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遊ぶ前に

 小さなリュックを背負った高校生くらいの少年が、真夏の日差しの下を駆けている。

 時刻は九時すぎ。夏の日差しは気温をどんどん上げて、すでに三十度まで達している。

 道路の歩く人々は暑そうに日陰に沿って歩く。少年も体全体から汗を流し、熱いのだとよくわかる。日陰で一息つけばいいのにとすれ違う人々は思うが、少年にとってはそんな時間すらもったいない。

 汗だくの顔に浮かぶ感情は楽しみで仕方ないというもの。

「あった!」

 少年の視界に目的地が見えてきた。徐々に速度を落としていく。

 周囲の建物と変わらないコンクリート製の建物の前に到着し立ち止まる。

 Tシャツの袖で汗をぬぐい八階建ての建物を見上げる少年のそばを知人が通るが、気づかない。そうしている間にも多くの人々が建物に入っていく。

 一息つけた少年も笑みを浮かべ建物内へと入っていった。

「涼しいぃ」

 自動ドアを取ってロビーに入ると、冷えすぎない程度に冷房が効いていた。暑い中走ってきた少年には極楽空間だ。

 涼しみならがもキョロキョロを周囲を見回し、何かを探す。

 探している場所は受け付けだ。それはすぐにみつかる。

「いらっしゃいませ」

「今日から始めたいんですけど」

「登録ですね……お送りした封筒に入っていたスティックはお持ちですか?」

「これですか?」

 リュックのポケットに入れていた七センチの白い棒を受付に渡す。

「お預かりします」

 受付嬢は手元の機械にスティックを差し込む。するとモニターに文字がずらりと浮かぶ。

「岸川勇様。読み方はきしがわいさむ、でよろしいですか?」

「はい」

「希望ゲームはホワイトヒストリー、最終クローズ当選者で間違いありませんか?」

「はい」

「では説明させていただきます。

 当ゲームは年会費に五千円。一時間あたり二百円かかるようになっています。

 どちらも先払いで、時間料金のほうは今なら五十時間のまとめ買いだと千円の割引、百時間ならば五千円の割引となっております」

「百時間のお願いします」

 そう言ってゲームで遊ぶため、夏休み前にバイトして貯めたお金を手渡す。

 お金を受け取った受付嬢は手元のキーボードを操作し、情報を入力していく。

「登録完了しました。

 スティックをお返しします。このスティックは今後幾度も使い、ここでは身分証代わりにもなりますので大事に扱ってください。紛失などなさったときはこちらへ申しつけ付けください。三日ほど時間はかかりますが再発行させていただきます。

 では次に注意点をいくつか。

 当ゲームは健康に留意し一日八時間までとなっております。八時間を越えた途端に中断されます。その場合ゲームの進行状況は、最後に記録したところまで戻ることになりますのでご注意ください。時間を忘れ集中していても、七時間三十分を越えると警告がでますので気づかないということはないと思われます。

 ゲームの最中に頭痛、吐き気、眩暈など異変を感じたときはただちに中断し、フロアにいる係員に申し付けてください。動けないようでしたら、専用のスイッチがありますのでそちらを押してください。

 六日に一度メンテナンスで遊ぶことができなくなります、詳しい曜日はあちらに見えます掲示板にてご確認を。掲示板にはゲーム内にて行われるイベントも紹介されますので、時々確認するといいかもしれません。

 最後にゲームの起動の仕方です。

 このあとお客様は機体の置いてあるフロアへと向かうことになります。指定されたボックスに入りますと、機体が内蔵された椅子があります。見た目は歯医者にあるような椅子です。その座る部分にヘルメットが置いてあります。先ほど言った緊急呼び出しスイッチは正面から見て左、座った場合右側面に備え付けています。赤いボタンですからすぐにわかると思います。

 ボックスに入って始めにすることは、スティックを椅子の上部にある白く塗りつぶされた箇所にあいた穴にカチッと音がするまで押し込んでください。そうしますとボックスのドアにロックがかかり、機体も起動状態に移ります。

 次はヘルメットを被ってください。ベルトでしっかりと固定したのち椅子に座ってください。腰辺りにベルトがありますのでそれをつけてくださ。ベルトをつけたあと足を固定されますが、無意識に動かないための措置なのでご了承ください。

