男になりたい男の話
昼食を食べて道場を出てから気が付いた。
やる事がない…!
明日は用事があるから、来ては駄目だと。
二人でデートでもするのだろう。
さて、今日の昼から明日一日中何をするか。
家に帰りながら考え着いたのは、武具を修理に出そうということ。
壊れていないけど、少なくても傷は付いているわけだし、自分の知らない損傷があるかもしれない。
その後は「男」になる!
この町には鍛冶屋兼修理屋があって、武具を一式、修理してくれるらしい。
壊れている箇所がなくても、磨いてくれて新品同様の仕上がりになるとかならないとか。
道場割引もあって、多分そんなに掛からないとのことだ。
来週くらいにまた行こう。
月華と防具を預けて、いよいよ勝負の場に向かう。
勝負というより、戦争と言っても過言ではない。
むしろ一騎討ちというにふさわしいのかもしれない。
色々な意味で。
そして、やってきた。
賭博場に。
いや、嘘。
娼館街の入り口に。
遊郭とも言うね。
恋人いない暦と年齢が等しく、実質無職みたいな自分が、男になれる可能性はここしかない。
戦に出る前はお金が無くて行けなかった。
でも、今なら。
いや、下手したら今しか行けないかもしれない(覚悟と金銭的な意味で)
よ、よし…行くぞ…!
ぺた
ふぅ。
どうにか入り口に一歩目を踏み出したぞ!
えい
二歩目到達!
少し時間が掛かったけど、これで名実共に大人の階段に足を踏み入れたわけだ。
ところで、未申の刻とまだ早い時間だけどやっているのだろうか?
やっぱり早かったなぁと、どこも開いていない街並みを進んでいると女性が男二人組に追われていて、路地裏に入っているのが見えた。
…う、うん。厄介そうだけど、見過ごしたら師範に顔向けできないな。
追ってみると案の定、問題がありそうな感じだった。
「やっと追い詰めたぞ、この小娘!」
「やめて!離してよ!何で私がそんなことしないと行けないのよ!」
「てめぇの国は戦に負けて、てめぇは売られたんだよ!大人しくしやがれ!」
そういうことか、困ったな…
どうすればいいんだろう?
「ん?何だてめぇは!見世物じゃねぇんだ!さっさと消えろ!」
と、男が騒いでいるその隙に女性がこっちに駆け寄ってきた。
「助けて下さい!」
「いや、その…」
困っていたら、しがみついてきちゃったよ。
「正義漢気取りか?この野郎!ぶっ殺すぞ!」
自分、立っているだけでそんな態度してないんだけど…
あ、襲ってきちゃったよ
「うらぁ!」
もう仕方ない…!
振りかぶって殴りかかってきたので、隙だらけの鳩尾に思いっきり下から拳を入れてしまった。
「ぐふっ…」
男は血を吐いて、盛大に後ろに吹っ飛んでいった。
「てめぇ、やりやがったな!」
「ふざけるな!そっちが勝手に勘違いしたんだろ!」
何か腹が立ってきたから、今度は頬に拳をぶちかましてやった。
「ぶふぉ!」
作り話みたいに、見事に後ろの木造の建物まで飛んでって、建物に穴が空いてしまった。
「逃げるよ!」
「え、あ、はい!」
路地裏の入り口から見て、誰もいないことを確認する。
「走ると怪しまれるから歩こう。とりあえずうちに行こうか」
「わ、わかりました!」
道中は誰が聞いているのかわからないから、家に着くまでは極力喋らないように釘をさしておいた(言葉的な意味で)。
正直、女性を招けるような家ではないけど、下手にお店にも入れないのでとりあえず家に上がってもらった。
「そういえば、まだ名乗っていなかったね。天貴と呼んでくれてらいいよ」
「助けて下さってありがとうございます。私は琴音と言います」
琴音ちゃんかぁ。
見た目の通り、可愛らしい名前だ。
「こう言うのが正しいかのかわからないけど、宜しくね。」
「くすっ。宜しく!」
やっぱり、可愛いな。
「いい辛いかもしらないけど、事情って聞いても大丈夫かな?」
「大丈夫です。実は…」
彼女(三人称的な意味で)は隣国に住んでいたが、敗戦して本来なら普段と差がなく暮らせるはずだが、家にいたら知らない男に拐われて、さっきの奴らに遊女として売られてしまったとのこと。
店に出す前に味見されそうになったところを必死で逃げて、路地裏で巻こうと思ったら行き止まりで困っていたところに俺が通り掛かったという訳だ。
「大変だったね…ところでご両親は?」
「戦には出てなくて長期で旅行に行っておりまして、もしかしたら探しているのかもしれません」
「帰っても誰もいないかもしれないね。どうする?うちにいる?明後日からなら信頼出来るところを紹介するよ?」
「そう、ですね…申し訳ありませんが、お世話になります。お金もないですし…」
今日と明日はうちに泊まって貰って、明後日は師範のところに一緒に行こう。
「ご飯は食べた?外で食べると見つかるかもしれないから、買ってくるよ。夕方で危ないし」
「すみませんが、お願いします。好き嫌いは特にありませんので…」
「了解。鍵閉めて行くから、誰が来ても絶対に開けないでね」
お金は沢山あるから、美味しいものを買ってあげよう。
特上寿司かな。
あとは布団。一組しかないんだよね。
今日会って流石に同じ布団ではね…
寿司を注文して、作って貰っている間に布団を買いに行く。
布団を調達している間に寿司が出来上がっているというね。
布団背負ってちょっと恥ずかしいな…
「ただいま。帰ったよ」
「おかえりなさいませ。天貴様」
あぁ、これだよ、これ。
これに憧れていたんだよ。
美人の奥さんが出来たみたいで嬉しいな。
感慨に浸りたいけど、変なやつだと思われたくないので、平静を装う。
「はい、これ。一緒に食べよう。あと敬語じゃなくていいよ。歳同じくらいでしょ?」
「お寿司?嬉しい!じゃあ天貴君、改めてよろしくね!あ、布団も…ありがとう…」
布団は置いて、二人で美味しく寿司を頂く。
聞いてみたら同い年で、役所の仕事をしていたらしい。
縁談の話があったが、相手に会う前に拐われたとか。
自分が武道を習っていることと、明後日は師範夫婦のところに行って相談することも伝えた。
一人でうちにいるより安全だし、何より信頼出来て安心できる。
どうなるかわからないけど、一応行ってみるとのこと。
大事なことだけど、二人をやっつけたときは格好良かったと褒めてくれた。
明日は服とか必要な物を買おうという話になった。
勿論お金は気にしないでと。
流石に昼間からは見つかっても襲ってこないだろうし。
せっかくだから、乾杯をした。
お酒を飲んでいる姿も可愛い。
朝まで飲みたいところだけど、疲れているだろうし、いい感じに酔ったところでお開きにして就寝する。
顔も割れてるかもしれないし、もう遊郭行けないや。
男にはなれなかったけど、漢にはなれたかな。