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悪意の末路

 

 転送された先は暗い森の中だ。到着したらその場で待機と言われている。光源となりうる月明かりは木々に遮られ、頭上にちらりと光るだけ。互いの顔さえも見づらい状況で全員がそろう。ラスツイスが線香のようなものに火をつけた。暗さに目がなれればこの小さな明かりでも、十分な光源となる。

「まずは情報収集だ。ラウンは先日つけた目印の配置位置に異変がないか確認を。シーは透視で村の状況を見てくれ、村は西にある。ヴィオは動物に頼み、村の状況を探るように。相手にも動物知識持ちがいるかもしれない。動物には物陰を移動するように言ってくれ」

 指示を受けた三人は早速動き出す。

 ヴィオは声がする方向を見て、木の上にいたネズミに声をかける。多くの餌を渡すことを交換条件に村の状況を探ってもらう。目立たぬようにという指示も忘れていない。指示を出しても今のヴィオにできることは多くはないし、野生動物のAIもそれほど上等なものではない。できることはプレイヤーかNPCか見分け、どこに一番人が多いか探ってもらう、そしてそこまで案内してもらう。これくらいだ。

 ラウンと呼ばれた男は、事前に協力を頼まれ動いていた。アサシンの称号持ちなので隠密行動は得意なのだ。前日から村を監視していたり、参加者の配置位置に印をつけるなど裏方を行っていた。数箇所に残した目印に管理者が討伐隊を転送することになっている。

 シーと呼ばれた女は、超能力スキルを取得した際に透視のスキルアーツを得ていた。暗さや障害物を無視して、ある程度の距離を見通せるのだ。

 三人の活躍で、村の状況がわかった。今は午後九時前。眠るには早くプイレヤーキラーたちは起きている。彼らの半分は宿に集まり、十人が小屋にいる。残りはばらばらに散らばっている。

 その小屋にいる人の報告をしたシーの顔が若干赤い。それに目ざとく気づいたタッグが声をかける。

「どうした?」

「なんでもない……わけでもないんだけど、異変があるとかこちらに気づいたとかじゃないのよ」

「うん?」

「あー……このゲームってセックスできたっけ?」

「は?」

 皆の動きが止まった。

「だからっ」

「いや言わなくていい。でもそんなことできたか? 聞いたことないな」

 皆も同じくそういったことは聞いたことはないようだ。

「たぶんNPCとしてるみたい。娼婦なんて職業はない……よねぇ?」

「ないはずだぞ? そんなのがいればそれなりに話題にはなるはずだ。

 なんでできてるのかわからないが、これからすることに問題となるわけじゃないな。むしろことの最中なら油断しきってるだろ」

「そんな中、突撃したらこっちが驚いて動きが止まりそうなんだけど」

 未経験なヴィオでも本や映像で見たことはある。だがいきなりそんな場面に出くわせば、驚いてしまうだろう。

「丸腰だろうから、そうなってもこっちが有利だ」

 寝静まったところを奇襲するつもりなので、そういったことはないはずだ。

「ほかに変わったところはないか?」

「ないよ」

 ラスツイスの確認にシーは頷く。

「一度帰る。レパース、管理者に帰還の伝言を頼む」

 優れたテレパシーの使い手レパースにラスツイスは頼む。レパースは頷いてスキルアーツを使う。その二十秒後、その場にいた全員はヴァサリアントへと飛ばされる。

 庁舎跡に戻ってきたラスツイスは再び台座に上がり、これからの行動内容を話していく。

 ラウンが二十以上つけた印のうち五つを目印として転送陣を作る。その印は等間隔で村を囲むようにつけられている。転送陣一つを十組のパーティーが使い、飛んだ先から約十メートル間隔で離れていって五角形の包囲陣を作る。そしてテレパシーで合図が送られると篝火を焚き、迎撃準備をすませる。

