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生きるロボ  作者: 木下美月
血のイロ
25/26

「ユキ、目覚めてくれてよかった……」


 何を言ってるんだ。

 誰が眠らせたんだ。

 違う。

 そんな事より、僕は友人に害を与えられた事に怒っているんだ。


「そんな顔をしないでくれ。俺はユキに、全て知って欲しかったんだ」


「僕を危険に合わせてまで?その上、僕の友人を傷付けてまで?」


「やっぱり……アールは特別なんだな。まさかここまで来るとは思わなかったんだ……」


 憎い。

 どうしてだろう。

 あんなにも親しんだ彼が、どうしようもなく許せなかった。


「俺は……ずっと、適応する為に、自分を偽ってたんだ……でもユキの存在を知ってから、少しずつ、俺は自由を求め始めた」


 階段の下で、アールは身動きしない。崩れた棚に半ば埋まっている。


「両親に実験道具として囚われた君を、助けたかったんだ。同じ境遇の君が、不憫で仕方なかった……」


「黙れ人殺し!」


 彼は驚いた様に目を開いた。


「親が……憎くないのか?」


 親?

 小さい頃に突然いなくなってしまった親。

 大好きな爺ちゃんを遠ざけた親。

 僕を実験の道具にした親。

 禄でもない。

 確かに憎める。

 でも、僕にはアールがいてくれた。

 アールが危うい僕の手を握ってくれていた。

 そのアールが、この男によって……。


「お前の方が憎い、シュウ……!」


 どうして?

 そんな顔を、彼はしていた。

 僕にもわからない。

 あれほど近い距離で笑っていたのに。

 愛しい日々を過ごしたのに。


「アールが来た時から、俺には嫌われる運命が訪れたのか……」


 諦めた様にシュウは呟いた。

 僕は手すりにつかまり、ゆっくり立ち上がる。


「お前には感謝してるし、嫌いじゃなかったよ」


 彼がいなければ、僕も反社会的人格者になっていたかもしれない。アールでも手を焼いた、僕の社会不適合な思考回路。それをこの時代でも生き易いように導いてくれたのは、間違いなくシュウだ。


「ユキ……俺は君が綺麗な翼で舞うのを見たかったんだ。だから君を拘束する壁も天井も壊した」


 確かに、両親が生きていれば今頃僕は研究施設に囚われていたかもしれない。

 そうだとしたら、彼のおかげで僕は自由になれた。

 しかしそれは僕が望んだ事だろうか。

 僕は音楽を辞めてから生きる意味を失っていた。

 それなら別に実験台として生きる人生も受け入れられただろう。

 ただ、シュウと出会ってしまった。

 彼が現れてから、僕は生きることを受け入れていた。

 生きることを受け入れた僕は、自由を望んだ。シュウが言うように、飛ぶことが気に入った。彼のおかげで。

 彼は僕を救ってくれたんだ。手段はどうであれ、それはわかる。

 しかし、シュウが僕に特別な感情を持っているのはわかるけど、彼は僕に何をさせたいのか。


「なぜ……記憶を見せたんだ?」


 シュウは少し笑って言った。


「やっと聞いてくれたな……ユキ」


 やっと。

 僕は言われてから気付いた。

 目覚めてから、何一つ彼の言い分を聞こうとしなかった。

 まだ頭がボンヤリしているのか。彼と話したい事は沢山あった気がするけど、上手く思い出せない。


「ユキは現代社会を風刺した曲を歌っていただろ?俺は凄く好きだった。でもな、それだけじゃ人を変えることは出来ない。音楽なんてそんなもんだ」


 全身の毛が逆立つような錯覚を覚えた。

 わかっている。

 そんなことわかっているのに、僕も同感だから辞めたのに、それなのに不快な言葉だった。


「だから俺は違う方法でこの世界に警鐘を鳴らせようと思う」


 過去最大規模の犯罪組織を立ち上げるんだ。


 あまりにも真面目にそう言ったから、僕は反応出来なかった。


「宗教と同じさ。デカイことやれば信仰する人間が出てくる。現実に面白い事が起これば人はそれを無視できない。注目された人間の意見は、重んじて受け取られる。そしたら俺は訴えかけるんだ」


