作戦始動にはまだ遠く
レヤアからほかの管理者への話はほぼ滞りなく終わった。話し合いは三時間と長くなったが結果的には滞りなく終わった。
作業効率がわずかながらも上がるという証拠があり、泡村の調査から戻ってきた管理者の証言もあり、アイオールたちの話は本当のようだと判断された。
それでも全面的に信じられたわけではない。アヤネがAIだということに疑いがもたれているわけではなく、アヤネがゲーム総統括AIの仲間ではないかと疑いをもたれているのだ。なので最低限の警戒心は持ち提案に同意して協力するという結論に至った。
警戒したところでゲーム総統括AIに対抗できるというアヤネに対してどうこうできるのか、そのことに回答を持つ者はいない。
アヤネの提案にのることにした管理者たちは、これからの行動方針を決めるため、引き続き話し合う。すべてを今日のうちに決めるわけではないので、大筋を話し合うだけだが、これに時間がかかり結果三時間という時が過ぎたのだった。
管理者たちがやろうとしていることは、以前行ったプレイヤーキラー討伐をさらに大きくしたものだ。つまりはプレイヤーを集めて、プレイヤーから代表者を選び指揮してもらい、各ボスにぶつかってもらう。
これならば管理者の多くは自分たちに割り当てれた仕事に専念できるし、一度行ったことだから勝手もわかっていて苦労が減る。プレイヤー側も帰還できるならば、気合をいれて戦うだろう。
ほかにも代表者は誰にするか、事前に用意しておいたほうがいいアイテムはなにか、調べておいたほうがいいことがらはなにかなど話しているうちに三時間経ったのだ。
これ以上は通常業務が滞るので、また明日ということになり話し合いは止められた。
次の日も業務が一区切りついてから管理者たちは完全防備の部屋に集まる。あれこれと仕事の合間に考えていたことを出し合い、話し合いは進んでいく。
話し合いで決めたことを行動に移すのは、管理者側の行動方針がある程度固まってからと最初の話し合いで決められていた。だからデータ収集やアイテム作成には一切手がつけられていない。例外もあってアーマーブレイクだけは暇を見てプログラムが組まれていた。これは各地でぽつぽつとレコンキスタの目撃情報が上げってきたからだ。もしかすると作戦決行時にレコンキスタの邪魔が入るかもしれないと、念のために準備だけはしておこうと考えたからだ。
話し合いは二週間に渡り続けられた。失敗しないため細かい部分まで話し合われたのだ。といっても一日中話し合ったわけではないので、これくらいがちょうどいい長さだったのかもしれない。
忙しかった管理者とは対照的にブラーゼフロイントは暇だった。なにもすることがなかったのだ。作戦実行のためにプレイヤー側の意見も聞けばいいのに、管理者たちはスコンとその部分を忘れ、放置していたのだ。元から忙しいところに、今回の提案だ。さらに忙しさは増して、気が回らなくなっているのだろう。
ブラーゼフロイントの拠点は相変わらず会議室となっている。寝泊りに不自由していないが、なにもせずに過ごすのは無理というものだ。彼らは声をかけられないので、しばらく出番はないのだろうと街にでたり、街の外にでたりと好き勝手動き、この二週間を過ごしていた。
そんなある日、ヴィオがホワイトサンと銀丸の散歩にでかけようとしていと、アヤネに呼び止められた。
「銀丸たち連れてどこに行くの?」
「日頃動きを制限させてるからストレスたまってるんじゃないかと思ってね、外に走らせに行ってくる」
ときおり街中を散歩させていたが、たまには草原を思いっきり走らせたほうがいいと思ったのだ。
「じゃあ、いつものように私もついていくよ」
そう言うが城に施された細工の関係でアヤネは動けないはずだった。それなのにまるで何度もでかけているような物言いだ。動けないことも、出かけたことも嘘ではない。
アヤネは右の手のひらを胸の辺りまで上げる。すると薄い青色のリスがなにもない場所から現れる。リスはアヤネの手のひらから、ヴィオの肩へと移動する。肩に乗ったリスが一声鳴いた。ヴィオの耳には「行こう」と聞こえていた。