 突撃組は迎撃組が移動し終わってから動く。五つの転送陣を使い、静かに村へと移動。できるだけ目立たないように動いて、戦えるプレイヤーキラーの数を減らしていく。

 強制参加組は二手に別れる。指示を出すラスツイスを補佐する側とプレイヤーキラーの親玉を目指す側だ。ヴィオは親玉を目指す側に参加する。ヴィオたちの動きに注意すれば確実ではないが、親玉を目指すことができる。そのためにある程度時間が経てば、目立つように光輝く槍を掲げて動く者がいる。

 作戦始動時刻は0時だと告げ、作戦の説明は終わる。

「迎撃組、右端一列から転送陣前へと移動っ」

 五組の迎撃組が移動し終わるのを確認し、ラスツイスは口を開く。

「飛んだ先では静かに待機だ。転送陣に入れ!」

 五組の迎撃組の姿が消えていった。

「次の列の五組っ転送陣前へ!

 飛んだ先では、待機している者たちの右斜め十メートルに移動っ。転送陣に入れ!」

 ラスツイスは次々と指示を出していき、迎撃組全員を送り出した。

「突撃組右端五組、転送陣前へ!

 移動しだい村へと静かに移動。ただし村にはまだ入らず、木々の陰に隠れ合図を待つように!

 転送陣へ!」

 迎撃組と同じように次々と送り出す。

 人でいっぱいだった庁舎跡には強制参加組と管理者たちが残った。

「私たちも行きます」

 強制参加組を代表しラスツイスが管理者と話す。

「成功を祈っています。旅立ちを守護する女神の加護があらんことを」

 管理者はこの世界を代表する女神の一人に成功を祈る。気休めでしかないが、それは管理者もわかっている。それでもなにかに祈らずにはいられず、現実の神よりもこの世界の神に祈ったほうが効果的ではないかと思ったのだ。

 管理者に見送られ強制参加組も現地へと飛ぶ。残った管理者は成功の報をここで待つのみだ。それを信じて、自分たちにできることをやるため動く。


 村を包囲する陣は完成し、いつでも作戦を始動できる状態だ。時間もそろそろ0時になる。

 しかしプレイヤーキラーはまだ起きていた。夜型の人間が多いのか、それとも村に集中する討伐隊の視線と敵意を感じ取っているのか。こちらのことに気づかれたというわけではないだろう。村に目立った動きはない。このまま作戦を始めても奇襲の効果は薄い。

 もう少し待つかとラスツイスは考え、それをすぐに否定した。これ以上は討伐隊の緊張と集中力が持たないからだ。

「レパース、作戦を始める。突撃組に合図を送ってくれ。静かにせずともいいと追加してくれるか」

 最後の指示は屋内にいるプレイヤーキラーを引きずりだすためだ。奇襲が望めないなら静かにする意味はない。逆に音を立て関心をひくことにした。

「わかりました」

 ザッザという足音が森に響きだす。

「君たちも動いてくれ」

 強制参加組突撃隊にも指示を出す。

 とうとうこのときがやってきたとヴィオは緊張感から身を硬くする。雰囲気を察したタッグが声をかける

「護衛に強い人たちが集まっているんだ。そんなに緊張することもないぞ」

「わかってはいるんだけど、やっぱりね」

「アイオールにも頼まれているから、しっかりと守るさ。俺たちを信じろっ」

 皆が大丈夫だと力強い視線を送ってくる。その頼もしさにヴィオの緊張はほぐれていった。ヴィオがよろしくお願いしますと頭を下げ、それを合図に一行は動き出した。

 プレイヤーキラーが根城にしている小さな村は、十分前の静けさが嘘のように騒ぎで満ちている。ラスツイスの狙い通り、なにごとかと建物から出てくる人間たち。あちこちから上がる、雄叫びと怒声と狂笑と悲鳴。討伐隊の攻勢に逃げ出す者がいる。逃げるのは難しいと考え抵抗する者がいる。人が殺せると狂喜する者がいる。

