いざ裏市へ
アイオールたちが戻ってきてメンバーに情報を伝え、十分な休息をとり、準備を整えたブラーゼフロイント一行はヴァサリアントへと向かう。そこからノースウッドの中心都市フォロイックへと跳んだ。
ヴィオはもちろんのこと、リオンといったほかのメンバーにもここには始めてくる者もいて、物珍しげに街並みを眺める。水の世界の中心都市ヴァサリアントはまさに水の都市といった光景だった、それと同じように木の世界の中心都市であるフォロイックは木の都市といえる。そこかしこに木が立ち緑が溢れ、家の大部分は木材で構成されている。建物から建物への移動を太い木の枝を伝うことで行っている人たちも見える。都市の中心には大樹を利用した城がある。二次元的なヴァサリアントと違い、フォロイックは三次元的な都市だった。
のんびりと観光する暇などないということは全員がわかっていて、すぐにティーテーブルへと転移する。ティーテーブルもフォロイックと似た街だ。ただ規模が小さい。
ティーテーブルで少し休み、再び動き出した一行は直接小鬼の森へと進まず、徒歩で一時間ほど離れた林の中へと入っていく。この時点でオークションまで七時間ほど。
「ニ交代で三時間の仮眠を取るわよ」
この仮眠はもとから予定していたものだ。ティーテーブルで休息を入れたとはいえ、あれは三十分にも満たない小休止。あとはずっと動きっぱなしで、このまま小鬼の森の中へ入っても緊張で気が休まることはないだろう。それを見越して短くともまとまった休息をとっておこうとアイオールとタッグは話し合って決めていた。
仮眠と見張りで時間を潰した一行は、時間をずらし人数もばらけて林を出て行く。
森に入ったメンバーたちは適当な場所で待機し、連絡が入るのを待つ。開いた地図にレヤアがマーカーを出してくれる手はずになっているので、集合が容易くなっていた。
「全員集まったわね」
アイオールの視界内にレヤアを含めたメンバー全員が欠けることなくそろっていた。時刻は午後三時を少し過ぎたくらいだ。オークションまであと三時間弱。たいだい予定通りの時間だ。
「じゃあ、予定通りヴィオ、アヤネ、レヤアが先行し、三人が去った五分後に私たちはあとからついていくわ」
事前に話し決められた設定としては、アヤネが主人でヴィオとレヤアは護衛ということになっている。裏市にくる客は基本的に戦闘志向ではない金持ちだ。護衛の一人でもつれていないと怪しまれる。だからアイオールはヴィオ一人だけで参加させずに、アヤネの参加も決めたのだ。
この三人でオーション参加ということを知らされたとき、ヴィオは反対した。自分の参加には反対する気はなく、レヤアも管理者としての仕事があるのだろうと考え口に出さずにいた。反対したのはアヤネの同行だ。
プレイキャラクターとしてアヤネは弱いのだ。おそらく今現在ホワイトヒストリー内にいるプレイヤーの中で一番レベルが低い。アヤネのレベルは15。助けられてからずっと鍛えることがなかったからだ。通常フィールドを歩き回るには問題のないレベルだが、ダンジョンを歩き回るには不十分だ。そんなアヤネを小鬼の森というダンジョンに相当するエリアに、少人数で連れ歩く危険性を考えての反対だ。それに裏市でプレイヤー同士の争いがないという可能性が皆無というわけではない。
だがアヤネ自身はヴィオの反対を聞いても行きたがった。アヤネもチカを可愛がっていたのだ、チカを助けるためにできることはしたかった。
行きたがるアヤネをどうやって説得しようかとヴィオが頭を悩ませたとき、オクトールの『ついていきたいと申し出る者がいたら、その同行を断るな』という言葉が浮かび上がってきた。今がそのときなのかと思い悩み、結局ヴィオはアヤネの主張を認めることとなった。
「それじゃ行きます」
