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一時の休息

 森の中でヴィオが戦っている。二体のエネミーがいて、猪と狼に近い姿をしている。ヴィオの剣は猪に向いている。

 体当たりしてくる猪にヴィオは剣を振り下ろし対抗する。剣が当たってダメージを受けても気にせず、猪は突進をやめない。少しだけ両者は拮抗する。そのわずかな時間で十分な隙をみつけることができた狼が動く。勢いよく走る狼は両者に近づき、猪の首筋に喰らいついた。

 そのダメージが止めとなったのだろう。ヴィオの目の前にいる猪が消えていく。

「今日はこんなものかな」

 偽体に汗を流すという機能はないが、ついつい手でぬぐう仕草をしてしまったヴィオは一人森の中で呟いた。強くなるためにエネミーを倒してレベル上げをしていたのだ。

 一人というのは語弊があるか。ヴィオのそばに狼がいる。額から角を生やした灰銀色の毛皮を持つ狼だ。成長途中のようで、大人のサイズではない。

「銀丸もお疲れ様」

「ウォン!」

 ヴィオが銀丸と呼んだエネミーを後頭部を撫でると、甘えるように手に頭を押し付ける。

 一分ほど撫で続けて、満足しただろうと止めた。

「帰ろう」

「ウォン!」

 歩き出したヴィオの横に銀丸もついて歩く。

 アヤネを助けて一ヶ月。その間に手に入れた称号によって仲間になったのが銀丸だ。

 以前から予定していた調教師の称号を得ようとスキルポイントを使っていたときに、ふと思いつきヴィオは魔物知識もとってみた。すると予想通り、魔獣調教師の称号を得ることができた。これにより動物だけではなく、エネミーも仲間にすることができるようになったのだ。動物ならば戦闘に参加させることは難しいが、エネミーは戦闘向けでヴィオの打撃力不足を補ってくれる。

 氷狐から貰ったスキルポイントの実も費やし、今まで溜めていたスキルポイントを使い切ったが、ヴィオ的にはいい使い方をしたと思っている。熟練化も魔獣調教師を選んだ。スキルレベルはどれも百を超え、今も成長している。スキルレベルが二百に達するともう一体、動物かエネミーを仲間にできるようになるだろう。

 動物やエネミーを仲間にするには罠で捕らえる必要がある。捕らえた動物やエネミーには、レベルという概念はなく捕らえた者の実力によって大きさと実力を変える。主人の成長と共に仲間も成長していく。そして成長と共に信頼関係も育んでいく。捕らえた当初は信頼はゼロで命令を聞かないということが多々ある。主人に攻撃してくる場合もある。主人の実力が高いと仲間の実力もあがり、言うことを聞かない仲間に殺されるなんてことも起きたりする。

 ヴィオは普通に捕らえたわけではなかった。動物たちと会話ができるので、無理に捕らえることなく、ついてきてくれるものを探したのだ。結果、始めからある程度の信頼関係を築けている。

 今のヴィオはもう少しでレベル三十だ。ようやく中級といった段階なので、銀丸も成長しきっていない姿になっている。それでも常に共にいて戦ってくれる銀丸はヴィオにとって心強い存在となっている。

 

「帰ってきた!」

 二時間かけて泡村に帰りついたヴィオたちを出迎えたのはアヤネとチカだ。村の入り口で待っていたようだ。

「銀丸ー!」

 チカが銀丸に駆け寄り抱きついた。チカはヴィオの帰りというよりも銀丸の帰りを待っていた。銀丸の存在は戦闘時の頼もしさだけではなく、チカとの交流にも役立っていた。出会った当初よりも自然に接することができるのは銀丸のおかげだ。

「おかえりなさい」

「ただいま」

 アヤネもヴィオに近寄り出迎える。こちらはヴィオを待っていたようだ。

 アヤネはヴィオのそばにいることが多い。少しだけでも以前の自分を知っている人のそばが、なんとなく安心できるらしい。ほかのメンバーとの仲は悪くはないが、ヴィオがふと気づくとそばにいるなんてこともある。その様子アイオールがなんともいえない表情で見ていることもある。