 突撃組があちこちで武器を振るっている。ヴィオたちは極力戦わず親玉を探す。道案内兼連絡統括役のネズミを肩に乗せたヴィオの案内で一直線に宿へと向かった。

 泡村にある似た造りの宿に入ると、宿内にいたネズミがヴィオの肩にそばにやってきた。

「宿にまだ残っている人がいるそうです。奥から二番目とカウンター手前の部屋!」

「待て! いかせはしない!」

 ヴィオが言った部屋の一つ、カウンター手前の部屋から覚悟を決めた顔つきとなったコサブロウが出てくる。すでに刀は抜かれていて、足止めしようとしている。

 コサブロウの姿を見て、ヴィオは思わず叫ぶ。

「なんでこんな場所にいるんだ! あんたはプレイヤーキラーとかしない人なはずだ!」

「知ってる奴か?」

 タッグが問う。

「助けられたことがあるんだ」

「……あんたらは先に行け。俺とヴィオはこいつを足止めする」

 事情があるのだと今のやりとりでわかった護衛たちは、頷いて奥の部屋へと走る。

 人数が違いすぎるのだ、コサブロウだけでは止められるものではない。追いかけようとするコサブロウをタッグが止める。

「うちの仲間を助けてもらったことには礼を言う。けれどもここから動かすつもりはない。しばらく俺たちの相手をしてもらおうか」

「悠長に相手をするつもりは……ない!」

 そう言ってコサブロウは刀を突き出した。

「あんたもほかの奴らと同じか!?」

 タッグは愛用の斧で受け止めた。刀を振り払い、斧を横に振るう。

「同じにするな! 動けなくなってもらうだけだ!」

「殺しをしないならなんでこんな場所にいるんだ!? ここはプレイヤーキラーの集まりだろっ」

「受けた恩がある! それを返さずにいることは義にもとる」

「あんたらのやってることがすでに義から大幅にずれてるだろ!」

 ヴィオの言葉に若干表情を歪めた。

「そんなことはわかっている! 俺だって何度も諌めた。だが止め切れなかったっ」

「だから手加減してわざと逃がしていたと言うつもりなのか!?」

「それしかできなかったっ」

 言葉を吐きながらもタッグと戦う手を止めはしない。

 コサブロウは半ば意地になっていた。憧れの侍とは遠く離れていく現状に悩み、唯一残った恩返しという共通点だけは手放しはしないと考えた。憧れつつも現実ではできない生き方をこちらではできる。だからこそ余計にしがみつく。

 この世界がまだ正常であったとき、コサブロウはエネミーの大群に殺されかけここのギルド長に助けられた。そのとき仰ぐべき主を得たと思い込み、その主ために動けると喜んだのだ。その主が道を外れ、諫言しても聞き入られず、できたことは被害を減らすこと。主を見放すことはできず、ずるずると時が流れ今に至る。ここで少しでも足止めできればとでてきたが、逆に足止めを喰らう始末。

 ことごとく憧れていた生き方と合うことのないこれまでに自嘲の笑みさえ浮かぶ。それでもこの二人だけは行かせはしまいと刀を振るっている。この二人がいけば主にかかる負担はさらに増すだろうから。

 コサブロウは強い。タッグだけでは勝てはしないだろう。ヴィオが補助魔法のスキルアーツで、コサブロウの動きを阻害し続けなければタッグは倒され、ヴィオもあっという間に気絶させられる。ゆえにコサブロウが本気になれば、二人も本気で応じざるを得ない。

 タッグとコサブロウはどんどん傷を負っていく。

 いっきに勝負を決めようと考えたのかコサブロウはスキルアーツを使う。スキルアーツにスキルアーツをぶつけ相殺しようと、タッグも使う。

「ストロングスラッシュ!」

「スイングインパクト!」

 コサブロウが使ったのは刃物スキルのスキルアーツ、パワースラッシュの上位版。かたやタッグが使ったのはいつか使ったクラスアーツ。

 二つのアーツがぶつかるっといった瞬間、コサブロウが囁いた。

「スキルアーツキャンセル」

 これによりコサブロウの攻撃はただの斬撃となる。タッグの攻撃はコサブロウの刀を押し切って、コサブロウ自身に命中した。襲い掛かる痛みに覚悟ができていたのか、悲鳴一つ上げず倒れていく。今までに蓄積したダメージもあってタッグの攻撃は致死ダメージとなった。

