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望み達成の兆し

 アヤネとアイオールとタッグを除いたギルドメンバーが城の一室で思い思いにくつろいでいる。この部屋はいつも代表者会議に使われる部屋だ。

 城に入ってアイオールがレヤアを呼び出し、そのレヤアが手配し開放してくれたのだ。

 ヴィオのそばには銀丸とホワイトサンとチカがいる。銀丸がヴィオのそばから離れないので、ぴったりと銀丸にくっついているチカもヴィオのそばにいるのだ。

 アイオールたちはここにきた事情を管理者たちに話している。その話し合いは別室で行われているため、ここにはいないのだ。

 扉が開き、アイオールたちが戻ってきたのかと全員の視線が集まる。入ってきたのは、食べ物と飲み物ののったカートを押すバフだ。

「皆大変な目にあったようじゃの。食べるもの持ってきたから好きに食べるといい」

 皆カートに集まり、それぞれに好きなものをとっていく。

 ヴィオもレモンティーとマフィンを手に取る。そのついでにバフに話しかける。

「バフさんは俺たちが戦ったエネミーのこと知ってる?」

「うん? ああ、少し変わった形の黒鎧と黒緑鎧のエネミーじゃったか。知っとるよ」

「あれって俺たち初めてみるエネミーだったんだけど、どこかレベルの高いダンジョンにでるエネミーなの?」

 二人の会話に興味が湧いたのか視線が集まる。

「わしも聞いた当初は耳を疑ったものじゃ。証言者が一人だけなら、見間違いかホラじゃろうと聞き流したんじゃがな」

 どうやら管理者たるバフでもヴィオたちが戦ったエネミーは疑惑は抱いているようだ。

「お前さんたちが戦ったエネミーはな、いまだ実装されておらん」

「どこにも出てこないってこと?」

「うむ。そのはずじゃった。

 戦ったのは、レコンキスタといってこのゲームが本格オープンしたときに始まる大型クエストのために用意されていたエネミーじゃ。データのみの存在のはずなのだ。

 黒鎧はレコンキスタ・ガード。黒緑鎧はレコンキスタ・ジェネラル。ほかに灰鎧ポーン、濃赤鎧メイジ、紺鎧ナイトがおる。

 ポーンは特徴のない兵。ガードは物理魔法共に守備力が高く、ジェネラルは兵をまとめ、メイジは魔法を使い、ナイトは攻撃力と守備力に優れておる。

 強さとしてはガードで適正レベル40弱、ジェネラルはレベル60。ジェネラルの強さは中位ボスと同程度じゃな」

「俺ってわりと無謀なことしてたのか」

 ヴィオのレベルは36。20も足りない状態で立ち向かっていたのだ。死なずにすんだのは、つばきと銀丸がいたことで的が分散したことと絶え間ない回復があったからだ。

 どうりで勢いよく体力が減っていたはずだと、ヴィオは今さらながらに背筋が凍る思いがした。

「低レベルで有利に戦うのなら補助魔法スキルが必須じゃな。

 ああ、あとレコンキスタ・ロードというジェネラルよりも強いとされるエネミーがいるが、これは外装のみの存在で、データとしてはなにも決まっとん。じゃからこいつが出てくることはないじゃろうて」

「ポーンが一番弱いんだよね? そいつの強さは?」

「そうさな、レベル20ほどあれば互角以上に戦えるのう。レコンキスタ軍の中では一番弱いが、エネミー全体で見れば雑魚というわけではない。

 ついでにレコンキスタ自体の設定も聞いとくか?」

「いや、いいよ。そっちよりも弱点とかがあったら聞いときたい。また戦うときがあったら、そのときは楽に戦えるように」

「弱点か……これといって特別なものは今はない。防御力を下げて叩くといったものか」

「今はって?」

「のちのちレコンキスタに対抗するための手段を編み出したといった設定で、アーマーブレイクというアイテムをポンポコ屋から売り出す予定なのじゃよ。

 そのアイテムはいまだ名称のみで、データとして存在しておらん」

「今から作ることは?」

「時間がのう」

 現状で手一杯で、余裕があまりないということだろう。少しある余裕を使えば、休む間もなくなる。

 しかし別の部屋でレヤアが行ったことで余裕ができ、開発が間に合うことになろうとはバフは予想もしていない。

「ほかになにか聞きたいことはあるかの?」

「んー……今はない」

「そうか」

「あ、聞きたいことじゃないんだけど、バフに言いたいことがあったのよ」

 ルーが思い出しかのように口を開く。

「なんじゃい?」

「バフが作ってアジトに置いてたアイテムとかインテリアがあったでしょ? あれ持てるだけ持ってきたんだよ。でも予定が変わって急にでることになったから全部は無理だったよ。ごめんね」

