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生きるロボ  作者: 木下美月
一章 失くしたモノ
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 渋谷大開発なんて、一体何度目の謳い文句だろうか。


『22世紀に備える2090年』


 空に届きそうなキャッチコピィを見上げながら僕は街を泳ぐ。すれ違う人々は誰も僕なんか見ちゃいない。僕のダンディな相方の事も興味ないんだ。珍しい奴なんだけどな。


「ユキ。歩調が早い。予定時刻には間に合う計算だが、不具合があったか?」


「具合が良いから早いんだよ」


「それがユキが語る人間の感情の特徴か」


「そういうわけじゃないけど」


 黙り込んだアールは成長型人工知能によって今の会話を分析しているのだろう。

 両親から受け継いだこの人型ロボは、孤独な僕の独り言のお陰で他製品よりも賢い、と、自負している。


「そこの愛玩ロボショップを左だ」


「わかってるって。二度目のスタジオだもん」


「ユキは物覚えが良いのだったな。情報を更新する」


「そりゃどーも」


 ガラス張りのショップを通り過ぎ様に覗く。中では動物型の精巧なロボットが人を見上げている。あれは僕のアールとは違い、人が愛でる為のロボだ。勿論、それだけなら大した価値はないのだけれど、愛玩ロボも道案内くらい出来るから、その価値が人の購入意欲に繋がるんだ。

 今時、人は無駄な事は覚えない。

 誰かの名前、どこかの場所、道。全てロボット或いはケータイが情報管理してくれる。

 それを憂う僕は、スタジオのエントランスに入る扉を開いた。


「……ああ、ユキ。早かったな」


「……あれ、こっちのセリフだよ。皆んなが僕より早く来るなんて、雨でも降らせるつもり?」


 僕の冗談は時代遅れで、三人はニコリともしない。アールも笑わないけど、こいつが笑ったらそれこそ世界中で雷でも降るんじゃないだろうか。


「詞を作って来てくれたんだろう?早速鳴らしてみよう」


 ギターを持ったケイが立ち上がり、ドラムのテツ、ベースのタクが無言で後に続く。

 なるほど、僕はここでも危ないのかもしれない。


 僕が遅れて入ったルームではそれぞれが無言でスタンバイしていた。こんな葬式みたいなバンド活動って他にやってる所あるのかな。

 今時、コンピュータによってどんな曲がウケるのか、最適な答えが簡単に見つかる。さっき隣のスタジオに入って行った、メイクが濃いヴィジュアル重視のバンドは、ティーンエイジャ受けを狙っているに違いない。それを狙った曲をコンピュータで分析して曲をプログラムすれば、忽ち特定された趣向の人多数を魅了してしまう。後はアーティストのルックスや歌唱力、声質で人気数も変わって来るが、それをひっくるめても運だと言えるだろう。

 だから、僕のやり方が時代錯誤だって言われるのは仕方ない。

 人気数が運で変わる時代なら、僕は不運なんだ。

 スタンドマイクの前に立つ。

 ドラマーの合図と共に曲が始まる

 彼らの様に楽器にそれなりに真摯に向き合う人間はあまり多くはない。だからこのグループはそれなりに気に入っていた。

 だから僕は自分の言葉で歌いたくて、コンピュータに頼らずに詞を仕上げた。

 今の時代に足りないものはなんだ?

 お前たちは過去の実話にしか興味が無い。

 空想に遊ぶ事をやめてしまった人達は、碌な創作をしない。

 そう考えるのは僕だけか?

 合理的に生きる事が悪いとは言わない。

 それが人々をここまで発展させたのだから。

 それでも“心”を無くしてはいけない。

 お前たちに心はあるのか?

 数十年前に生きた人々が持っていた様な――


「ユキ。おい、ユキ」


 白けた室内でケイが僕を呼んでいた。曲が止まった事にすら気付かなかったのは感情移入し過ぎていたからだろう。尤も、感情がこもる事と、音程を正しく歌う事は同義ではない。


「なんだよ」


「終わりだ」


 さて、こんなに中途半端に終わる曲だっただろうか、なんて考えられる程僕は楽観的ではないし、頭も悪くない。


「理由だけ聞かせてくれる?」


 わかっている事を態々聞くのは、未だ希望を捨てられないからだ。

 せめてメンバーの誰かが悪そうに目を伏せていてくれれば、僕は救われたのかもしれないけど、生憎全員が冷淡な視線を僕に向けていた。


「ルックス、パフォーマンス、トーク。全てが今のインディーズの中で優れている。そう言われてきた…………俺たち三人はな」


 ため息を吐いたケイは、作業の様に淡々と喋る。


「でもな、ユキ。お前のトークと歌詞だけは誰もが煙たがっている。お前みたいな中途半端野郎に綺麗事並べられると鳥肌が立つんだ。お前の口から放たれる言葉はペテン師の戯言なんだよ」


「僕を追い出したらコンピュータに歌詞を書かせて、それを歌ってくれるボーカルを探すの?」


「そうだな。いくら歌唱力が高くても、偽善活動とバンド活動を履き違える奴よりはマシだろうから」


「残念だけどさようなら」


 僕は言葉を置いてスタジオを出た。



「……キ……ユキ……ユキ」



「着いてこれないなら追いかけないでよ」


「言わなくてはならない事と判断した」


「何を」


 道端で止まる僕らを迷惑そうに横目で睨む人々に辟易して、僕はアールと歩き出した。

 どいつもこいつも、最適解ばかり追い求め、自身と違うモノに向ける目は冷酷。他人の歩調を乱す僕らは、彼らにとって犯罪者同然なんだ。


「昔の言葉だ。二度ある事は三度ある。これは何度やっても結果が変わらないという消極的な教えだ。しかし、三度目の正直という言葉も偉人は残した。これは先程の言葉と矛盾しているが、二度目までの失敗を糧にして三度目は成功させるという積極的な意気込みを教えているのだろう」


 こいつは契約者である僕に喧嘩を売っているのだろうか。勿論、人間に害を与える行動をロボがしないようにプログラミングされているのは知っているけど、僕がバンドを追い出されるのは三回目だった。


「昔の人間はそうやって様々に心持ちをしていた。一昔前に流行った精神論と呼ばれるものであろう。しかし、それは無意味である。人間がどの様に挑んでも抗えない事は多い。何より、不確定な事を精神論で可能にしようとする行為は愚の骨頂だ。思いだけで望んだ通りに動く世の中ならば今より発展しているだろう」


「お前はいつからそんなに喋る様になったんだよ」


「今の私の言葉には、ユキの両親が話していた言葉が含まれる」


「……通りで」


 僕は小さく舌打ちをした後、アールが着いて来れない速度で人の波に乗り、商業ビルの地下に降りて行った。

 ケータイで確認すると、アールはマンションに向かっている様だ。GPSで僕の居所は分かる筈だけど、着いて来ない辺りに彼の知能の成長を感じる。

 もっとも、他人を気遣う心の成長では無い。

 アールにも、他のロボにも心なんてない。主人の機嫌の悪さを感知すれば、今までの傾向を分析して、主人が不快にならない様に動くだけだ。

 そもそもアールは、僕がどうして不快なのかもわかっちゃいないんだから。

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