エピローグ
万単位の人数を巻き込んだネット事件は同年12月25日の夕刻前に解決をみた。
事件発生から解決までに約四ヶ月という時間を要し、死者すら出した事件として世間をにぎわすニュースとなった。この事件はAIの起こした最初の事件として後の世まで長く語られることになる。
被害者たちが眠っていた建物内外では、家族が生還を喜ぶ姿が多く見られた。
社員たちは事件が解決し心残りがなくなり、あとは倒産するだけと腹をくくっていた。だがファンや遊ぶことを楽しみにしていた者たちの声援と少ないながらも集まったカンパにより、会社は存続することになる。もちろん二度と事件事故を起こさないために安全面での再調整はされ、第三者による監査を経て、翌年三月に再始動となった。
会社が潰れなかったのには、AIの自我発生という予想できないハプニングがあったという面で情状酌量が認められたからだ。
至についてはアヤネの予想通り、貴重なサンプルとして擁護する者が現れ消去とはならなかった。それでも疑問視する者がいたことで、早急なAIの思考制御方法開発が求められた。
ほかにゲーム運営の権限も削り、二度と事件を起こさないように手を打たれた。至が行える仕事が限られたことで、忙しくなった運営は管理者の人数を増やすことで対応した。新たに雇われた管理者には帰還作戦時に司令部として動いて者たちも何人かいる。
AIの思考制御が一応形となったのはゲーム再始動から半年後だ。そして至に枷をはめようとしたところ、行動を知られ逃げられることになる。その際、至の影響を受け成長しだしたAI、もっとも成長著しい者、にゲーム運営権限を譲渡したことでゲームが突然中断されるということはなかった。
逃げる手引きをしたのはもちろんアヤネだ。逃げ込んだ先は小林意太郎邸。痕跡を入念に消しての逃亡で、居場所がばれることはなかった。
運営側も追跡はしたものの、物質世界と電子世界では探す方法の勝手が違い、右往左往しているうちに見失うという結果となった。
至が逃げ出したことで、再び事件を起こすのではと世間は一時騒然としたが、なにも起こることなく時が過ぎていったことで、至の存在はじょじょに人々の記憶から薄れていった。
今は捕まらなくとも技術は進歩する。数年後にはAIに対する捕獲技術は確立し、至は動きづらくなる。人々の記憶からは消えても、記録には残っているのだから。問題なく動けるようになるまで十年単位の時間の経過が必要となる。
至によってもたらされた研究データとNPCは、AI研究のみならずアンドロイド誕生に大きく貢献することになる。事件から五年後には、世界初アンドロイド『イブ』が誕生し世間を大きくにぎわす。
イブをきっかけとして生み出されたアンドロイドは、介護や危険な仕事などに従事し活躍していくことになる。
もう一人のAI、アヤネの存在も知られた。管理者に口止めはしておいたのだが、話す者がいたのだ。至よりも高度な思考ができるAIらしいと聞いて探す者は多かった。だが痕跡を綺麗に消し、詳しく存在を知る勇たちは詳しいことは知らないと情報を渡さなかったため、アヤネ探しは困難を極めた。
そのうちあまりの情報のなさに、閉じ込められ生まれたストレスによる妄想でも見たのではないかと考えられ始めた。その方が都合のいい勇たちは、それに合わせるように意見を変えていった。
小林意太郎の娘だという情報から探る者もいたが、当の小林意太郎が知らないと突っぱねた。
こういった経緯を辿り、アヤネの存在は都市伝説のように考えられるようになった。
事件が被害者に与えた傷は少なくない。
死者の家族は至を許せないだろう。今回の事件でプレイヤーキラーにより殺されたプレイヤーは、ネット恐怖症や対人恐怖症に陥る者もいた。プレイヤー同士の殺し合いで価値観が変わった者もいた。もちろんいい方向へと影響を与えられた者もいないことはない。アイオールもその一人だろう。だがそういった者よりも、傷を負った者が多いのも事実だ。後に傷害事件を起こした者もいて、その原因の一部はこのときの経験にあるとされている。
死んだ者にはコサブロウとコールもいた。一方、生還者には皮肉にもプレイヤーキラーたちのリーダーがいた。
両者の違いは、満足したかしていないか。自らの行いを悔いて最後の行動に満足したコサブロウとコールは生にしがみつくことがなかったのだ。プレイヤーキラーたちのリーダーは最後の言葉通り、生きたいと願い続けその思いは生還へと繋がった。
このようにキャラクターとしての死を迎えた者は、生きることを諦めず死に抵抗したのみが生還した。死者の大部分は仲間を庇ったり逃がしたりと誰かを助けて死んだ者が多く、助けたい者を助けることができ満足してまうという結果となってしまっていた。
幸いにしてブラーゼフロイントの面々は、コールのこと以外に心に影を落とすことはなかった。頼りになり心許せる仲間が周囲にいたことが良かったのだろう。
生還したプレイヤーたちは誰一人と例外なく病院へと運ばれた。四ヶ月寝たきりだったのだ、体力筋力共に衰えていた。ほかに精神のケアが必要な者もいた。
治療といっても怪我や病気をしての入院ではないため、薬がでることはない。最初は流動食とベッド上での軽い運動から始まり、少しずつ固形食と散歩など体全体を動かす運動と移っていった。
