救出開始
何事もなく時間は流れ、レヤアから連絡がくる予定の日となる。この間もアヤネは起きることなく眠り続けていた。
ヴィオはこの二日、アヤネのそばにいて看病していた。看病といっても特にすることはなかったのだが。アヤネが微動だにしないため、かけ布団を直すことすらできずに、ただじっとアヤネが起き出すのを待っていた。
ヴィオの頭の中は、やはり同行を断るべきだった、という思いで占められている。たとえオクトールの言葉があったにせよ、日数の指定はされていなかったのだから、実行日を間違っていたのではないかと考えてばかりだ。
ここにはいないが責任を感じているのはアイオールも同じだ。二人を裏市へと送り出したのだから。アヤネを気にしつつも立場上メンバー一人だけにかかりきになるわけにはいかず、暇ができれば様子を見にくるのみでアイオールはここにはいない。
今日もなにごともなく、アヤネが起きるそぶりを見せることなく、時間が過ぎていく。
午後四時になった頃、扉がノックされルーが入ってきた。
「アヤネの様子はどう?」
「変化なしです」
「そっか。早く起きなさいな、ねぼすけさん」
ルーはアヤネの額を軽く弾く。
「アイオールがあなたを呼んでいるわ。連絡がきたから皆と一緒に聞いてもらいたいんだって。
ここには私がいるから、行ってきなさいな」
「ルーさんは聞かなくても?」
「私はあとから聞くわ。戦闘タイプじゃないし、チカを取り戻すとき参加できないだろうから、また聞きでも問題ないもの」
「……じゃあお願いします」
「任せておいて、起きたらすぐに知らせるから」
頷いたヴィオは小部屋を出て、大部屋へと向かった。
大部屋にはアヤネとルーとバフ以外の全員が揃っていた。
「きたわね」
皆はアイオールを前にして座っている。開いているウィンドウにむかってアイオールが「お願いします」と声をかけると、ウィンドウは巨大化しスクリーンのようになる。
スクリーンにはレヤアが映っている。
「皆さん、二日ぶりです。今日は約束していた通り、得た情報を話したいと思います。質問はあとで受け付けますので、静かに聞いてください。それとのちほどお願いしたいこともあります」
ではと言ってレヤアは話し出す。捕らえた者たちが口をわらなければ、自白プログラムの使用も考えていたが、諦めた彼らは素直に情報を吐き出していった。重要なことは知らされていないというのも簡単に白状した要因ではある。その情報でさえも管理者にとっては重要なものであったのだが。
あの日、裏市関係者はブラーゼフロイントがチカを取り戻しにくることを知っていた。どうしてそのことを知っていたかは、下っ端は知らなかった。知っているとしたら上層部だけだ。人数も把握していたようで、雇っている傭兵と比較し、警戒さえしていれば返り討ち可能だと判断し、いつも以上に警備に力を入れていた。
そこにゴブリンキングが手勢を率いて現れたのだ。どうやらゴブリンキングにとって大事な物がオークションに出されていたようで、取り返しにきたのだ。それはゴブリンキングを倒すと低確率で手に入るアイテムで、持っていると取り返しに来るというイベントが発生する。本来ならばゴブリンキング一匹で取り返そうとするのだが、場所が場所なだけにゴブリンが大量に押し寄せるという結果となったのだ。
ブラーゼフロイントに対して用意していた警備が役に立ち、ゴブリンの群れに抵抗できていたが、なにせ数が違いすぎる。ゴブリンキングを除けば質は警備のほうが上。だが塵も積もれば山となる。徐々に押され、戦線を支えきれなくなるのに時間はかからなかった。
警備たちが時間を稼いでいる間に、金持ち連中は警備として提供していた自分たちの護衛を、逃げるときの護衛として引っ張っていった。
ただでさえ足りない戦力を持っていかれたことで、それがとどめとなり裏市はゴブリンに蹂躙されたのだ。
時間稼ぎしている間に商品を持ち出すことにも成功し、チカも逃げ出すことはできていた。
「ここまでがあおの日あったことです。