 このまま世界が進んだら、人間はロボット以下の存在になると。


「もちろんそれだけじゃ人々の内面に届かないだろう。俺が求めるのは昔のような感受性豊かな人の心だ。その心があればユキの音楽だって人気がでるだろうしな?」


 それに、その心がなければ人間なんてロボットより性能の劣った、社会の歯車にしかならない。

 シュウは言いながら僕に近づいて来る。

 僕は一段ずつ後ろ向きに階段を降りる。


「俺はロボの生産工場を爆破する。国内、輸入先、全てのだ。復旧にかかる時間の中で、生産が止まった機械にどれほど頼りきっていたか、人々は知ることになるだろう」


 そして機械無しに何も出来ない自分達を自覚する。


「シュウ……お前は何を恐れているんだ?」


 僕の問いにシュウは顔を歪めた。


「俺が恐れている?今の話のどこに恐れを感じ取ったんだ?」


 ずっと違和感があった。

 シュウの行動力に。

 様々な娯楽に手を出した事も、僕の両親を殺した事も、僕を探し出した事も、記憶を見せるマシンをここで使用した事も、彼が成そうとしている犯罪も。


「お前は行動を起こす事が正義だと勘違いしている。そりゃあ、何かしなけりゃ人は変われないさ。でも、目的が行動を起こす事にすり替わっていないか?行動を起こせば正解に辿りつけると勘違いしていないか?」


 今ならわかる。アールは実験台として僕に付き添っていたのではない。

 アールは僕の側にいるだけで、僕を真っ直ぐに育てようとしたんだ。

 シュウの様にアクティブに僕を連れ回さなかったけど、おかげで僕は……いや、私は自分がわかる。


「シュウは自分を知らないんだろう。仕方ないと思う。親の顔も知らず、拙い出来のロボに育てられて、その中で個性を見出すなんて無理な話だ」


 私は大人になりたくないから“僕”なんて言って子供のふりをしていた。

 大人になれば汚くなるんだ。卑しくなるんだ。社会を見てそんな事を考えていたから。

 シュウも何かを追っていたくてあらゆる事に手を染めているんだと思う。何かを追っていれば、不特定多数の様に価値の無い人間に成り下がる事はないから。


「そんな疲れる事はやめなよ」


 大事なのは、在るだけで無視できない強さじゃないか。私はそう考える。


「……わかった様な口聞くなよ」


 彼の声は震えていた。


「君だって楽しそうに人を殺していたじゃないか。仮想現実の世界なら何をしても良いって考えか?俺は見出したよ。君の芯にある人格は俺と同じだ。気に入らないものを排除して望む様に飛翔する事。なあ、今更突き放す様な事言うなよ」


 一歩一歩、近付いては離れ。私はシュウと距離を取り続ける。

 階段の下までやって来て、私はアールの方に意識を向けた。


「そんなにアールが大切か?アールがいなければ君は俺を見てくれるか?」


 埋もれたアールの身体を引っ張り出そうとした時、シュウは腰から携帯ナイフを広げた。


「ユキ、俺が君に全てを知って貰ったのは、共に歩きたいからだ。俺たちはこの時代の研究者に利用される、同じ実験台なんだ。だから分かり合える筈だ。……ユキ、俺と組織を立ち上げよう。知識も技術も心配しなくていい。手始めに俺が勤めてる研究所を全壊させてもいい。それくらいの爆弾なら容易に作れる」


