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不完全な再会


『止まれ』

 通路の途中で氷狐が二人を止める。どうしたのかと聞く二人に、ここを曲がると言って壁に入っていった。隠し通路だ。幻で隠され、いままで誰も気づくことがなかった。

 氷狐によると以前はこの先はなにもなかったらしく、氷狐の隠れ家になっていたらしい。おそらくのちのちイベントかなにかを作る予定だったのだろう。

 もうすぐだと言う氷狐の言葉にアイオールは魔法を使う準備を始める。

 オーケーと目で氷狐に伝え、二人は動き出す。

 部屋に入った途端、ゴーレムが動き出す前にアイオールが魔法を使う。

「スキルアーツ・フィールドチェンジ・セレクト金!」

 杖の石突を地に叩きつけた。むき出しの石混じり土の床が、ところどころに金属の突起が地面から生えている石の床に変わっていく。その変化はアイオールを中心に広がり、ついには部屋全体に及んで止まった。

『力が戻ってくる、いや! さらに溢れてくる! これならばいける!』

 場の恩恵を受けた氷狐と違い、ゴーレムは地の利を失った。そのゴーレムに氷狐が襲い掛かる。氷を使った攻撃は効果が薄いので、肉体をつかった打撃中心に攻めている。

 勢いをつけた体当たり、鋭い爪での斬撃、回し蹴りのような尾での攻撃、どれもが面白いように当たっていく。しかしゴーレムも負けてはいない。近づいてきた氷狐に拳で反撃している。特殊な攻撃はないし、動きも鈍い。けれども重量のあるパンチはそれだけで威力の高い攻撃だ。ほとんどの攻撃が氷狐に避けられる。ただでさえ命中確率の低い攻撃はアイオールの金属攻撃魔法で邪魔されている。だいだい五回殴って一回当たるといった感じだ。それでも確実に氷狐にダメージを与えているのだから、氷狐が不利なまま戦っていたら負けていたかもしれないということに納得できる。

「俺だったら一撃死かなぁ」

 部屋入り口から戦闘を覗いているヴィオは、自分のいる場所とは次元の違う戦闘光景にいつかあの戦いを超えることができるかと考えていた。

 やがて戦いは終わる。結果は、アイオールと氷狐の勝ち。氷狐にダメージが蓄積してもアイオールが回復するのだ。一撃で沈まなければ問題ない。氷狐は防御を考えずに攻めることができた。微量ながらも自動回復をもっていたらしいゴーレムも、回復速度を上回る怒涛の攻撃に耐え切ることなど不可能だった。