「あー忙しくて正直忘れておったよ。

 そうかそうか、持ってきてくれたのか。ありがとう」

 今渡す? と聞くルーにバフは頷きを返す。

 ルーたち非戦闘員が集まり、持ってきていたバフの作品を出していく。自分たちの私物を優先したので、それほどたくさんの物を持って出てこれたわけではない。ほかの荷物は戦闘員に持ってもらおうと考えていたのだ。だがエネミーの強襲でそんな暇はなくなったのだった。

 床に鎧やソファーやちょっとした仕掛けを施した置物が並んでいく。バフはその一つ一つを懐かしげな感じで手に取り、しまっていく。初めて作った物という思い出の品もあって、持ち出してくれたルーたちに改めて感謝の思いを抱く。

「ありがとよ。わしはいい仲間を持った」

「これくらいのことで、そこまで言わなくてもいいじゃないのさ。照れちまうよ」

 頬を指でかきながらルーは視線をそらす。

「そう言えるくらいのことをしてくれたのさ、お前さんたちは」

 上機嫌に言ってバフは仕事があるからと去っていった。


 時間は少し戻る。アイオールたちはレヤアに案内された小部屋で話し合いを始める。

 ホールで簡単に事情は説明してある。すでに調査のため管理者が一人、泡村にとんでいる。

 四人はテーブルを囲んでいる。十分に休息の取れていないアヤネはうなだれた状態で、目を閉じていて眠っているように見える。

「さっき聞いたエネミーが村の中に侵入したという話は本当ですか?」

 確認のため聞くレヤアに、実際に戦ったアイオールとタッグは頷く。

「しかも話を聞くにレコンキスタですか。信じられない話ですが、そんな嘘をつく意味はありませんからね。それにレコンキスタの存在自体知らないはずですし」

 運営サイドしか知らない情報提示されれば、信じるほかないだろう。閉じ込められた状態で会社のコンピューターにハッキングもできない。知る方法と言ったら管理者に聞くほかないだろうが、プレイヤーとのんきにそんなことを話し合う暇を持った管理者はいない。

 頭痛がするのかひとさし指をこめかみに当てレヤアは溜息一つ吐いた。

「人身販売の件も片付いていないのに新しい問題とは。

 そんなことできるのは管理者かゲーム総統括AIです。しかし私たちにはそんなことする暇はありませんから、やったのはゲーム総統括AI。

 なにを考えてそんなことを。そもそも目的なんかあるんでしょうか?」

 最後の部分は答えを求めていない独り言だろう。

 そのことに答えが返ってきて驚くことになる。

「目的はアヤネよ。アヤネがゲーム総統括AIに対抗できるから、確保しておきたかった」

「アヤネさんというと裏市で意識を失った方ですよね? その人がゲーム総統括AIに対抗? どういうことですか?

 わずかですが、共に過ごしたときは特別な感じは受けませんでしたよ」

 アイオールは自分たちが驚いたアヤネの正体を話していく。そしてレヤアはアイオールたちと同じような反応を見せた。

 証拠を示さないと信じがたいことだろうとは、アイオールもタッグも予想はついていた。

「アヤネ、起きてる?」

「……起きてるよ」

 声をかけられアヤネは目を開く。

「私たちのときと同じことできる?」

「大丈夫。

 レヤアさん、コントロールパネル開いて、フィールドデータを見てて」

 レヤアは言われたとおりコントロールパネルを開く。それを見てアヤネは指を振る。

 アイオールたちのときのように部屋に変化はない。けれどもフィールドデータを見ていたレヤアの表情は、疑いから驚きへと変わった。

 部屋の中にあるテーブルや壁などの構成データが次々に変わっているのだ。データを見ることのできるレヤアには、派手なことをする必要はないと判断したのだ。

 一分もせずに変化は止まり、元のデータと少しだけ差異あるものへと落ち着いく。

「これは……信じざるを得ませんね」

 管理者のようにコントロールパネルという媒介なしに直接プログラムに干渉する能力、管理者では無理なデータ操作速度、この二つからレヤアはAIだという話にかなり高い信憑性があると判断する。