 あとは椅子がゆっくり倒れていきますので、目を瞑り少しするとゲーム開始となります。

 ゲーム説明はキャラクター作成時に行われますので、ここではいたしません。

 以上で説明は終わりです。なにかご質問は?」

「えっと」

 勇は聞いたことをざっと思い出していく。

 たぶん大丈夫だと判断し首を横にふる。

「ではこちらが今日使用されるボックス番号となっております」

 渡されたプラスチック製のカードには『4-96』と書かれている。

「これは四階の九十六番目のボックスという意味です。

 こちらのカードは帰るときに受付そばの回収箱にお入れください。時々返し忘れる方がいますのでご注意を。

 私たちの自信作どうか楽しんでいってください」

 一礼する受付嬢に礼を返して勇は、エレベーターへと向かう。


 四階に到着し、すぐそばにいた係員に九十六番ボックスの位置を聞く。歩いていくと、閉じたボックスの中に一つだけ開いたボックスがあり、右上に『96』と刻印されていた。勇が説明を受けている間に皆準備を終え遊び始めたのでどこも閉じているのだろう。

 中を見ると当然だが、説明と同じ椅子がある。

「はじめに呼び出しスイッチ見とこうかな」

 左側面を見ると赤いスイッチがある。椅子に寝そべっていても届きそうな位置だ。

 リュックを椅子のそばに置き、指示通りに動いていく。

 徐々に傾いていく背もたれに寄りかかり、目を閉じる。

 すぅっと眠るように意識が沈んでいった。

 

 風を感じて勇は目を開ける。目の前には草原が広がっていた。草の緑と空の青しかなく、広さに圧倒される。

 ゲームを始めた誰もが経験することだ。

 ここはキャラクター作製とゲーム説明のためのフィールド。

 勇の前に空間ウィンドウが現れる。

「この度はホワイトヒストリーを選んでいただきありがとうございます。

 私は各種説明をさせていただくナビゲーション。どうかナビとお呼びください」

「はじめましてナビさん」

 ウィンドウ内の女性型ナビゲーションに頭を下げる。

 プログラムされ作られた存在だとはわかっているが、丁寧な言葉につい頭を下げたのだった。

「はい。はじめまして」

 ナビは簡単な人工AIだ。二十一世紀初頭よりも技術は発達してはいるが、人工知能といったものはあまり成果はでていない。多少のアドリブはきくが、あくまで多少。人間のように心あるような挙動を見せる人工知能はいまだ生まれていない。

 ホワイトヒストリー、ファンタズムアニマル、サウザンドウォーのプログラム統括にも人工AIは使われている。それも現時点での最高水準とはいえるが、まだまだ人には届かない。イクカワ式コンピューターのようにAI関連でも天才がでないかと人々は待ち望んでいる。

「まず始めになにをするんだ?」

「始めはキャラクター作製です。

 名前、年齢、外装、冒険者タイプと種族の四つです。

 性別は変更できません」

「五つじゃないんだ?

 冒険者タイプと種族って別々だと思ったんだけど」

「その二つは繋がりがありますので、二つで一つという換算です」

「そっか。

 じゃあ名前から。これはフルネームの必要がある?」

「どちらでもかまいません。ただ長すぎるのは遠慮してもらっています」

「名前はヴィオで。年齢は十七」

「かしこまりました」

「次は外装だけど、これは顔や体の設定ってこと?」

「はい。細かく設定することもできますが、大雑把でもこちらで調整します。

 あとプライバシー保護のため、今の姿のままというのは無理となっています。

 そのままがいいという方や調整は面倒だという方のためにランダム調整も存在します」

「俺も操作は面倒だから、そのランダムお願いできる?」

「了解です。

 ではそちらに全身が映る鏡を出しますので確認してください」

 ナビがさっと手をふるとどこからともなく全身が映る鏡が現れる。

 今の勇の姿はクリーム色のTシャツと同色のハーフパンツとサンダルだ。そして腰にナイフを下げている。

「ランダム調整いきます」

 ナビの宣言により一瞬勇の姿ぶれる。

 次の瞬間鏡に映ったのは大きく変わった勇の姿だった。

 一番変化したのは肌の色だ。よく日に焼けた褐色の肌となった。次に髪。色は濃紺、毛は短髪でピンピンとあちこち跳ねている。目の色も髪と同じで、やや鋭い目つきだ。背の高さは元よりも少し高い。171だったのが177くらいになっている。ほかにも少しずつ変わっている。