捕らえた者たちは四人とも裏市主催者の関係者で、彼らが普段どこに住んでいるかも聞き出しています。NPCをさらった方法は下っ端には知らされていなかったようです。
そこで皆さんにお願いしたいのですが、チカちゃんを助けに主催者の家に乗り込んでもらいたいのです」
「私は乗り込むことに反論はない。けど普通ならそういった行為は禁じられているはずだよ、許可が下りるのかい?」
チカを救出したが、全員隔離施設送りなんてことにはしたくない。そこらへんはどうなっているのかとアイオールは問う。
「もちろん許可はとりました。積極的な殺人をしないのなら、という条件で街中での武器と魔法を使用し、ある程度のダメージを与えることも認められています」
「不可抗力で殺した場合は?」
プレイヤーキラーとの戦いでそういったことも起こりうると実感したタッグが聞く。
「不可抗力ならば問題はありません。ただし本当に注意して戦ってください」
「チカを助け出すことをどうして管理者が依頼するのか聞いていいかい? 関係者の娘だから?」
「それもありますが、人身販売をしているという明確な証拠がほしいのですよ。
捕らえた者の証言だけで私たち動くには少々弱いですから。そんな奴は知らないとしらをきられると、手を出しにくいです。
その点、チカちゃんを助け出せば誘拐という面からも攻めることができますから。ほかに誰か誘拐していないかという理由で屋敷調査に入ることができます。
チカちゃん以外にも誘拐されている人はいるんでしょうが、あなたがたがその人たちのことを知らないので客分として滞在してもらったと言われると手は出しにくくなります。囚われている人たちからの証言があれば動けますが、弱みを握られ客分だと同意する可能性もありますし、チカちゃんを助けるのが確実なんです」
「管理者ってだけで無理を通すことはできないの?」
リオンが聞く。
「やろうと思えばできますが、あまり刺激したくないのですよ。
今は管理者権限が制限されていて動きにくい。そんなところにプレイヤーキラーや裏市やアイテム消失バグや侵入不可域や迷宮幽霊などの問題が起きて、てんやわんやな状態。正直、人手が足りません。
ここで彼らを刺激しさらなる問題を起こされたくないのです。管理者ということで強権振りかざし行動すると一時的な問題解決にはなりますが、次にはさらに巧妙な手口で彼らの仲間が動き出しそうだと、私たちは考えています。
ですのでやるからには一網打尽にできる状態まで手を出さないと決めてあるのです」
「今回のことがそのきっかけになると?」
アイテム消失バグや侵入不可域や迷宮幽霊といったことが気になるが、それには触れずにタッグは続きを促す。今回のことに関係あるのならレヤアも詳しく話したはずで、関係ないのだから話さなかったのだと判断する。
「はい。裏市の主催者を捕らえ、その仲間の情報を無理矢理にでも聞きだし、素早くほかの者たちも捕らえます。そのための行動も一昨日から起こしています」
「俺たちがするべきは、チカを助け出すこと。それはいい。それを行う前のまでの行動やその後の行動はどうなってる?」
「行動開始時刻ですが、そちらの都合で動き出して結構です。いつ動くか教えてもらえれば、こちらはその数時間前から行動を開始します。
詳しくは、乗り込んでもらう屋敷の周囲に出入り不可の透明障壁をはり、関係者を逃がさないようにします。チカちゃんをみつけたあとは、屋敷外へと連れ出してください。屋敷内のスキャンはできませんが、屋敷外に出てくればこちらでチカちゃんの確認はできます。それで私たちが動く理由ができます。
注意すべきは、あなたがたの目的がチカちゃんだと知られ、チカちゃんを証拠隠滅として消されないことです」
「チカってNPC仕様で殺されないんじゃなかった?」
チカを預かるときに聞いたことを思い出しヴィオは疑問の声を上げる。
「普通ならそうなんですが、こちらの把握していないバグがあって消される可能性もあると考えています」
なるほどとヴィオとタッグは頷いた。
