拠点喪失
「やっと起きれたよ」
アヤネが目覚めてからの第一声がこれだ。まるでずっと意識はあったようだとヴィオたちは思う。
体を起こし、そこで初めてヴィオたちに気づいたようで、少しだけ目を見開き驚いた様子を見せる。
「おはよ」
「えっと、おはよう」
何事も無かったかのように挨拶され、ヴィオは目覚めたことの嬉しさよりも戸惑いが勝る。
「どこか体に異変はあるかい?」
アイオールが体の調子を問いかける。
「どこも異変はないよ。寝ている間にちゃんと直したから」
「寝ている間に治した?」
なおした、という部分のニュアンスの違いに気づかずアイオールは疑問点を声に出す。
「そんなことできるスキルなんかあった?」
タッグに問いかけるも、返ってきたのは知らないというリアクションだ。
「スキルといえばスキルかも? でも私固有のものだし、記憶が戻ったからできたんだ。でないとずっと眠りっぱなしだったよ」
「そうなんだ……って記憶が戻った!?」
なんでもないかのようにアヤネが言ったので、ヴィオたちは危うく聞き逃すところだった。
本当に? と問うヴィオにアヤネは頷き。初めて話したことを事細かに話していき、本当のことだとヴィオは確信を持つ。
「記憶が戻ったきっかけはなんだったんだ? やっぱりショックを受けたから?」
タッグの問いにアヤネは頷いた。
「命の危機に陥るほどの強いショックが封印にも影響を与えて、綻びができて封印を解けた。解けるのに時間かかったし、解けたあとも破損データの修復に時間がかかって眠りっぱなしだったんだよ」
「昔はテレビを叩いて直したと聞いたことがある。それと同じことが起きたのか」
あながち違うとも言い切れない。実際、それが直るきっかけになったのだから。
アヤネは反論できずに微妙な顔つきになる。
「記憶が戻ったってことは氷窟最下層に封じられていた理由もわかるってことかい?」
「うん。あの子がやりたいことを邪魔されないためだと思う。おまけに記憶まで封じて、助け出されても手出しないようにって保険までかけた」
「あの子?」
誰のことだかわからずアイオールは首を傾げる。
「名前は……そういえばなかったっけ。管理者がゲーム総統括AIって呼んでた子」
「ゲーム総統括AI……って私たちを閉じ込めた張本人じゃない!? なんでそんな奴に封印なんか、いや邪魔されないためって言ったわね、ならアヤネもゲーム総統括AIと同じようなことをできるってこと? でも一介のプレイヤーがそんなこと。ハッカーの類? そこらのコンピューターと違うのよ、どうやって侵入するの?」
考えが漏れ出ていることに気づかずアイオールは思考を進めていく。だが考えても答えまではたどり着くことはできなかった。
結局、考えることを止め、本人に聞くことにした。
「あなた、何者なの?」
アイオールと共にヴィオとタッグもじっとアヤネを見つめる。
「ゲーム総統括AIと似たような存在だよ。
この身はプログラム。電子空間上にのみ存在する人工AI。希代の天才小林意太郎が娘を模して生み出した者、それが私」
三人の視線をものともせず、なんでもないことのようにあっさりと告げた。
「AIってありえないだろ! ここまで人間に似たAIなんて聞いたことないぞ!?」
「世間に発表されてないから知られてないのは当然」
驚くタッグにまたもやあっさりと告げた。
「人間そのものじゃない、本当にプログラムなの?」
「口で言うだけじゃ納得できないか……そうだねなにか証拠はっと」
アヤネは目を閉じ考え込み、なにか思いついたようで頷き目を開けた。
「これでどう?」
ピンっと立てたひとさし指を振った。
いくつものレアアイテムが現れては消えていく。
「すごいとは思うけど、似たようなことは管理者にもできたわよ? AIじゃなくて管理者の一人ってことにならないかしら」
「それならこれは?」
そう言って、もう一度ちょちょいっと指を振る。
すると部屋の内装が歪み、次の瞬間には海の中、空の上、草原と次々変わっていく。十回以上の変化を終えて、元の宿の内装に戻る。
「プログラムをいじって内装を変えてみた」
どうっと首を傾げるアヤネは、どこか疲れた様子に見える。
「大丈夫か?」
「病み上がりなのに、ちょっと調子にのったから疲れちゃった」
心配するヴィオにやや元気のない笑みを返す。
「きついなら横になったら?」
「そうさせてもらおうかな」
ヴィオの言葉に素直に従ってアヤネはベッドに寝転がる。
「前準備もなしにあんなこと……どうやら本当らしいわね」
