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「こんばんは、二週間ぶりだね。今日はありがとう」
駅前で黒髪の緩いパーマを見つけて、僕は近付いた。
「ああ、ユキ。こちらこそ来てくれてありがとう。前回は話す機会が少なかったけど、今日はゆっくりできそうだ。アールも歓迎するよ」
少し驚いてしまった僕に、シュウははにかんだ。
「いや、ロボだってわかってるけどさ、言葉を交わせる相手だし……それに、日本人には物に愛着を持つ精神が備わっていたんだよ昔は」
そう、ロボに挨拶をする人間なんて普通いない。人ではないのだから、人権も何もない。ロボは誰かの所有物であって、生物ではないんだ。
「はは、シュウとは気が合いそうだ」
でも、僕もシュウと同じだ。だからこそ惹かれたのかもしれない。
「じゃあ行こうか。直ぐそこだから」
そう言って歩き出す彼の隣に並ぶ。アールはいつもの様に後ろからついてくる。
「そういえば、その子は?」
僕は初対面の時にも見た、シュウの肩の小鳥を視線で指して問う。
「ん?ああ、最新型の愛玩ロボさ。見た事ないだろ?名前はピヨ。可愛いだろ」
「最新型?知らなかった。そこまで小型化するか。一体どこまで進化するだろうね」
「さあ。でもこいつは揚力で空も飛べる。ドローンと同じさ。足の二つのプロペラと、胸の辺りに収納されてるプロペラ、計四つで浮く事が出来る」
まさかこんなに小さな愛玩ロボに飛行能力があるとは思わなかった。
僕が盛大に驚いていると、シュウが言った通り直ぐにレストランに着いた。
「え?こんなお洒落な所?ドレスコードは無いよね?」
「ああ、あんまり肩肘張らなくていいよ。ただ、ロボの入店は出来ないんだ。ピヨとアールはここで待っててくれるか?」
確かにエントランス横の部屋には幾つかの動物型ロボがいた。全て客の所有物だろう。それ程にロボは所有率が高い。勿論、人型ロボはアールだけだ。
ウェイトレスに案内されて、僕とシュウは窓際のテーブルに着く。
外を覗けば、ライトに照らされた観葉植物が雰囲気を醸している。
「あまり食べられないって話だったけど、好みの問題は大丈夫?」
「うん、問題は量だけ」
「よかった。きっと気に入って貰えると思う」
間も無く運ばれてきたのは彩の良い前菜。皿に少量だけ盛られているのが上品だ。シュウのと比べれば、僕のは更に少ない。
「食という娯楽も奥が深いよ。何より、生命の維持の為の食事を、その質を上げて娯楽にしてしまうのが人間の面白さだ」
「でも、興味の無い人間にとったら面倒な行為だよ。例え最初の一口で味覚を刺激したとしても、その後は刺激が薄れていく。食べるという運動を行うだけ」
「ユキは食に興味の無い人間?」
「ううん、僕は楽しんでいるよ」
「それならよかった」
メインの肉料理もフルーツ系のソースが爽やかで食べやすかった。普段は食べない物だけど、シュウが僕の事を考えてオーダーしてくれた料理が美味しさとは違う魅力を持っていた。
「その娯楽の話だけど、ユキは音楽以外に何か興味がある?」
「うーん、ないね。我ながらつまらない人間だと思うよ」
「はは、卑下するなよ。なら俺が色々教えるよ。こんなに豊かな時代なんだから」
「助かるよ。ストレスで頭がおかしくなりそうだったんだ」
「ああ、仕事始めたんだって?無理しちゃいけないぜ」
そういえば仕事中に何か話したい事があったな、と思い出したが、彼との話は何でも新鮮だ。態々話題を変える必要性も感じなかった。
「シュウは何をしているの?」
「俺は研究所で働いている」
「へえ……」
凄いな、とか、頭が良いのだな、なんて具合に幾つかの感情が生まれたが、それよりも少しの寂しさを感じた。
基本、研究の内容は他者に話されない。禁じられているのだ。それは僕の両親が研究員だったからよく知っている。家族であっても極秘なのだ。
だからシュウの仕事の話が詳しく聞けない事が残念だった。
「はは、ユキは感情が表に出やすいな。でもいつか内容について話してやるから、元気出せ」
「それは……成功が近いって事?」
研究の成果が出れば、それは世に発表される。つまりそこで初めて秘密は明かされるのだから、そういう事なのだろうと判断した。だけど、シュウは微笑むだけだった。
「さ、デザートだ。まだ大丈夫か?」
「うん、気遣い助かるよ」
運ばれてきたオレンジ色は、アプリコットが香る魅惑的な甘酸っぱさだ。
「こういうお店にはよく来るの?」
「いや、一人で来ようとは思わないな。そこまで美食家じゃない」
「交友関係は広いの?」
「んー、どちらかというと孤独だな。他人とコミュニケーションを取る事は得意だし、この前みたいに何かを企画する事もある。けど、深く関わる事は絶対に無い」
「……なにか理由が?」
フォークを持った手を止める僕に、シュウは呆れた様に笑いかけた。
「ユキ、質問が多いぞ。別に構いはしないが、俺はお前と深く関わりたく無いとは言っていない。時間は沢山あるさ」
その言葉に嬉しくなったのは当然だろう。
孤独な僕に、孤独な彼。
何か波長が合ったのかもしれない。
これからも彼との時間が永く続くと理解した僕は、笑って頷いた。