このリスはアヤネの分身だ。五感を備え常に感覚をリンクしているだけの力のない分身。城から動けないアヤネに代わって外に出て、気分転換の役割を果たすためだけに生み出されたのだ。
この状態では会話できる相手がヴィオしかいない。だからいつもヴィオにくっついて出かけていた。会話可能な動物を生み出すこともできる。けれどもゲーム内にも話すことのできる動物はおらず、余計な注目を集めそうだということで話せない動物を生み出すことになった。
本当ならば小鳥の姿にしたかったのだが、ヴィオの鳥嫌いによりリスとなった。本体がアヤネとわかっていても、鳥を受け入れることはヴィオには無理だった。
グランドセオの入り口を出て、少し歩いてからヴィオはホワイトサンに乗る。そしてホワイトサンに声をかけると、風をきって走り出す。時期は冬。冷えた空気が身を切るように感じられる。
それなりに速く走るホワイトサンの後ろを銀丸が追って走る。
実はヴィオは乗馬スキルを持っていない。なので本来は運動スキルで代用しても早足で歩かせるくらいが精一杯。しかしホワイトサンは走っている。なぜかというとヴィオが走らせているわけではないのだ。ホワイトサンが自由に走っていて、ヴィオは落ちないようにバランスを保っているだけ。アヤネも落ちないようにしっかりとヴィオの身に着けている鎧にしがみついている。
先ほど声をかけたのは「落とさない程度に好きに走っていいよ」と伝えたのだ。動物との会話が可能だからこそ、現状のように走れていた。
十五分ほど走ってすっきりしたのかホワイトサンはペースを落とす。この速度ならばヴィオが落ちる心配はなく、楽しむ余裕も出てくる。やがて見晴らしのいい広場へとついた。そこでヴィオはホワイトサンから降り、首を軽く叩いて自由に走らせる。エネミーに襲われる心配もあるが、全速力ならば振り切れるし、護衛として銀丸がついて行くので逃げることは可能だ。
走り去るホワイトサンたちを見送り、ヴィオはその場に座り込んだ。街で買っておいたハンバーガーセットを出してピクニック気分だ。アヤネは手に掴んだポテトをゆっくりと食べている。
「のどかだー」
出てきたときは日が昇ったばかりで寒かった。しかし今は日が昇り、雲も少なく、風もない。冬にしては温かいといえる。
見晴らしがよく、エネミーの接近にすぐ気づけるのでのんびりとくつろげる。出てくるエネミーも今のヴィオからみれば雑魚だ。なので気を抜くことができる。
温かい食事を終えた二人はホワイトサンたちの帰りを待つ。なにもすることはないが、退屈とは思わず穏やかな気分でいられた。
地面にいたアヤネがヴィオの肩に移動する。
「ホワイトサンたちが帰ってくる?」
帰りを察知したのだろうと思い聞く。
「違うよ。ちょっと今のうちに話しておきたいことがあって。
今なら誰にも聞かれないから」
「まるで誰かに聞かれていたような口ぶりだな?」
「あの子が覗いてたよ。でもなにもせずに過ごしている私たちを見て、しばらくは見なくていいって判断したんだろうね、視線がなくなった」
「その体ってリンクだけできる、ほかには特徴のない体なんだろ? 視線の感知なんてできたんだ」
「今日のは特別だから」
見かけはいつもの同じなのにと、違いを探すようにヴィオはしげしげとリスを見る。
「中身が違うから、外見を見ても意味ないよ。
それで話したいことなんだけど。話したいことっていうか頼みかな」
「頼み?」
「うん、そう頼み。
すでに知ってるように私はあの子に会いに行く、そのときに一緒についてきてほしいんだ」
この言葉にヴィオはきょとんとした反応を見せた。一緒に行ってなにができるのかと不思議に思ったのだ。
「なんの役にも立たないと思うけど、というか一緒に行くことができるん?」
「その姿を保つことは無理だけど、同行は可能。
役に立つかは不明。だけどなんとなく一緒に来てもらいたい。勘も一緒に来てもらったほうがいいって告げてる」