「お疲れ様〜。どんどん寒くなってるな」

 戦闘が終わり大丈夫だと判断したヴィオは部屋に入る。部屋は金属性から水属性へと変わっていき、どんどん温度が下がっている。

「場の属性変化を解いたからね。ゴーレムもいない今、通常の状態に戻ってるんだよ」

『元の住み心地のいい状態に戻っていく。

 礼を言う。

 それとこれが約束の礼だ』

 二人の目の前に木の実が一つずつ浮く。

『スキルポイントの実というらしい。私には意味のないものだ。だがこれほしさに私に戦いを挑む者もいるくらいだ。それなりに重要なものなのだろう』

 効果はスキルポイントが一増えるというものだ。プレイヤーからすればのどから手が出るほどほしいもの。無論、ヴィオとアイオールにとっても嬉しいものだった。

「ありがとうございます!」

 アイオールが笑顔で頭を下げた。ヴィオもつられるように頭を下げる。

『喜んでもらえてなによりだ』

「ゴーレムからは土属性の強化アイテムが取れるし、スキルポイントは上がるし、今回は予想以上に黒字だわ」

「よかったね。そういやゴーレムはなにを守ってたんだ?」

「まだ見てない。アイテムかなにかかな」

 周囲を見渡すと部屋の奥に、それらしきものがあった。

 ゴーレムが守っていたものはアイテムなどではなかった。部屋の奥には水晶柱に閉じ込められた少女がいた。意識はないようで目を閉じている。

 ヴィオはなんとなく見覚えがあるような気がした。

「あ、もしかして」

 近づいてよく見る。そして確信した。

「やっぱり」

「どうしたの?」

「知ってる人だ。アヤネっていってビギナーズガーデンに初めて行ったとき会ったんだ」

「NPCじゃないのね? イベントキャラじゃないのかって思ったんだけど」

「違う。話したとき、自分の意思で内容を選び会話を進めてた。ドンドコ亭の煮込みハンバーグが美味しかったとかNPCは言わないよ」

「たしかに言わないね。だとするとプレイヤーがなんでこんな場所でゴーレムに守られてるんだろう?」

 ヴィオもそこが不思議だ。プレイヤーなんかをボスをつけてまで守る意味はあるのかと理由を考えてみるが、さっぱりわからない。

『この少女をここから連れ出してもらえないか?』

 考え込んでいる二人に氷狐が提案する。この少女をこのままにしておくと、再びゴーレムのようなものがやってきかねない。平穏に暮らしていたい氷狐としてはそれは避けたいのだ。

「それは別にかまわないんですけど。どうやって助け出せばいいのか」

『強い衝撃を与えれば崩れ去るさ。水晶のように見えて、それは結界だ』

 氷狐が水晶に近づき、おもいっきり前足を叩きつけた。ガラスが割れるような音がして水晶に見えたものは砕け、欠片は全て空中に消えていった。立った状態だったアヤネは開放されたとたんその場に倒れた。

「大丈夫?」

 ヴィオがしゃがみ声をかけるも反応はない。軽く頬を叩いてみても反応はなく、しばらくはこのままかもしれない。

 アイオールに手伝ってもらい、ヴィオはアヤネを背負う。戦闘では役立たずなのでこれくらいは役に立とうと思ったのだ。

 出会った場所まで氷狐が送ってくれたおかげで敵と戦わずにすんだ。ここから先ならばヴィオというお荷物がいてもアイオールは苦戦せずに地上まで出ることができる。

『ではさらばだ』

 それだけ言って氷狐は最下層へと帰っていった。

「人間以外と言葉を交わせるってのは便利だけど、ちょっと困ったものでもあるね」

「いきなりなに?」

 去っていく氷狐を見てアイオールが言い出したことに、ヴィオは首を傾げた。

「これから氷狐と戦えないよ、私は。仲間意識とまではいかないけど、言葉を交わしちゃったら攻撃しにくい。今までは戦って倒すのが当然な存在だって思ってた。でも今は経験値やアイテムのために倒すってのは無理」

「俺もまた会ったらただ会話するだけになりそうだ」

 いまだ力が届かないということもあり、ヴィオは自分と氷狐が戦う光景を想像できない。

 しばらくは戦うこともないが、戦えるようになっても行くことはないだろうなと思いながら出口へと歩を進める。

「そういや」

 何かに気づいたように声を出すヴィオ。

「なに?」

「氷狐ってNPCみたいなものなのに、意思があるように話してたな」

「そういえば……ああ見えて管理者かプレイヤーが操ってた? だとするとこれはイベント? でも今までエネミーとして管理者が出て来るなんてなかったし」

「NPCが進化してたりして」

「ありえない、とも言い切れないよね。閉じ込められるとか五感が増すとってとんでもない事態になってるわけだし」

 今の事態も人工AIが関連してるらしいし、と心の中で呟いた。

 洞窟を出るとそこには三人の男たちが待っていた。戻ってこない二人を心配していたのだ。もう一度入る余裕はないが出てくるまで待ってもう一度お礼を言うつもりだった。ヴィオがアヤネを担いでいることで、自分たちと似たような者がほかにもいたのだと勘違いしている。ヴィオたちにもアヤネの事情はわからないので、勘違いしたままで話を進めた。

「もう一度礼を言わせてくれ、ありがとう」

 担ぎ出された者も意識と取り戻しており、一緒に頭を下げている。

「今はたいした礼はできないが、もう一度どこかで出会ったとき必ず礼をしよう。俺の名前はタイデル。もう一人はカッツェ、意識を失っていた奴はホロワンズ。ヴァサリアントを根城にしている」

「そのときはお願いします」

 タイデルたちはもう一度頭を下げて去っていった。

 二人も泡村へと帰る。行きは歩きだったが、帰りはテレポートで一瞬だ。予定では帰りも歩くつもりだったのだが、今はアヤネを早く安全な場所で寝かせる必要があると考え魔法を使うことにしたのだ。ヴィオがアヤネを背負っていることにアイオールは少しだけもやっとしたものを感じている、といった理由もある。

