネは記憶以外は完全に回復し、ブラーゼフロイントメンバーとも顔合わせはすんでいた。
アヤネが出歩くのになんの問題もなくなると、アイオールはコルオルジオ氷窟に行っていたときに話した秋狩りを実行に移そうと下準備を始める。
アイオールから相談を受けたタッグやルーやミゼルには異論はなく、むしろ嬉々として同意した。
下準備は出かけるのに適した場所を探したり、食事の材料とエネミー避けのアイテムを買ってきたりするだけで、多くのことをする必要もない。
場所を探すことはアイオールとミゼルが、食材などの購入は慣れたルーとタッグが担当し、不手際なく終わる。
皆揃っての夕食後、アイオールは椅子から立ち上がり、手を叩いて注目を集める。
部屋を出て行こうとした者も足を止め、アイオールを見る。
「知らせることがある」
「また悪い知らせです?」
リオンの疑問の声に笑みを浮かべ、違う違うと否定する。
「明日秋狩りに行くから。特に早起きする必要はないけど、寝坊はしないように」
「リーダー、質問が」
「なにかしら、つばき」
「秋狩りとはどういったものなの?」
つばきと同じように秋狩りを知らないものが何人かいる、彼らは聞きなれない単語に首を傾げている。
「難しいことではないわ。ようは秋を楽しめばいい。
紅葉観賞や秋の幸を食す、秋に絡んだハイキングという認識でかまわない。
こんな状況だし、息抜きも必要でしょ。だから企画してみたの。チカとアヤネの歓迎会も兼ねてるわ」
「そうでしたか。納得です」
「なにか用事はある?」
「私はないです」
アイオールが周囲を見渡すと皆行けると頷く。
「よかった。
場所の下見や必要な物は準備しているから、そこらへんの心配はしないでいいわ。
話しはこれで終わり」
突然のイベントだが、皆楽しみなようで笑みを浮かべて話し合っている。
企画したかいがあったとアイオールは満ち足りた気分となる。
そして翌朝。朝食を終え、宿の前に皆が並ぶ。コールの隣にホワイトサンも並んでいて、留守番させる気はないのだろう。
「全員そろってるわね? じゃあ出発!」
「「はーい!」」
リオンとチカの威勢のいい返事を号令として、行き先を知っているアイオールとミゼルを先頭にのんびりと歩き出す。
目的地はゆっくり歩いて一時間ほど行ったところにある。一行は魔物避けのアイテムを使っているので、戦闘に対する気構えも今日は低い。
何事もなく街道沿いに歩くと、目的地である、開けた林が見えてきた。遠目にも紅や黄の木の葉が見えている。
林に入ると、秋色に染まったカエデ、イチョウ、ブナが目に飛び込んでくる。鮮やかなそれらに目を奪われつつ、散歩を楽しむ。植物知識持ちがドングリを見つけ拾っていく。バフがいればドングリのネックレスでも作ってくれただろうなと話し、バフの不在を残念がる。
「到着よ」
適度に開けた場所でアイオールとミゼルが止まる。
周囲の木で風が遮られ、頭上からは陽光がさす。のんびりと過ごすには、よさげな場所だ。
「シート持ってるのタッグだっけ?」
「おう」
「ここに広げて頂戴」
了解と応え、十五人が寝転ぶことの可能な広さのシートを広げた。
皆、シートに上がり、持ってきた飲み物やお菓子やボールなどの遊具を出していく。
しばらく談笑し遊んだあと、ルーが皆の注目を集める。
「みんなに手伝ってもらいたいことがあるのよ。
それは昼食の材料を集めること。
私が準備したのは、おにぎりといつくかの材料。でもこれだけだと量が少ないのよ。だからみんなで昼食の材料を集めてきてちょうだい?」
「買う材料が少なかったのは、そんなこと考えていたからか」
「自分たちでとったものを、その場で料理して食べる。楽しそうだと思わない?」
「でも材料を集めるためのスキルがない人はどうすれば? スキルがないとキノコや果物は見えないし、動物を狩るのも無理よ?」