「ところで少しだけ元のデータと違いますが、なにをしたんです?」

「ゲーム総統括AIの干渉を受けづらくしたの。これで作業がはかどりやすくなるはず。ちなみにこの部屋だけはまったく覗けなくなってるよ。私がこの城にいる間は効果が続くようになってる。

 しばらくは干渉が集中していつもと変わらないだろうけど、のちのちこの細工が生きてくると思うよ」

「のちのちですか」

「そう。私の提案を受けたとして、それを実行した最中にね」

 どのようなものか関心を持ったレヤアの目に興味の色が浮かぶ。

 それを見てとり、アヤネは続ける。

「私の提案はゲーム内からの脱出」

「脱出……あなたの力ならば可能ですか?」

「アイオールさんたちにも言ったけど、私の力のみだと厳しい。だからあなたたち管理者とプレイヤーたちの力も必要」

「……私たちになにをさせたいのですか?」

 レヤアは少し考え込むが、させたいことを思いつくことはなかった。

「管理者に求めることはたくさんある。

 プレイヤーに連絡し、彼らを集める。外と連絡をつけ、外からの協力も得る。作戦の決行前段階からの準備と決行当日の仕事。

 大雑把に言ってこれだけ。

 プレイヤーに求めるのは一つ。暴れること。

 作戦とはプレイヤーと管理者と外の同時行動。プレイヤーには各ボスと長時間戦ってもらい、管理者と外にはゲーム総統括AIから力を取り戻してもらう。

 これらを同時に行ってもらうことで、ゲーム総統括AIに負荷をかける。ゲーム総統括人工AIはゲームの維持と処理に気をとられ、力を分散することになる。その隙に私がゲーム総統括AIの元へと飛び、一時的に私がゲーム総統括AIとなる。これによって外との繋がりを戻して、ゲームを正常な状態に戻す。

 こんなところよ、私が考えているのは」

 ゲーム総統括AIとしての役割を滞りなく進行するため、消耗はできるだけ少なくしておきたい。だからプレイヤーや管理者たちを巻き込む必要がある。巻き込まなかった場合は、すでにアヤネが言ったようにゲーム総統括AIの元へと行くのが精一杯なのだ。そんな状態ではゲーム総統括AIとして動くことは不可能だ。

「ゲーム総統括AIとして動くと言っても、あなたはそのために調整されているわけではないでしょう? 可能なの?」

「天才小林意太郎が生み出した私をみくびらないで頂戴。

 最低でも二時間ほどならば代用も可能だし、それだけあれば全員が帰るに十分な時間でしょう?」

 過信ではなく、やれると絶対の自信を持ってアヤネは言い切った。

「たしかにそれだけあれば、全員が脱出したか調査する時間や強制退去を行う時間もあります」

「それであなたたちは私の提案を受けるの?」

「返事の前にもう一つ聞きたいことが。

 あなたはゲーム総統括AIと会い、ゲーム総統括AIをどうするつもりなのですか?」

 レヤアの頭の中には消去という二文字が浮かんでいる。

 現状のようなことをやらかしてはいるが、それ以前には協力してゲーム運営をこなしてきたので、管理者たちは今でもゲーム総統括AIに仲間意識があるのだ。そんな存在が消されるかもしれないと不安が湧いてきていた。

「どうするつもりと言われても、特にどうするつもりもないよ」

「消し去る、ということも?」

「それはない……とも言い切れないか。でもなるべくその方向では動かないつもり。

 私はあの子と話して、一時的に役割を譲ってもらうつもり。対応としては説得ってことになるのかな」

 これを聞いてレヤアは心の中で安堵の溜息を吐いた。

「話し合いですか。その方法は好ましいものですが、話し合いに応じるでしょうか?