「スキルアーツ・テレポート・泡村」

 二人の足元に白線で描かれた円が現れる。それに入ると二人は消えて、すぐに白円も消えた。


 おかえりと挨拶してくるギルドメンバーへの挨拶もそこそこに二人は、アヤネを寝室へと運ぶ。

「これでよし」

 アヤネをベッドに寝かせ、アイオールは布団をかけてやる。

「あとは目を覚ますのを待つだけか」

「私たちにできることなんて、それ以外にないしねぇ」

 ベッドそばに椅子を二つ持ってきてヴィオとアイオールは座る。

 そこに皆を代表してタッグがやってくる。

「おかえり。またなにかトラブルか?」

 寝ているアヤネに見て言った。

「ただいま。トラブルかどうかはわからないね」

「俺の知り合いが封じられてたっぽいから連れ帰っただけだし」

「封じられた?」

 首を傾げるタッグにゴーレムが守っていたことと結界に閉じ込められていたことを話す。

「誰がなんのためにそんなことをしたんだろうな。

 一人のプレイヤーの自由をそれだけのことをして奪いたかったからには、それなりの理由があるんだろうが。そんなことができるのは運営側くらいか……いや現状を作り出した奴も可能なのか」

「でも自由を奪いたいなら、プレイヤーキラーみたいに隔離施設に放り込めばすむ話じゃないか?」

 ヴィオの言葉にそうだなと頷く。

「なにかを知って、それをばらされたくないから行動すら封じた、と考えられない?」

「やろうと思えば殺すこともできたけど、そこまでやるには罪悪感があるから封じた、か。考えられなくもない。

 その方向でいくと、なにを知ったのか目覚めてみればわかる。でも話を聞くと危ないかもな」

「俺たちまで封じられる可能性があるってことか」

「まあ、嬢ちゃんの推測が正しければの話だ。なんにしろただならぬ事情はありそうだけどな」

 もっと悪い状況が起こりうる可能性もある。

 かといってヴィオはアヤネを放り出す気はない。仲間に迷惑がかかると判断したらアヤネと一緒にギルドを出ることも覚悟しておいたほうがいい、と考えている。そうなったらアイオールやタッグが止めるだろうが。