「チカを殺されるわけにはいかないから、こっちも注意しつつ全力で動くさ。
それでチカがいる詳しい場所はわかているのか?」
タッグの問いにレヤアは首を横に振る。
「いえ、屋敷のスキャンはできませんから、わかっていません」
「最悪、そこにはいない可能性もあるんじゃないか?」
「なくもないといったところでしょうか。ですが、いる可能性は高いです。情報を聞いた一人が、屋敷内でチカらしき少女を一度見たと言っています。この世界にはチカほど小さなプレイヤーはいませんから、いる可能性は高いと見ています。
私たちが動いていて、しかも居場所を突き止めているとは考えていないでしょうし、ほかの場所へと移しはしていないはずです」
「なるほどね。
わかった。すぐにでも動くとするけど、こちらから連絡したいことができたときとか、準備が整ったことを知らせるときはバッフェンスト城まで行かなくちゃいけないの?」
「アイオールさんのウィンドウに私直通の連絡ボタンを設置しておきますから、その必要はないです。
ボタンは赤く点滅するようになっていますから」
「了解。最後にチカのいる屋敷ってどこになるのさ」
「グランドセオ、東地区A−5です」
「グランドセオ!?」
管理者のお膝元だ。そんな場所にいたのかとアイオールは驚きの声を上げる。ほかのメンバーも皆驚いた表情だ。
「私たちもここにいると知って正直驚いてますよ。灯台下暗しにもほどがあるだろうと。
こちらから伝えることはこれくらいですが、そちらからからはなにかほかにありますか?」
「一つある。この前アヤネを見てもらっただろ? あのときから起きない。消えないってことは生きてるってことなんだろうけど、いい加減詳細が知りたくて、そっちから調査できる人をよこしてもらえない?」
「まだ起きていなかったんですか。わかりました。人をすぐそちらへ向かわせます」
「お願いします」
ブラーゼフロイント全員で頭を下げる。
レヤアは頷いて画像が消える。そして大きかったウィンドウは小さくなり消えた。
このあとルーを除いたメンバー全員で話し合い、すぐに出発することを決めた。
泡村に残るのは戦闘向きではない三人。彼らはやってくる管理者を待ち、アヤネの看病をすることになる。
ヴィオはルーにアヤネのことを強く頼み、泡村を出た。
屋敷突入員十一人は早速グランドセオへと来ていた。
とりあえず宿を取ったあとは下見とばかりに、散歩のように見せかけ目的地である屋敷のそばを歩いていく。全員で行くと怪しまれるため時間をかけ少人数にわける。
これでさて突入っとはならない。チカのいる大雑把な位置を把握できないかと考えている。
ここで動いたのがヴィオだ。屋敷内を探ってもらおうと街の外に出て小動物を五匹つれ屋敷そばで放った。
少しして屋敷内から犬の吠える声が聞こえてきた。内容はねずみが入ってきたというものだ。
「調教師がいたのか?」
このままここにいるのはまずいかと考えるが、ねずみをほおりっぱなしにはできず、いつでも逃げるようにしながらねずみの帰りを待った。
一時間ほどたち五匹のねずみは一匹に数を減らして帰ってきた。
「お疲れ様」
そう声をかけてすぐにその場を離れる。今は情報を聞き出すよりも、存在を気づかれないほうが先だ。
念のためすぐには宿に帰らず、遠回りしときに振り返りつけられていないかを確認し宿に戻る。
皆に迎えられたヴィオはポケットからねずみを出して、情報を聞き通訳していく。
得られた情報は少ない。屋敷内にも猫や犬がいて思うように動けなかったからだ。そんな中頑張ったねずみによると、二階と屋根裏には誰もいなかったということがわかった。
下見で建物は二階立てということがわかっており、これで探すところは一階とあるかもしれない地下室となった。ちなみに蔵などはなく、敷地内にあるのは屋敷と庭と小さな藪のみだ。屋敷の大きさは体育館よりも少し大きいといったところか。
たくさんのねずみ用食料を買い、ヴィオはそれを持って街を出てねずみの巣に置き、犠牲がでたことの謝罪と情報を得たことの礼も忘れずに言って宿へと戻った。