 なぜという二人の表情を読み、答える。

「生き恥を晒してきたからな。犠牲者にも命を持って償う必要がある。こんな男の命なんぞなんの慰めにもならないだろうが。

 覚悟はしてあった。大人数でこられてはここはもう駄目だ。ならば最後に俺ができるのはこれくらいしか思い浮かばなかった。自己満足だという自覚もある。笑いたければ笑えばいい。

 虫がいい思うだろうが、愚かな男の頼みを一つ聞いてくれまいか。俺が出てきた部屋にチカがいる。あの子はこことはなんの関係もない。あの子の世話を頼みたい」

 最後の最後で思ったように振舞えたからか満足気な笑みさえ浮かべ、コサブロウは消えていく。

 コサブロウが消えきる前に奥から男が息を弾ませ出てきた。数秒もない時間でタッグと男の視線が合う。そのまま言葉を交わすことなくコサブロウは消えて言った。

「コサブロウもやられたのか! 役立たずなりに時間稼ぎくらいはできればいいものをっ。こんなにも役に立たないならあの時見捨てるなり、さっさと無駄飯喰らいのガキを売り払うなりしてればよかったぜっ」

「なっ!?」

 コサブロウは正しいことをしていたわけではない、それでも義に殉じたいという思いは本物だった。それを男の言葉で怪我された気がしたヴィオは、思わず剣を持って男へと向かった。

「うっとおしいんだよ!」

 レベル差があるせいなのかヴィオは男の一振りで全体力の三分の一を失い、地面に倒れる。

「雑魚が粋がるんじゃねえよ! ちっもうきやがった、あいつらも役に立たねえ!」

 男の背後で奥の部屋に行ったプレイヤーたちの足音がする。

 男は宿の玄関へと走る。男を追うプレイヤーたちにヴィオはあれが親玉かと聞いた。プレイヤーたちは足を止めず、すれ違いざまに頷いた。

 ヴィオは立ち上がり、タッグと共に親玉を追って宿を出た。

 村の戦闘は早々と決着がつこうとしていた。人数差が六倍近く、村に来た人数差も二倍。油断しなければ討伐隊に負けはない。ラスツイスの言葉を守り、一対一を避けたからか被害は少なく、死者はコサブロウ以外にいない。

 親玉もプレイヤーたちに囲まれ逃げ場がないように見える。

「大人しく降伏しろ! 痛い目は見たくないだろう!」

「……さすがにこれはつんだか。あーあ楽しかったゲームもこれで終わりか」

 囲まれているというのに親玉は余裕を崩さない。殺されることはないとわかっているからか、隠し玉があるのか。

「ゲームだと!?」

「なにを驚いてんの? もともとゲームだろこの世界?」

「たしかにそうかもしれんが、人の命を奪ってきたんだぞ! それをゲームの一言で済ませるつもりか!?」

「俺がやったわけじゃないし」

「こいつらのトップだろうお前は!」

「俺がやったのは、情報を制限し、少し背を押しただけだ。あとはこいつらが勝手に暴走しだしただけだ」

 閉じ込められ不安がっていたギルドメンバーに、いつもどおり過ごしていれば問題ないと言った。通達を聞きにいったリーダーの言うことだから少しは信憑性があると従った。そして不安な気持ちを、他人を傷つけるという暗い愉悦で晴らしていき、歪んでいったのだ。

 たしかにきっかけを与えただけだ。そして男は歪んでいくプレイヤーを見て楽しんでいただけだ。男自体は閉じ込められてからはプレイヤーを殺していない。罪があるとすれば、コサブロウの諫言を受け入れずギルドメンバーの行動を止めなかったことか。