「しかしヴィオはトラブルメイカーなのかねぇ」

「俺は問題を引き起こしてなんかないよ」

「そうだな、じゃあトラブル吸引体質と言い換えたほうがいいか? 行った先々でなんらかの騒動に出会ってるし」

 これにはなにも言い返せないヴィオ。

「外だとこんなことなかったのに、こっちだとなんでこんなかなぁ」

「オンラインゲームとの相性?」

 頭に浮かんだものをとりえあず言ってみたアイオール。言った本人もゲームとの相性ってなんだろうと首を傾げている。

「ん? 起きたか」

 アヤネから視線を外していたヴィオとアイオール、その二人に視線を向けていたタッグは二人の背後にいるアヤネが目を開けたことに気づいた。

 二人も振り向いて、アヤネを見る。三人の視線を受けているアヤネはぼーっと天井を見上げている。

「えっと気分とかどう?」

 動きを見せないアヤネにヴィオが話しかけた。

 アヤネは声のした方向を見る。アヤネの目には特にこれといった感情は浮かんでいない。

「気分は悪くないです。

 ところで聞きたいことがあるんですけど、いいですか?」

「ここがどこで、なぜ寝かされているかってこと?」

 アイオールが先読みし聞く。

「それもなんですけど……私は誰なんでしょうか?」

 広くはない部屋を沈黙が支配する。

 アヤネ自身のことを問われた三人は、聞かれたことを吟味する。それは空回りし、

「誰ってどういう意味なのか、ちょっと理解できない。あなたの現状を教えてもらえると助かるかな、こちらとしては」

 アイオールはなんとかこれだけ搾り出した。

「わかっていることは一般常識くらい。それ以外は自分の名前も今までなにをしていたのかも忘れているみたいです」

「名前なら教えられるよ。君自身からアヤネだって名前を聞いたことあるから」

「あなたは私に会ったことがあるんですね」

「うん。長い時間じゃないけどね。ビギナーズガーデンってところで話したことがある程度」

「すみません。そのことも覚えてません」

「いや、謝らなくても。再会の約束は果たせたわけだし」

 約束も覚えてないとアヤネは少し沈んだ様子になる。

「記憶喪失ってやつなのか、どう思うタッグ」

「詳しいことはわからん。確実なのはどうして封じられていたか知ることは不可能だってことだな」

「そうなるとこの症状も情報規制のための人的なものだって考えられるよね。まあ、記憶喪失にさせられる技術があればの話だけど。催眠術かなにかな。

 こういう症状を治せるスキルとかあったっけ?」

「これはバットステータスじゃなさそうだから、スキルで治すのは無理だろ」

「それもそっか」

 二人が話し合うそばで、ヴィオは少しでもアヤネの情報を得ようと、アヤネにステータスウィンドウを開いてもらっている。

 ステータスウィンドウにはアヤネという名前が載っており、アヤネ自身で間違いないと証明された。だが名前以外に素性を示すものはなく、収穫は少なかった。

 なにか思い出せないかというヴィオの問いにアヤネは首を横にふる。

「……だけど」

「だけど?」

「自分が記憶を失うのはおかしい、ありえない。そんな感じがなんとなくする。実際にはなってるわけなんですけど」

「記憶をとり戻すヒントになる、かも?」

 言葉の意味を考えようとヴィオたちは頭を捻るも、いい考えは浮かばない。

 これからの対策としては、ゆっくり休んでもらっておいおい思い出してもらう。できるのはこれくらいだろう。できるというか自然回復に任せるだけで、それまでブラーゼフロイントに一時加入してのんびりしてくださいということだ。管理者に引き渡すということも一つの手だが、管理者も記憶を取り戻せないだろう。ならば手を煩わせるよりは、縁もあることだし自分たちで引き取っておこうと考えたのだ。

 ヴィオは記憶喪失と信じきっているが、アイオールとタッグは演技の可能性も考慮している。ここらへんは、人をまとめ導く者と個人で動くことを重視しがちな者の差だろう。そばに置くことで真偽を見抜くつもりも少しはあるのだろう。

「行くあてはないんだろう?」

 アイオールが確認するように聞く。

「……はい」

「助け出したからには最後まで面倒みる責任があるし、記憶が戻るまでうちに所属するといい」

「所属?」

「私たちはブラーゼフロイントっていう小規模ギルドなのさ。私はここのギルド長」

 アヤネが首を傾げたのはどういうギルドなのかと疑問に思ったから、そういうふうに受けとったアイオールはギルド名を名乗る。しかしアヤネは疑問がはれたという顔はしていない。

「ギルドってなんですか?」

 この言葉に三人は驚いた。遊んでいれば大抵は耳にする言葉を知らないというのだから。

「ギルドっていうのは似たような目的を持った人や仲のいい人が集まって一つの集団をなしていることを言うんだけど。ほんとに知らない?」

 ヴィオの言葉にアヤネは頷いた。

「一般常識はあると思ってたんですけど、それすらも欠けてるところがあるんですね」

「あー……ますますほっとけないわね、この子」

「放り出すなんてことしたら、どうなるか想像つかんな」

 落ち込んだアヤネを見て、アイオールとタッグが思ったことを吐き出した。

「記憶が戻ったら問題なくなる、はずだよな?」

 おそらくと二人も頷いた。


 記憶には問題はあったが、体にはなんら問題はないようでアヤネはそのまま寝続ける必要もなく歩き回ることができた。

 夜、出かけていた者も帰ってきたときに皆を集めてアヤネを紹介する。封じられていたことなど事情も話し、皆にもフォローしてほしいと頼んだ。

「迷惑をおかけすることもあると思いますが、よろしくお願いします」

 皆の前でアヤネは頭を下げた。

「アイオールさん。記憶喪失なんてありうるんですか?」

 皆が疑問に思っていることをリオンが聞いた。ゲームの中で記憶が失うなど、予想もしていなかったことなのだ。

「わからない、としか答えようがない。でも実際にアヤネは記憶を失っているようだし、いろんな要素が重なってこうなることもありうるかもね」

 いろんな要素とはなにか。それは問われてもアイオールには答えようがない。皆にはそういうものだと理解してもらうしかないのだ。

 ついでに近々秋狩りに行こうという提案もする。アヤネという新たな仲間もできたことなので、その歓迎会にもちょうどいいと反対する者もなく二日後に泡村近くの山に行くことになった。

 この秋狩りは概ね問題なくすんだ。皆にとっていい気分転換となり、楽しめたことだろう。アヤネとギルドメンバーの距離も縮まったことで、歓迎会の目的も果たせた。

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