「ヴィオさん、銀丸と遊んできてもいい?」

「いいよ」

 チカと一緒に自分を見上げてくる銀丸に、いいよと仕草で示す。フリスビーを片手に駆けていく様はどこにでもある日常的な風景だ。

「平和な風景ですね」

「だねぇ」

「今回は収穫ありました?」

「レベルが上がったくらいだよ。アヤネは何か思い出した?」

「いえ、なにも」

 アヤネに焦った様子はない。平和に暮らせていけているからだろう。ゲーム内から脱出できるようになるまでに、ゆっくりと思い出していけばいいと思っているのだ。このときのアヤネはまさか一ヶ月もたたずに荒っぽい方法で思い出すことになるとは思ってもいない。

「どうしたもんかねぇ」

「まあ、時間が何とかしてくれると思いますよ」

 のほほんと答えるアヤネにヴィオの元から少ない焦燥感は解され、そうだねと頷く。

 二人で宿に戻ると、宿前で何かしているリオンと出くわす。リオンの肩には生まれたばかりの精霊が座っている。三ヶ月ほど使い続けた弓から最近生まれたのだ。そのときのリオンの喜びようはすごかった。待ちに待った精霊が生まれたのだから無理もないが。生まれた男の子の精霊はラッツという名前がつけられ、リオンによって毎日可愛がられている。先に生まれたフィスがお姉さんぶっているところもときどき見られ、ギルドメンバーを和ませている。

「おかえりー。チカは?」

「銀丸と遊んでる」

「村の中にいる?」

 ヴィオとアヤネは頷く。

「そっか。私も行ってこよっかな」

「夕飯までには帰ってくるようにね」

「アヤネったら少しだけお母さんみたいよ」

 笑いながら言い、リオンはチカたちを探しに宿から離れていった。

「老けてるってこと?」

「違うと思うよ? ただ言動が少しだけそれっぽかっただけじゃないかな」

 アヤネからゆらりと漏れ出た雰囲気が怖くて、ヴィオはリオンのためにも否定してみた。この考えが外れているとも思っていない。ヴィオの言葉に納得し、アヤネは普段どおりに戻る。

「そうよね。こんなうら若き女の子を捕まえて失礼しちゃうっ。

 そりゃ、いつかは母になるんだろうけど、今はまだ子供でいたいな。

 ヴィオはどう? 早く大人になりたい?」

「どうだろう。もう何年か経てば成人ってみなされるようになるし、あまりそういったことを考えない」

「そんなことを言ってると、あっというまに時間は過ぎてくぞ?

 今は今だけ、しっかりと生きて時間を感じ取らないと、あとで後悔しても遅い。過ぎ去った時間は取り返せないからな。先で振り返って、なにをしていたか思い出せないなんてことになるよりも、楽しくなくとも思い出を作っていったほうがいい。

 何年か先に生まれてきた先輩からの言葉だ」

 宿の入り口に近くにいて二人の会話を聞いていたタッグが声をかけてきた。

「タッグ。ただいま」

「おかえり」

「聞いてたんだ。ああいったことを聞かれるのは、ちょっと恥ずかしい」

「かもな。けど言ったことは俺の実体験も混ざってる。高校時代ぼんやり過ごして、あまり思い出がない。寂しい青春だったとは思わないが、もう少し積極的でもよかったかもなって思うこともある」

「今この状況が思い出に絶対残ることだから、寂しい青春にはなりようがないですね」

 アヤネの言葉に思わず納得しヴィオとタッグは頷いた。

「たしかに忘れられない思い出にはなるな。できればさっさと脱出できて、笑って話せる思い出にしたいよ」

 この願いが叶うかはわからないが、終わりはそう遠いものではない。終わりへの始まりは、誰もが想像もしないきっかけにより始まる。

 

 一夜が過ぎ、ヴィオはグランドセオへと向けて泡村を出た。アイオールが管理者主催の定例報告に参加するためにグランドセオへと行くので、それに同行する形だ。ヴィオのほかに銀丸とアヤネとルーがいる。

 ヴィオは会議には参加しない。別件でグランドセオに行く。会議に用事があるのはアイオールのみだ。アヤネもルーも別件でついてきている。

 ルーはグランドセオでしか買えない調味料を買うためだ。アヤネはヴィオに連れて来られる形で同行している。

 ヴィオの用事はアヤネにドンドコ亭の煮込みハンバーグを食べさせることだ。美味しいと言っていた料理を食べさせれば記憶が戻るきっかけになるのではと思ったのだ。人気店なので当日の食事は不可能だろう。だからアヤネをアイオールについていかせ会議に参加させているうちに、予約を取っておこうと思っている。人気があると言っても一ヶ月先でないと無理ということはないはずだと考えている。長くても一週間の滞在で食べることができるのではと思っていた。

