力を求めて
チカを連れて泡村へと戻ったヴィオとタッグは、待っていた仲間たちにチカの事情を大雑把に説明し、預かることになったと告げた。
予想通りリオンが可愛い可愛いと連呼し、チカを抱きしめていた。ほかのメンバーも珍しそうにチカを見て、預かることに不満はなさそうだ。これならばチカが一人になることもないだろう。ヴィオとタッグはほどほどにチカと接していくつもりだ。連れてきた責任があるので丸投げするつもりはないが、チカはすぐには二人に馴染めないだろうから、積極的に接するのもどうかと考えているのだ。
「二人ともお疲れ様」
チカに集まるメンバーから少し離れたところに立つ二人にアイオール近づき話しかけた。
「すまんな、ギルド長に相談なく勝手に預かると決めて」
「かまわないよ。タッグも考えて決めたことだろう? それなら大丈夫だろうさ」
「俺たちあの子としばらく仲良くできないだろうから」
ヴィオが言う。
「さっき聞いた話にはそんな話なかったけど、理由あるのかい?」
「チカを保護していた人を俺たちが殺したんだよ。それをあの子は知ってる。だから俺たちには懐きにくいと思うよ」
本当のことかとアイオールは視線をタッグに向ける。タッグは視線の意味をきちんと把握し、頷いた。
詳しいことを知りたがったアイオールに、場所を移してヴィオたちは今回あったことを話していった。
「そんなことをしたギルド長もいるのか」
暴走へと仲間を誘導した男の話はアイオールにはきついものだったようだ。同じリーダーの位置にいる者として、自分も知らずにそうなるかもしれないと考えてしまった。
場の雰囲気が沈んだとき、そこにルーがやってきた。
「三人でなに話してるの?」
「今回あったことの詳細をな。嬢ちゃんには話しておいたほうがいいだろうって思ったのさ」
「私も聞いてみようかな」
「止めておいたほうがいい」
アイオールが止めた。
「あんまり気分のいい話じゃない」
「アイオールがそう言うんなら止めとこうか」
あっさりと話に興味をなくした。もともと聞く気もなく言ってみただけだったのだろう。
「そうそう! 約束してた料理だけどね、明日まで待ってくれない?」
「俺は別にかわないよ。ヴィオは?」
「俺も文句はないっす」
「ありがとね。材料が足りなくてさ、買いにいける材料でもないし、今から狩りに行ってくるんだよ」
「俺も行こうか?」
「タッグたちは帰ってきたばかりで疲れてるでしょ。無理しなくていいよ。もうほかの人に頼んであるから」
ルーはそう言って、昼食を作るため離れていった。
昼食後、ルーは材料集めのため泡村を出ていった。ヴィオとタッグはなにをするでもなく、討伐戦の肉体的精神的疲れをとるため休んで過ごす。アイオールが二人に近づかないよう仲間に言っておいたので休息は邪魔されることはなかった。
次の日、約束通りルーは無事に帰還したお祝いとして、ヴィオとタッグの好きな料理とご馳走を作りあげた。気持ちのこもったそれらは人間の殺意あふれた戦場で冷えた心を温める料理となった。二人にとって美味しいという以上のものとなった。偽体に涙を流す機能があれば、流していたかもしれない。
神妙な様子で食べる二人に、仲間たちは首を傾げる。あの戦場を知らない者にとっては、二人の心情を理解できるはずもない。アイオールが二人のために作られた料理が美味しいから味わっているのよ、ととりなしそれに納得できかねたが触れることなく宴会を楽しんでいく。
その日から二日もすれば、表面上はそんな様子もなくなり元の二人に戻っていった。その様子に仲間たちは安心したように、いつもどおり接していく。
「コルオルジオ氷窟ってとこまであとどれくらい?」
「このまま道にそってまっすぐ二時間、三本松を目印に右に曲がってさらに二時間くらい歩くと到着だね」
