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去った仲間と戻った仲間


 レヤアが警告を出した後、戦闘は収まりの様相を見せる。とはいっても互いに油断はせず、武器を構えたまま様子見という感じで、いつでも再開できそうな雰囲気だ。

 緊張した空気が満ちる空間に陣が描かれ、そこからレヤアと見知らぬ管理者二人が現れた。

 見知らぬ管理者はウィンドウを開き、すぐに作業を始めた。

「これはこれは管理者の方々、当屋敷になんの用事ですかな?」

 すぐに動揺を静めたラゼッタがレヤアに話しかける。

「プレイヤー・ラゼッタ、あなたをプレイヤー・チカ誘拐の罪で連行します」

「なんのことですかな? 誘拐など私にはとんと覚えが」

 レヤアの言葉をラゼッタは認める様子はない。

「それよりも街中で戦闘行為を行うばかりか、私有地に許可無く押し入った者たちを捕らえることのほうが先では?

 私の兵も暴れはしましたが自衛のため。不可抗力というものでしょう」

 ラゼッタは、管理者が現れたのは騒動があったからだと考えている。一介のプレイヤーが管理者とつながりをもっているとは予想していないのだ。

 だからレヤアの言葉に驚くことになる。

「彼らに罪はありません。彼らは私たちの依頼でここにいるのですから」

「ど、どういうことですか!? 管理者が平穏を乱す行為を依頼するなど!」

 警備たちもどういうことだと口々に叫んでいる。

「黙りなさい! 調べはついているのです!

 本当ならば裏市で捕まえることになっていたのです! これだけ言えばなぜ私たちが依頼したかわかるでしょう」

「裏市? 初めて耳にする言葉ですが?」

「しらをきっても無駄です。

 欲を出しさらった相手がわるかったですね。チカという子供のプレイヤーは管理者の子供。私たちはその子供をブラーゼフロイントに預けていました。

 彼らがあの子を捨てるわけはありませんし、あの子も彼らから離れはしませんよ」

「さらったばなどと人聞きの悪い。私は保護しただけですよ」

「好きなだけ言い訳しなさい。あなたの未来はもう決まっているのです。屋敷の周囲には結界を張っていて逃げることはできませんよ。

 そしてすでにあなたの財産はこちらで没収しています。レベルも1まで下げています。下手に抵抗すると死んでしまいますよ?」

「ば、ばかな!?」

 ラゼッタは慌ててウィンドウを開き確認する。一千万を超えていたお金は0へ、種類多かったアイテムも消え、高くはないがある程度はあったレベルも1へと変わっている。

「横暴だ!」

「なんとでも言いなさい。この世界では私たち管理者がルールです。今は力が抑えられていても、怪しい者に対して処罰を行うことくらいは可能です。

 これはラゼッタに組したあなた方にも言えることです!」

 権限が押さえ込まれていなければルールと言い切ったレヤアの言葉に間違いはない。なんにでも権限を振りかざすとゲームとして面白さを失うので、めったなことで管理者がしゃしゃりでることはない。だが今回は許容範囲を大きく超えている。それを思い知らせるため、自分たちがルールで処罰する能力を有しているのだと示す。

 レヤアの言葉に警備たちはウィンドウを開く。彼らのレベルも下げられていた。

 これらすべて作業している管理者の仕事だろう。

 ここまで力の差が開くと、警備たちの戦意は萎え武器から手を離す者が出てくる。はむかっても一撃死が目に見えているのだ。ラゼッタが激を飛ばすが、聞き入れられるわけもない。ラゼッタ自身の力も失われているのだから。

 警備たちはブラーゼフロイントメンバーに武器を突きつけられ、隔離施設行きの転送陣へと入っていく。逃げようとした者もいたが、結界に阻まれ捕まった。

 喚くラゼッタはタッグとセバスターに両脇から抱えられ、レヤアの前に連れて行かれる。あまりの煩さに全員の顔が顰められる。

 こんなことしてただで済むのか、知人がこのことを知り大人しくしていると思うな、お前らなど俺の権力をもってすれば、など言い放っている。

 そんなラゼッタにレヤアが一つの事実を突きつける。

「目を覚ましなさい! ここは現実ではなく、ゲームの中です。この中で得た権力など、所詮虚構、中身のないもの。

 いくらお金を持って兵を動かせると言っても、権力で私たちを害せると言っても、なんの意味もないということがわからないのですか!