ヴィオが戻るとこれからの行動は話し合いで決まっていた。
暗くなってからできるだけ静かに行動するといったものだ。全員真正面から行くのではなく、二三人の組にわかれ四方から侵入、みつかったらその人たちができるだけ騒ぎ気を引き、近くにいるものは加勢に向かうという手はずになっている。
潜入という行動は、盗賊や怪盗の称号持ちが適任なのだがあいにくブラーゼフロイントにはそれらの称号持ちがいなかった。ないものねだりしても仕方ないと、先述した方針で動くこととなった。
このことをレヤアへと伝え一行は暗くなるまで体を休める。
レヤアからは、屋敷についたときもう一度連絡いれるようにと返答を得た。そのときに出入り不可の障壁をはるのだろう。
時間は流れ、午後五時半。日は傾きそろそろ暗くなりはじめるという頃、一行は動き始めた。
「全員配置についたね」
アイオールがウィンドウを開き、連絡を取り合っている。それぞれからyesという返答が返ってくる。
これを見て、アイオールはレヤア直通のボタンを押した。
屋敷の上からかぎりなく透明な膜が広がりドーム状に屋敷を囲んだ。明るかったならば周囲の風景がわずかに歪んで見え、違和感を感じただろうが今は暗くなっている。そんな状況でわずかな歪みなど見えない。
「本当に出られない」
試しに膜に触ってみたヴィオは、弾力はあるがある程度で進めなくなることを確認した。
ヴィオは銀丸とアイオールと一緒に行動している。
アイオールがウィンドウを通じてGoサインを出し、一行は屋敷への侵入を開始した。
塀に上がり、明かりの有無を確認し下りる場所を決める。
屋敷への侵入方法は鍵の開いている窓や扉を探すしかない。ゲーム内で破壊値の設定されていないガラスなどの破壊はできず、窓ガラスなどを壊し鍵を開けるといったことはできない。できても大きな音がでるので、もとより壊す気もないのだが。
ヴィオたちは小さな声で開いている窓の有無を問いながら移動していく。
そうしているうちに離れた場所から犬のけたたましい吠え声が聞こえてきた。ヴィオの耳には「侵入者あり」と聞こえている。
それとは別に少し離れた場所から走る足音が聞こえてきた。「あっちだ」という声も聞こえ、見張りがいたのだろう。
ヴィオたちは身を隠すため近くにあった茂みに入る。ヴィオは銀丸の背をなでじっとさせる。松明を持った見張りは茂みの近くを通り、犬の元へ駆け走っていった。暗がりにいるヴィオたちには暗闇に目がなれていないせいで気づいていない。完全に足音が聞こえなくなってからヴィオたちは立ち上がる。
「誰かみつかったのか」
「無事だといいんだけど」
「しっかり準備しているし、そう簡単にはやられはしないさ。俺たちもするべきことをしよう」
「うん」
茂みの中を移動し、見張りのいた方向へと足を進める。
行った先にはちょっとした広さの庭があり、そこには見覚えのある白馬が繋がれていた。
「ホワイトサン?」
ヴィオの呼びかけに反応し、ホワイトサンはいなないた。
静かにするように言いながら首筋を撫でると大人しくなる。誰かくるかと身構えたが、犬のほうに集中しているのか誰もこなかった。
「ホワイトサンがどうしてここにいるんだろ?」
「いい馬だからチカをさらうついでにホワイトサンも連れて来られたんじゃない」
「そうなのか?」
ヴィオはホワイトサンに問いかける。
ホワイトサンはそれに答えず、背に載っている鞍を探れとしきりに訴える。
なんだろうと思いながらもヴィオは指示通り鞍を探る。
「これは」
鞍と背の間に手紙が入っていた。
読んでもいいのかと思ったが、ホワイトサンは読ませたくて探らせたのだろうと考えヴィオは手紙を使い、開いたウィンドウに書かれた内容を読む。
そこには想像していなかったことが書かれていた。
一緒に読んでいたアイオールも驚いている。
内容はコールの罪の告白だった。簡潔に内容を表すと、コールがチカ誘拐に関わっていた。そのことを謝罪する内容で、命にかえてもチカを助け出すと書かれていた。
