育つ目標
夏という野球の季節。
「さぁー、ペナントレースも佳境ですが!タイトル争いにも目が離せません!!」
甲子園も盛り上がるが、プロ野球も熱いんだぜ。
「マウンドには鷲頭一稀世!!ここまで6回無失点!!一軍復帰戦にして、この好投です!!しかし!ここで怖い打者が!!この回先頭は、5番の鷹田花王の打席です!!」
一軍に戻って来た鷲頭は好投中。キッチリ試合を作っていたが、味方打線の援護に恵まれず。0-0で勝ち投手の権利が来ない。そこに鷹田花王。
「今シーズン、絶好調!8月現在までに、32本塁打!新人であった去年の28本塁打を超え!今年は本塁打王を狙っています!」
実況の熱もそうだが、”最強3世代”同士の対決は、どうしてかスタンド全体を熱くさせる。鷲頭も鷹田も、かなり意識をしている。
鷲頭がプロ野球選手としてみれば、小柄な部類だ。対して、鷹田はとても恵まれた体躯を持ち、完全なるパワースラッガーの風格を出していた。こいつ、まだ20になってないんですけどねぇ?というベテランの大打者っぽい風格。
「パワーなら、俺達の中で一番だな」
阪東はスコアブックを付けながら、観戦中。
鷹田は鷲頭を相手にここまで、三振が2つとカモられていそうであるが。この試合の鷲頭の奪三振はここまで2つ。
つまり、鷹田だけしか三振をしていない事だ。結構、不気味だ。
元々、フルスイングとパワーで押し切る打撃が持ち味。本塁打数も多いが、三振はもっと多い。
しかし、見逃し三振は少なく。バットを振ってくるという恐怖は投手を威圧してくる。
「デカいな。お前はよ。鷹田……」
鷲頭は乗らない。油断もしない。
鷹田の目がギラついていて、一球一球。バットが空を切っても、恐怖すら感じる。相手打線の中で一番怖い。
「お前がすげーからだ。一稀世」
スタメンじゃなきゃ、お前達から打てねぇ。楽しめねぇ。
一打席、二打席じゃ足んねぇ。
お前達と戦うにはパワーだけじゃ足んねぇ。
俺をヒットに抑えるまでは投手の勝ちだ。だから、俺は投手が誰だろうとホームラン狙いだ!
「鷹田は器用になったな」
荒っぽさと、豪快さは桐島以上だった。しかし、プロ入りからすぐにパワー以外の技術を身につけた。
堅い守備と複数ポジションに励んで、今シーズンは指名打者なしでフル出場中。外野守備は広くないが、上手いし、肩も強い。今シーズンからは、一塁と三塁も無難にこなしている。そこらへん、桐島と違っているな。
明らかに試合に出続ける事を目的としている。加えて
コンッ
『なんと鷹田!送りバントです!しかも巧い!!』
あの鷹田が送りバントをするなんてな……。バントが盛んな高校時代で桐島と同じく、まったくした事ない奴がな。
自分のパワーを活かすため、小細工するならバントだけってのも、奴らしいかもしれん。
”鷹田の貴重な送りバント集”なんて動画が結構な再生数を記録している。
バント回数はたった7回だが、成功率100%なのが笑えることだ。その中の1回はまさかのスクイズだからな。
「おっと、この3打席目。鷹田が何か仕掛けてくるか」
これまで、三振を奪った決め球はSFF。鷹田のパワーを警戒して、落ちる球で勝負するのは正解だ。
カウントを整えたら続けるだろうな。それまでに鷹田が仕留めるか。いや、逆に鷹田はSFFを狙うか?
観戦しているだけでも、疼いてくる。ちょっと、鷲頭。代わらない?って阪東も思ってしまう。
ガシャァァッ
「ファール!」
「ふんっ。チェンジアップか」
鷲頭の緩急はきついが、もう3打席目で慣れてきたぞ。ストレートとチェンジアップのコンビネーションならカットできる。ボール球を打つほど、油断もねぇよ。俺を打たせるなんて甘いイメージはしてねぇだろ。三振だろ。俺だって、それでいいんだ。
来いよ、鷲頭。全力でな。
「……相変わらず」
お前はデカいから。態度も、打者としてのスケールも。デケェんだよ。
腹立つんだよ!!木偶の棒が!!