「いかがでしょうか?」

「……これでいいや」

 鏡に映る自分を見て特に不満のない勇は頷く。姿が違うので勇ではなくこれからはヴィオといったほうがいいだろう。

「ではこれで登録します。

 次に冒険者タイプと種族です。

 冒険者タイプは五つ。力重視、力寄り、中間、賢さ寄り、賢さ重視です。

 種族は四つ。人間、獣人、ドワーフ、エルフです。しかしそれぞれの種族で選べるタイプが変わってきます。例えばエルフは賢さ寄りと賢さ重視のみ。力重視のエルフは存在しません。

 獣人は力重視と力寄り。ドワーフは力寄りと中間。人間は中間とその両隣。エルフは賢さ寄りと賢さ重視。

 戦士や格闘家を目指すのならば力重視がいいでしょう。力寄りは剣士やアサシンに適します。どれがいいか迷うときは中間を選ぶといいかもしれません。賢さ寄りは学者や魔法剣士や術式格闘家に適します。賢さ重視は魔法使いに適します。

 注意していただきたいのは、このゲームには職業というものが明確に存在しません。ですので賢さ重視を選んでも剣士を目指すことは可能です。ステータスの上がり方は魔法使いに適しますが」

「職業がないってことは各自自由に名乗れるってこと?」

「いえ、自由にとはいきません。

 得た称号の中から選んで名乗ることは可能です。

 遊び続けていると称号を得ることがあります。あとで説明しますが、例えば刃物スキルと刺突スキルと防御スキルと作法スキルと貴族知識スキルと乗馬スキルの熟練度を100まで上げて熟練化しますと騎士の称号を得ることができます。そうすると騎士を名乗ることができます」

「熟練化?」

「それはスキルの説明するときに」

「わかった。

 それで今選ぶべきは種族か。

 ……人間の中間でいいかな」

 特になにになりたいというイメージがないヴィオは中間を選んでみた。

「それで登録しても?」

「オッケー」

「登録完了しました」

「これでキャラクター作製は終わり?」

「はい。

 次はステータスなどのシステム説明です。

 まずは右腕をご覧ください。翠色の宝玉のついた腕輪がはめられているはずです」

 たしかに宝玉のついた細いリングがピタリと腕にジャストフィットしている。

「宝玉を三回、指で叩いてください」

 指示通り三回叩くと空間ウィンドウが現れた。

 能力値、道具、スキル、アーツ、環境設定、記録という項目がある。別枠で体力と技力と書かれた文字があり、横に数値が書かれている。さらに下にはお金と経験値を示す枠があり、共にゼロとなっていた。そのさらに下には経過時間がわかるようになっていた。

「能力値はいわずともわかるように個人の強さのことです。

 ウィンドウの能力値という部分に触れると詳しい内容を見ることができます。

 レベル、力、魔力、賢さ、素早さ、器用さ、頑丈さ、運 、体力、技力。体力と技力の50という値を除きすべて1のはずです。重量は100、スキルポイント0となっていますね?

 ヴィオさんは冒険者タイプ中間を選んだのでこれからレベルが上がるたび、すべての能力値は1ずつ上がっていきます。体力技力は共に10前後上がっていきます。

 レベル上限はありませんが、レベルが高くなればなるほど上げることも困難になっていきます。ここらへんは他のRPGと同じです」

「ちなみに今の最高レベルはどれくらい?」

「63です。これくらいになるとレベル上げに専念しても1上げるのに一週間はかかります」

「おおう」

 将来的には一ヶ月かけてもレベル一つ上がらなくなるといった事態になりそうだと、思わずうめき声が漏れる。

「あ、レベル上げる方法って敵を倒すことだけ?」

「イベント達成や生産作業成功でも経験値を得ることができます。

 次は道具です。能力値ウィンドウは右上の×印を触ると閉じることができます」

 能力値ウィンドウを閉じてから、道具ウィンドウを開く。

 そこには四つ道具があった。ビギナーズナイフ、クロース、サンダル、小さな袋の四つだ。

 これらはゲームを始めたときに必ず渡されるものだ。

「各種アイテムの詳しい説明は、それぞれに触れることで見ることができます」

 勇は試しにビギナーズナイフという項目に触れてみる。

 小さなウィンドウが開き、そこには『初心者に渡されるナイフ。耐久度無限。攻撃力1。補助スペース1。重量30』といった説明が書かれていた。

「この補助スペースってのは? あと重量についての注意点は?」

 説明書きで唯一予想つかないものと聞いておいたほうがよさげなことを聞く。

「武器や防具や装飾品には、それらを補強する道具があります。その道具をつけるための空き枠が補助スペースです。

 一度つけてしまうと外せなくなりますので、手に入れた際には十分考慮してからつけたほうがよろしいかと」

「なるほど」

「重量は体力×10まで持つことができます。それ以上持つことも可能ですが、動けなくなります。また総重量が四分の三を超えると、運動スキルで入手できるスキルアーツ『ダッシュ』『ジャンプ』『登攀』が使用できなくなります。