 たしかにお金や権力は怖いです。ですがそれは現実での話。まがいものの力など恐るに足りません」

 目を覚まさせるためゲーム内だということを強調する。

 ラゼッタはゲーム内で力を得るうちに勘違いしていったのだろう。閉じ込められ、なにもなかも思い通りにできる力を使い続け、現実と虚構の境をあやふやにしていった。

 魅力的すぎる力を手放す気はないラゼッタは、レヤアの言葉を受け入れる気はないようだ。すでに力を取り上げられているということすら頭の中から抜け落ちているのかもしれない。

 喚き続けるラゼッタにレヤアは不機嫌さを隠そうもしない。

「陣の上に運んでもらえませんか?」

 これ以上の会話を行う気が失せ、タッグとセバスターに頼む。

 二人は従い、ラゼッタは隔離施設へと飛ばされた。

「ようやく静かになったわ」

 アイオールが緊張を解きながらいうと、レヤアは溜息一つ吐き同意した。

「皆さん、協力ありがとうございます。これで人身販売を行っていた者たちを捕らえることに一歩近づきました」

「ラゼッタに吐かせて、そのあとは管理者で全部やるのか?」

 言外に手伝う必要はないのか、と意味を込めたタッグの問いにレヤアは頷きを返す。

「はっきりとした証拠が手に入りましたから、あとはこちらだけで十分です。

 全財産、レベルを没収しますよ。そのあとは説教をして、どうやって人身販売なんかできるようになったのか聞きだします」

「頑張ってくれとしか言えないな」

「ええ、全精力傾けます」

 気迫の篭った返答に、全員が本当に実行しきるだろうという確信を持った。

 しかしそれどころではなくなるとは、この場にいる誰もが予想していない。

 作業をしていた管理者二人が、作業を終え全員に一礼し帰っていく。屋敷内にいたさらわれてきたNPCも、一度データに戻され回収されている。連れ帰り、どうやって商品とされたのか、分析する予定だ。

