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生きるロボ  作者: 木下美月
冷たいフユ
22/26

「こんにちわ、染井驟。調子はどう?」


「ああ、冬野(ふゆの)さん。問題ありませんよ」


 与えられた部屋で寛いでいた俺は、開いたままの扉をノックする研究員を見上げた。

 彼女は俺がこの時代に目覚めてから最も近くで接してくれている。まあ、それが彼女の仕事だからだ。


「そう……もっと早くに目覚める予定の身体は体温を上げる事が出来ずにダメになってしまったわ。今眠ってる、六十年後に目覚める身体は最初から期待されていないし、貴方はどうして目覚めたのかしら。健康診断も異常無しよ」


 ダメになった。期待されていない。

 その言葉に、改めて自分の価値が道具程度なのだと思い知らされる。

 もう残された道具は俺だけだ。だからそれなりの待遇を受けている。


「そういえば無感情教育ってそんなに酷い失敗だったの?貴方を見てると悪い結果には至らないんじゃないか、って思うわ」


「目で見えないモノが欠落しているかもしれませんよ」


 俺自身わからなかった。捕まった彼らの様な犯罪衝動が起こらない心理も。異常無く目覚めたこの身体も。

 きっと今の人類では解明出来ない何かが関わっているんじゃないか。昔の人はそれを“心”だとか言ったけど、その詳細が明らかになったら、果たして人間もロボットの様に操る事が出来るのかな。


「確かに私の父は無感情教育は恐ろしいと言っていたわ。まさに貴方達が生まれて、実験されてるその時代に生きていたからね。でも、私にはわからない。貴方の様な例外もいるのだし」


「今は大人しくしてるけど、俺も殺人鬼かもしれませんよ」


 冬野さんは肩を竦めて俺を小馬鹿にした様だ。


「私ね、娘がいるの。貴方より二つ三つ年下かな。ユキとは……娘の名前よ。彼女とは、五歳になってから会ってないわ。最新の人型ロボに教育、育児の全てを任せているの」


「それって……」


 驚愕した。この人は何を平然と語っているのか。実の娘だろう。それをまるで――


「当時のデータを見ると、無感情教育が行われたのは皆二歳以下からだったそうね?でも人間の海馬は二歳から三歳で形成される。わかるわよね?脳の記憶に関わる器官よ。つまり海馬が形成されていない二歳までの記憶って無いのよ」


 落ち着け。俺は自分に言い聞かせる。

 真っ直ぐ冬野さんを見つめる俺の瞳は、興味深げな視線だろう。

 そうだ、俺はいつもこうして演技してきた。

 胸の内では暴れ狂う怒りを、表層で抑えつけ、表情では完全に偽る。きっとこの演技力が、現代の人間が俺を安全だと信用させるに至ったのだろう。


「つまり貴方達は記憶に何も残せないままロボットに育てられたのよ。では、ある程度記憶を形成させて、倫理観を身に付けてからロボの育児に乗り換えてはどうか。それを研究する為に娘と会っていないの。あの子は親が死んだと思い込んでいるわ」


「へえ……それは中々……育児による負担が減る技術が確立されれば、少子化問題に太刀打ち出来そうですね」


「確かに社会的に見ても役に立っている事なのよね。でも、私と夫は、娘を使って個人的に研究してるのよ。失敗のリスクが大きくて諦められた研究だから、国からお金は出してもらえないしね。それに失敗しても研究者として思いついたことはやってみなくちゃ」


 それが研究者の誇りだから。

 その言葉は防音ガラスの向こうから聞こえた様にボヤけた音になった。俺の優秀な自己防衛機能が聴覚を鈍くしたのだろう。

 考えるのはよそう。

 根本的に違う人種なんだ。

 俺と、冬野さん。

 俺と、現代人。

 不憫だ。

 彼女の娘が。

 ユキ。

 冬野ユキ。

 その子は両親が死んだと思っている。

 今はロボが世話をしている。

 どうだろう。

 彼女にとったらそのままが幸福なのかもしれない。実の親に道具扱いされてると知らない今のままの方が。


「旦那さんはここでは何を研究されているのでしたっけ?」


 話題を変えたのは、一人の少女の不幸から目を背ける為か。


「記憶に関する事よ。詳しく知りたければ、貴方も研究者を目指すといいわ」


 研究者は皆頭がおかしい。それは好奇心の解消の為に娘の人生を蔑ろにするこの人を見れば嫌でも理解させられる。

 でも、俺は頭のおかしい研究者になりたかった。

 そうすればきっと、もっと楽に生きられるだろうから。

 この人たちと同じ価値観を持って、誰かを哀れむことも、慮る事もなくなるだろうから。


 そうすれば、俺はこの時代でも上手に生きられるだろうから。

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