アヤネは不安を感じていた。可能性としてゲーム総統括AIに消去されることもありうるのだ。そんな場所に一人で行くことに不安があり、誰かと共に行動したかった。そしてその誰に選ばれたのがヴィオだ。
自覚しての選択ではない。今までの、記憶を失っていた間も含めての生活で得た好感から無意識に選んだ。どこまでも人間らしい挙動を見せるAIだ。そこにあるのが恋愛感情か親愛かは不明なのだが。
無意識という部分にヴィオはひっかかるものを感じる。
「アヤネって人工知能なんだろう? そんな存在が勘って」
「勘って言っても二種類あるよ。虫の知らせって呼ばれるものと、経験から発せられるもの。
私のは後者じゃないかな? さすがに前者は自分でもありえないと思う」
自身でも無意識という部分には疑いがあるのだろう。実際には前者と後者両方だったりする。人は自分のことすら全て分かっているわけではない。それと同じことがアヤネにも起こっている。自身でも知らないうちに人間に近く成長してきたのだろう。もしかすると小林意太郎は魂の雛形を生み出したのかもしれない。確かめようのないことなのだが。
「それで返事は?」
「そうだねー……」
ヴィオはこれからの自身の行動を考える。このまま行くと、ボスとの戦闘に参加することは間違いない。自分のレベルはそう高くないから、氷狐ヒオのような下位ボス担当になる。
ヴィオは戦闘に特化しているわけでもなく、補助に優れているわけでもない。今は成長途中の中途半端な状態だ。そんな自分がボス戦に参加したところで、大した役には立たないだろうと予想ついた。ならば自分一人いなくとも大丈夫だろうとも思える。
だからヴィオの返事は、
「いいよ、ついて行く」
というものだ。
「ありがとう!」
嬉しげなアヤネのお礼に、ヴィオは頷きを返した。
ホワイトサンたちの散歩から日数が過ぎ、今日も今日とて暇になるのだろうなと考えていたブラーゼフロイントの面々は、朝食時にバフから用事があるから出かけないようにと告げられた。それに了解と返事をして、皆食事を再開する。
皆が食べ終わる頃、珍しく共に朝食をとったバフも食べ終わり、席を立つ。
「アヤネ、ちといいかの」
バフはアヤネに個別の用事があるようで、近づき声をかける。
アヤネは飲みかけていたコーヒーをいっきに流しこみ振り返る。
「なに?」
「今わしらの話し合いに使っている部屋があるじゃろう? ああいう細工をここにも施せないかと思ってな。
可能かの?」
「できるよ」
あっさりと頷く。ゆっくり休養できたおかげで、今は万全の状態だ。ここに細工を施すくらいわけないことだった。
頼む、と頭を下げるバフに頷き、アヤネはひとさし指を一振りする。
「これで大丈夫」
「ありがとうの。そろそろ各地のギルド代表者を集めて、作戦を説明しようと思っていたんじゃ。けれどあっちでは確実に人数が入りきらんからの。どうしようかと思っていたんじゃよ」
「これくらいならお安い御用だよ。でもあんまり多用はできないよ? あの子との対面のために力は温存しておきたいから」
「わかっとるよ。なんでもかんでもアヤネに押し付ける気はない。ここはわしらが作り上げてきた世界じゃからな。正常な状態に戻すのは、わしら自身の仕事じゃと思っとるよ。それに任せきりにしてはならんことだろうからな」
「バフ、ここを使うってことは私ら別の部屋に移るってこと?」
テーブルの向こうからアイオールが話しかける。
「うむ。移ってもらうことになるの。どうせ部屋はあまっとるからの、好きな場所に移動してもらってかまわんよ」
「移動はすぐにしたほうがいい?」
「そうさな、明日には話し合いを始めるつもりじゃから、それまでに移動してもらいたいな」
「わかったよ。皆聞いたね、朝食後荷物をまとめて別の部屋に移動するよ」
了解といくつもの返事が返ってくる。
朝食後、荷物を片付けた面々はどこに移るのがいいか軽く話し合って移動を開始した。