「それでは私も失礼します。お礼はまた後日に」

「ちょっと待った!」

 頭を下げ、帰ろうとしたレヤアをヴィオが止めた。

「なにか聞きたいことが?」

 レヤアに近づいて言いづらそうに口を開いた。

「今回のことで死んだ人がいるんだ。その人が飼っていた馬がいるんだけど、この場合その馬ってどうなる?」

 手紙にコールの死後ホワイトサンのことを頼むと書かれていて、本当に死んでしまいホワイトサンがどうなるのか気になったのだ。

 コール死亡のことをチカに聞かせたくないので、小声で聞く。チカにコールのことを説明するときは、隔離施設に送られたと言うだろう。

「死者が出ていたんですか!?」

 驚きで声が大きくなるレヤアの口をヴィオが押さえる。

「チカに聞かせたくないから小声で」

 チカの様子をちらりと窺うと、銀丸をそばに置いてリオンに抱きつかれていた。あの様子だと、こちらの会話には気づいていないだろう。

「コールという人がチカを庇って」

「本当に申し訳ありません。私たちの頼みで死者を出してしまい」

「自業自得といえば、そこまでなんだけどね。生きて反省してもらうつもりだったんだけど」

 近寄ってきたアイオールの言葉にどういうことです? と疑問の視線を向けるレヤア。

 アイオールは簡単に事情を話していく。

「チカちゃん誘拐の原因ですか……」

 事情を知っている者は複雑な思いとなる。今回の騒動の原因で、死んだのだからまさに自業自得。しかし行いを悔いて助ける側へと回った。そして命がけで守った。

 罵ることはできず、褒めることも難しく、言い表すに難しい感情を抱えることとなる。

「……持ち馬ですが、今回の場合は野良へとかえります。草原に連れて行って放せばどこへなりとも行くでしょう」

「世話を頼まれたんだけど、持ち馬にすることはできる?」

「できますよ。飼い主がいない状態ですからね。捕まえて世話をするだけなら、誰にでもできます。

 戦闘に参加させたり、乗りこなすためにはスキルが必要ですが」

「世話できるなら、それでいい。ありがとう」

「いえ、お礼を言われるほどのことではありません。

 それでは今度こそ失礼します」

 どことなく沈んだ様子を見せレヤアは去っていった。みなぎるほどに見せていた気迫が薄れている。犠牲が出たことにショックを受けているのだろう。ショックを受けているのはコールの死を見た者も同じだ。

「私たちも帰るわよ。留守番組が首を長くして待ってるわ。

 話さなくちゃいけないこともあるしね」

 コールのことを皆に話すつもりなのだ。話すことが正しい判断なのかわからないが、皆に知っていてもらいたいのだ。

 帰る前にホワイトサンを連れて来るためヴィオは庭へと向かう。

 事情を話す前にコールがいないことで察したのだろう、ホワイトサンは気落ちした様子を隠さない。ヴィオはそんなホワイトサンに謝り、一緒に行こうと誘う。少し渋る様子を見せたホワイトサンだが、コールからの頼みでもあると伝えると納得したのか、手綱に引かれ歩き出した。ホワイトサンが了承したことで、馬主はヴィオとなった。

 一行は静かに泡村への帰途へとつく。

 ラゼッタの敷地で暴れまわったブラーゼフロイントだが、その様子をほかのプレイヤーに見られることはなかった。屋敷の周囲にはった膜は音も遮断し、騒音を周囲に撒き散らすことを防いでいたのだ。ぞろぞろと出てきたときも、なんらかの集まりがあったのだろうと思われていた。

 

 一夜明け、戦いの疲れのとれた一行は、今回の騒動のことを聞くため全員が広間に集まっている。

 そう長く話すつもりもないので、アヤネの世話を見る者は今はいない。

 約束通りラゼッタの屋敷に行っていた間に管理者が来て、アヤネの容態を見ていった。診断結果はどこも異常なしというものだった。寝ているということしかわからなかったのだ。管理者は容態が急変したらすぐに呼ぶようにと言って、首を傾げながら帰っていった。

「騒動の顛末を話すわよ。

 まずはチカがさらわれたときのことからいきましょうか。

 チカ、あの日あなたがさらわれたときのことは覚えている?」

「うん」

「コールに誘われてホワイトサンに乗って散歩に出たのよね?」

「うん。途中までは普通の散歩だったよ」

「コールの話だといきなり襲われたってことだったんだけど、実際はどうだった?」

「おそわれてなんかないよ。どっかの林でコールさん待ち合わせしてたみたいで、目的地に到着したら止まって一緒に降りて、時間つぶしてた。

 しばらくしたら知らない人たちが来て、コールさんとなにか話してて、わたしはその人たちの乗ってきた馬車に押し込められた。

 助けてって言ってもコールさん助けてくれなかった……」

 今思い出しても怖いのだろう。話しながら小さくチカの体が震えている。そばにいて震えを感じとった銀丸は励まそうとチカの頬をなめている。

「その馬車であの屋敷に連れて行かれ、そこからまた移動してテントのある場所に連れて行かれたのね?」

 チカはこくりと頷く。

「ありがとう。もう話さなくていいよ。思い出させてごめんね」

 チカに労わりの言葉をかけて続ける。

「こういうわけで発端はコールにあるわけよ。さらに辿ると、人身販売していた奴らまで遡れるわね」

「そのよ、コールがなんでそんなことしたのか、わからないんだが」

 タッグが皆の疑問を代表して聞く。

「借金が原因よ」

 端的に述べれられた原因に、心当たりのある者はいないようで誰もが首を傾げている。

 コールはお金に困ったそぶりをみせなかったのだ。

「ホワイトサンってすごくいい馬でしょう? 一目ぼれで買い取ったはいいけど、その時点で借金があって、さらに飼育費にお金がかかったらしいわ。そのあとはあれよあれよと借金が膨れ上がったというわけ。