 ちなみについてくると言いそうなリオンとデルカは留守番している。リオンはチカの相手をするために残り、デルカは秘めたるコレクター魂に火がつき特産品やお土産といった特に役には立たないアイテムを集めることに夢中になっている。それらは単品では部屋の飾りくらいにしか役に立たないが、一定数集めるとコレクターの称号と二ポイントのスキルポイントを得ることができる。ただし十や二十集めたくらいでは称号などは得られない。目標は百五十個だ。決して楽な道ではない。デルカはそれくらいでないと面白くないと張り切っている。

 三人寄れば姦しいという言葉を実感しながらヴィオは歩き続け、グランドセオに到着した。

「じゃあ、私たちは会場に行くわ。集合はウィンドウを通して知らせるから。アヤネ行こう」

「はい」

 二人は会場へと歩いていく。

「私は食材屋を回るけど、ヴィオはドンドコ亭だっけ? そのあとはどうするの?」

「あちこちぶらぶらとしてみようかと。まだここを全部回ったわけじゃないし。見て回るだけで時間潰せそうだ」

「確かに暇つぶしにはことかかないわね。じゃ、私も行くわ」

「またあとで」

 ひらりと手を振ってルーも去っていく。

 ヴィオも銀丸と一緒に歩き出す。いつ来ても賑やかな都市だ。装備品を見たり、大道芸を見たりしながらドンドコ亭を目指す。

 道端で芸をしている者は無意味にやっているわけではない。スキルレベルを上げるためでもあるし、NPCやプレイヤーがおひねりを投げることもある。それに芸を認められ、栄光を掴める機会もあるのだ。ドンドコ亭のレックスも元は露店から出発したのだ。チャンスが皆無というわけではない。

 ヴィオの視線の先にドンドコ亭が見えてきた。以前の定例報告のときについてきたときは閉まっていたので、今回も閉まっている可能性はあると心配していたが、杞憂だってようで扉が開いてるのが見えた。扉の横には行列もできている。その中の一人に声をかける。

「すみません」

「ん? なんだい」

「予約って店員に声をかけるだけでいいんですか? なにかほかにウィンドウを開くとかあります?」

「いや、ないな。店員に声をかけるだけでいい。入り口にいけばNPCが来るだろうから、そいつに用件を言えば対応してくれる」

「ありがとうございます」

 質問に答えてくれた剣士に頭を下げ、入り口に向かう。入り口で少し待つと店員がやってきた。

「なにか御用ですか?」

「予約を取りたいんですが」

「承りました。予定では……明日の午後1時にキャンセルが一つ入っています。ですが明日用に仕入れる材料は決まっていて頼みたいものが頼めない場合がありますが、いかがいたしましょう? それと人数制限もあります」

「煮込みハンバーグって頼めます?」

 ここにきた目的がこれなので、絶対に外せない料理だ。

「それは大丈夫です」

「人数は二人から四人くらいなんですが、大丈夫ですか?」

「はい、問題ありません」

「では明日の予約でお願いします」

「ご予約ありがとうございます。前払いとして500s頂きます。ウィンドウを開き、前払い分の金額が減っていることをご確認ください」

 言われるままウィンドウを開く。たしかに500s減っている。

「うん。減ってる」

「では予約完了といたします。明日のご来店を心よりお待ちしております」

 頭を下げる店員に見送られヴィオは店を出た。

「これで用事は終わりっと。キャンセルがあってのは運がよかった。

 まだ定例報告は終わらないだろうなぁ。またぶらつこう。メニューで値段も確認したから、必要なお金もわかったし買い物でもするか」

 よさげな金属製の長靴があったんだよな、とここに来るまでにみつけた防具をもう一度見るためヴィオは歩き出した。

 目的の防具は少しの時間で売れてしまっていて買うことができなかったが、代わりに脛を守る硬革製のレッグガードをみつけそれを購入した。頑丈さを追求されたもののようで、それなりに防御力は高い。それでいて重くもなく、これはこれでいいなと満足していた。