「気をつけて。特にアヤネはレベルが足りてないから戦闘に参加しないこと」
「はい」
アイオールをはじめとしたメンバー全員の声援を受けて、ヴィオたちは裏市へと出発した。念のためアイオールに預けておこうと考えていた銀丸もつれている。裏市に近づいたら別れる予定だ。何度も共に遊んだチカが銀丸に気づく可能性は高い。連れ歩くと即座にヴィオたちだとばれるだろうから、オークションには連れて行けないのだ。
裏市の場所はレヤアがみつけている。森の外から探索しても人間の反応すらみつからなかったのだが、森に入った途端霧がはれるように正確な探索ができたのだ。これは森をおおうように、管理者の探知をはじく膜がゲーム総統括AIによってはられていたからだ。
三人と一匹はレヤアの案内によりまっすぐ裏市へと歩く。途中で出てきたゴブリン種はヴィオと銀丸によって退治されていく。ゴブリン種による襲撃は少なかった。これは今だけではなく、森に入ってからずっとだ。予想よりも少ないゴブリンとの戦闘にはきちんと理由があった。それを三人が知るのはもう少し時間が経ってからだ。
「そろそろ到着ですよ」
地図を見ていたレヤアが告げる。
「あと十分くらい?」
ヴィオの問いにレヤアは頷く。
本番で失敗しないよう必要な情報を思い出しながらヴィオとアヤネは歩く。
すぐそこです、というレヤアの言葉で視界が開け、テントなどが見えた。だが見えたのはテントと人だけではない。
「なにこれ」
アヤネが目の前の光景を見て驚いている。
三人の目の前には門番のいない広場入り口が見え、消えていく倒れ伏せたプレイヤー、同じく消えていくゴブリン種、戦っているプレイヤーとゴブリン種があちこちに見えた。
「ゴブリンの襲撃を受けたのか?」
そうなのだろう。理由は不明だが。
レヤアはすぐにアイオールへと連絡を取り、追いついてくるように頼む。オーションどころではないとすぐに判断し、自衛のためにもメンバー全員が揃っていたほうがいいと思ったのだ。
連絡をうけ急いだのだろう一分もするとアイオールたちが追いついてきた。
「これはなにがあったんだ?」
ただ事でない光景を見たタッグの言葉に誰も応えようがない。
「戦っている人や無事な人に話を聞けばわかると思います。中に入りましょう」
レヤアの言葉に従い、一行は当初の予定に反し全員で裏市へと足を踏み入れた。
ゴブリン種の襲撃から時間が経っているようで、人もゴブリン種もまばらだ。
一行は三組にわかれ、裏市探索を開始する。
ヴィオたちにはアイオールとバフが加わった。
「ここがオークション会場だったんでしょうね」
一番大きなテントに入り、中を見回しレヤアが言った。テント内の広さはファミリーレストランに少し足りないといったところだ。このテントのすぐ隣にこれよりも小さいテントがくっついている。そちらに品物を置き、売り出す予定の人間がいたのだろう。
「椅子とかステージあるし、間違いないわね」
テント内には誰もいない。戦いの跡も見られない。置かれているテーブルの上には軽食や飲み物があって、ところどころ地面に落ちている。そのおかげで慌てていたとわかるが、血の跡が残るわけではないので、戦いがあったかはすごく分かりづらい。
ここにある椅子やテーブルや台座もただではない。それらが残っていることで回収する余裕がなかったのだとわかる。
「いいもの食べてんだな」
置かれていた軽食をつまみ食いヴィオは不機嫌さを滲ませる。軽食は美味しかった。これを食べながら人身販売に参加するなど、いい趣味だと皮肉る。
誰か倒れていないか隠れていないか入念に探り、収穫なしと判断し、そのまま隣のテントに移動する。さすがに商品となるものは持ち去ったのだろう、そこにはなにもなかった。チカも当然いない。連れて行かれたのだろう。大事な商品なのだ優先して守るはずだと、このことだけは商人に期待する。