ヴィオとアイオールが良く晴れた空の下、二人で道を歩いている。二人以外に誰も付き添いはいない。
ヴィオのレベル上げのため、コルオルジオ氷窟という向かっている最中だ。ヴィオはプレイヤーキラーとの戦いで実力不足を痛感した。また似たようなことがないともかぎらないと考えたヴィオは自衛くらいできるように強くなりたいとタッグに相談した。それならばコルオルジオ氷窟ならばどうだと教えられ、そこに行くことにした。だがヴィオは場所を知らない。場所を聞こうとするヴィオにタッグはアイオールを連れて行けとアドバイスした。アイオールならば場所を知っているし、ヴィオがピンチに陥ったとしても簡単に助けることができる。なによりヴィオと一緒に行ってギルドから解放されることで、気晴らしになるだろうと考えたのだ。また少しずつ疲れが溜まっていることをタッグは見抜いていた。
ヴィオはアドバイスに従い、アイオールに同行頼む。二人の間にはレベル差があり、ヴィオのためにならないのではと思ったが、タッグからのアドバイスだと知るとなにか考えあってのことだろうと頷いた。
ついてきそうなリオンやデルカは、チカと遊ぶことに夢中になっていたり別件でついていけなかった。
移動は特殊魔法のテレポートでも行けたが、コルオルジオ氷窟までの道を覚えるため使わず歩きとなった。そのため行き帰りに丸一日かかる行程となっている。
「こうして歩いて目的地に向かうのも、たまにはいいね」
口調を立瀬都のものへ戻している。
「俺はいつも歩きだから、その気持ちはわからないな」
「私はテレポートを覚えてからは、初めていくところ以外は大抵テレポートを使うからね、こうやって風景を眺めながら向かうのは久しぶりじゃないかな」
季節は秋だ。木の葉が紅くなり始め、見ごたえのある風景が広がっている。もう少し寒くなると、もっと紅く染まり、地面にも紅の絨毯が広がり見事な風景となるだろう。
「こうして見ていると、本物にも見えてくるよね」
「それはわかる。この風景を作り上げた人たちの努力はすごいよ」
「そうだね。もう少ししたら皆で紅葉狩りにでも行こうか? 泡村近くでも行けるだろうし、チカちゃんもお出かけは喜ぶんじゃないかな」
「いいね。ほかの皆の気晴らしにもなるだろうし」
早めの観光気分を味わいながら、二人はコルオルジオ氷窟を目指す。
やがて山道に入り、岩肌がむき出しの崖に到着した。崖にはぽっかりと穴が開いている。穴は人が三人は並んで歩けるくらいの広さ。洞窟の奥からは冷たい空気が出ている。ここが目的地だ。
「ここがコルオルジオ氷窟」
「そのとおり。中難度の洞窟で、五階層からなる洞窟。最奥にはダンジョンボス氷狐ヒオがいる。まあ、今回はそこまで行く気はないけどね」
「氷狐ヒオって強い?」
「一対一で戦うのなら最低でもレベル30はほしいね。私はレベル34のとき、距離をとりながら攻撃魔法を使い続けてぎりぎり勝ったよ」
「今はレベル50に近いんだっけ。余裕で勝てるっぽいね」
「接近戦しようと思わなければ負けはないかな。
いつまでも話してても仕方ないから入ろうか」
そうだね、とヴィオは頷いてコートを羽織り洞窟に足を踏み入れる。内部は、秋を向かえ気温が下がってきた外よりも低い。気温は真冬並で、コートがなければ寒さに気をとられ満足に戦えやしない。
「一階ならヴィオ一人でも十分戦える。危なくなったら、助けるから好きにやってみるといいよ」
ヴィオは頷き、エネミーを探し歩き出す。どんなエネミーがいるか、どのような攻撃をしてくるか、弱点はなにかといった情報は聞いていない。ステータスを上げるためではなく、戦いの判断も鍛えるために聞かなかったのだ。