 スキルアーツについてはのちほど。

 ほかになにか質問は?」

「ないよ」

「では続きを。

 次はスキルについてです。スキルというのは技能のことです。ウィンドウを開いてください。運動、会話、読み書きの三つがあるはずです。この三つは誰もが持つ基本スキルです。文字の隣に括弧で括られた数字がありますが、それは熟練度を示しています。今は50と書かれているはずです。この熟練度の上限は基本的に100です。

 さてその三つですが、置かれている場所が違いますね? 運動スキルは上部の枠、他二つは下部の枠。これはメインスキルかサブスキルを示しています。二つの違いは、熟練度が増すとスキルアーツを覚えるか覚えないかです。あとは熟練度の成長速度も違います。メインスキルよりもサブスキルのほうが早く上がっていきます。

 スキルは誰かと話したり、本を読んだり、イベントをクリアしたりして取得します。ですがそのままではそういうスキルがあると知っているだけで、使えるわけではありません。

 スキルを使用可能にするにはスキルポイントを取得し、取得したいスキルに触れて、取得するかと言う選択でイエスと答えてください。

 取得したスキルを育てるには、スキルに関連した行動を取るだけです。

 例えば運動スキルを育てるには動き回ればいいし、会話スキルを育てるにはPCやNPCと話すだけでいいのです。

 スキルポイントの入手方法は特定のレベルに達したとき、イベント達成数が特定数に達したとき、イベントを成功させたときです。多くを手に入れることは無理なので、使用は計画的に。

 スキルの基本については以上です。なにか質問は?」

「さっき言ってた熟練化ってのは?」

「いくつかのスキルの熟練度が100まで育つと、それらをひとまとめにして熟練化しますか、という選択肢がでます。

 さきほども言ったように熟練化すると称号を取得することができます。そのほかにも熟練化したスキルの熟練度を200まで上げることができるようになります。

 熟練化は基本一人一つですので、気に入らない称号ならば断ることも一つの手です」

「基本的にはって言ったけど、それは熟練化を増やす方法があるってことだよね?」

「はい。あるアイテムを使うことにより、最大三つまで増やすことが可能です。

 そのアイテムはゲームを遊びみつけてください」

「探すこともゲームの楽しみの一つってことか」

「はい。そのとおりです。

 ほかに質問は?」

「ないかな」

「ではアーツの説明に移ります。

 アーツというのは技のことです。熟練度を育てることで取得できます。

 常に効果を発揮する常時発動タイプと体力や技力を消費して使う消費タイプがあります。

 例えば運動の熟練度60のスキルアーツにダッシュというものがあります。これは走ることができるようになる常時アーツです。

 アーツには二種類あります。スキルアーツとクラスアーツ。

 スキルアーツはスキルの熟練度を育て取得するアーツのことです。クラスアーツというのは、称号を得て名乗ったときに使えるようになるアーツのことです。二つの称号を持っているときには名乗っている片方のクラスアーツしか使うことはできません。