ホワイトサンは主人が命を捨てる覚悟でいることに気づき、ヴィオに手紙を読ませたのだろう。本来ならば、これはことが終わってから読まれるはずの手紙だ。そういうふうに書かれている。
今もホワイトサンは主を助けてくれとヴィオに繰り返し呼びかけている。
「助けに行く?」
「当然」
アイオールは言い切った。
「こんな手紙で謝ったつもりにはさせない、皆の前で頭を下げさせるわ」
死なせないと暗に語っている。
「入り口みつけないとね」
ヴィオは助けに行くからしばらく静かにしていて、とホワイトサンに頼む。
その言葉を聞き入れホワイトサンは静かになった。
ヴィオたちは入り口を求めて移動を再開する。ほどなくして勝手口をみつけた。そっと動かすと鍵は開いており、静かに開いた。屋敷内の明かりが漏れ出る。さらに開いてそのままで待機する。扉の向こうに誰かがいるならば、なんらかのリアクションをするだろうと考えたのだ。
長く感じれた一分が過ぎ、なんの反応もないことを確認し、中へと入る。
廊下に作られた勝手口で、今は誰も廊下を歩いていない。だが話し声は聞こえてくる。明確には聞き取れないのだが、騒ぎへと向かう者と残る者で話し合っているのだろうと検討をつけた。
ヴィオは仕草でどちらに行くか問う。そのとき騒ぎが起こっているところとは別の離れた場所から戦いの音が聞こえきた。
「コールさんか!?」
「もしくは誰かがすでに入っていたか。警備の同士打ちはないはず」
行く? と小声で聞くヴィオにアイオールは頷いた。
できだけ足音をたてずに移動し、音の発生源へと向かう。
戦闘音に気づいたのは屋敷内の者も同じで、ヴィオたちはみつかった。
「侵入者がいるぞ!」
こうなると静かに移動する必要はなく、気を使うことなく全力で走る。すぐに地下への階段をみつけた。音は階下から大きく聞こえてくる。
急いで降りると、想像以上に広い部屋があった。とても広いとういうわけではなく、家具をどかせば十人近くが暴れられるといったところだ。
この部屋の隅、ほかの部屋へと繋がるのだろう扉の前でコールが一人で四人を相手に奮戦していた。
すぐにアイオールが魔法の準備に入る。
「スキルアーツ・ストーンニードル!」
アイオールが杖の石突で床を突くと、コールと敵対している四人の足元から石でできた円錐が飛び出してきた。
四人が態勢を崩している間に、ヴィオたちはコールのそばへと寄る。あのまま階段近くにいると、追っ手とここにいる四人とに挟み撃ちされるのだ。
ヴィオたちが動くのと同時に、追っ手が部屋に入ってくる。
「リーダーにヴィオ! なんでここに!?」
「手紙見た! 詳しくはあと!」
「コールっチカは!?」
次の魔法の準備をしつつ、アイオールは聞く。
「攻撃されないように扉の向こうで、ほかに誘拐された人と一緒に待たせています!」
「合流できたはいいけど、これからどうしようかね。何かいい考えある?」
殺すわけにはいかず、そのつもりもないヴィオは仲間にだけ聞こえるように言う。
「俺はなにも思いつかない。ただ警備を切り伏せて連れ出すつもりだった」
コールは殺してはいけないという管理者の言葉を守るつもりがないのだろう。
「コール、こいつらに死なずの紅玉使わせた?」
「いや一度も使わせてない」
「だったら……今の私ができる最大の攻撃で気絶を狙ってみるわ」
ゲーム内での死が現実の死に繋がる可能性があると管理者側から通達があり、そんな状況で対策を練らない者はいない。なので一度だけならば、オーバーキルな攻撃を当てて大丈夫だと考える。
彼らが死なずの紅玉を持っていない可能性もあるのだが、確認する方法はない。まさか聞くわけにもいかないだろう。そんなことを聞けば、致死ダメージを与えますよ、と宣言するも同じ。そうなれば、相手は部屋から脱出するか、アイオールを集中的に狙うだろう。アイオールは一度魔法を使っていて、魔法使いだとばれている。複数人に致死ダメージを与える方法は魔法使いくらいしか持っていない。
「タイミング合うまで、あいつらの相手しててちょうだいっ。そして合図出したら私のそばまで引いて」