二つほど小部屋を通り抜け、三つ目の小部屋に入ったときヴィオはこれまでになかったものを発見した。直径四十センチほどの氷の塊にも見えるが、単なるオブジェクトならばもっとたくさんころがってるはずだ。おそらくこれはエネミーだと判断し、剣を抜いた。いつでも戦えるように剣を構え近づく。剣が届く距離までくると、ヴィオは剣で軽く氷の塊を叩いた。キンキンと音が部屋に響き、氷の塊は動きを見せた。
「先手必勝! スキルアーツ・パワーアタック!」
攻撃態勢の整っていないエネミーに、ヴィオは剣を振り下ろす。スキルアーツで大ダメージを狙うというおまけつきで。
ガキィンっと大ダメージを与えたとは考えにくい音が響いた。硬いものを叩いた衝撃がヴィオの手に伝わる。
氷の塊からはダメージを与えた際に出る朱色の光が漏れ出たが、大きなものではなかった。
「物理防御が高いのかこいつ」
今度はこっちの番だと、重そうな体からは予想できないジャンプ力をみせつけヴィオの頭上から襲い掛かった。その動きにヴィオは驚き、避けることができなかった。まともに攻撃をくらったことで大ダメージを受ける。いっきに全体力の三分の一を持っていかれた。
「そうなんども喰らってられないな。そっこうで片付ける!
スキルアーツ・ガードブレイク」
武器に微弱な光をまとわせ、相手の防御力を下げる補助魔法を使う。そして剣を振りぬく。暗い光が氷の塊にまとわりついた。さきほどよりも手ごたえがあり、朱色の光も大きく迸る。
アイススライムの反撃も落ち着いて相手の動きを見れば、避けることができる。最初に喰らったダメージ以外はかすって少し喰らったくらいだ。半分以上の体力を残し、戦闘を終えることができた。
この戦闘での収穫はアイテムは出ず、経験と経験値が手に入っただけだ。
「お疲れ様、回復するよ」
アイオールは治癒魔法でヴィオの傷を治していく。アイオールの実力の高さゆえに回復量も多く、満タンまで回復した。
「ありがと」
「さっきの敵はアイススライムっていうんだよ。見た目どおり氷の塊だから、硬くて物理防御が高い。弱点は炎と魔法攻撃。ヴィオがやったように防御を崩すのも手の一つだね。
一階はほとんどあいつばかりだよ」
一度戦ったので、アイススライムに関する情報を喋っていく。
「体力も回復したし、情報も得た。次に行こう!」
次の獲物を求めてヴィオは歩き出した。
一階ではアイススライムしか出会わず、地下への階段をみつけた頃には慣れもあってたいしたダメージを食らわずに戦闘を終えることができるようになっていた。休憩をはさみつつも六時間戦いどおしだったのだから、慣れて当然だろう。
「今日はこのくらいでやめておく? 技力も残り少ないんでしょ?」
「そうする」
早く強くはなりたいが、無理しても意味はないとわかっている。無理して死んでしまったら元も子もない。死なないために、強くなりたいのだから。
二人は洞窟外、十分ほど歩いた場所にある小屋で夜を過ごす。食事は携帯食で済ませた。二人が食べたものはアイオールが持ってきたもので、NPCが売っているものではなく、プレイヤーが作り上げたもの。効果は同じだが、味が違う。プレイヤーの作ったもののほうが美味しいのだ。美味しい分、値段も高くなるが高級とまではいかないので、アイオールはいつもこの携帯食を買って持ち歩いている。
「ご馳走様」
「お粗末様でした」
アイオールが作ったわけではないが、なんとなくそう返した。
時刻にして午後九時すぎ、眠るには少し早い。暇潰しにと話し出す。
「強くなりたいってことだけど、スキルはどう取るの?」
「調教師の称号取ろうと思ってるんだ。そのために必要なスキルは聞いてる。動物知識はもう持ってるから、あとは捕獲と調教と医療技術と医療知識。手持ちのスキルポイントでなんとか足りるよ。この情報に間違いがあるかもしれないから、まだ取得はしてないけどね」