 彼の言葉に嘘はないだろう。私は彼を天才だと尊敬している。

 そしてその天才と、厭な時代に反社会的行動を起こせば、面白い事になりそうだ。

 少し前の私なら賛成していたかもしれない。

 だけど、今の私は、


「お前と一緒にするな、染井驟。私はこの時代をアールと生き抜く事を決めたんだ」



「ならば……消えてもらわないと不都合だ……本当に残念だよ」


 シュウはナイフを向けてこちらに走って来た。

 距離は近い。

 直ぐに逃げなくては。

 身体は、

 動かない。


「ユキ!」


 アールが立ち上がり、その重量でシュウに体当たりする。

 人間を傷付けないようプログラムされていたというのは本当なのだろうか。

 私にはアールがロボに見えなかった。


「早く逃げるんだ」


 私はよろけながら外を目指した。


「ピヨ!爆破しろ!」


 しかし、直後の爆発音に振り向いた時、身体も思考も停止した。


 シュウの愛玩ロボである、小型の鳥はアールに迫るとその身を爆ぜさせた。

 威力は大きくて、アールの左半身は殆ど抉れて、無機質な金属が見えていた。


「嘘だろ……アール、おい、なんて酷い……」


 アールは壁にもたれかかり、今度こそ動きそうになかった。

 漂う煙が私とアールの思い出を焼き払っているみたいで。


「憎い」


 せっかく生き抜く事を決意したのに。

 大破したアールを修理しても、二度と人間のように振舞ってくれなんじゃないだろうか。

 文字通り私のアールは死んだも同然。

 アールは人よりも人に近いロボだったのに。


「シュウ……お前が憎い」


 あんなにも愛しかったのに。

 私の最も愛しい相方を壊したシュウは、最早憎しみの対象でしかない。


「良い表情だよ……ユキ」


 頭がおかしいんじゃないか?

 或いはふざけているのか?

 どうでもいい。


「ぶっ殺してやる」


 そうすれば二度と会う事はない。

 振り払った足はパワードスーツのお陰で容易くシュウを床に倒す。


「嫌われちゃったなあ……残念だけど、君がいなくても俺は驟雨(しゅうう)としてこの世界に降るよ」


 驟雨。突然の雨だなんて、彼にピッタリの言葉だ。


 シュウが私に肉薄する。

 目と目があった。

 急に現れて、私の世界を彩った。

 楽しいゲームもした。

 彼のお陰で大切な友達もできた。

 僕が私になれたのも、彼のお陰だと思う。

 ただ、私にとって一番大切なのは、彼じゃなかった。

 それだけの理由で、彼との縁は切れてしまう。

 突発的な雨。

 一時的だったけど、

 その雨は私を洗い流してくれた。

 そして雨が上がる頃に傘を差し出してくれるのが、アールだった。

「もう遅いよ」

 私がそう言っても、

「私はずっとここにいた」

 と答えるんだ。

 そう、気付いていなかったのは私だったんだ。

 だからアールが大切だって気付けたのも、驟雨のお陰。


「だからお前には感謝してるんだ……シュウ」


 今流れた涙は、腹部に刺さる痛みのせいじゃない。

 雨も、傘も、愛しいのに掴めなかった自分の愚かさを哀しんだんだ。


 私は彼の頬を両手で包み込んで、一瞬迷った。

 迷う内に短い刄は私の腹に深く刺さって行く。


 ごめんなさい。


 声にならない声を上げて、

 私は腕に力を込めた。


 シュウの首から折れる音を聞いて、倒れた彼を一瞥してからアールの元へ這い進んだ。

 手で抑えるけど、血は止まらず。赤を塗り付けたみたいに手が鮮やかになるだけだった。


「アール……私は……間違っていなかったかな?」


 問いかけるけど、返事はない。

 シュウもアールももう動かない。

 私も同じ様になるのかな。

 少しだけ、名残惜しい。

 今まで楽しかったわけじゃない。

 人生なんてロクでもないと思っていた。

 それなのに死ぬ間際には、もっと生きたいと願ってしまう。

 大切に人生を過ごしたいと。

 我儘だな。

 でも、


「もう少しアールと生きたかったよ……」


 アールは間違いなく生きていた。

 機械として活動していたのではなく、人間の様に生きていた。

 それに気付けたのはシュウのお陰だけど、私はシュウを殺した。

 恩を仇で返すなんて、その罪償いの為にも私はここで死ぬべきなのだろう。


「私もそれを望む」


「……え?」


 あり得ない筈の返答が聞こえた時、アールの右目が開いてこちらを見ていた。


「大丈夫なのか……?」


 不毛な質問だな。

 アールが大丈夫だとしても私が大丈夫じゃない。

 別れの挨拶は何がいいかを考えた方がいい。


「私も、ユキも大丈夫だ。エミには感謝しなくてはならないな」


 アールは血に濡れた私の指を見た。


「まさか」


「その指輪に発信機がついているのは知っていたが、血の成分を感知した時に、救急隊が駆け付けるように要請を出すとは知らなかった」


 近付いて来た救急車のサイレンを聞いて、私は息を吐き出した。


「私は助かるのかな」


「可能性は低くないだろう」


 その言葉を最後に、私の世界には静けさが訪れた。

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