五人と一匹は見落としがないか再度確認しテントを出る。
なにか商人に繋がるヒントがないものかと期待していたのだが、その期待は外れた。となると襲撃を受けて無事だったプレイヤーから情報を得るしかないだろう。レヤアは別行動しているブラーゼフロイントメンバーに助けた人は逃さぬよう連絡を入れる。
「私たちも残っているプレイヤーを探しましょう」
「そうだね。連れ去られたチカの情報も手に入るかもしれない」
知っていてくれと思いを込めてアイオールが言った。
プレイヤーを求めて歩き始めたときだ。重ねて置かれている積荷を入れていたのだろう空の木箱から、かすかな音がした気がしたアイオールとヴィオはそちらを見る。
聞き間違いではなかったようで物陰にゴブリンソーサラーがいた。まずいことに先にヴィオたちに気づいていたのか、魔法の詠唱を始めている。
とっさにヴィオとアイオールは視線を交わし、皆の盾になるべく前に出る。
その二人を嘲笑うようにゴブリンソーサラーの使った魔法は範囲魔法だった。
パーティの中心に空中に現れた火球が落ち、爆音と炎を撒き散らす。
耐え切ったヴィオが銀丸とともに駆け出し、再び詠唱を始めていたゴブリンソーサラーに剣を突き出す。魔法職で耐久度のないゴブリンは連携によってすぐに倒れることになる。
消えたことをしっかりと確認し、周囲を見渡しほかに隠れていないことを探る。誰もいないことを確認し、パーティの被害を知るため振り返ったヴィオが見たのは倒れ伏し動かないアヤネの姿だった。
「アヤネ!?」
アヤネは運悪く火球が直撃する形となり、一番ダメージを受けたのだ。レベルが低いアヤネにとって致命傷となるには十分な攻撃で、体力は一瞬で0となったのだ。アヤネは死なずの紅玉を持っている。ギルドに入ったとき渡されたのだ。だから死ぬということはない。ダメージを受けた衝撃で気絶しているのだろうとアイオールは判断する。眠ることができるので、気絶による意識喪失も起き得ると考えられるのだ。
そのように説明され、実際ホロワンズが気絶した様子を思い出しヴィオの焦りは消えた。
念のためレヤアが簡単に調べ、異常なしと判断したことも安心した一因だろう。
「ヴィオ、アヤネを背負って」
「いいのか? 戦闘に参加できないけど」
「銀丸がいるから大丈夫よ。銀丸に気を引いてもらっている間に魔法を叩き込むわ」
レベル50を超したアイオールの魔法ならば、ゴブリンキング以外を一撃で倒すことが可能だ。
そういうことならとヴィオはバフに手伝ってもらい、アヤネを背負う。バフが背負わないのは身長が足りず引きずることになるからだ。
さきほどの不意打ちでさらに気を引き締め、移動を再開する。
ヴィオたちは結局誰もみつけることはできなかったが、タッグたちが四人ほどみつけたと連絡が入った。
裏市の中央の集まるように言うと、助けた人が逃げ出さないように囲み、集まってきた。
「お疲れ様」
連行してきたメンバーを労わるようにアイオールが声をかける。
「そっちは誰もいなかったのか?」
「あいにくとね。ゴブリンソーサラーの奇襲受けただけだったわ」
ちらりとアヤネに視線を向け、それにつられタッグもアヤネを見た。
「大丈夫なのか?」
「気絶しているだけだと思うわ。レヤアも異常なしと言ってたしね」
管理者の言葉ならば安心とタッグが頷いた。
「ところでコールの姿が見えないけど? 一緒に行ったでしょ?」
「見落としがないかもう一度見て回るってさ。ゴブリンはいないだろうし、いてもやれるほど弱くはないから行かせたよ」
「そう」
アイオールは視線をタッグから助け出したプレイヤーへと向ける。
「早速で悪いんだけど、ここでなにがあったのか大雑把でいいから話してもらえる? 助けた恩があるんだし、断りはしないわよね?」