 そんなことを私たちに打ち明けるのは恥ずかしかったようでね、相談もできずにいたら、借金の形としてホワイトサンが没収されそうになったと。

 それはなんとか阻止したくて交渉の末、チカ誘拐に繋がったらしいわ」

「じゃあ、装備のランクが下がったことも借金が関係してたのかな?」

 ルーが思い出すように呟いた。

「どうしてか聞いたら、こっちのほうが使いやすいからって言ってたけど、借金返済のために売り払った?」

「かもしれないわね」

「あの時点で気づいてあげられていたら、今回の騒動はなかったのかしら……」

「それはイフでしかないわ。それに気づけなかったのは全員だしね、ルーだけのせいじゃないわよ」

 ちなみに金貸しは、商人の称号を得ることで使えるようになるクラススキルの一つだ。借金の形をとるのは、借り逃げされないように商人を守るためのシステムだったのだが、今回はそれを利用し脅された形になる。コールのほかにも似たようなことになっているプレイヤーはいる。

「馬鹿な奴よコールは。借金のことくらい相談に乗ってくれればいいのに」

 馬鹿とは言っているが、そこに嘲笑の意は込められておらず、頼ってくれなかったことに対しての寂しさが込められている。

「コールはどうなったんだ? いないということは隔離施設に?」

 ずっと玄関前で戦っていたタッグは屋敷内で起きたことを知らないのだ。

「ええ」

 チカがいるので、隔離施設に行ったということにする。庇って死んだと聞かせるつもりはない。

 短い頷きにタッグは死んではいないと知って安堵する。誘拐の片棒を担いだことは許せないけど、死までは望んでいないのだ。

「リーダー、あのときコールさんの体」

「隔離施設に送った転送による光よ」

 屋敷内へと入ってきたデルカはコールが消える瞬間を見たのだ。

 そのことを聞こうとするデルカを遮り、アイオールは隔離施設へ行ったと再度言った。

 向けられた視線と言葉から話題にしたくないのだと読み取り、デルカは口を閉じる。

 今のやりとりで、本当のことを悟ったタッグはあとで確認しようと決めた。

「これで話は終わりよ。なにか質問は?」

 皆を見回し問う。誰も口を開くことはない。

「じゃあ、解散!

 今後の予定はないから、ゆっくり体を休めなさい」

 パンパンと叩いた手の合図で、皆ばらばらに散っていく。

 そんな中、アイオールにヴィオとタッグが近づく。タッグはコールのことを聞くのだろう。

「アイオール」

 先に声をかけたのはヴィオだ。

「どしたの?」

「ホワイトサンのことなんけどさ。俺の財政力じゃ飼育費だすのは無理」

 馬主登録したので、世話は主にヴィオの仕事になるだろう。手紙を読みお金がかかると知ってはいたが、再度話を聞き、早々に無理と判断し相談することにしたのだ。

「そのことなら心配しなくてもギルドから出すよ。始めからそのつもり」

「そっか、よかったぁ」

「話はそれだけ?」

 ヴィオは頷く。

「それじゃタッグはなにを聞きたいの?」

「コールの本当のこと」

 小声で答える。かすかにアイオールの顔が強張るも、すぐに解しここでは駄目だと違う場所に移動する。

 話す場所として選んだのは、アヤネが寝ている部屋だ。様子を見るつもりだったので、ヴィオもいる。

 アイオールとタッグが話す横で、ヴィオはアヤネが起きていないが覗き込む。

 そのとき、アヤネの瞼が震え、ゆっくりと開かれた。

「二人とも! アヤネが起きた!」

 必要以上に大声だったため、部屋の外にもアヤネが起きたことは伝わることとなった。

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