初陣で敗走する話
装備は棍棒、胴のみを覆う服、草履、そして鬼のような面の兜。
男か女かわからないけど、細めの身体。
とある戦場にそいつがいた。
この時代は群雄割拠というのかな。
俗に武将と云われる方々が、領土の拡大を目指して侵略戦争をするというやつだ。
俺は今回侵略される側の国の大きくない町のしがない志願兵である。
裕福でもなく、大した仕事もない。
学校を卒業してから、定職に就くことができずに、当然安定した収入もなく、親元を離れてその日暮らしをしている。
俗に言う社会不適合者というやつである。
参戦するのは一山当てるというより、生きる為にお金を稼ぐ必要があった。
武道の心得は殆どなくて、取り柄は足が早いくらい。
ちなみに人を殺した事は一度もない。
そんなんで戦場出れるのかって?
両軍併せても、正式な軍人なんて半分もいるのかって話である。
俺はまだ死にたくない。
生きる目的もないけど、見つけたい。
守るべきものがないからと言って、生きてはいけないことはないし、命を奪われる道理もない。
初陣となる今回の戦では、俺は足軽で前線に配置された。
戦いは正直言って劣勢だった。
騎馬隊も足軽も相手側の質が良く、何より数が多かった。
自軍は足止めの為の軍で、お偉方が本格的な討伐国を編成している間の時間稼ぎというやつだ。
初めから負け戦と分かっていたら、志願する者は少ないだろうと思われるが、報酬が良かったので参加者は割と多かった。
二千人はいるのだろう。
前金で二五万円。
一般的な月の収入より高めの金額を前金で貰うことができ、事後報酬も同額貰う事ができる。
戦争を生き残れば一般的な収入の二月分の蓄えが得られるということで、自分のように職に溢れていた者の参加が多かった。
生き残らなくても、遺族に手当や見舞金が払われるという。
お上としては戦争を口実に自分のような社会不適合者を排除したいのかもしれない。
本当のところはわからないが、庶民からすると志願兵の報酬だけで最低でも五億円が動くなんて大層潤っているなぁと思う。
肝心の戦闘の状況はと言うと、
自分のいる部隊は鉢合わせた敵小隊を倒し、個人的にもどうにか二人倒したけど、やられる側になるのは時間の問題だった。
ちなみに仲間内での会話は殆どない。
伝統的に夢を語ったり、戦に生き残ってからの話をするのは、生き残れない伏線を自ら貼るようなものとされているためだ。
倒した相手の一人目は自分と同じような志願兵のような若者。
自分も戦い慣れていないが、それ以上に慣れていないだけでなく、戦場の空気に飲まれてしまっており、割とあっさり倒すことができた。
二人目は農民で刈り出されたような中年。
誰かと戦った後なのか、既に傷付いた状態であった。
先程戦った彼よりは手強かったが、辛うじて勝つことができた。
敵が素人同然だったから、どうにかなったものの訓練を受けた正規の兵だったら、自分が逆の立場だったかもしれない。
家族がいたかもしれないし、恋人や嫁がいたかもしれない。
でも、そんなことを考えていたら戦えない。
相手から見てもそれは同じこと。
恨みっこなしというやつだ。
二人しか倒していないが、正直キツい。
庶民からしたら奮闘した方ではないだろうか。
自分の限界も近いがこの戦もそろそろ潮時ではないかと思われる。。
自軍は撤退するしかないと思うのだろうが、どうだろうか。
素人なのでそこらへんの戦略はわからないが、素人から見てもこれ以上続けるのは不毛としか思えなかった。
自軍が撤退ムードに包まれている中で、奴が現れた。
戦場なのに鎧も着ないで、腕と足の素肌が剥き出しで、鬼の顔をした兜と棍棒を持ったそいつが。
どちらの軍なのだろう?
自軍は撤退準備を進めており、敵軍は勝鬨を上げる準備をしている中で、そいつは走り出して来た。
そいつはまず、敵軍の足軽に襲い掛かった。
たかが棍棒と華奢な身体で何が出来るのだろうと、少し舐めていた感があった。
味方なのだろうか、それにしては無謀だなぁと思っていたが、誰もが目を見張った。
奴の振るう棍棒は目にも止まらぬ速さで、足軽の頭を叩いた。
叩くという表現は妥当でないかもしれない。
当たっただけなら、そう驚きはしないが、棍棒に当たった頭が粉々に砕け散ったのだ。
そこにいる近くの敵軍も次々と倒していく。
叩いた身体の部位は砕けるか、吹っ飛んでいく。
刀や槍で防ごうにも、棍棒に粉砕されてしまっていた。
中には逃げようとする者もいるが、逃すことなく仕留めていく。
弓で射るものの全く当たらず、擦りもしない。
避けてもいないのに、当たらず、矢の方が避けていると言っても過言ではなかった。
矢は当たらず、武器は棍棒にぶつかると壊れてしまい、いかなる攻撃も当てることが出来ない。
一人であっという間に敵の小隊を何個も全滅させ、敵軍はヤバいと思ったのか撤退を始めた。
それでも追いかけて、倒して倒して倒しまくっていた。
流石に全滅をさせることはできなかったが、敵は完全に撤退していた。
我が軍はというと、敗戦ムードの中で突然現れたそいつを呆然と見ている者が殆どだった。
恐怖の目、羨望の目、感謝の目、色々な視線がそいつに注がれていた。
そいつの扱いをどうするか、話し合いがなされた結果、迎えて入れてから勝鬨を上げる流れとなったような事が聞こえてきた。
そいつはゆっくりと歩きながら、向かってくる。
全軍歓迎ムードで戦いは既に終わったような状態だった。
今回の軍の大将が先頭に立ち向かい入れようと待ち構えていた。
そして相見えたときに
パァン!
棍棒で大将の頭が吹っ飛ばされた。
そいつは我が軍の味方ではなかった。
大将を討ち取り、逃げる準備も戦う準備もしていなかった周りに居たものを次々と屠っていく。
パン!パン!パァン!
弾けるような音を轟かせながら、自軍の兵は逃げ出し始めた。
勿論、俺も逃げ始めた。
誰もがあの化け物と相対して倒すどころか、傷一つ付けられることすらできない事がわかっているからだ。
後ろから悲鳴と弾ける音が聞こえる中で、必死に逃げた。
こっちに来ないでくれ!
まだ死にたくない…!
そう思いながら必死に走った。
誰もが武器を捨てて、可能な限り身体を軽くして、走っていた。
軍で何人生き残ったかわからない。
命からがら、町へ帰還できたのであった。
連載初投稿です。
日本の並行世界のようなイメージで捉えて頂けたらと思います。
感想頂けたら嬉しいです。