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生きるロボ  作者: 木下美月
狂ったコト
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 自動運転なんて、本当に必要だったのだろうか。

 移動手段の為に様々な乗り物が開発されていったが、勝手に自動車を動かす必要性は低いのではないか。勿論、行き先を決定すれば低エネルギィ且つ最短時間で目的地に運んでくれるシステムは合理的だし、走行中の時間を有効活用出来るのは大きなメリットだろう。

 しかし、百年以上生きる僕らは、それ程時間を惜しんでいるのか。

 自動運転車が企画開発されたのは、人類の平均寿命が百年に満たない時代だった。短い人生なら確かに、移動時間を惜しむのは理解出来る。

 しかし今ではコンピュータネットワークも発達し、昔ほど人々は活動的ではない。自分の身体を遠くに運ぶ事は多くないんだ。

 ならば運転くらい自身で行ってはどうだろう。そうすれば人類の注意力はもう少し鋭くなるだろうし、視野もいくらか広がるだろう。

 この時代には、無駄な事が多すぎるんだ。

 駅のホームドアも、乗り物に搭載された非常停止システムも。全部人間が気を付けていれば起こらない事故なのに、環境のせいにして不要な安全装置ばかり作っていく。

 無駄な事ばかり積み上げるから、この世界はこんがらがって、人々の頭はすっからかんになる。

 そもそも人間なんて、皆んな無駄なんだ。

 無駄な生物が発展しようと、この地球を弄り出したのが全ての間違い。生物として生きるなら、原始人のままの方が余程有意義だったのではないか。

 少なくとも、無駄な人生に憂鬱にされる僕はそう思う。


「難しい顔してるな。もう直ぐ着くから、気持ちを落ち着けておいてくれ」


 名前ばかりの運転席に座るシュウが、石灰石と樹脂で出来たカップを口に運ぶ。コーヒースタンドの使い捨てカップだ。

 人間はいつも気付くのが遅いんだ。昔はプラスティックという環境汚染の激しい素材を何十年も使用してたらしいけど、どうしてそれ程の期間、問題に気付けなかったのか。

 ダメになってから、行動する。

 人間のどうしようもない特性だ。

 しかし、なんだかんだで今も地球は回っているのだから、膨大な視野で見れば早急な対策を取れていた、とも言えるかもしれない。

 ただ、人類は神になれないって事には、今すぐ気付いて欲しいな。

 皆んな勘違いしているから人類至上主義の世界になってしまったんだ。

 こんな世界で、僕は自分の未来が心配だ。

 きっといつか、人間の問題解決能力を上回るトラブルが起きるだろう。なんたって、ゴキブリとの戦いだって百年近く続いているんだもの。

 殺虫毒の開発と、ゴキブリの毒耐性。これはずっと並行して進められている。人類のテクノロジィが上回れば、ゴキブリはあっという間に駆逐されるだろうし、ゴキブリの耐性が上回れば、瞬く間に増殖するだろう。

 多分世界もそんな感じで、絶妙なバランスの上に成り立ってるんだ。


「気持ちなら落ち着いているよ。で、なんだったっけ?」


 シュウに返した言葉は遅すぎたらしい。


「もう着いたよ、大丈夫か?悩み事?」


「いや、最近無駄に思考回路が混雑しているんだ。ここまでの道のりと違って大渋滞さ」


 シュウは笑いながら車のドアを開けた。

 東京を出発してそんなに時間は経っていない。

 こんな自然が近くにあったとは驚きだ。

 アールを家に置いてきたからわからないが、それなりに高い山だろう。草が生い茂り、木が鬱蒼としている。

 車を止めているこの辺りはそこそこ整備されていて、目の前の小さな洋館は、物好きな金持ちの別荘だと言われれば納得できる。


「すごいな……もしかして、シュウの所有地?」


 彼は緑の額縁に収まった青空を見上げてから、僕に笑いかけた。


「頼み事を聞いてくれたら、話してやるさ」


 そう、それが目的でここまで来たんだ。

 玄関のドアに鍵を差し込む彼の背中に、僕は着いていく。

 エントランスに入ると正面に階段があり、右手はリビングルームだろうか。


「まあ簡単な話で、ちょっとしたマシンを試して欲しいんだ。安全性は、人を選ぶんだけどな、ユキならば……」


 言い淀む彼は、少し不安そうな表情だ。


「シュウが大丈夫だと思うなら平気さ。それに僕はいつ死んだって構わないし」


「物騒な事言わないでくれ」


 二階には一室しかないらしく、ドアの前でシュウは振り返った。


「俺はユキにマシンを使って見てもらいたいもんがあるんだ。だから、絶対とは言えないけど、安全性にも配慮したつもりだ……」


 手で遮って、扉の方向を指差した。


「問題ないって。僕ってチャレンジ精神旺盛なんだ。知ってた?」


 別にこれは賭けで負けたからじゃない。

 シュウが必死な表情で僕に頼むから、力になりたかったんだ。

 一体何を見せてくれるのか。

 興味もあるし。

 マシンの不備だって気にしない。

 近頃は彼のおかげでそれなりに楽しい日々を過ごしてた。だから彼の為に危険に出会うくらいなら、どうってことない。

 もともと生に執着してないのが僕だし。


 扉を開いて中に入ると、そこは薄暗くて、様々な機器が散らばっている。

 彼が所有している実験室なのだろうか。

 その辺りも詳しく聞いてみたかったから、僕はさっさと中央に進む。大きなVRマシンの様な機械だ。きっとこれが試したいものだろう。


「ユキ、どうか自分を見失わないで欲しい」


 シュウの言葉に首を傾げながら、僕は機器に接続される。

 最後にゴーグルをつけてカプセルの蓋を閉じる時には、もうシュウの顔は見えなかったし、何も聞こえなかった。

 完全に蓋が閉まって空気が変わった瞬間、僕は暗闇の中に放り出された。


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