ミゼルの疑問を予想していたルーは買っておいたアイテムを取り出し、皆に配る。
見た目は小瓶に入った薄い青の液体だ。
「それは一時的に植物や動物を見ることができるようになるアイテム。
見えるだけで触ることはできないんだけど、そこは採取可能な人にとってもらえばいいでしょ。
そんなわけでみんなの頑張り次第でお昼が豪華にも質素にも」
「ほんと、そんな企みが好きだねぇ」
若干、呆れた様子も見せるアイオールだが反対しているわけではなさそうだ。
収穫にあたって三組にわかれる。植物集めのセバスター、ミゼル、コール、アヤネ、チカ。狩りのルー、リオン、タッグ、アイオール、つばき。魚釣りのヤートスとヴィオだ。
狩り組はヴィオに同行してもらいたがった。動物の声を聞いて位置を探してもらおうと思っていたのだ。だが断末魔も聞こえてしまうので、ヴィオは遠慮した。魚釣りに行ったのは、ヤートス一人では大変だろうと思ったこととまだ魚の声を聞くことは無理だからという理由だ。
薬を飲んだ一行は、三方向へと別れる。
ヤートスと共に近くある川にきたヴィオは竿をふるって釣りにいそしむ。竿は釣り好きのヤートスが常備していた。
釣りにスキルポイントを使っているヤートスがエネミーを吊り上げ戦闘になるという場面も三度ほどあったが、順調に魚は釣れていく。釣った魚自体はヴィオの方が多い。ヤートスはエネミーのほかに、レアな魚やアイテムも釣り上げ、普通の魚は少なかった。
釣りをしている二人の近くを狩り組が通りがかる。
「調子はどうだ?」
タッグの声に反応し、二人は振り向いた。
「ぼちぼちってえぇっ! とととと鳥ぃっ!?」
タッグを見た途端、ヴィオは驚きその場から飛びのいた。
タッグの手には丸々とした鳥が二羽掴まれていた。
「あ、そういや鳥が苦手だったんだっけか。忘れてた」
すまんすまんと謝りつつタッグは狩った鳥をしまう。
「どうしてそんなに鳥が嫌いなのよ?」
アイオールが不思議そうに聞く。生きてる鳥だけではなく、死んでいる鳥まで苦手というのはよほどのことなのだろうと思ったのだ。
ヴィオは幼い頃の記憶に思いをはせ、口を開く。
「……あれは俺が五才の頃のこと。
親のいいつけを守り、手伝いも率先するくらい良い子だった俺は、その日も手伝いをしていた。
ゴミ捨てのため家を出た俺は、すぐ近くのゴミ捨て場に向かっていた。あともう十メートルくらい歩けば到着、そんなときゴミ捨て場には先客がいた。当時ゴミ捨て場のボスとまで呼ばれていた体格のいい烏だ。
えさをあさりにきた烏とえさの入ったゴミ袋を持った俺の視線が絡まった。
次の瞬間っ烏は俺に襲い掛かってきたよ。俺はゴミ袋を放り出して泣きながら逃げ帰るしかなかった」
「それが原因?」
理由としては弱いのではと思うアイオールの問いにヴィオは首を横に振る。
「まだある。
烏襲撃から数年後、小学校四年となった俺は友達の家に遊びに行った。その家では手乗り文鳥を飼ってて、それを見るために俺は遊びに行ったんだ。まだその頃は鳥嫌いではなかったよ。
友達の手や肩に乗る文鳥が羨ましくてね、許可をもらってなでようとしたとき、文鳥が俺の指にも移動してくれたんだ。んでそこで終わったらよかったんだけど、文鳥は止まらずに腕肩と移動して頭の上まで移動した。
そして思いっきり振りかぶってくちばしを俺のでこに、何度も何度も」
「なるほど、二つの理由があるなら納得か?」
ヤートスが理解を示す。だがヴィオの話しはまだ終わっていない。
「んで、それからさらに五年後の十五才のとき」
「まだあるのか」
「これで終わり。
盆に親戚の集まりがあって、俺も親と一緒にいったんだ。俺のほかにも従兄弟もきていた。
暇になった小さい連中が外で遊びたいと言い出して、暇だった俺が付き添いとして一緒に行くことになった。それは別によかったんだ。親戚の家にいてもすることなかったし。