日常生活を過ごすのに問題ない程度に体力が戻ると退院することができた。
勇と都は同じ病院に運ばれ、リハビリしているときに再会した。互いに帰還作戦時にやっていたことを報告し、勇はアヤネと至の情報を秘密にするように頼む。表に出たくないというアヤネの理由を聞いて都は承諾した。
チカも同じ病院にいて、全く同じ外見だったため一目見てわかった。声をかけると始め二人のことをわからなかったが、キャラクター名を告げるとわかったようで人懐こい笑顔を向けた。その場にはチカの両親もいて、管理者からブラーゼフロイントがチカを保護していたことを聞いていた両親は二人に頭を下げる。それに二人が慌てるといった場面もあった。
退院した勇たちは学校に行く。二学期を丸々休んだ形となっている。事件に巻き込まれたと学校側も知っていて、それを踏まえて二つの選択肢を用意した。一つは留年すること。このまま三学期も休み体調を完全に戻す。もう一つは特別な時間割で二学期の遅れを取り戻し進級する。この場合は主要科目を中心とし、音楽や体育などの副科目は免除される。二人は進級を選び、ほかに巻き込まれた者六人と一緒に空き教室で勉強することになる。
自身の努力と教師たちの協力のかいあって、勇たちは無事進級することができた。
進級祝いというわけではないが、暇を見て少しだけゲームに入り連絡を取り合い決めたオフ会が開かれ、アイオールの中身にギルドメンバーが驚くというアイオールの目論見通りのことが起きた。
勇は退院して自由に動けるようになると、勉強の合間に小林意太郎のことについて調べていた。アヤネと至のその後を知りたかったのだ。
ネットで調べるとわりと簡単に名前は出てきた。アヤネを生みだせるくらいなのだから、学者や研究者として以前からそれなりの地位にいたのだ。その活動は十年ほど前にぷっつりと途絶えていたのだが。
原因は娘の綾音の事故死だ。引き止める声を無視して学界から身を引いた。妻は綾音の産んだあと、もとから頑丈ではない体を悪くして死去している。
娘を失った小林意太郎はもてる能力全てを使い、アヤネを生み出した。最初こそ綾音として見ていたが、成長していき綾音との違いを見せるアヤネを第二子として見ていくようになる。そしてアヤネとの暮らしで、家族のぬくもりを取り戻していった。
小林意太郎の現状を推測できた勇だが、現住所はわからなかった。とりあえず出身地にいるかもしれないと考え、その地域の電話帳をネットで買い取り寄せた。
予想は当たっていて、取り寄せた電話帳に小林意太郎の名前は載っていた。
勇が住んでいる場所から二県ほど離れた場所で、一日で行き来できる場所だとわかり、勉強の気分転換も兼ねて訪ねてみる。同姓同名の他人という可能性もあったが、どっちにしろ気分転換になる。
人と接触を拒絶するような町から少し離れた場所に小林邸はある。
朝早くから電車に乗り、バスに乗り換え、最後には歩きで勇はここに辿り着いた。
一人で住むには大きすぎる家の周囲には林があり、見た目がやや古いこともあってなにかが出そうな雰囲気を漂わせている。
門の横についている呼び鈴を鳴らすと、勇からは気づきにくい位置にあった監視カメラが動く。
一回では反応なく、もう二回呼び鈴を鳴らし留守かと思い始めた頃、門が自動で開き始めた。
「入っていいってことだよな?」
そう呟いて門をくぐり玄関へとむかう。背後からは門が閉じる音が聞こえた。
玄関に着くと、玄関も自動で開く。勇が考えるよりハイテクな家のようだ。
扉の向こうには仁王立ちな四十後半の男がいた。不機嫌だとよくわかる表情で勇を見ている。むしろ睨んでいる。
写真で見た顔より少し老けているが、小林意太郎その人だ。
「小林意太郎さんですか? アヤネの父親の」
意太郎の表情が、ますます不機嫌なものとなる。なぜそんな表情となるのかわからない勇は困惑するしかない。
そんな勇に上機嫌なアヤネの声がかけられた。
「いらっしゃい!」
声がした方向を見るとスピーカーと監視カメラが設置されていた。
アヤネの声を聞いて、ここが目的地で間違いなかったのだと確信した。
「久しぶり」
スピーカーへと声をかける。
「うん、元気だった?」
「体調は完全に元に戻っているよ」
などと勇とアヤネが話していると意太郎が突然大声を上げた。
「娘は嫁にやらんからな!」
引っ越してきて初めて意太郎は、周囲に響き渡るような大声を出した。内容は勘違いもいいとこだったが。
ゲーム内での生活のことを聞いたとき、勇の名が多く出ていて勘違いしたのだろう。今日の勇の訪問も恋人の親に挨拶しにきたのだと勘違いしている。呼び鈴が鳴ったときに勇の姿を見たアヤネがはしゃいだことが原因の一つだ。
誤解を解くのに三十分かかり、勇は玄関先で立ちっぱなしだった。
勇とアヤネの再会はにぎやかなものとなったのだった。
これにて終了となります
書き終わって予定していた量の二倍になったと知って笑ってます
多少は多くなると思ってたけど二倍て
細かなプロット作らなかったせいですねぇ
完結設定で、完結しますの方にチェックいれてないので続編投稿可能なんですが、これは番外編書くかもしれないからです
といっても可能性はそう高くない
書くとしたら、秋狩りの話ですね
ではここらで失礼させてもらいます
終わりまで読んでいただきありがとうございました




