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息を切らしながら僕は起き上がる。
暑い。
身体の節々が凝り固まっている様だ。
頭がボーッとする。
そうか、ここは碌でもない現実だ。だから重い身体に囚われているんだ。
空調管理の行き届いた室内で、僕は汗を垂れ流していた。
『ユキ、大丈夫か?』
「ああ、アールか。どうして僕はマシンに追い出されたのかな」
『心拍数の異常値を検出したからだ。外では雨も止んでいる。身体に支障が無いなら帰ってくると良い。それとも迎えに行こうか?』
「いや、いいよ。直ぐ帰る」
通信を切って、続いて掛ってきた電話はシュウからだった。
『ユキ!体調は大丈夫か?』
「ああ、問題ないよ。どうも仮想現実は僕を嫌うみたいだね」
『まだ慣れてないからだろうな……でも平気そうでよかった。実はな、ユキがログアウトした後、俺たちの戦闘を見た奴らがネットに動画を上げたみたいで、まあ……凄いことになってる』
「どんなこと?」
『いや……まあ、ゲーマーにとったら尊敬の意味なんだろうけどな……俺たちは魔界の殺戮者って呼ばれてる』
「酷いネーミングだ」
『ネーミングも酷いんだけどな、要望が多くて、戦闘要請もかなり入ってるんだ』
「戦って欲しいって?」
『そうだ……でも、マシンの長時間使用は難しいだろ?体調的に』
僕は今一度自分の身体を確認する。前髪が汗で額に張り付いているが、疲労は少しずつ回復してきた。
「いや、出来る限りは受けよう」
スピーカー越しに心配する気配が察知出来たけど。
「僕も少し……楽しくなってしまったよ」
『ふふ、流石ユキだ。わかった、後でスケジュール教えてくれ。予定組んでおくから』
了承してから電話を切り、ジャスミン茶で喉を潤してから僕は立ち上がった。
悪い夢の様だった。
やけにリアルで。
いやに昂まって。
でも、良い夢だった。
あれほどの快楽、いつぶりだろうか。思い出せない。
また空を飛びたい。
また感情を解き放ちたい。
あの空の出来事なら、全てが許される。
僕の存在も。
そしてそれが尊敬される。
気持ちがいい。
必ず戻ってくるぞとマシンを振り返り、僕は家路についた。
「おかえり……ユキ?具合が悪いか?」
部屋に帰ると珍しく、アールの言葉が詰まった。触れていなくても僕の身体の異常を察知出来るのだろうか。そうだとしても、僕は何も問題無いつもりだ。それを伝える。
「そうか、ならば構わない。夕食はどうする?」
「いいや。お風呂に入ってから寝るよ」
「わかった。直ぐに用意する。ゆっくり休むといい」
明日はくだらない仕事があるけど、現代の労働時間は昔と比べれば遥かに減少してるらしい。それならば仕方なく耐えようか。その後で再び空を飛ぼう。
きっと今の僕は人生で一番楽しんでいると思う。
現実ではなく仮想現実に幸福を見つけ出すとは、つくづく碌でもない世界だ。
でも、この碌でもない現実のお陰で人々の幻想が叶うなら、それは喜ぶべき成果だろう。