鷲頭が投じた6球目。三振をとりに行く、SFFか。
「!!」
その裏。内角のスライダーで、詰まらせる狙い。完璧に決まったコース。
カァァァンッ
打ち取ったと言える打球音。高々と舞い上がって、全員が見上げた。
「レフトーーー!!」
打球はゆっくりと伸びていく。鷲頭は見上げ、鷹田は走っていく。決して速くない走塁で、二塁に到達した時。
ポー―ーーーンッ
「入ったーーー!!レフトスタンドギリギリに叩き込んだ!!っていうか、ねじ込んだ!?完全に詰まっていた打球をホームランにしたーー!!鷹田花王、今季33号!ソロホームラン!!貴重な勝ち越しーーー!!」
打球はスタンドに落ちた。とんでもないパワーで、鷲頭の投球を潰してみせた。確実に言えることだが、
「鷲頭が技術で勝っていた。だが、鷹田がパワーで技術を押し切った」
そんなホームランだった。力関係を見せつけた一発。逆もあり得たんだがな。
鷹田の奴、あのパワーも成長していたのか。
◇ ◇
プツンッ
試合は鷹田の一発で大いに沸いた。しかし、テレビの中継は電源を切るという行為で消える。
部屋で2人、テレビ観戦。奮えているのが1人。
「見たか今の……」
大鳥は頭を抱えていた。鷲頭が打たれたというショックというより、今の鷹田の一発がどれだけ、技巧派と軟投派の夢を打ち砕くものかと。
「芯外れてただろ!!全然、スカッとする打撃音じゃないぞ!!それでなんでスタンドまで届くんだよ!!どーいうこと!?」
「打球がセンターだったら、ただのフライだったろうな。強引に引っ張っていた。鷹田のホームランの大半はレフト方向だ」
一度、直に鷲頭の投球を見ただけに。あの時が不調であることを今知れた2人。
プロの壁もそうだが。自分達の世代の凄さというのを、よく知れた。先輩方や後輩はそれで委縮することも分かった。
「あの時は抜けスラだったが、飛び過ぎた。もちろん、全力投球を長く維持できる体力もつけないといけなかった」
「改めて、力の大切さを知れたな」
練習試合の収穫は勝敗以上に大きいものであった。
1年で鍛え上げた肉体をさらに、デカく作り上げること。筋肉の増量というシンプルなこと。また、さらに
ガツガツガツ……
「沢山、食う事」
「栄養面も考えろ」
肉食ではないが、魚食中心の大鳥と名神。
基礎の基礎であるが、食事からの体作りの見直しをやってみた。ただ練習を繰り返すだけではなく、見直しも重要。
「目標は何キロにする?」
「150……は盛り過ぎか」
「大鳥。関取にでもなる気か?」
「答えたのは体重じゃないぞ。俺の体重は68キロだから、5キロ増しで73キロぐらいまで良ければな」
さっき言ったのは、150キロか。
投手としてならそこが球速で目指すものか。
分かりやすくて良いな、投手というのは…………。捕手はどーするべきか。
「目標に向かって頑張ろうな、大鳥」
「ああ!まだ、スタメンが勝ち取れてないし。スクリューも完成してない。全体的なパワーもつけないと……」
「………そう、だな」
己が足りないところを求めること。難しいことをサラリと言葉にできるってのは良いことだ。
今の名神にそれはなかった。そして、それを大鳥に聞く事ができなかった。そんなことで輝いた目をしている彼を、曇らせたくなかった。
少しずつではあるが、名神と大鳥の意識違いが起きていた。
それにすぐに気付いた名神はこの事を、大鳥には秘密にし、あるところに相談をした。
コンコンッ
「ノックは要らんぞ」
「いえ、監督室ですし。すみません。俺なんかのために」
「監督だが、指導者でもある。部員の進路に関わることも仕事なんだ。で、なんだ?大鳥と喧嘩でもしたのか?女ができて困ったのか?」
「いや、そーじゃないんすけど。ホント」
監督である。
部員の悩みなり、生活の悩みを聞くのも監督の務めである。たまには俺の愚痴聞けよって。
「最近の大鳥が活発的というか、成長しているのに。俺と来たら……あんまり、目標が作れなくて」
「つまり、力関係が崩れたって事か?分からんでもないな」
質問する形はとても曖昧にしていたが、監督にはすぐに名神の気持ちが分かってしまった。
「確かに大鳥の好リリーフ。見事だったよ。あの采配をした俺も、かなり学長に褒められた。その後のウェスタン選抜との練習試合でも、3回5奪三振。人によくある、一皮むける成長が、今の大鳥にあるだろうな。それについて来れないわけか」
「…………大鳥が俺よりもできる事は知ってました。長く付き合っている分、俺は分かります。ただ、俺といて、ホントにあいつのためになるのか」
隣で並んでいた時がとても楽しかった。しかし、大鳥がもし、自分と同じような歩幅で進んでしまえば、もし。自分の心の中にある大鳥への希望が消えそうだった。
「大鳥はエースになれる。でも、俺は……」
「大鳥がエースならお前がスタメンマスクを被れ」
「でも」
「大鳥って、お前以外で組んだ事がないんだろ?信頼関係ってのは、ただの実力じゃつかないもんだ。釣り合わなくなった、って他の捕手にも失礼だし。大鳥も力が出せないだろ」
自信を見失う部員は何十人と見て来た。監督は名神の状態がそれと似通っていると、判断し。
「名神。一つ訊く、ちゃんと答えろ」
「はい」
「お前は大鳥が好きなのか?野球が好きなのか?」
彼女かなんかかい!!