 消費アーツ使用方法は音声入力と動作が必要となっています。

 なにか質問は?」

「熟練化したとき熟練度は200まで上がるっていってたけど、そこまで熟練度を上げてもスキルアーツを取得できる場合がある?」

「あります。刃物スキルは熟練度150でトリプルアタック、熟練度200で強撃を取得します」

「スキルとか称号とかアーツってどれくらい種類あるの?」

「膨大としか答えようがありません。

 このゲームが稼動して七ヶ月を越しましたが、まだまだみつかっていないものが数多くあります」

「ありがと。次にいっていいよ」

「次は環境設定です。

 これはウィンドウの色を変えたり、戦闘中にでる体力技力ゲージの設定、、フレンド設定、パーティメンバー設定、ギルド設定、ヘルプを担当しています」

「ここについては聞くことないかな」

「では記録の説明に移ります。

 記録するとゲームをやめたとき、死亡したときに記録した場所から再開することができます。

 各都市町村には宿屋が存在します。そこにいるNPCに話しかけると宿泊と記録と中断のどれかを聞かれます。そのときに記録を選ぶとリターンポイントとして記録されます」

「デスペナルティってどうなってる?」

「所有しているお金の三分の一がなくなり、道具も装備以外消えます。ほかに一定時間能力値が半分に落ちます。

 預けているお金と道具が消えることはありません」

「道具が消えるのが痛いな。

 せっかく手に入れた貴重品とか消えるとかありえそうだ」

「ほかに質問は?」

「ないよ」

「では口頭説明を終え、実践説明に移りたいと思いますがよろしいですか?」

「うん」


 ナビが再びを手を振ると鏡は消え、かわりに液体の入った小瓶が現れる。

「それはポーションと言います。体力を回復させるための道具です。

 拾ってもらえますか?」

「拾ったよ」

「ポーションを持ったまま『ポーションインボックス』と言ってください」

「ポーションインボックス」

 ヴィオの手の中からポーションが消える。

「これで所有する袋の中にポーションが入りました。手に入れたアイテムはこうやって袋の中にいれてください。

 アイテムが現れて地面に置かれたまま十分経つと消えてしまうので、必要なものは出しっぱなしにしないでください。

 装備品と手に持ったものは時間がいくら経とうとも消えることはありません。

 次に『ポーション一つアウト』と言ってください」

「ポーション一つアウト」

 ヴィオの手の中にポーションが現れる。

「これでアイテムの出し入れは終わりです。

 次は戦闘についてです。ポーションはあとで使うので仕舞ってください」

 ヴィオがポーションを仕舞っていると、ヴィオは再びなにかを出した。

 一メートルくらいの乳白色した球だ。微妙に揺れている。

「これは?」

「これは戦闘練習用生物殴られ君です」

「殴られ君?

 その名前はナビがつけたの?」

「違います。徹夜明け開発者が名付け親です」

「そ、そうなんだ」

「戦闘訓練を始めます。

 腰のナイフを抜いてください」

 ヴィオが腰からナイフを引き抜く。全長二十センチ、刃渡り十センチの小ぶりの両刃ナイフだ。現実ではないから重さを感じないと思っていたヴィオの予想を裏切り、軽めだがしっかりと重量がある。

 ヴィオの斜め上に体力と技力を示すウィンドウが現れた。状態という項目もあり、今は異常なしと書かれている。

「武器を持つと体力と技力を示すウィンドウが現れるようになっています。

 これでいつでも戦闘を開始できます。

 まずはどのようにでもいいのでナイフを殴られ君に当ててください」

「とりゃっ」

 殴られ君に近づきナイフを上から下へと振るう。殴られ君が動かないので、外すことはなかった。切り傷はできない。けれども切った瞬間、薄い朱色の光が放たれ消えた。

「殴れら君の攻撃がきます。避けずに受けてください」

 攻撃されたことを怒ったかのように殴られ君が動き出し、跳ねてヴィオへと体当たりした。

 攻撃が当たった瞬間、ヴィオは体全体に軽い振動を感じた。体力バーが五分の一ほど減った。

「今の振動が攻撃をくらったってこと?」

「はい。

 戦闘を続けてください。今度は避けながら戦って大丈夫です」

 ヴィオと殴られ君は交互に攻撃をしていく。これは素早さが同値だからだ。もしヴィオの素早さが殴られ君よりも高ければ、攻撃回数は増える。その逆もありえる。

「勝った!」

 戦闘はヴィオの勝利で終わる。殴られ君の姿がうっすらと消えていく。最初の攻撃のほかにもう一回体当たりを受けていたが、そのあとは殴られ君の動きをよく見ていると避けることができるようになった。殴られ君の動作が鈍かったおかげだろう。