「そんな言い訳が通じるとでも!?」

「こんな非常事態だ。多少の混乱はつきものだろ。それで通るんじゃねえの」

 管理者の権限や能力が制限されている今、証拠の収集が難しくそれで通る可能性すらある。

「お喋りがすぎたな。さっさと逃げるか。

 スキルアーツ・テレポーテーション」

 余裕だったのは転移できるからだった。始めから少し遊んで討伐隊の悔しがる顔を見ながら逃げるつもりだったのだ。特殊魔法のスキルアーツ・テレポートほど汎用性はないが、この場から逃げるくらいならば簡単にできる。

 超能力スキルアーツ・テレポーテーションはテレポートと違い、世界を越えることはできないが、一度行った場所ならばフィールド、ダンジョン、街の中どこにでも行くことができる。

 この場にいる多くの者が逃げられると考えた。その中で幾人かが反応し攻撃を放つ。復讐に燃えていた者たちだ。一番最初に届いたのは矢だ。囲んでいるプレイヤーたちの間を抜け、スキルアーツを発動しかけた男の喉に当たる。

 狩人のクラスアーツにチャージショットというものがある。弦に矢をつがえ、引いたままにしていると時間が経つほどに威力が上昇していく。このクラスアーツを村に入ったときから親玉を探しつつ発動させていた。上昇する威力に上限はある。それでもこの一撃は男の体力を削りきる威力を持っていた。

 男が矢の威力に押され背後に倒れる。痛みによってスキルアーツ発動は中断された。死ななかったのは死なずの紅玉のおかげだ。痛みに悲鳴を上げる男に追い討ちをかけるように槍が飛ぶ。この槍も、逃げ出そうとした男に反応したプレイヤーが投げたものだ。もとは命中しなかっただろうその槍は、男が倒れこんだことで右胸に命中した。それとも倒れこむことを計算にいれ、止めとなるように放ったのだろうか。

 槍を投げたのはヴィオたちが助けた男だった。

「嫌だあっ死にたくない!」

 男が悲鳴を上げながら消えていく。プレイヤーに死を運ぶ原因となった男の身勝手な言葉に、同情できるものはいなかった。

 親玉は死に、ギルドメンバーも全員捕まったことで、今回の騒動はあらかた終わりとなる。

 村からは徐々に戦いの音は消えていった。


 ヴィオとタッグは宿に戻る。そこにいるはずのチカを連れ出すためだ。

 無事にみつけることはできた。だが二人は怯えられた。チカは扉の隙間からヴィオたちとコサブロウが戦う姿を見ていたのだ。チカにとってはコサブロウは親切なおじさん。そのおじさんと戦っていた二人が怖い。コサブロウが消えていくところは物陰で見えなかった。見えていたとしても死んだとはわからない。チカは遊ぶ前にルール説明を受けていない。ごく短時間のみ遊ぶ予定だったので、詳しい説明は受けなかったのだ。コサブロウも危険なことからチカを遠ざけていた。

 九才の子供に死という概念を理解させるのも難しい。ヴィオとタッグはコサブロウとはもう会えないと事情をぼかして説明した。あとのことはコサブロウに任されたとも。

 姿は見えずとも声はなんとか聞こえていたので、ヴィオたちの言葉が嘘ではないとわかったチカは二人についていくことにした。それでも怖いという感情がなくなったわけではない。だがここで二人を拒否して一人で生きていけるかと考え、無理だと判断を下せるくらいの理性は持ち合わせていた。

 怖がるチカにヴィオたちは、自分たちに慣れなくとも女性陣とならば安心して暮らしていけると考える。リオンあたりは構い倒しそうだ。

 ヴィオたちがチカを探しているとき、ほかのプレイヤーは村中を探索して回っていた。溜め込まれたアイテムを強奪とかではなく、隠れているプレイヤーキラーがいないか確かめている。村を囲む包囲陣もいまだ解除されていない。全員みつけたとラスツイスが報告を受けるまで解除されないのだ。

