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生きるロボ  作者: 木下美月
一章 失くしたモノ
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「そうか」


 約束の今日、これからカフェバーメロディに行く事を伝えた僕に、アールはそう答えた。


「そうか」


 反復したのは苛立ちを見せる為だ。


「アールは僕の全てが気に入らないわけ?それとも誰かが作ったその知能は気の利いた事も言えないお馬鹿さんなの?」


「ユキが重大な決心をした事は理解している。それに対して私は口出しできる立場ではない。故に簡素な返事をした事、謝罪する」


「謝罪する」


 僕はまた反復した。けど、その後は何も言わなかった。しょうがない。アールにとっての問題は僕が怒っていることなのだから。僕が何かを言うたびにアールは僕の気に障る事を言う。僕とアールが対極する場所にいる所為だ。しょうがない。人間とロボットだから。


「まあいい、行くぞ」


 今日行うライブでは、僕は一切入場料を貰わない。金の為にやるのは音楽じゃない。

 アコースティックギターとステージに登るのは初めてだ。しかしこれからの場に相応しい曲なら幾つかもっている。勿論、僕が書いたものだ。

 先週は乱暴に踏み鳴らした階段だけど、今日は軽い足取りでステップを踏む。ギターを持っていても、筋肉の動きを補助する“パワードスーツ”のお陰で、不便は感じない。

 アールは人間よりも明らかに重たい体を、人間と遜色なく動かして僕について来る。


「こんばんは。本日はよろしくお願いします」


「ああ、こんばんは。楽しみにしていたよ。後ろの彼は、人型ロボかい?」


「そうだ。微力ながら会場準備は手伝わせて貰う」


「へえ、珍しいなぁ……助かるよ、宜しく頼む」


 店主のミカミさんは背の高いアールに椅子を運ばせる。それを眺めながら僕は予行練習をする。

 ステージに上がり、椅子にかける。トークはない。ただ、曲を聴いてほしい。それが僕の願いで、僅か十分弱を予定している。

 その為に動いてくれたミカミさんには幾ら感謝しても足りない。一体今の時代に彼の様な人間がどれくらいいるだろうか。

 ピアノ奏者は雇わなかった為、正真正銘の弾き語りになる。少しの緊張感を抱きつつ、僕はステージの袖に控える。間も無く店の扉が開かれる。


「深刻な表情をしているね。どんなヘマをしたとしても生きていけるんだから、気を楽に」


 なんて無責任な言葉だろうと思ったけど、ミカミさんに責任があるわけないから、当然だろう。

 そう、僕は夢を見る事を辞めるだけなんだ。

 現実を見ろって、両親が遺したアールも言ってるし、その方が気楽に生きられる。

 今日はその為の儀式を行うだけだ。

 軈て客が入って来る。平日の夜だから満席になる事は決してないが、娯楽を求めた人々の暇潰しになるこの店は、人気が高い様で。


「さて、本日は当店初のアーティスト、ユキにいらして頂きました。では宜しくお願いします」


 場を盛り上げようとしない簡単な紹介は、後のことを僕に任せる意思が感じられるが、僕も盛り上がるつもりはない。

 ステージに上がる。

 お前たちには悪いけど、今日の娯楽は楽しめないだろう。

 今夜は僕の自己満足で歌わせて貰う。

 仕方がないじゃないか。

 誰にも響かないんだ。

 僕の歌は。

 僕は中途半端だから。

 コンピュータ頼りのお前らを揶揄しながら、

 自分も最先端の技術を採用している。

 そのくせ音楽にだけは拘って。

 無様だろう?

 笑いたきゃ笑えばいい。

 僕はいつまでも夢を見ていたんだ。

 音楽は心に響くって。

 でも、心を無くしたお前達には、

 何も感じられないだろう。

 そして僕を嘲るんだ。

 アイツは実力がないって。

 違う。

 僕の歌を理解出来ない、

 お前達に実力が無いんだ。

 それがわからない奴らに向けて歌うのは、

 もう散々だ。

 これで終わる僕の夢。

 幻想は美しかったけど、

 幻想で腹は満たされない。

 サヨナラ子供の僕。

 これからは現実に生きる、

 大人の僕になるんだ。


「ありがとうございました」


 感謝を意味するこの挨拶は何に対して行われているのか。

 自分でも判断がつかないまま、僕はステージを降りる。無駄な言葉はない。何もかも不要だ。全部終わり。

 そう思っていたのに。


「ユキ?初めまして、素晴らしい歌をありがとう。俺はシュウだ」


 これが、彼との出会いだった。

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