行く先は近くの公園。それなりの大きさを誇ってて、鳩も集まるようなところだったんだ。俺はそこらへんに住んでるわけじゃないから、そのことを知らなかった。知ってたら行かなかったかな。
ボールを持って出かけた公園には鳩が数十羽といたよ。そしてその鳩にえさをやってる爺さんも。
鳩の群を見た瞬間、足が止まって公園に入りたくなかった。でも付き添いとしてきてるんだし、帰ったら駄目だろうと思って公園に入った。近づかなけりゃ大丈夫とも思ってた。
ベンチをみつけて、ここにいるからって小さい連中に伝えて、遊ぶ様子を見たり、園内にいる人たちの様子を見たりしてすごしてた。
そしたら鳩にえさをやってた爺さんが近づいてきた。俺が暇そうに見えたんだろうな。同じように暇してる自分の話し相手になってもらおうと思ったのか。そこらへんは聞いてないからわからない。
隣いいですかと聞かれたから頷くと、爺さんが隣座った。
なんとなく誰かに見られてるような感じがした。気のせいだろうと思いつつ、確認のため周囲を見てみたら鳩たちが一匹残らず俺を見てた。あれだけの視線が集中すれば、なにかしら感じるもんなんだな。俺、気配とか探れないはずなのにな。
この時点でなんとなく嫌な予感はしてた。
爺さんが話しかけてきて鳩の視線から逃げるように、そっちを見てぽつぽつと話してた。爺さんが手に持ってた鳩のえさを、爺さんと俺の間に置いたとき、鳩たちがいっせいに羽ばたく音がした。
何事かと思って鳩たちのほうを見たら、こっちに突撃してきてた。
体当たりされて突かれて噛まれて、散々なめにあった。
あとから推測してみたんだけど、自分たちのえさを俺にとられると思ってたんだろうなぁ。
こういうわけで鳥にはいい思い出がまったくない。トラウマに近いものを植えつけられたよ」
「鳥に嫌われてるのかな?」
「さあ?」
つばきの問いにヴィオは首を傾げるしかない。
ヴィオ側から鳥に害をなしたことはないのだ。なぜ嫌われているのかヴィオ自身もさっぱりだ。
「そんなことがあってからは鳥が苦手になった。生きても死んでても鳥の形してると駄目だね」
「そんなことがあれば私も駄目になりそうだ」
同意するようにアイオールが頷いている。
「好物は鶏肉って言ってなかった?」
好物を聞いたとき、ヴィオがそう言っていたことをルーは思い出す。
「苦手意識なくそうと鶏肉を食べることで頑張ったんだ。
食べ続けたらいつのまにか肉は好きになってた」
少しでも鳥に慣れようと、鳥そのものではなく近いものから慣れていこうとした結果だ。
肉は好きになったが、鳥嫌いは治っていないので、成果がでたのか微妙なところだ。
なんとなく間違った努力の仕方ではないかと、アイオールをはじめとしたその場にいる全員は思う。
話しはそこで終わり、狩り組は続きのため別の場所へと移動していった。
材料を集めだして一時間と三十分後。昼食には十分と思われる材料が集まっていた。
調理スキル持ちのルーとミゼルが手早く調理を始める。
手伝えないほかのメンバーは、のんびりと話しながら完成を待つ。
「とりあえず一品完成。これでも食べてて」
ミゼルとセバスターが皆にお椀を配っていく。
作ったものは山菜とキノコと鳥肉の鍋風煮込み。昆布出汁と醤油と鳥肉の旨みが、山菜とキノコによく染み込んでいる。
ずずっと汁を飲み、肉を噛みしみ出す肉汁に舌鼓を打つ。
誰もが美味いと表情をほころばせる様子を見て、ルーはニヤリと笑う。
その笑みは作ったものを美味しいと言ってもらったことを喜ぶよりも、なにかを期待して思わずこぼれ出たという意味合いのほうが大きい。
そしてルーの期待することはすぐに起きた。
「タッグさんにうさ耳が生えた!? すごく変!」
「そういうリオンは声が男に変わってんぞ!? フィスもなんかおかしい!?」
「体が勝手に動く~」
「あははははっちょっ誰かつばきが刀振り回すのを止めろ!