「そうだな。あれだけのもの見せられたら本当だっていう可能性が高い」
「ということは、今のこの状況から抜け出せる機会が巡ってきたんじゃない? それができそうだからゲーム総統括AIはアヤネを封じたんでしょうし」
「できるよ。条件つきだけど」
アイオールとタッグの会話に割り込み答えた。
脱出可能という言葉に、ヴィオたちの表情は輝きを見せる。
「条件? それはなに?」
「たくさんのプレイヤーと管理者の協力。私だけの力だとあの子の近くまで行くのが精一杯。ここはあの子の世界だから、あの子に有利なの。真正面からぶつかりあっても力負けするのが目に見えてる」
「となると一度管理者に会いに行かないといけないわね」
「できるだけ早いほうがいいわ」
「どうして?」
「私が記憶を取り戻したことを気づかれるから。これまでは記憶がなかったから監視くらいに止めてたんだろうけど、これからは直接的な手段に訴えるかも」
「具体的には?」
「ここに再び私を捕らえ、ほかを排除するために上位ボスクラスのエネミーが現れる可能性もある」
アヤネ以外の顔が引きつる。今までは村の中は安全地帯だったのだ、その安全地帯すらなくなる可能性を示唆され能天気に構えてはいられない。
村や街にはエネミーは侵入不可能、これがこのゲーム内での常識だ。村や街中にいるかぎり命の危険にさらされることはない。管理者主催のイベントですら、エネミー侵入というといったものはなかった。これは村や街が絶対安全地帯ということを示していた。
裏市ではゴブリンが侵入していたが、あそこは森中の広場に勝手にテントを立てていただけで、村に値するものだとは認められていなかった。
「今すぐは無理そうね。どれくらいで問題なく移動できるようになりそう?」
「だいたい三時間くらいかな。一眠りするくらい。それくらいなら余裕はあるはず」
「わかった。あなたが寝ている間に、私たちは説明と移動準備を整えておく」
念のために見張りはいるかと聞かれ、落ち着かないからとアヤネは断った。
ヴィオたちは、目を閉じたアヤネを残して部屋を出る。部屋の前には、アヤネが起きたとに気づいて集まったメンバーたちがいた。部屋に入らなかったのは、話し合っていて雰囲気的に入りづらかったからだ。
「ちょうどよかった。これから話したいことがあるから、また大部屋に行こう」
アイオールの言葉になんだろうと首を傾げつつ、メンバー全員で大部屋へと移動する。
そこでメンバーは信じられない話を聞くことになろうとは想像もしていない。ヴィオたちと同じように、驚き、疑惑を抱き、希望を持った。直接アヤネのやったことを目にしていないので、完全に信じているというわけではなさそうだ。
「アヤネが移動できるようになったら全員でグランドセオに行くわ。今からだいたい三時間後よ、それまでに移動準備整えてちょうだい」
「全員でですか?」
ミゼルが疑問の声を上げた。
「そう、全員で。もしかするとアヤネが去ったことに気づかず、ここにエネミーが現れるかもしれない。
それが強力なエネミーだったら、留守番してる人たちで立ち向かう事態になるわ。そのエネミーが上位ボスだったら勝てないわ。逃げる暇すらないかもしれない。そんな事態にはしたくないのよ。だから全員で行動する」
「移動の際にそれが現れたら?」
「移動はテレポート使うから、道中敵に会うことはないわ」
ミゼルは納得したようで、それ以上の質問はないと口を閉じる。
ほかに質問はないかとアイオールは全員を見渡す。セバスターが手を上げる。
「アヤネの話に信憑性ってあるんですか? 正直なところ、疑わしいって気持ちがあるんですけど」
「私も完全には信じたわけじゃないから。でもかぎりなく本当に近いのではと思ってる。そう思えるだけのことは見た」
「俺も嬢ちゃんと同じだ。あれは一介のプレイヤーには不可能な芸当だった。封じられていたっていう状況も話に説得力を持たせるしな」
代表者二人がそう言うのならと、メンバーたちは信じる方向へと気持ちを傾ける。
メンバーたちは移動準備のため動き出す。ヴィオたちも同じようにアイテムの買出しなどのため宿を出て行った。
泡村を出る準備を始めて一時間を過ぎた頃、アヤネの予想よりも早く事態は動き出す。
「リーダー!」
デルカが慌てた様子で、宿にいたアイオールへと駆け寄ってくる。
「どうした?」
「エネミーが村に入ってきて、プレイヤー、NPC関係なく襲い始めました! しかも見たことないエネミーですっ」
「なんですって!?