 そうしているうちに連絡を受けた管理者たちがプレイヤーキラーを受け取りにやってきた。次々と隔離施設に飛ばされ、最後の一人が飛ばされる頃には、隠れているプレイヤーキラーはいないという報告もきた。

 これでラスツイスは作戦終了の報をテレパシーで出してもらった。

 村とその周囲から歓声が上がる。怪我人は出たが無事成功した作戦を喜ぶ声だ。長く続く拍手。

 ここで管理者側からせめての労わりとして、ヴァサリアントの庁舎跡で慰労会が開かれることが知らされた。討伐隊は緊張感から開放され、人を傷つけたということを一時的に忘れ、それを楽しみにしつつ転送陣に入っていく。

 ヴィオたちも転送陣に入ろうとしたとき、管理者に呼び止められた。そのまま転送陣から少し離れた場所へと連れて行かれる。

「なんでですか?」

「その子のことなんだけど」

「この子がどうかしました?」

 まさか関係ないチカまで隔離施設に送る気かとヴィオとタッグはチカを後ろに隠す。

「警戒しなくてもいいよ。何もしない。

 その子の名前ってチカっていうんじゃないかって思って。それを聞きたいんだ」

「この子のこと知っているのか?」

「斉藤さんの娘さんじゃないかい? お父さんの名前は斉藤隆って言わない?」

 チカはその名前に頷いた。

「ああ、やっぱり! 心配してたんだよっ。たしか斉藤さんの娘さんが花火を見るためこっちに来てたようなって、話題になってたんだ。

 君達が保護してくれてたのかい?」

 チカの無事な姿に安堵の溜息を吐いている。

「俺たちじゃない。コサブロウというここのギルドメンバーに保護されていた」

「ここの!? それにいたってことは」

 タッグが過去形で話したことで管理者は簡単な事情を察する。コサブロウというプレイヤーがプレイヤーキラーと毛色が違う、そしてもういない、それくらいは推測できた。

「チカちゃんは運が良かったんだな」

「かもしれないな。

 それでこの子はどうするんだ? あんたらが引き取るか? コサブロウとの約束はあるが、うちにいるよりはそっちのほうが安全そうではあるから拒むつもりはない」

「そうしたいんだけどね。うちらにこの子を世話する余裕がないんだよ。ほんと忙しくて。大人の中に子供一人ほったらかしになるのは目に見えてる。そんなのはこの子にとっていい状態とは言えないだろう?

 そんな状態にするよりは、そちらで預かってもらうほうが正直助かる。どうだろう、頼まれてくれないか?」

「もとからそのつもりだったから、こちらとしては問題ないさ」

「ありがとう。時々チカちゃんのことで連絡を取りたいから、どこを拠点にしてるのか、もしくはギルドに入っているならギルド名を教えてもらえないか?」

「拠点は泡村、ギルド名はブラーゼフロイント」

「川藤のところの!」

「川藤?」

「あ!? ごめん聞かなかったことにしてくれ」

 タッグは川藤が誰だか予想がついた。自分のギルドに関係ある管理者はバフしかいないのだ。

 頼みどおりヴィオたちは聞かなかったことにして話を進める。

「チカちゃんが使っている体は特製でね、体力や技力などのステータスが存在しない。だから痛みは感じても死ぬってことはないんだ。そのかわり基本スキル以外は使えない。NPCと同じだね」

「危ないところには連れ出さないほうがいいな」

「まあね。痛覚はあるわけだし」

 このあと管理者はよろしく頼むと頭を下げ、去っていった。

 三人も転送陣へと向かう。チカが眠そうなので、タッグが抱き上げている。時刻にして一時過ぎ。子供は眠たくて当然だ。実際、騒動が起きる前まで寝ていたのだ。そこをコサブロウに起こされ、倉庫に隠された。騒がしい雰囲気に眠気がなくなっていたが、もう一度襲ってきた眠気に勝てずタッグの腕の中で眠ってしまった。