「どうして調教師なの? 強くなりたいならもっと戦闘向きなスキルもあるのに」
「長所を伸ばそうと考えたらこうなった。高い会話スキルのおかげで動物とかと会話できるだろ、調教師の称号手に入れたら明確な指示を出せて思ったとおりに動いてもらえて戦いやすくなるんじゃないかって思ったんだ」
ヴィオの考えていることとしては、死角から体当たりしてもらったり、頭上から木の実を投げてもらい気をそらすとかだ。対する相手の隙を作ってもらおうと考えていた。
「長所を伸ばすってのはいい考えね。
そういえば会話スキルはどこまで伸びたの?」
ヴィオはウィンドウを開いて確認する。会話という文字の横に264という数字が書かれている。
「264だってさ」
「264ということは素質は天才だったのね。300までもう少しか。300になったら植物と話せるようになるのかな、どうなるのか楽しみだわ」
「そのときがこないとどうなるのかわからないね。
植物の声が聞こえるようになったら農業にも役立つのかもしれないなぁ」
「アドバイザーとしても活躍できるということね」
世界一美味しい野菜を作る手伝いをしている自分を想像してヴィオは笑いがこみ上げてきた。
このあともとりとめのない会話を楽しみ、夜は更けていった。
一階はもう大丈夫と判断しアイオールにも確認をとったヴィオは地下一階へと進むことにした。
途中にいたアイススライムは無視できるものは無視して消耗を抑える。
地下一階も一階と変わらない風景だ。階段を下りてすぐに雪ダルマがあった。ヴィオたちが階段を下りて床に足をつけると、それは動き出した。
ヴィオもすぐに剣を抜いて戦闘態勢に移る。
アイススライムに比べると動きの遅い雪ダルマは、一定距離にまで近づくと動きを止めて大きく息を吸い込む動作をして吸い込んだ息を吐き出した。吐き出された息には氷の粒が混じっていて、前方に広がっていった。様子見と考えてじっとしていたヴィオが今から避けようとしても遅く、息の範囲からは逃げることができない。受けたダメージは小さかった。雪ダルマの攻撃方法を知っているアイオールは、氷の息の届かない場所まで引いていたのでダメージは受けていない。
見た目からアイススライムほど硬くはないだろうと近づいて剣を振るう。思ったとおりで魔法を使わずともダメージが入る。氷の息にさえ気をつければ、そこまで強くはない敵だった。
戦闘後のアイオールの解説によると、名前はスノードール。でもプレイヤーたちはその見た目から雪ダルマと呼ぶらしい。攻撃法は氷の息と体当たり。集団で出てきていっせいに氷の息を吐いてくること以外は厄介なことはないエネミー、だとわかった。
地下一階はスノードールとアイススライムしかでないらしい。ただし集団で出てくることがあるので注意するようにと忠告を得た。
この忠告どおり、ヴィオは次の部屋でスノードール三体と戦闘になった。氷の息がくるタイミングがわかっていても、さらに範囲の広がった氷の息を避けられない。一体を相手している間に、ほかの二体の氷の息で少しずつ体力を削られていった。戦闘には勝ったが、アイオールの治癒魔法のおかげだ。
「今の戦闘で悪いところは無理したこと。不利だと思ったら一度退いて回復しないと、これから先のダンジョンだとごり押しはできないよ」
「一度退いてエネミーもダメージ回復するなんてことは?」
「回復方法を持ってるエネミーならしてるかも。ここのエネミーは回復方法は持ってないよ」
アドバイスの礼を言って、次の部屋に移動する。
次々とエネミーと戦いヴィオは経験値を溜めていく。一度、二体のアイススライムと五体のスノードールに出くわしたが、さすがにヴィオには荷が重いと判断したアイオールが手を出した。地面から広範囲にわたって飛び出た金属の槍がアイススライムとスノードールを一撃で葬り去っていく様子は圧巻だった。レベル差30の力がそこに示されていた。