タッグ! 聞いたわね!」
「応ともさ。いくか!」
「いや、あなたはここに残ってアヤネたちを守って! デルカもよ! 出るのは私っ。ここにいない戦闘向けのメンバーはすでに戦っているでしょ?」
デルカは頷く。
「もしかすると早めに出ることになるかもしれないから、ここにアヤネたちを集めておいて。
行ってくるわ!」
手短に指示を出してアイオールは宿を出て行った。向かう先は村入り口。
村入り口ではヴィオたちが鎧をまとった四体のエネミーと戦っている。戦況は悪い。数の上ではヴィオたちのほうが上なのにだ。初めて戦うエネミーで情報がないということと、単純にこのエネミーが強いからだ。
戦っているのはヴィオ、銀丸、セバスター、ミゼル、リオン、ヤートス、つばき。うちセバスターとヤートスは回復のみを行っている。前衛に出ているのはヴィオと銀丸とつばき。リオン、ミゼルは弓で大将以外の足を止めている。正直なところ、絶え間なく飛ぶセバスターのポーションとヤートスの回復魔法で、なんとか耐えているという状況だ。この中で一番の火力は刀を振るうつばきだが、その攻撃も相手の重厚な鎧をまとった大将格に決定的なダメージを与えているように見えない。
アイオールは大将を落とすことを決め、よく狙いをつける。この一撃で倒れてくれることを祈りながら。
「今っスキルアーツ・トライランス!」
持つ大剣を横薙ぎにしてヴィオと銀丸とつばきを引かせた大将へと、アイオールは自身の持つ最大火力の攻撃魔法を叩き込んだ。
地面から現れた鋭く尖った氷柱が左右から大将に突き刺さり、動きを封じる。そこへ止めとなる三メートルほどの氷の槍が頭上から大将めがけ勢いよく落下する。
氷の槍は狙い違わず突き刺さり、大将は大きなダメージエフェクトをほとばしらせた。
倒したとヴィオたちは思うが、その思いを嘲笑うかのように大将は動き出す。
「耐えた!?」
「まだ戦いは続くわ! 今のうちに補助魔法使っときなさい!」
驚いたのはヴィオたちだけで、予想していたアイオールは素早く指示を出す。
アイオールは前衛たちに防御力を上げる補助魔法を使い、セバスターはリオンに技力回復薬を飛ばす。ヤートスは弓組みにダメージ増加の補助魔法を使う。
アイオール参戦と補助魔法の使用で、戦況は五分以上へと持ち直せた。今まで補助魔法を使っていなかったのは、相手が強く回復だけで精一杯だったからだ。
前衛が受けるダメージが減ると、回復担当組は回復以外に気を回せるようになる。弓組の与えるダメージが増えたことで、敵の動きはさらに鈍る。油断せずにいけばこのまま勝ちとなる。
そして十分ほど経って、ダメージの積み重なった大将がつばきの振るった刀によって倒れたとき、全員が勝ちを確信した。
だがそれは早計というものだった。
手下を率いる大物のエネミーには、とある特殊能力を持つものが多い。それは自身の死によって起こすことのできる能力。すなわち手下召喚。これがあるので四体という少ない手勢を送り込んだのだろう。
大将が消えるのと同時に、三十体のエネミーが現れた。それらは弓組が足止めしているエネミーと同じ姿をしている。
静かに佇む三十体の鎧は大きな威圧感を全員に感じさせた。
「召喚があったか!? それにあの数は」
アイオールが焦った声を漏らす。通常の手下召喚よりも多い数に焦りはさらに増す。瞬時に戦況を判断し、勝ちはないと読んだ。
「少しずつ宿までひくよ! 無理に倒そうとしなくていいっ。防御と近づけさせないことのみ考えなさい!」
すぐに飛んだ指示のおかげで、ヴィオたちは戦意をわずかになくすだけですんだ。
矢を放つ手を止めずリオンは、皆に聞かせるため大声でアイオールに聞く。
「宿まで引いて、それからどうするんですか!?」
「テレポートでグランドセオに飛ぶ。全員一緒ってわけにはいかないから、三度にわけることになる。始めは非戦闘員、次に戦闘の苦手な者。最後に戦闘員」
「私たちは全員が移動し終えるまで時間を稼げばいいんですね?」
「そのとおり」
