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生きるロボ  作者: 木下美月
二章 美しいヒト
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「いらっしゃいませ」


 ワイシャツと黒いベストを着ると、自分が高貴な人間になった様な気がするけど、それは絶対に気のせいだ。


「ご注文お決まりになりましたらボタンでお呼び下さい」


 機械的に動く僕の唇は、思考とは無関係の言葉を発する。これが働くという事だ。なんてくだらないのだろうか。

 こんな事こそロボットに任せればいいと思うのだけど、接客の全てをロボに任せる事は未だ許されていない。注文は機械にさせたとしても、配膳など、どこかしらで人間が関わらなくてはならない。万が一にもロボがミスをした時に、誰が責任を取るのか、という問題は非常に難儀である。

 それに僕は敢えて、機械をあまり取り入れていないお店で働く事を決めた。

 機械任せの接客業ほどくだらない仕事はあまりない。退屈過ぎて居眠りしてしまうだろう。実際、この前行ったVR喫茶の受付は、退屈を隠そうともせず、僕の目の前で欠伸をしていた。今時それくらいの事で怒る客はいないけど、それで給料が貰えるのだから生温い時代だ。

 生温いからこそ、この時代に適応できない人間は犯罪者くらいなんだけど、これは生き易くなったのか、生き辛くなったのか。でも、子供の僕でも自分を殺して働けばお金が貰えるんだから、やっぱり生き易いんだろう。ああ、くだらない。


「カフェオレと、ショコラピスターシュを」


「畏まりました」


 大体、こんな雑味ばかりの保温を重ねたコーヒーと、どっかの工場から運ばれてきた添加物だらけのケーキを食べて何が楽しいのだろうか。

 そうだ、この事についてシュウと話し合おう。

 花見に行ってから二週間経つ今日は、約束の日だ。仕事が終わったらディナーを予定している。多人数だった為あまり話せなかったあの時と違い、今日は二人きりだ。


「ありがとうございました」


 無駄な事を一切合切省こうとするこの時代でも、誰も喜ばない挨拶だけは行われる。多分これは、挨拶によって区別をつけているのだろう。「いらっしゃいませ」で相手を客だと認め、「ありがとうございました」で相手を他人だと背を向ける。なんて責任逃れが上手い仕組みだろうか。店の中でだけ気を付けていれば、外で何か問題があったとしても我関せずを貫こうって魂胆だ。

 ああ、素敵な世界だ。反吐が出るなあ。

 僕は今日も大変気分良く退勤の手続きをする。僕の無駄な時間を消費して、社会の素晴らしさを理解させられると同時に、生きる為の資金を得られる。なんだ、働くって事はこんなに良い事づくめだったのか。ああ、明日も楽しみだ。


「ユキ、最近表情が優れない。余程ストレスが激しいのだろう。職種を変えてみてはどうだ?」


 ロッカーの前で待っていたアールは僕を認識し、表情を窺った。


「どこも同じさ。第一、適性検査で接客業が合ってるって、アールも見ただろ?」


「だが、それが間違っている可能性も否定出来ない。現にユキのストレスは外見に表れ始めている」


 僕は手をヒラヒラ降って話を遮る。僕とアールの話が長引くのは、意見が合わない証拠だ。


「それよりお腹が空いたよ。約束の時間までどれくらい?」


「七時まで後一時間二十三分程だ」


「青山だから……三十分前に家を出れば間に合うよね」


「丁度だろう。計算なら私に任せてくれれば最適解を答える」


「いいよ、そんな事自分で考えられるし」


 アールは僕に頼られない事が悲しかったりするのだろうか。あり得ない事だけど、もしそうなら少しはアールに仕事を与えた方がいいかもしれない。僕はそう思う程、アールの知能を活用していない。

 でも、それは仕方の無い事だった。

 そもそも人型ロボなんて、個人にとって最も需要が無い。データ管理、道案内はケータイと連動して小さな愛玩ロボでも出来るし、力仕事なら自分でパワードスーツを着れば大体こなせる。大掛かりなものなら専用のマシンだってある。オールマイティなロボを作ったとしても、適材が適所にいるのだから、それで事足りるのだ。つまりわざわざ予算が高くて場所を取る人型ロボを欲しがる道理はない。僕の両親はきっと変わり者だったのか。それか、アールに僕の面倒を見させる為だったのか。今となってはわからないけど、僕にとってアールはいてもいなくてもいい存在だった。


「ユキの知能指数は全人口の上位五パーセント以内に入るだろう」


 それでも連れ回してるのは、この論理的な友を親しんでいるからなのかもしれない。


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