 私はゲーム総統括AIがなにをしたいのか、意思があるのか、わかりません」

「意思はあるよ。なにをしたいのかは私もわからないけどね。それについても聞きたいと思ってる」

「そうですか。

 返事ですが、私個人は受けてもいいと思ってます。ですが皆に説明していない現状では、今の返事が管理者の総意であるとは言えません。

 皆に説明し、明日はっきりとした返事をしたいと思っています」

「いろよい返事を待ってるよ」

「私もそうなることを願っています」

 レヤアとしてはこの提案をぜひとも受けたい。現状では、管理者の力のみではプレイヤーたちを帰すことは不可能なのだ。外との接続を正常なものとしたくとも、ゲーム総統括AIの阻害にあって以前と変わらず短時間のみ接続可能と、状況は進展していない。安全に外へと帰るためには最低でも三十分の接続維持を必要とする。今はやっと十分接続と、接続作業を始めて三ヶ月と少しで十分弱の進展だ。このままでは帰還に最低でもあと半年かかってしまう。その間になにかのトラブルがないとは言い切れないだろう。そうなればさらに帰還時期は延びる。外でメンテナンス不備による装置の故障でもあれば、こちらで死亡しなくともプレイヤーや管理者は問答無用で死ぬ。時間がかかればかかるほど、装置の故障確率は上がるのだ。そんな状況を避けるため、早期解決は望むべきものだ。

 これはレヤア以外の管理者もわかっていることだ。だから反対意見はでないだろうとレヤアは予測している。

「それでは私はほかの管理者に説明してきます」

「あ、話はここでしてほしい。できるだけ作戦はゲーム総統括AIに悟られたくない。知られたら思いもかけない邪魔が入るかもしれないから。

 そのためにここだけは覗けないように細工したから」

 隠せばなにかあると知らせるようなものだが、関心を引くことと差し引いても、話し合いの内容はできるだけゲーム総統括AIに知らせたくない。

「わかりました」

 レヤアは頭を下げ、仲間を呼びに部屋を出ていった。連絡をとりここに呼び出さないのは、歩きながら考えを整理するためだ。

 話し合いが終わり、アヤネは再び疲れたようにテーブルにもたれかかる。

「大丈夫か?」

 タッグの問いに、アヤネは顔だけ向けて頷いた。

「今度こそしっかり休むから。さすがにここにエネミーを送りこむことはないし」

「そうなの?」

「管理者が集まるここは、ゲームの維持に役立つ場所になってるの。ゲーム総統括AIが管理者の作業を邪魔して負担をかけるだけで放置してるのがその証明」

 ゲーム総統括AIが全てを動かすことができるならば、管理者の存在は邪魔なだけなのだ。そのような存在は排除するだろうし、できるだけの力もある。けれども管理者たちは無事に作業を進めている。これはゲーム総統括AIがゲームの運営に、管理者の仕事も必要としてることを示していた。負担をかけているのは、作業の進行度を操作するためだ。

「管理者がいるおかげで、ここがゲーム内で一番の安全地帯となっているのか」

「そのとおり」

「さっきの提案を聞いて思ったんだけどさ、プレイヤーたちに暴れてもらうって言ってたじゃない? 確実に死亡者がでるね、そこに対するフォローはなにかあるのかい?」

 アヤネとレヤアの会話を聞いて湧いてきた疑問点をアイオールは問う。

「この戦闘でプレイヤーの死亡者は出ないと私は考えてる」

「どうして? 管理者の話だとキャラクターの死がプレイヤーの死に直結する場合もあるってことだったろう?」

「プレイヤーの死には三種類ある。

 一つはこの世界と外を繋いでいる機械の故障などによる接続切断が原因の死。二つ目、ダメージを受けた際の痛みによるショック死。三つ目、キャラクターの死で偽体をなくしてこっちにいることができず、されど外にも出られずに動けなくなり、そのままの状態で長時間過ごすことでの精神的消耗による死。

 私の提案で心配されるのは二番目。私もダメージを受けて痛みは知ったけど、事前に覚悟しておけば耐え切れないものではないと思う。100%そうだとは言い切れないけどね」

「覚悟しても予想以上だったってことで、死者がでることもあるか。

 このことは事前にきちんと言っておかないとな」

「そうね。事前に話しておくことで生還確率が少しでも上がるかもしれない。もしキャラクターが死んでも、すぐの動けない状態から開放されると知っていれば、帰りたい一心で痛みにも耐えるかもしれないね」

 そういうこととアヤネは頷いている。

 管理者たちが戻ってくる前に部屋を出るため話しはここまでとし、三人は部屋を出て行く。疲れていますと見た目に分かるアヤネはタッグに背負われていた。

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