 殴られ君がいた場所にガラス玉が落ちている。

「敵を倒すとアイテムを落とすことがあります。それらはお店やプレイヤーに売ることができます。

 どのようなものが知りたい場合は手に持って、もう一方ので手で触れることで簡単な概要がでます」

 言われたとおりに動くとウィンドウが開き『報酬の玉。殴られ君の涙の結晶ともいう』という概要が載っていた。

「アイテムの中には鑑定スキルを必要とするものもあります。そのようなアイテムはアイテム名のみ出て、効果やどういったものなのかは???となっています。

 その報酬の玉は、この説明が終わったあとに向かうことになるビギナーズガーデンの道具屋で売ってください。

 これにて戦闘訓練は終わりです。ここまでで質問は?」

 これまでの行動や話を思い出し、なにか疑問があるかと考える。

「プレイヤー同士の戦闘、プレイヤーキラーとかどうなってる?」

「プレイヤー同士の戦闘は、許可されている場所以外ではできません。ですのでプレイヤーキラーもいません。攻撃されてもダメージを負うことはありません。

 ただしモンスターを引き連れてきて押し付ける、派手なエフェクトの攻撃で目くらましをして邪魔をするといった行為は確認されています。

 そういった行為を発見、もしくはされたときはコールGMと口に出してください。担当の者がその場に現れます」

「わかった。

 ……ふと思ったんだけど。俺って刃物スキルないんだよね? それなのにナイフを扱えてたけどなんで?」

「それは運動スキルを使用したからです。

 刃物スキルは刃物を扱えるようになるスキルではなく、より効果的に刃物を扱うためのスキルなのです。

 このように代用できるスキルがいくつかあります。しかし代用できないものもありますので、気になったら試しに動いてみるといいかもしれません。

 無理な場合はスキルが必要です、とウィンドウが開いて警告してきます」

「わかった、ありがと。

 次はなにをするの?」

「次はアイテムの使い方です。

 ポーションを出してください。戦闘で減った体力を回復させましょう

 出しましたね? ではそのポーションのコルク栓を開け、中身を飲んでください」

「……味がする?」

 多くはない量の液体を飲むと、かすかにさっぱりとした甘い味がした。

「はい。濃い味ではありませんが、食べ物や飲み物には皆味がついています」

「すごいことだけど意味はあるの?」

「現実世界と同じようにこの世界でも食事はとる必要があります。味がない場合、その行為がつまらなくなると考えられ味の再現もされております」

「食事をしなければいけないのはなんで? あと頻度は外と同じ?」

「食事をしないままでいるとステータスが下がります。食事をとると元に戻ります。

 頻度は一ゲームに一回です。またそれ以上食べても問題はありません。

 そして睡眠をとる必要もありません。

 ほかに質問は?」

「ない……はず」

「アイテムの使い方がわからない場合があると思います。その場合は環境設定のヘルプを呼び出し、出てきたウィンドウにアイテムを触れさせてください。使い方がわかります。

 次の説明にいってもよろしいですか?」

「オッケー」

「では最後にレベルアップです」

 RPGの醍醐味の一つにヴィオの関心も高くなる。

「ステータスウィンドウを呼び出してください」

「だしたよ」

「経験値を見てください。さきほどの戦闘で若干増えているはずです。

 いまから説明イベント達成を祝っての経験値を贈与します」

 ナビはプレゼントボックスを足元から持ち上げた。ヴィオからはナビの足の位置は見えないので、もとからプレゼントボックスがあったのかはわからない。

「どうぞ」

 そう言うと経験値が増えだした。五まで増えていた経験値がさらに増し十になって止まった。

 レベルアップと書かれたウィンドウが現れ、パッパパプーという短いファンファーレが鳴る。

「これでレベルアップしました。

 ステータスが上がっているはずです。確認してください」

 体力が58へ、技力が60へ、能力値が1ずつ上がっている。重量も報酬の玉を手に入れたことで増えていて、スキルポイントも1増えている。

「スキルポイントもあるね」

「経験値と一緒にプレゼントしました。

 以上で説明は終わりです。なにか質問は?」

「ないと思う」

「説明したことは環境設定のヘルプで再確認できます。忘れた際にはヘルプを利用してください。

 種族、冒険者タイプ、外装の変更はありますか? これが最終確認です」

「このままでいいよ」

「では以上を持ちまして説明と登録を終了します。

 今までの説明はゲームを遊ぶ上で最低限のものです。あとは遊びながらみつけてください。

 転送陣を出します。転送先はビギナーズガーデンです」

 地面に薄黄色の魔法陣が現れる。

「準備ができましたらこれの乗ってください」

「いろいろとありがとうございました」

「これが私の役割ですので、気にしないでください」

「ばいばい」

「楽しんできてください」

 ヴィオは魔法陣に乗りその場から消えた。

 草原にはナビ以外の誰もおらず、すぐにナビも消え誰もいなくなった。次に新しくゲームを始める人がくるまで、このまま静かなままなのだろう。

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