細かく聞くことをしないのは、隠し事は聞かないと暗に示した。これにより少しは口が軽くなるのではないかと思い。ここで聞かずともどうせ管理者に引き渡すのだ、詳しいことは彼らが聞きだすだろうから、そのあと聞けばいいと思ったのだった。
「見ての通り、ゴブリン種の襲撃があった。それだけだ」
「それはわかるし、さすがに大雑把過ぎるわ。いつ誰がどれくらいやってきたのかくらいは聞かせて」
さすがに大雑把過ぎると、もう少し詳しい情報を求める。
「……あれは昼前のことだった。もう一時間もしないで日が昇るってとき、暗闇に乗じてゴブリンの大群がおしよせた。ちらりと見ただけだが、ゴブリンキングもいた。こっちにも戦える者は三十人はいたし警戒もしていた。だがこちらを超える大群の相手で手一杯で、ゴブリンキングの相手など無理だった。結局押し寄せるゴブリンどもを食い止めることなどできずに好き勝手暴れられ、この現状だ」
「森にいるはずのゴブリンとの戦闘が少なかったのは、こっちに集中していたからか。
それにしてもゴブリンキングがどうして襲ってきたのよ。きちんといないってことは下調べはしてたんでしょ」
自分たちの事情を少なからず知っていそうなアイオールを怪しみながらも男は率直に答える。
「エネミーの考えなんかわかるかよ」
それもそうだとアイオールは頷く。わかるとしたらヴィオのように会話できる者くらいだろう。
だとするとゴブリンたちを倒したのはまずかったかとわずかに悔いる。なにかしらの情報がゴブリンサイドからも入ってきたかもしれないのだ。
「レヤア、こいつらどうする? 私たちでグランドセオまで連行したほうがいい?」
話を聞いたらこのまま開放されると思っていた裏市関係者たちは、ぎょっとした顔でアイオールを見る。グランドセオには管理者がいる。ここにいる時点でまずいことに関わっているという自覚がある。管理者の下へ連れて行かれてはまずいということもわかっていた。逃げ出そうと視線をあちこちにめぐらすが、囲まれていては難しく、今は大人しくして移動の際に隙を見て逃げようと決めた。
だが彼らにとって運の悪いことに、レヤアにはここから動く気がなかった。
「ここから隔離施設へ送るので、このまま逃げ出さないように見張っていてください」
「了解。聞いたね皆、こいつら逃がすんじゃないよ!」
キーボードを呼び出し準備を始めたレヤアを見て、裏市関係者たちはさすがにレヤアの正体に気づいた。
どうにかして隙をみつけようともう一度周囲を見渡すが、気合を入れたブラーゼフロイントメンバーには隙はなく、終わったとその場に座りこみ逃げる気がないと態度で示す。
事前に準備していた隔離施設への転移を細かく調整し、三十分後地面に陣が現れた。
「その四人をこの陣に移動させてもらえますか」
レヤアの指示に従い、アイオールたちは四人を立たせ、陣の上に移動させた。両脇からしっかりと捕まれては逃げ出すことも不可能で、四人は大人しく陣の上に移動し、隔離施設へと転移していった。
「今日のところはこれで終わりですかね?」
緊張を解き、タッグが確認するようにレヤアとバフに問う。
「そうじゃの。予定とはだいぶ違ったがな」
「送った人たちから必ずなにかしらの情報を聞き出します。おそらく二日後くらいにアイオールさんに連絡をいれることになると思います」
「わかったよ。それじゃ帰ろうかね」
もはや一行以外に誰もいない広場を最後にもう一度見渡し、見落としがないか確認する。
一人探索していたコールも気落ちしている様子で戻ってきて、なにもなかったと報告する。
一行はフォロイックまで一緒に移動し、そこでレヤアとバフはグランドセオへと帰るためわかれることとなった。
泡村に辿りついた一行は、疲れからすぐに寝入る。そして全員が目を覚ましても、アヤネは一人昏々と眠り続けていた。