「「了解!」」
ヴィオとコールは少し前に出て、剣を振り出す。銀丸も撹乱のため走り回る。
アイオールは準備していた魔法を中止し、宣言通りの魔法を使う準備に入り、相手が一塊になるタイミングを計る。
数の差で、ヴィオと銀丸とコールは不利だ。だがヴィオは補助魔法を使い、銀丸は避けることに専念し、コールは持ち前の頑丈な防御で短時間渡り合うことに成功している。相手方も魔法使いはいるのだろうが、乱戦状態で味方に当てないよう魔法使用を控えている。
「今!」
アイオールから合図が飛び、二人は下がる。銀丸にはヴィオから合図を送る。
銀丸が少し遅れ下がってすぐに、アイオールは魔法を発動した。
「スキルアーツ・ストーンエッジ!」
先ほど使った魔法と似た現象が起こる。違うのは、飛び出てきた石の形状と大きさ。先ほどは円錐だったが今回はのこぎりの刃を持った剣の群だ。より殺傷力を増した魔法は、相手方の体力を狙い通り削りきった。
それを見てコールは背にしていた扉を開け、怒鳴るように指示を出す。
「脱出するぞ! 俺たちについてこいっ」
扉の向こうにはチカのほかに十人近くのプレイヤーがいた。皆装備を外され、防御力のない服を着せられている。
ヴィオたちはチカとの再会を喜ぶ間もなく、倒れているプレイヤーを踏み越え一階へと急いで移動する。
コールの先導で玄関へと向かう一行。
玄関すぐそばの広間へと到着し、もう少しというところで一行は足を止める。そこには外から入ってこようとするブラーゼフロイントメンバーを押し止めるための警備がいたのだ。みつかったメンバーと警備の戦いは玄関前を舞台としているようだ。
ヴィオ側の戦える人数は銀丸を含めて四人。助け出した者たちは死なずの紅玉を持っておらず、戦わせるわけにはいかない。対して警備たちの人数は八人。被害なく突破するのは困難だ。ここまで走ってきた勢いのまま突っ切ればよかったのだが、すでに足は止めてしまっている。このままでは地下で倒してきたプレイヤーも合流するだろう。さらに人数差は広がり、しかも挟み撃ちという状況に陥る。
もう一度、アイオールに魔法を使ってもらおうとしたとき、吹き抜けの二階から男の声が聞こえたきた。
「レアモノがいるぞ! 捕らえよ!」
喜色にまみれた声が響く。
警備に命令できるということはこの屋敷の主なのだろう。
主の指はアイオールとヴィオに向けられていた。
「ラゼッタ様! 捕らえよと申しましても、外からの侵入を防ぐのに手一杯です! それに下手に手を出すと、逃げ出そうとしている商品たちに死者が出てしまいます!」
「たしかにそれらの商品が死ねば損失は大きい。だがっレアモノを捕らえて売ればそれを上回る金が手に入るのだっ。とくに動物の声を聞くというレアスキル持ちは高く売れる。
遠慮はいらん、あの二人以外殺す気でやれ!」
プレイヤーキラー討伐戦での活動でヴィオの能力が知られたのだろう。それが広まり顔までも知られ、人買いの商品リストに載っているらしいとはヴィオは予想だにしていなかった。情報を集めるために放ったねずみがみつかったのも、ヴィオのような者への対策をしていたからだろう。
勝手に商品とみなされたヴィオは怒りの前に、なにを言っているのだろうと戸惑いが湧く。
殺せと言われ戸惑いの様子を見せる警備にラゼッタは、彼らを動かすためさらに言葉を発する。
「そうだな、殺しの一番槍にはあの女を一晩好きにできる権利をやろう」
この条件で警備たちの視線がアイオールへと集中し、欲の色が目に浮かぶ。
アイオールはその視線を受け、自身の体を抱いて少し下がる。ここまで直接的な欲望を叩きつけられたのは初めてなのだ。
その視線を遮るようにヴィオとコールがアイオールの前に立つ。
「リーダー、もう一度魔法を使ってください。いっきに殲滅して通り抜けましょう」
コールが振り返らず、小声で提案する。それに対しアイオールも小声でわかったと応える。
そして再び、アイオールは魔法の準備を始める。だがそれが発動することはなかった。