 庁舎跡には管理者たちが準備していた料理と飲み物が立食式で置かれている。先に到着した者は飲み物をもらい、音頭をいまかいまかと待っていた。もちろんラスツイスの音頭だ。

 皆の期待に背を押されラスツイスは再び台座へと上がる。その手にもコップがあった。ラスツイスの姿が見えると庁舎跡周辺はざわめきが消え静かになる。

「仕事はもう終わったと思っていたが、最後にこんな大仕事が待ち受けているとは思っていなかった。

 皆と無事この場で再会できたことを嬉しく思う。作戦成功も嬉しいが、そちらのほうが嬉しい。

 これでこの世界はさらに平和になることだろう。それは私たちがやったことの結果だ。誇っていい。

 皆、待ちきれないだろう? だから短くすませよう。

 ではっ今夜の健闘と無事を祝って乾杯っ!」

 ラスツイスがコップを掲げ、皆も乾杯と返し同じようにコップを掲げた。

 宴は賑やかに進む。アルコールはないはずだが、羽目を外す者が多い。それだけ作戦成功が嬉しいのだろう。緊張したことの反動もあるのか。

 参加者たちの間を回っていたラスツイスがヴィオたちのとろこにもやってきた。

「お疲れ様〜」

 雰囲気があまりに違いヴィオは一瞬のみ誰だと思ってしまった。ヴィオが驚いたように、事情を知らない者は誰もが驚いた。そのたびにラスツイスは説明していく。驚かれ慣れているのだろう、またかという顔すらしなかった。

「私はきちんと公私をつける性質なのよ。それはこっちにきても変わらなくてね〜」

「えらくはっきり分かれてますね」

「きちっとするときは、それなりにしたほうがいいって意識してたら癖になってね」

「そんなものですか」

「そんなものよ〜。

 ところでその寝ている子は? 森でわかれたときにはいなかったよね」

 ちょいちょいとペンチに寝かされているチカを指差す。あどけない寝顔を覗き込み微笑みを浮かべた。

「ちょっとした事情があって預かることになった」

「タッグさんの隠し子とか?」

「なんでやねん」

 軽く裏手で突っ込むタッグ。とぼけたことを言ったのは、これ以上事情に触れないというポーズなのだろう。

「今回は本当にお疲れ様でした。

 ヴィオが動物を使って情報を集めてくれたおかげで楽になったわ」

「そこまで役に立ったとは思えないんですけど。少しでも力になれたのなら嬉しいです」

「あなた一人のおかげというわけではないけど、あなたも作戦を成功へと導いた一人よ。いてくれて助かったわ」

 そう言ってもらえヴィオは少し誇らしい気持ちになった。

「あなたたちと再び楽しく競えることを楽しみにしているわ。またね〜」

 ひらりと手を振りラスツイスは、ほかの参加者への挨拶のため去っていった。

「言ってたように楽しく競い合いたいですね、今回みたいに荒事めいたことじゃなくて」

「そうだな。そんな日が早く来てほしいよ」

 宴は明け方まで続いた。それにヴィオたちは参加せず、ヴァサリアントに宿をとり、そこで戦いによる体力的精神的疲労をとる。

 疲れていたということもあるが、いつまでもチカを屋外で寝かせるわけにはいかなかったからだ。

 明け方まで参加していたプレイヤーの中にはその場でダウンしたものもいた。時期的には九月の終わり。外で寝てもぎりぎり問題ない。まあ寒くなって外で寝ても病気にはならないが。せいぜい少し熱が出たように感じるだけだ。

 夜が明け二人は寝過ごすが、とっくに起きたチカがごそごそと動いていた音で目が覚めたのだった。

 お腹が空いているだろうチカと一緒に朝食を食べ、三人は泡村へと帰っていった。

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