そんなノリの質問であるが、名神は大真面目に答えようとして
「投手の大鳥が好きです」
「そう来たか。大鳥が好きで良いんだな」
人の愛の告白を聞くのは辛ぇぇ……って、顔。はーってため息。頭を抑えるポーズは、二日酔い?
「んじゃあ、そのなんだ」
言葉だけでなく、その道を選ばないと大変であると監督は察する。
「大鳥は新球や新フォーム。改めての肉体改造と、トレーニングの日々だ。それは目標を持ってるからできるわけだ。人間、そーいうもんだ」
「はい」
「ひとまず、お前は。独立リーグに興味があるか?」
「独立リーグ……。それって、あれですよね。BCリーグや四国アイランドリーグとかの」
「そうそう」
プロ野球機構とはまた別の、NPBを目指すために作られた野球リーグの事である。プロの道を諦めきれず、若い者や元プロまで集うところ。
その存在はなんとなくだが、名神も知っている。
「独立リーグとは縁があってな。まだ野球をやりたいって奴いたら、紹介してくれって感じでよ」
「俺、2年っすよ。退学するなんてできない」
「はやるな。ただ野球をやりたい奴が行けるリーグじゃないんだ。確かに、名神。プロで活躍するビジョンがないというのなら、独立リーグで頑張ってみるのも良いんじゃないか?」
そーいって、監督が名神に手渡したのは独立リーグにある、1つの球団の入団テスト内容。
1次試験。
1.50m走
目安と注目個所。
タイムは6秒前半。走るフォームもチェックされる。
2.70m遠投
目安と注目個所。
70m到達するまでのタイムは2秒前半。送球するフォームやスピード、正確性、球の角度もチェックされる。
3.フリーバッティング OR ブルペンでの投球
フリーバッティング。
目安と注目個所。
バッティングピッチャーから15球打つ。打球はもちろん、打撃フォームもチェックされる。
目安はヒット性8本OR本塁打2本。
ブルペンでの投球
目安と注目個所。
練習で5球。それから1分間、自由に投球でアピールする。その後、1分間。クイックで投球。スピードガンでしっかりと計測され、投球フォームもチェックされる。
4.シートノック
目安と注目個所。
捕手の場合は、バント処理とキャッチャーフライ。バント処理の際の、送球タイムを計測される。二塁への送球タイムは2秒前半。
2次試験。
1.実践。
1次試験を突破した、投手と野手の実践。
野手は3打席。投手は3人の打者に投げる。
「名神なら遠投はクリアできるだろう。守備面じゃ、ウチの捕手の中で一番だ」
「むむっ……これは……」
自分も大鳥も、ここに入学セレクションでやってきたわけだ。かなり厳しいものであったが、なんとか合格ラインだった自分を思い出す。
またやるのか。という気持ちよりかは、その下の
「やれるかな」
この試験。全ての突破に対する不安。そんなものは
「これがお前の当面の目標で良いだろう。1次試験は全てクリアできるようにしとけ。目安は書いといた」
「でも、独立リーグに行くかどうかまでは……」
「野球を続けるんだろ?それぐらいの気持ちと目標がなきゃ、大鳥と組んでいられないぞ」
「50m走苦手なんですが。6秒80ほどですし。打つよりかはその……」
「自信を持て!まだ2年もある!!ミッチリ鍛えろ!!」
ドーーンって、監督室から追い出す形で。監督は、独立リーグの入団テスト内容の紙を名神に渡した。これが名神にとってはまた別の機会を作ることになる。
大鳥が様々な挑戦をしているだけに、自分も。確かに監督の言う通り。これらの課題をしっかりとこなせる選手を目指せば、大鳥と胸を張って組める捕手になれる気がした。
「というか、大鳥もこれ。クリアできるのか?」
知らんけれど。ずば抜けたもんがあれば、1次試験は突破するんじゃない?