 買い物を終え、あとは見物でぶらぶらしているとピコンと音が聞こえた。連絡がきたことを知らせる音で、ウィンドウを開くと集合という文字が浮かんでいた。

 集合場所は以前も行ったことのあるバッフェンスト城、その城門前だ。

 ヴィオが到着した頃には、ルーは先に到着していた。ほかにもここを集合場所としている人たちがいて賑やかだ。

「これからどうしようか。ヴィオとルーは用事すんだの?」

「私は終わったわ」

「俺も。それで予約したら四人までいいって言われたけど、二人はどうする? 一緒にくる?」

「私は行くわ」

 即答したのはアイオール。ルーは迷った様子だ。

「行ってみたい気もするんだけどねぇ。行ったら腕の差に自信なくしそうで。でも勉強にもなるし……悩むわ」

「美味しいもの食べる機会を逃すのはもったいないですよ」

「……それもそうか。うん、行こう!」

 アヤネの言葉でルーも行く気になり、四人全員で行くことになった。

「明日の午後一時に取れたから、今日は宿を取らないと。アイオール、どこか高すぎない宿知らない?」

「知ってる。案内するよ」

 テスター第一陣がゲームを始めた当初はこのセントラルしか世界がなかったのだ。行ける場所には行って探索し、二陣三陣プレイヤーよりもこの世界のことを知っている。そしてアイオールも歩き回った一人だ。いくつかある宿の位置や値段くらい記憶している。

 宿をとった一行は、アイオールお勧めの店で早めの夕食をとる。その後、宿に戻りゆったりと過ごす。

「今日の定例報告でなにか目新しい情報ってあった?」

 会話の一つとしてルーがアイオールとアヤネに尋ねる。

「特にこれといった情報はなかったわ。少しずつプレイヤー人数が減ってるらしいってことくらいね。行方不明者として届け出が出てるらしいけど、みつからない人がほとんどらしいし。

 ただ、行方不明者と死亡者が同値ではないと言ってたわね。これに心当たりのある人の情報提供を求めているんだとか」

 行方不明者数が死亡者数よりも多い。管理者はこれに疑問を感じ調査してるが、ただでさえ人手が少ない現状で満足のいく調査ができるわけなく、成果は上がっていない。管理者側のシステムをフル稼働できれば、行方不明者を探すことも可能なのだが、現状ではそれも無理だ。

 管理者たちは各世界にいる人数の確認ができる。各町や村の人数確認といった細かなことは現在はできないが。死ぬとその確認できる人数は減る。閉じ込められた八月の人数と現在の人数差で死亡者数を出している。

 行方不明ということは死んでいるものと判断されている。迷っているだけならば、どうにか連絡をとるなりするはずなのだ。その連絡がないということは、連絡できない状況となっているということで、それは死んでしまったと考えられるのだ。

「そういえばアヤネの届け出を出してる人っていないのかな」

「報告会が始まる前に確認してみたけど、届け出は出てなかったわ」

「死んだと思われてんのかしらね。届け出の一つくらいだせばいいのに、ちょっと薄情な人たちよね。」

 いるかもしれない仲間のことをよく言われていないアヤネは、困ったように笑うだけだ。心の中で、届け出が出ていないことに落胆していないことを不思議に思いながら。

「ないとは思うけど、別の可能性が」

「なに? ヴィオ」

 アイオールが続きを促す。

「仲間がはじめからいないとしたら届け出は出ないよね。まあ、知り合いの一人くらいはいるだろうから、この可能性はほぼゼロだろうけど」

「ないでしょうねぇ。記憶をなくす前のアヤネがかなり偏屈な性格をしてたら、ありえたかもしれないけど。初対面のヴィオに話しかけるくらいの社交性はあるんだし」

「結局は記憶が戻ったアヤネに聞くしかないってことか」

 ヴィオの言葉に全員が同意する。

 口には出さないがアイオールはもう一つの可能性も思い浮かんでいた。それはアヤネのギルドが、アヤネを残し全滅しているということ。口に出すと雰囲気が悪くなりそうなので、口に出さずにいた。

 

 その後なんでもない会話を続けて、午後九時前になる。

 四人のウィンドウからピコンと連絡音が聞こえた。

 この連絡音が休息の終わりを告げる音で、こののち全プレイヤーと管理者を巻き込む騒動の始まりを告げる音だ。

 四人がウィンドウを開くと、

「チカがさらわれた。至急、グランドセオの転送門にくるように」

 と書かれていた。

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