ヴィオたちが走ってきた方向から、三本の氷の矢が飛んできて、ヴィオとコールとアイオールに命中したからだ。
地下で倒してきた警備が早くも追いついてきたのだ。玄関側とラゼッタの発言に意識がむいていたため、背後から寄る気配に気づくことができなかった。
ダメージを受けたことで魔法発動が中断され、さらには隙も生まれ玄関側の警備も近づいてくる。
ダメージを受けていない銀丸が近づけまいと奮闘しているが、多勢に無勢だ。
ヴィオたちは視線を交わし、助け出した者たちを挟むように動く。玄関側への対応はコール。背後への対応はヴィオとアイオール。けれどもアイオールは戦力と数えづらい。なぜなら地下で一度死なずの紅玉を使わせているので、大ダメージの魔法は使えず、支援系の魔法で対応するしかないのだ。玄関側へと回るにしても、注意がそれている間に背後から再度魔法が飛ぶ可能性がある。玄関側にも魔法使いがいるかもしれないが、確実にいるとはいえず、それならば確実にいるといえる背後への対応に回ったほうがいい。
打開策のないまま戦いが始まる。
ヴィオたちは奮闘し、助け出した者たちへと警備たちを近づけさせない。コールは攻撃を耐え続けその場に踏ん張り、ヴィオはアイオールの魔法によって動作の鈍った警備たちの攻撃を避け続ける。銀丸は傷つきながらも警備たちの間を走り回り、アイオールは支援系の魔法を使いながら、相手方の魔法使いへと牽制の攻撃魔法も飛ばす。
だがいつまでも続くものではない。体力技力共に無限ではない。回復用アイテムはあるが、それも限りがある。さらには殺すわけにはいかないので、全力で抵抗するわけにもいかないのだ。
じりじりと形勢が警備たちに傾いていく。それでも助け出した者たちへの被害が少ない現状は、見事といえるだろう。
このまま時間が過ぎて勝敗が決すると誰もが思っていたとき、状況を変える出来事が起こった。
玄関ドアが壊そうとする勢いで開かれた。リオン、ミゼル、デルカが入ってきたのだ。
玄関前での戦いでブラーゼフロイント側が優勢となり、屋敷内へと人数を回せるようになったのだ。ラゼッタが出した条件で玄関を押さえる人数が二名しかいなくなったことも今の状況となった一因だ。
三人はすぐに現状を把握し、玄関側の警備たちへと攻撃を開始する。今度は挟み撃ちされる側となった警備たちは慌てて対応する。
「お前たち行け!」
警備に救出した者たちへ手出しする余裕がなくなったと判断したコールは指示を出す。
行けるのかと迷う彼らに、コールはもう一度怒鳴り指示を出した。
チカを屋敷外へと出せばこちらの勝ちなのだ。ジリ貧な現状を終わらせるためにも行ってほしかった。
戦いを避けるように彼らは動きだす。ここから玄関まではすぐそばだ。戦いが終わるのも長くないと考えているコールの視界に、警備の一人が振り回そうとする槍が当たる範囲にいるチカを捉えた。チカを狙ってはいないのだろう戦っている警備の視線はデルカへと向けられている。そしてチカも槍に気づいていないようだ。
後悔か仲間意識ゆえか、それとも何も考えない咄嗟の判断か、コールは動く。防御を考えず、チカと警備の間に入り込む。ぎりぎり間に合い槍を受け止めた。
コールに気づいて立ち止まろうとするチカに、行けっと短く言い放つ。
振り返りながらもチカは玄関へと向かっていった。おそらくチカには見えていないはずだ、庇って受けたダメージが致死へと至り、消えようとしているコールの体は。チカを救出し一人地下で戦っているときに、一度死なずの紅玉を使っていたのだ。
ここで倒れるとチカが戻ってくるかもしれないと、コールは意地で警備の前に立ち続ける。そのコールへと警備たちは容赦ない攻撃を続ける。一番槍のチャンスに目が眩んでいるのだ。
コールが消えるのと同時に、チカを確認した管理者が戦いを止めるように警告のウィンドウを屋敷内に出現させた。
管理者の介入に警備たちの動きは止まる。ラゼッタも管理者の介入には驚いている。
これによって事態は収拾へと向かっていった。