洞窟に入って三時間ほどが経った頃、一度休憩しようとエネミーのいない部屋で床に座る。座った場所は部屋の隅で、部屋の入り口と部屋全体を見張ることができる。不意打ちされないように最低限の警戒はしているのだ。
三十分たっぷりと休憩をとった二人は再び動き出す。そして地下二階へと続く階段を見つけた。
階段からは今以上に寒い空気が漂っている。
「二階下るだけでこの寒さって最下層ってどんだけ寒いんだ?」
「おかしいな、寒いのは最下層で地下三階までは温度は変わらないはず。仕様が変わってた? だとしたら事前に連絡はあるはずだし。閉じ込められてから変えたから私は知らない? でも忙しくて仕様を変える暇なんてないと思うし」
「聞いてると、ここまで寒いはずがないってことらしいけど」
「少なくとも私が以前ここにきたときは地下三階まで温度は変わらなかったよ」
「近づかないほうがよさげ?」
「たぶんね」
危うきに近づかずということで二人は階段から離れようと背を向けた。そのとき階段から物音が聞こえた。振り返ると空耳ではなく確かに聞こえる。
二人は階段からできるだけ離れて、なにが出てくるのか見る。
出てきたのは疲れた様子のプレイヤー二人だった。
「大丈夫ですか?」
なにがあったのか聞くチャンスだとアイオールが声をかけた。
「俺たちはなんとか。だけど仲間が一人逃げ遅れたんだ!」
「なにがあったんです?」
「氷狐が三階にいたんだっ」
「氷狐ってダンジョンボスってやつだろ? それって最下層にいるんじゃ?」
「そのはずなんだ。でもたしかに三階にいるんだよっ。いきなり出くわして戦いはしたけど、今日はボスと戦うつもりじゃなかったから準備はしてなかった。それでボロ負けした。このままだとやられると思って逃げてきたんだが、仲間が一人逃げ遅れた」
ここでプレイヤーは、はっとアイオールを見上げる。
「一緒にきてくれないか! まだあいつ生きてるかもしれないだっ頼む!」
もう一人と一緒に頭を下げる。
「……仕方ないわね」
必死な様子にアイオールは頼みを引き受けた。
「ありがとう!」
男たちはポーションで体力を回復し、すぐに引き返す準備を整えた。
「ヴィオは……置いていくのも危険だね。私のそばでずっと防御しておきな」
気を引き締めるために口調がアイオールのものへと変わる。
「下のエネミーには俺はまだ勝てない?」
「厳しいだろうね」
「わかった」
アイオールがそう判断したのならと従うことにする。ここにきたことのないヴィオが戦えると言ってもなんの説得力もない。それを自分でよくわかっている。
四人は階段を下りていく、地下一階と二階では明らかに温度が違う。男たちの案内で仲間のいるらしいところまで急ぐ。途中ででてきた、白い狼や大きな氷柱をもった小鬼はアイオールと男たちが軽く一掃した。
「この先だ」
男の一人が通路の先を指差す。そこからはさらに冷えた空気が流れてくる。
「……まだ氷狐がいるらしいな」
わずらわしそうにアイオールが言う。
「ヴィオ、まずいと思ったらすぐに離脱するように」
「わかった」
四人は寒さの大本とも思える場所へ歩を進める。
部屋の中には、子象並みの大きさの狐がいた。黄金の毛皮ではなく少し蒼の混ざった銀の毛皮を持つ狐だ。ゆらゆらと尾を揺らし入ってきた四人を見ている。その目には明らかに知性の光が宿っていた。
四人が入ってきた入り口の斜め前方七メートルほどに倒れ伏せている男がいる。身動き一つしていない。気絶してるのだろう。
アイオールが杖を前方に突き出し、氷狐から目を離さずに男たちに話しかけた。
「ここで氷狐を見張っているからあの人を連れてここから退避しなさい」
