十年後のその先に
大昔に書いたお話を一生懸命思い出しながら、リハビリがてら書いてみた作品です。
ハッピーなお話ではないので、苦手な方はお気を付けください。
今日も負けた。昨日も負けた。一昨日も、確かそのも前も負けた気がする。たぶん一週間は勝ってない。俺が弱いのか?こいつが強いのか?
「祥吾って、何でそんなに弱いの? じゃんけん」
秋奈は不思議そうに俺を見上げてくる。
「俺が弱いんじゃない。運だ、運」
「同じことでしょ。そんなにため息つかなくたっていいじゃない!」
そんなに爆笑しなくたっていいじゃない。
ちなみにこのじゃんけん大会は、なんだかんだ6年以上は続いている。秋奈とは同い年の幼馴染で、家がものすごく近所で、というかこの辺りは田舎の野っ原なのになぜか俺の家と秋奈の家がほぼ隣り合って二軒しかなくて、部活が終われば大体同じ時間で、何人かで帰っていてもここまでくれば必ず二人になる。どちらが言い出したのか、今となってはわからないけど、帰り際になぜか必ずじゃんけんをして、勝者は勝利の余韻に浸って帰宅することという変なルールのようなものがある。
だから俺はここ一週間はずっと敗者である。
「まあさ、そんな暗い顔をせずに! 明日から期末テストなんだし、勉強するんでしょ?」
「テスト前にこれだけ負け続けるって、なんか不吉な予感しかしない」
「考えすぎだよ!」
そんなに屈託なく笑えるのは、一週間連続で勝ってるからでは?
「祥吾は高校どこ受けるの?」
ふと、秋奈が尋ねてきた。
「西川高校」
「えーっ! そっちなの?」
「何で? お前は?」
「池上」
今度は俺がビックリする番だった。
「えーっ! え、そんな頭よかったっけ?」
あ、まずい。
「ほう…ずいぶん仰いますねえ」
「ごめん、悪かったから傘を腹に刺さないでくださいすみませんでした痛い痛い痛い」
秋奈はしばらく「このやろ!」と俺を突っついていたけど、ようやく辞めた。
「じゃあもうすぐ逆方向に通学だね」
「引っ越すわけじゃないし。駅でたまたま一緒になるかもしれないし。何? 俺がいないと寂しいとか?」
「あ、すごくイラつくその顔! 帰りのじゃんけんであんたをぶちのめせないと思っただけだから!」
「やっぱりお前ただのじゃんけんだと思ってねえだろ!」
「だって勝者は勝利の余韻に浸って帰宅がルールでしょ? あたしはルールに従って、勝利の余韻とともに去ります。じゃあね~」
秋奈はそう言い放つと、澄ました顔で優雅に手を振って家に入っていった。
ちくしょう。負けた直後より悔しいのはなぜだ。
その後、俺たちは無事に高校に進学して、こうして一緒に帰ってじゃんけんをすることもほとんどなくなった。
高校を卒業するまでに顔を合わせたのは、盆と正月の休みとか、たまの休日にお互いにたまたま外にいた時だけだった。そのたびに、秋奈は俺が「巨大になった」と目を丸くしていた。言っておくが俺は太ってはいない。そこは背が伸びたと言ってほしいところだった。
秋奈も、背は伸びてはいたけどそこまで変わらず、中学の頃は男子並みに短かった髪が伸びて、一瞬見たときは秋奈の年の離れたお姉さんと見間違えた。思わず敬語であいさつしたら怪訝な顔をされた。
この日は、そんな偶然の中でたまたま秋奈と出先で会って、寒いからとたまたま立ち寄ったスタバでコーヒーを飲んでいた。
「久しぶりだねえ、祥吾とまともに話すの」
「いつぶりですかねえ」
「親戚同士の会話のようですねえ」
「似たようなもんだろ、これだけ家が近いんだし」
「あ、祥吾も大学受かったってね、おめでとう!」
「なに、聞いたの? 俺聞いてないけど」
「だって祥吾あんまりお母さんと話してないんでしょ? 寂しがってたよ」
「本物の親戚か!」
秋奈はくすくす笑って、ナントカという期間限定の甘そうな何かを一口飲んだ。
「東京かあ…。遠いなあ」
「お前は?」
「残るの」
「残る? 実家から通学?」
「就職」
「あ、そうなんだ」
いや待て。
「就職? お前学校の先生になりたいとか言ってたことなかったっけ?」
ついでに秋奈の通った高校はかなりの進学校で、あの学校から新卒で就職というのはほぼ聞いたことがない。
「うん、なりたかった…ていうかなりたいから、働いてお金貯めて、後でまた大学生になる」
秋奈はそう話しながら、一度もこちらを見なかった。
これ以上は踏み込んではいけなそうな気がした。
