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あの事件は『酔った社会不適合者の無差別殺人』として片付けられた。
あの酔っ払いは最後まで罪を認めなかったというが、現代では人間の言葉より、ロボの監視映像の方が信頼される。
俺は本格的にユキを探し始めた。
学校に通っていなければ、どこのコミュニティにも入っていない。
手がかりは名前と、人型ロボを連れているという事だけ。
そういえば音楽活動をやっているとも聞いた。
そして街を泳ぐ俺は、小さなカフェバーで見つけた。
透き通る歌声。俺の心に訴えかけてくるような歌詞はアコースティックギターの優しい音色に乗せられて。静かに響いてきた。
美しいヒト。
そう表現するのが相応しいだろう。
中性的な見た目は性別の判断をしかねるが、そんな事は些細な事。彼女に秘められた魅力は女の色気でも、男らしさでもなく、芸術のような美しさなんだ。
「ユキ……」
俺は呟いた。
氷のような冷たさを含んだ表情に触れてみたい。
その憂いが晴れたら、次はどんな美しい笑顔を見せてくれるのだろうか。
「ユキ、目を覚ませ」
俺の声じゃない。
「ユキ」
世界が止まった。
違和感。
ここはどこだ?
僕は誰?
何をしていた?
「ユキ、直ぐに帰ろう」
世界がなくなった。
ここは暗闇。
僕はどこに行かなくちゃいけないんだろうか。
大事な事を忘れている。
頭が痛い。
ユキって誰だ。
『どうか自分を見失わないで欲しい』
これは誰の言葉だったかな。
僕は、
僕は……
「冬野ユキ。貴女は私の友人だ」
「……アール」
最初に感じたのは焦げた臭いだった。
目を開いた場所は悲惨だった。
僕を閉じ込めていたマシンの蓋は開き壊され、入口の扉も外されていて、床には頭から血を流した人が倒れていた。
「シュウ……」
まさかアールがやったのか?
人間に危害を加える事は出来ないようにプログラムされている筈だけど。
そこで思い出したのは『アールは特別』と言っていた母の顔だった。
そうだ、僕はずっとアールに育てられていたんだ。それが両親の実験だとしても、アールはずっと側に居てくれた。
「ユキ、ここを出よう」
「ああ……」
ふらりと立ち上がる僕にアールは手を貸してくれた。人工皮膚の感触が心地良い。
アールはマンションからどうやってこの山奥まで来たのだろうか。何故来たのかも気になる。僕の位置は把握しているのだろうが、僕のピンチまでわかるのか?
壊された扉から出るとき、チラリと振り向いた。
シュウが見せてくれたのは、シュウの記憶だ。
あのマシンは父とシュウの研究の成果。
シュウは僕に真実を教えて、なんのつもりだったんだろう。
少し聞きたかったけど、「危険だ」と手を引くアールに連れられて僕は歩き出した。
まだ少し頭が痛む。
脳に相当な負荷がかかったと思う。
上手く物事を考えられない。
千鳥足で部屋を出て、アールに肩を借りながら階段を一段ずつ降りる。
「すまない。私は全てを知りながら、ユキに黙っていた」
見下ろしたエントランスの先の扉が開きっぱなしで、庭の土が足跡の形に抉れているのが見えた。
通常、ロボはその重量を一点に集中させず、器物を損害しないように歩行するが、アールがそのセーフティを外して、重い身体を全力で動かした事は、抉れた地面を見ればわかった。広すぎる歩幅を見て、走ってきた事も読み取れる。
「お前はいつも僕が良い方に進めるよう動いてくれた。今回だって助けに来てくれたし。何より、僕もアールも、両親にとって実験道具でしかなかったんだ。ほら、僕らは良い仲間だ」
ボヤけた思考は両親への憎しみも、シュウへの懐疑も提示しなかった。
代わりに胸の中に生まれたのはアールへの思い。
両親の命令だとしても、アールが僕から離れなかった事は事実。
「ありがとう」
アールも随分会話が上手くなったな、そう思い横目で彼の顔を覗き込もうとした、その瞬間。
「アールッ!」
アールに後方に押された僕は、階段の一段上に座り込む。
反対に、後方から強い力で突き飛ばされたアールは、重い体で派手に転げ落ちて行く。
「なんて事するんだよ……シュウ!」
後ろで寂しそうに笑った彼を、僕は睨みつけた。