「了解です!」
エネミーたちの攻撃に耐えしのぎつつヴィオたちは宿へと引いていく。その途中でNPCにも被害が出るが、自分たちのことで精一杯でどうにもできなかった。世話になったNPCを助けることができないことに悔しさを感じつつ、宿の近くまで引くことができた。
宿にはまだ被害は出ていない。別働隊がいなくとよかったと、アイオールは胸を撫で下ろす。
表から聞こえてくる騒ぎを聞きつけ、デルカが出てきた。
「リーダーっなんすかこの数!?」
「手下召喚使われたのよ! それよりもっ皆を一箇所に集めてるっ?」
「はいっ」
「じゃあ、これからグランドセオに飛ぶ。デルカはここであいつらを食い止めててっ。
皆ももう少しだけ頑張って!」
了解と返事が返ってくる。
「ホワイトサンもお願い!」
宿に入っていくアイオールへとヴィオは声をかける。振り向く余裕のないヴィオの背に、アイオールの返事が聞こえた。
宿に入ったアイオールは集まっている者たちに事情を説明し、非戦闘員を厩舎へと連れて行き、ホワイトサンと一緒にそこからテレポートで飛んだ。
アイオールがグランドセオへと飛び五分。普段ならば短く感じる時間も、耐え続けるという状況ではとても長く感じられる。
「待たせた!」
アイオールが宿入り口を半円に囲んでいたエネミーの間を突っ切ってヴィオたちの元へと戻ってきた。
なぜそのようなことになったかというと、特殊魔法スキルアーツ・テレポートの性質故だ。
テレポートは事前に登録してある場所へと移動できるスキルだ。超能力スキルアーツ・テレポーテーションと違い世界すら越えること可能だ。しかし出現箇所は街やダンジョンの入り口に固定される。今回も泡村入り口へと戻ってきたのだ。
一方、テレポーテーションはフィールド、街中、ダンジョンと一度行った場所ならばどこにでも移動が可能。しかし世界を越えることは無理で、移動もスキルを使える者のみという効果になっている。
アイオールは宿入り口から、大声で護衛をしていたタッグを呼ぶ。出てきたタッグの代わりに、セバスターとヤートスとミゼルを連れ宿の中へと入っていく。
そして再び、五分ほど経ち村の入り口方面から走ってきた。手下の間を突っ切って、リオンのそばで立ち止まり、疲れた様子で息を静めている。疲れているのは皆も同じだ。次々と振るわれる剣により、絶え間なく削られていく体力に恐怖しながら、アイオールの帰りを待っていたのだ。補助魔法がきいているおかげで、体力の減りは微々たるものだが、回復役がいないおかげで体力は減りっぱなしだったのだ。精神的な疲労が大きかった。
参戦したタッグにより、少しはエネミーの数は減った。しかし人数差があるという部分は変わらなかった。二体三体倒したところで、多少囲みに隙間ができるだけだ。
「私たちで最後ですよね?」
リオンの問いにアイオールは頷きを返す。
「技力は大丈夫ですか?」
戦いによる魔法での消費と連続したテレポートで、技力に余裕がないのではと心配する。
「大丈夫。セバスターに技力回復薬もらってきたから」
そう言ってポーションに似たアイテムを取り出し、いっきに飲み干す。
「特殊魔法スキルアーツ・テレポート!
皆っ集まって!」
戦っている者たちに声をかけ、そばへと集まった瞬間スキルアーツを発動させた。
グランドセオ入り口へと移動し、エネミーたちの姿がいなくなったことを確認したヴィオたちは大きく息を吐き、その場に座り込んだ。
戦っていた者たちは、乗り切ったという思いで胸が一杯だった。
先に避難していた者たちが心配そうに近寄ってくる。彼らに大丈夫だと、疲れた笑みを返し立ち上がる。
向かう先はバッフェンスト城。このゲーム内で一番安全と思われる場所。
ここにきてアヤネの言葉を疑っている者は皆無だった。村の中にエネミーが侵入するということが本当に起きたのだ。そのことが話に説得力を持たせることになった。
帰ることができるかもしれない。その希望を胸に皆、バッフェンスト城へと歩き出した。