どう声をかけようかとあれこれ考えていると、秋奈のほうが先に口を開いた。
「夏休みとか、こっち帰ってくることがあったら声かけてね」
そう言って、ようやく俺を見た秋奈は笑ってはいたものの、ものすごく寂しそうだった。
「わかった。二十歳になったら小学校の同級会とかあるんだろ? 田舎だしみんなまた集まるよ」
すると、秋奈はやっと本当に嬉しそうな笑顔を見せた。
「そうか! 同級会! 四年生の時だっけ? 十年後の自分にタイムカプセル埋めたよね!」
「俺あれすごく馬鹿なことを書いた覚えがある…。内容は覚えてないけど。何書いた?」
「今言っちゃったらダメじゃん! 個人情報ですし」
「個人情報? そんな大げさなもんじゃないだろ」
「いいの! 今は言いたくない」
甘そうな何かを飲む秋奈は、ちょっと目をそらしてむくれたような声を出した。
俺が東京へ引っ越す日、秋奈は家の前の、いつもじゃんけんをしていた原っぱまで見送りに来てくれた。
「気を付けてね」
「秋奈も元気でな」
「じゃんけん、する?」
秋奈はいたずらっぽく笑って、手をひらひらと振った。
「いいよ、一発勝負な」
そして俺は渾身のチョキを出した。
「やったー!」
「ああああああまた負けたあああああああ」
何で、こんなに弱いんだろう。
勝者、秋奈はあの頃と同じように優雅に手を振って、家に入っていった。
それが、秋奈を見た最後の日になった。
東京へ住んで半年くらい経ったある日、母親から電話がかかってきた。
「もしもし? どうしたの?」
「あ…もしもし、祥吾?」
「うん、何? どうしたの、なんか泣いてる?」
その報せは、突然だった。
秋奈の葬儀には、ぎりぎりで間に合った。
棺の中に横たわった秋奈は、信じられないくらいきれいな顔をしていた。
眠っているだけなのでは? 本当に、死んでいるのか?
「祥くん、来てくれてありがとう」
泣き腫らした目で、憔悴しきった様子の秋奈のお母さんが、微笑みかけてくれた。
「いえ…あの…」
「きれいな顔でしょう? 本当に…」
秋奈のお母さんは、ずっと秋奈の頭をなでていた。その目から、あとからあとから涙がこぼれている。
それなのに、俺は、なぜか、一滴の涙も出なかった。
本当は、まだ信じられていない。だってこんなに穏やかできれいな顔をして、本当に寝てるだけなんじゃないのか?
「俺も、触っていいですか」
「どうぞ。なでてあげて。仕事、頑張ってたから…」
そっと触れた秋奈の頬は、冷たかった。
それでも、俺はまだ、秋奈が伸びをして起きてくるんじゃないかと、そんな気がしていた。
そんなことは、起こらなかった。
ほかの同級生も何人か駆けつけて、秋奈に別れを告げていたけど、泣いていないのは俺だけだった。
後で聞いた話では、秋奈は通勤の途中、駅の階段を踏み外してしまったらしい。そのときの打ちどころが悪かったらしく、病院に運ばれた時には心臓が止まっていたそうだ。
秋奈の家は、町の方で小さな会社を経営していたのだが、秋奈が高校に上がった後に経営が上手くいかなくなり、どうしても大学に進学させることができなかったという話も聞いた。
その日から、なんとなく、俺は自分の周りの時間が止まったような、不思議な感じがした。
東京に戻って、普通に大学に通って、バイトをして、休憩の時間に友達のSNSを見るのが日課だった。
そういえば、と、秋奈のSNSを開くと、母親から電話があったあの日の数日前には、実家の近所にある紅葉がきれいな公園の画像が投稿されていた。
こうやってチェックしていれば、またひょいと更新があるんじゃないかとか、ありえないとわかってはいても、「でも」と思う自分もいる。
「森口くん」
ボーっと携帯を眺めていると、休憩室に顔を出したのは、二つ年上の神崎さんという女性だった。
というかバイトを始めてからできた俺の彼女だった。
「ああ、お疲れ様です」
「三回くらい呼んだよ?」
「え、そんなに?」
「休憩時間過ぎてるし。次、私の番」
神崎さんはまかない飯の乗ったお盆を置き、俺は慌てて立ち上がった。
「ごめん。戻ります」
「大丈夫? ここんとこずっとぼーっとしてる」
「いや、ちょっと寝不足で…」
「ふーん…」
突然数日間地元に帰った理由が、幼馴染の葬儀のためであったということは誰にも話していない。
口に出したら、それを現実として受け入れてしまうことになりそうで、怖かったのだ。現実は現実で、わかっているけれど。