この城は四階建てだ。ただし一般住宅よりも天井が高いので、城自体の高さも大きなものとなっている。四隅に見張り塔が建っていて、それらがこの都市で一番高いものとなっている。戦うための城ではないので塀はない。堀はあるが、城周囲を囲むものではなく前面にのみある。
一行が選らんだ部屋は二階にある都市が見渡せる部屋だ。候補として四階にも一室あったのだが、移動に不便という理由でこちらとなった。四階の部屋が候補となったのは都市全体を見渡せる風景が気に入られていたからだ。
一日経って新たな寝床で一行がくつろいでいる。すでに昼食は終え、もう一時間で三時のおやつとだと思っていた頃、アイオール直通の連絡で会議室に集まるように呼び出しを受けた。
昨日までいた会議室には今は各ギルドの代表者やソロのプレイヤーがいる。昨日のうちに管理者は臨時会議があると連絡をしていたのだ。重要な連絡事項がある、と念を押していたのでいつもよりも集まった人数は多い。
いつもならば二名まで各ギルド二名までしか入ることのできない会議室に、ブラーゼフロイントは全員で入ることができた。管理者が設定したのだ。
「ブラーゼフロイントは全員でおでましなの? どうやって入ることができたのかな」
メンバー全員でやってきたと気づき話しかけてきたものがいる。ラスツイスだ。
「久しぶりです」
プレイヤーキラー討伐戦以来、会っていなかったヴィオが頭を下げる。
「ええ、久しぶりね。元気にしてた?」
「はい。それなりに」
「プレイヤーキラー討伐のあともいろいろあったみたいね」
ラスツイスはヴィオの言葉から感情の揺らぎを正確に読み取った。
「いろいろあったわよ。今回の集まりもそれからの派生だからね」
ラスツイスの言葉を肯定するようにアイオールが話しかける。
「管理者の念の押しようから、重大発表があると考えてるんだけど、その様子だと内容知ってるみたいね?」
「かなり驚くことになるわ」
真剣な表情となったアイオールにラスツイスも気が引き締まったようで、覚悟しておくと答えて仲間のもとへ帰っていく。
やがて会議開始の二時三十分となり、レヤアが台座に上がり皆の注目を集める。
「時間となりましたので臨時会議を始めさせてもらいます。
今回はとても重要な連絡事項がありますので、聞き漏らしのないように静かに聞いてください。
では最初はいつもと同じ連絡事項から」
そう言ってレヤアは、ざわざわとした話し声が治まるのを待ってから話を始める。
いまだ少数ながらいるプレイヤーキラーによる被害などの注意事項はいつものこと、今回はそれに加えレコンキスタの情報も付け加えられる。泡村に攻め込まれたということも話し、今後はそういったことも起こりうる可能性があると呼びかける。
街にエネミーが入ったと聞いてプレイヤーたちはざわつく。ブラーゼフロイントメンバーと同様に彼らも街中は安全地帯だと信じていたのだ。管理者の調査結果がスクリーンに映し出され、その中の映像の一つに泡村の中を闊歩するレコンキスタがあり、それを見たプレイヤーたちはレヤアの言葉を本当だと認識した。あっさりと信じたのは、管理者が自分たちを騙してもなんの意味がないと理解しているからだ。それゆえに本当のことだと素早く受け入れることができたのだ。
調査結果の開示でも疑われた場合は、アイオールを呼び証言してもらおうと考えていたレヤアは、素直なプレイヤーたちに少しだけ拍子抜けした。
これが重大発表だとプレイヤーたちは思っていたので、ここまで素直なのだ。安全地帯がなくなるのは確かに重大なことだろう。安らぎの時間と空間を奪われたということなのだから。これが重大発表だと思うのも無理はない。
だからレヤアの次の発言にプレイヤーたちは驚くことになる。
「連絡事項はここまでです。
では今回の皆さんを呼び出した本題に移りましょう」
大きなどよめきが会議室を満たした。
そしてレヤアの口から爆弾発言が放たれた。
「ゲームからの帰還方法のめどが立ちました」
本日一番の驚き声が会議室に響いた。