男たちは頷いて、そろそろと動いて倒れている仲間を二人で運ぶ。その様子を氷狐は静かに見ているだけだ。
アイオールたちに礼を言って男たちは部屋から出て行く。
「私たちも出ないとね」
その言葉に応えるかのように氷狐は低く唸った。ヴィオの耳にはその唸りが言葉として聞こえた。
「戦う気がないのか?」
聞こえた言葉に疑問を感じて思わず氷狐に問いかけてしまう。
「なにを言って……あ、そうかエネミーの声も聞けるんだったか。
さっきなんて言ったの?」
「ようやくいなくなるのか、だってさ」
『私の声が聞けるのか』
驚いたように氷狐がまた唸る。
「わかる。そういうスキルだから」
『会話できる存在は初めてだな』
「そうなの?」
「できれば通訳してもらえると助かる」
「あ、ごめん」
戦う意思がないとわかりアイオールは杖を下ろす。下ろしても杖を握ったままなので、まだ警戒はしているのだろう。
ヴィオが間に立ち、会話が始まる。アイオールが聞きたいことは、氷狐がなぜここにいるのかということだ。
『住処を住み心地が悪く変えられ追い出されたからだ。
この洞窟の最下層は一番温度が低く私にとって住みやすい場所だ。それを突然やってきたものが変えてしまった』
「排除はできなかったの? あなたと何度か戦ったことあるけど、そこらの敵には負けないくらいには強いでしょ」
『あれと私は相性が悪い。力自体は私のほうが少し上だが、あれの作り変えた場のせいで私の力は抑えられあれ以下になってしまう』
「えっとあなたの属性は水だよね?」
『ああ』
「だとすると五行で考えて、相手は土属性かな」
この世界の属性法則を思い出し、相手の属性を予想する。
『おそらくそうだろう。全身が土でできた人形。大きなゴーレムだ。なにかを守っているようで最下層から動くことはない』
「なにかを守ってる?」
好奇心が疼いたヴィオ。
「私が主に育ててるのは水系統なんだよ。私にとっても相性悪いかな。もう一つは金系統だけど、特に効果あるってわけじゃないし。だから手は貸しにくいかな」
なんとなく手を貸せを言われそうで、先手を打ってみた。
土属性に効果があるのは木属性だが、アイオールはその属性の魔法を持っていない。土は金を強くする効果があるが、強くしたところでボスクラスに効果的といえるかはわからない。これまで雑魚を圧倒したのは、レベル差にものを言わせたおかげだ。
『私も一緒に行くし、礼はするが?』
「うーん」
アイオールは乗り気ではない様子だ。戦力的に厳しいと判断してのことだ。ヴィオは使い物にならないし、自身も本調子で臨めるとは思えない。同じように氷狐も本調子ではない。
「あ」
迷っていたアイオールはなにか思いついたように表情を変えた。
「本調子に戻ればゴーレムに勝てる?」
『五分五分にまでは戻せるな』
「だとするとその状態で私が加勢すれば勝率は上がるね」
「なにか考えがある?」
「今ゴーレムによって場が土属性に変わってるっていうから、それを利用して場を金属性に変えてみたらいいんじゃないかって思いついたの」
金属性は水属性を強める効果があるからやってみる価値はあるかもしれない。ゴーレムに攻撃が効きづらくとも、氷狐が力を増した状態ならばいい勝負ができるはずだ。このことを伝えると、いい考えだと氷狐から返答が返ってきた。
「ヴィオは部屋の入り口で待機ね」
「参加しろって言われても断る。ここらの敵に苦戦するよう状態で挑もうとか思えないよ」
話がまとまり二人と一匹は目的地の最下層へと移動する。最下層は寒さが和らいでいた。これもゴーレムが場の属性を変えた影響なのだろう。道中の雑魚はすべて氷狐が追い払った。威嚇すればすぐにどこかへと去っていったのだ。おかげで余暇な消耗はせずにすんだ。