ついでに俺の笑いもとめて。お願い、苦しいっ」
「コール、私に愛情をそそぐのはいいですが、無理をしては意味ないのですよ?」
「ホワイトサンが喋ったぁー!?
ってかなんで皆裸なんだ!?」
「あれ? なんで俺がいるの?」
「私が目の前に?」
「わうわうっ!? がう? がううっ!?
(チカが大人になって、服がぱっつんぱっつんに!? 声が犬? どうなってんの!?)」
予期しないハプニングに場が騒然とする。
なんの変化もないように見えるのはルーとアイオールとアヤネだけだ。
「あっはははははっ。予想以上の面白さね!」
無理やり笑わされていヤートスと違い、仕掛け人のルーの笑い声は自然だ。
「なにをしたんだい?」
「あれ? アイオールは変わってないのね」
「私もどこか変化あるということはありませんが?」
「アヤネも? 運よく食べなかったのかしら」
「なにを?」
「びっくりキノコっていう、イタズラ用アイテムがあるのよ。
効果はご覧の通り、ステータスランダム変化。
でもさすがに妖精やペットにも効くとは思わなかったわ」
起きた変化は、タッグの頭部にうさ耳が生えた。リオンの声変化。フィスは属性変化で色が変わった。つばきは自意識に関係なく体が動く。ヤートスは笑いっぱなし。コールはスキル変化で透視ができるように。ホワイトサンは会話可能に。セバスターとミゼルは互いの体を交換。チカは体が成長。ヴィオは体が狼に変化。
このとき狼に変化したことで、後日パートナーを決めるときに狼を選ぶきっかけとなった。
実はアイオールも変化はしている。起きたことは口調変化。だが変化した口調が威勢のいいものへというものだったので、演技しているのと変わっていないのだ。
アヤネはAIゆえに、こういったウィルスにはワクチンを持っていた。
「ルーになんの変化もないのは、ワクチンを飲んでるからかい?」
「ん、正解。皆がどんなふうに変わるか落ち着いて見たかったからね。アイオールの変化は特に楽しみにしてたのに」
「まったく。賑やかなのが好きなんだから。
それでこれはどれくらい続くのさ?
「十五分くらいのはずよ」
「そう。たいして害はないからほっといていいか。
ああ、コールだけは眼を閉じていてもらわないとね」
十五分して皆が落ち着くと、本格的に食事が始まる。最初は皆もう一回くらいイタズラのネタがあるのではと、おそるおそる料理を取っていたがなにもないとわかると、食事を楽しみだした。
いつもより美味しく感じるのは、自分たちで材料を集めたことの達成感などがそう感じさせているのだろう。
料理が少なくなると、リオンをきっかけとして宴会芸をし始める者が出てきて賑やかになった。
リオンがやったのはセバスターの頭の上にリンゴを置いて離れた場所から矢を当てるという、ウィリアム・テルだ。見事に当てたリオンは拍手を受けながら、次は放り投げたリンゴに当てるということに挑戦し、これもまた命中させた。
妹に続けとセバスターが薬を即興で調合し、それを放り投げ、発動のエフェクトや煙幕で様々な色形の花を表現する。
つばきが刀での演舞を披露した。アイオールが歌い、あわせるようにミゼルがフルートを吹いた。タッグとコールが簡易漫才を行った。ヴィオが動物を呼び簡単な芸してもらった。
主賓であるチカとアヤネもなにかしようとしたが、思いつかなかったようで、見る側に回っていた。
少し残念そうな二人に、誰もが次の宴会ではなにか披露すればいいと声をかける。
盛り上がっている宴を楽しみつつ、デザートを作っていたルーが白玉入りフルーツポンチを配る。十五夜のことを思い出し、少し日が過ぎているが白玉も作ったのだ。
芸披露は小休止し、穏やかな雰囲気となる。
その雰囲気は続かず、先ほどの続きと再び騒ぎ始める。
笑い声は夕暮れ前まで、周囲に響き渡った。
誰もが笑えていて、このままなにごともなく現実に戻れるのだと思っていた頃の話だ。