「森口君の今度の休み、どっかご飯食べに行こうよ。寒くなってきたし、あったかいものとか」
神崎さんの声は、いつもより優しかった。たぶん、俺のことを気遣ってくれているんだろう。ありがたかったけれど、今は一人になりたかった。
「ごめん、学校も休んだからレポートもたまってて…」
「あ…、そっか…」
そのとき、廊下から、
「おーい、森口ー!」
と怒声が響いて、俺は、「また連絡する」とだけ言って、職場に戻った。
それから一年近くが経っても、俺の時間は止まっていた。
普通に学校に通って、バイトをして、なにも問題なく生活していた。ただ、何かが抜けているというか、妙な感じだ。
あのあと神崎さんとはうまくいかなくなり、別れた。そのあとも、同じ学部の女の子と何人か付き合ったりしたけど、長く続かなかった。
ある日アパートに帰ると、同級会のお知らせのハガキが届いていた。あの日以来、地元に帰っていない。成人式もあったけど、運悪くインフルエンザにかかって出席できなかった。
あいつも楽しみしてたなあ…。
ハガキには、何も考えずに出席に丸を付けて返信した。
同級会の当日、小学校の校庭の一角に、十年ぶりに集まった同級生たちの笑い声が響いていた。
俺を含む男子数人が、スコップで地面を掘り返し、十年前に埋めたタイムカプセルを探している。
「ほんとにここ?」
しばらく掘った時点で、誰かが不安そうな声を上げた。
「ここだよー、19××年4年生って札立てたじゃん」
「そうだっけ?」
「誰かいたずらっ子が動かしたとか…」
「ないない。あの鉄棒のこう、この直線上だったもん」
「よく覚えてるな…」
「あーっ、ほんとだあったー!」
誰かのスコップの先が、ガツンと鈍い音を立てた。
十年ぶりに掘り起こされたプラスチックの衣装ケースのような箱には、みんなの思い出がぎっしり入っていた。当時流行っていた芸能人の写真、ギャグ、あの頃の集合写真、文集、そして、十年後の自分に宛てた手紙。
俺は本当に、どうでもいい馬鹿なことを書いていた。
″ケンタッキーをしぬほど食べたい″
自分のアホさに思わず笑いがこみあげてくる。しかし、その手紙の端に、よく見ないと読めないような字で書いてあった言葉を読んで、笑えなくなった。
″秋奈と結婚したい″
なんだ…これ…? 突然、息が苦しくなった。
そうだ…俺はずっとあいつが好きだったんだ。でも大人になれば、ああやって一緒に歩くことはなくなるんだと、勝手に思い込んで、何も言わなかったんだ…。
「祥吾」
ふと一人の女子に声をかけられて、慌てて振り向いた。
「はい?」
この子たしか、秋奈と仲良かったような…。
「しんどいかもしれないけど、これ…」
「え?」
彼女は、手紙を渡してきた。秋奈の分だった。
「なんで、俺に…」
「昔ね、秋奈と話してたんだ。もし私と秋奈のどちらかに何かあって、この同級会に来られないことがあったら、私の分は秋奈に開けてほしいって、秋奈は、秋奈の分は、祥吾に渡してほしいって…」
秋奈の手紙を差し出す彼女の手は、少し震えていた。
「私は、内容は知らないし、祥吾もきついんじゃないかなって思う。だから…」
「わかった、受け取る」
「え…」
俺が手紙を受け取ると、彼女は驚いたような顔をしていた。
「秋奈の意志でしょ? 受け取るよ。ありがとう」
彼女は、何度もうなずいて、ボロボロ泣きながら背を向けて去っていった。
震える手で、手紙を開けると、俺はその場に泣き崩れた。
″祥吾のお嫁さんになっていますか?″
それだけだった。
どうして、どうしてきちんとあいつに気持ちを話さなかったのか。今となっては、悔やんでも悔やんでも悔やみきれない。一緒にいる方法なんていくらでもあったんじゃないか?
秋奈と過ごした時間が、走馬灯のように蘇る。秋奈の訃報を聞いてから、一度も流れなかった涙が、今になってようやくとめどもなく溢れてくる。それまで感じなかった悲しみが、喪失感が、痛みとなって全身を駆け巡った。
ようやく、俺の時間が動き出した。
最後まで読んでくださってありがとうございました。
予想以上に、作者がへこみました(苦笑)。
十年以上前に、『筒井筒』というタイトルで似たような話を書いたんですが、本家筒井筒のようなハッピーエンドではないので、タイトルは変えて、結構頑張って書いたんですが、難しかったです。
たまにハッピーなお話を書きたいなと思いました。




