歴然の差
立ち上がり、鷲頭と大鳥は無失点に抑える。大鳥の方が2つの三振を奪っているため、大鳥の調子良さが出ていた。
「良い左腕だな。シンカーがちょっと甘いが、あのスライダーは二軍レベルじゃ打てないぞ」
「コントロールも良い。全部が変化球は低めに決まっているし、釣り球も効果的な高さ」
「あんだけ早いクイックはプロにもいるか、どうか。牽制とかはどうなんだろうな」
右だったらいくらでもいただろうが、左の技巧派は貴重だ。
鷲頭の視察や他のプロ選手の調査目的が多くいた中で、大鳥の存在は一部には光輝いて見えた。
「球速と球威がない。スタミナもどこまで持つか(練習試合じゃ打者一巡ってとこか?)」
「阪東さん。大鳥が似たようなタイプだから、イライラしてんの?」
「似てないでしょ。俺は本格派の投手だ。イライラもしていないぞ」
なんでもこなしちまう阪東にとって、投手のタイプは関係ないだろう。あえて言うなら、万能タイプの投手。
「所詮、プロの世界は力ずくだ。たまたま、調子が良くて初回を抑えたに過ぎない」
「厳しいが当然の答えだ」
「まぁ、鷲頭も同じなんだがな。この試合では、大鳥が有利だ。捕手の差がある」
2回表。鷲頭の投球はまだ本調子に遠い。
本人も分かっているんだろう。変化球を活かすには、ストレートが活きなければいけない事を
カーーーーンッ
内角の甘いストレートをレフト前に運ばれ、ノーアウトで走者を背負う。
力んで投げた事が災いしている。147キロとかなり速い部類であるが、米野や阪東、叶とは違って、鷲頭の球は
「ちょっと軽いな」
「お。同期の心配」
「球の出どころも、大鳥と違って打者からは見えやすい。回転が上がれば空振りをとれるストレートなんだが、今の絶不調の鷲頭にそれはない。加えて、セットポジションの状況だ」
あの走者を見た感じ、足で揺さぶるほどの走塁意識はない。5番打者も強攻のようだ。
この場面で打者に集中できるかどうか。鷲頭のメンタルと、バッテリーの信頼が問われてくる。
走者を背負う事で、本来の投球に支障が出るものもいる。鷲頭の場合、クイックがそこまで得意ではないという、プロ平均レベルの状態で留まっていることが、彼の完成度の高さであろう。
高校時代での試合では、鷲頭の投球は打者を翻弄し、ねじ伏せもした。阪東も桐島も、手こずらせた投手だった。走者を意識しての速球系の配球になるか。それとも、打者集中で色んな球種を投げるか。
「ストレートが走ってない。こーなると、SFFがどこまで使えるかどうか」
「スライダーじゃなく?」
「相手の打者はストレートかスライダーにヤマを張っている。SFFは完全に捨てている。緩い球もだ」
打者を探るための、外のスライダーから。反応こそしたが、外の変化球は捨てていたんだろう。そこは打ち気ではない。内角の球でゴロを打たせる。悪くない要求と理想ではあるが、阪東はダメだし。
「あ、馬鹿」
「?」
「あの捕手め。鷲頭の状態をしっかり見とけ!打者に気を取られ過ぎてる!投手あっての捕手のリードだぞ!」
今のスライダーは曲がりが早い。勝負球として使えるもんじゃないぞ。投げた鷲頭もそれに気づいてねぇ。気を張り詰め過ぎている。牽制でもいいし、緩い球でも、カウントを悪くしてでもボール球。何でも良いから、力みをとれ。
ここでゲッツーの欲しさに右打者への内角スライダーを投じたら、……
「って投げてるーーー!!それはダメだーー!」
阪東の予想通りの展開。鷲頭や捕手からすれば、強攻する打者に6・4・3のダブルプレーを誘ったが。スライダーの曲がりが早く、真ん中に来てしまう。待ってましたと強振し、飛んだ打球は左中間。フェンス直撃のタイムリーツーベース。
「おおーー!鷲頭から先制タイムリー!!」
「無念晴らしたぜーー!」
「続くぞーー!」
予想外の、九州国際大学の先制で試合が動いた。しかも、ノーアウト2塁のチャンス。
「……あー。しょうがないか」
「今のは捕手のミスと?」
「だな。元々、鷲頭の投球スタイルは捕手のリードがかなり求められる。高校時代の相方はかなりの捕手だったからな。奴は大学に進学したが……」
米野星一のシンプルな強さ。村下レイジの絶対的な投手力。阪東孝介の極められた対応力と経験。
鷲頭には速いストレートと多彩な変化球があっても、投手単体としての力量が3人と比べて劣ってはいた。
いわゆる。
「投手1人の力でねじ伏せるタイプじゃないんだ」
単純な力負け。投手とか野手とか、選手とか。人全てに言える、力不足が鷲頭の問題であった。
「とはいえ、俺達と並ぶ逸材だ。捕手によっては、米野と同等。レイジは超えるだろうな。あの2人は捕手の差がそこまで出ない、絶対の個の力がある。だが、鷲頭はバッテリーの力が大きく影響する」
どちらが良し悪しとするものではないが。
バッテリーである以上、投手の全てを引き出すのが仕事。鷲頭がプロ入りで伸び悩んでいるのは、彼の力を引き出せる捕手との巡り合わせがないこと。これもまた運命である。プロの世界でも、あり得ることだ。
「それを含め。力不足とするも良しだがな」
とにかく、ノーアウト2塁だ。失点した直後に開き直れるかどうか。特に捕手の方だな。
鷲頭は強い。それでも、ねじ伏せに行くか。
間をとって、鷲頭がしたのはロージンをとっての、集中。自分の投球を活かしてくれる捕手の存在。それが欲しい。2軍どころか、自分のチームの1軍にも。自分を活かせる捕手がいない。埋もれる鬼才に、孤高な投手として挑んでいく。
待っていろと、鷲頭の力は漲っている。
サインに首をよく振って、己の実力で勝負。
が。
ポーーーンッ
「あーーー!逸らしたーー!」
「パスボールだ!!」
セカンドゴロでの進塁打。さらにバッテリーエラーで、1点献上。鷲頭を相手に2点のリードをとる。このミスからの失点はプロなんだろうかって、疑うようなものであった。ハッキリ言って、鷲頭が可哀想。
第三者からの目線で見れば
「あー……味方のエラーか……」
「これは鷲頭の失投だな。SFFで三振をとりたいのは分かるが、選択する球種じゃなかった。鷲頭が首を振ってたから、奴は投げたんだろ」
「ボールを止めてれば2アウトだったのに」
「今日の鷲頭が、三振をとれる球にSFFしかない状況も悪い。だが、走者はなくなって立ち直るだろ」
鷲頭はまだ踏ん張りどころだな。
調子が悪いと、ほとんどが上手く機能しない。捕手事情の悪循環もあるよな(SFFを止めてくれん捕手はキツイ)。
チーム内に鷲頭をリードできる捕手がいてくれればな。2年目の奴にそーいう事があるとは思えないが。
実際に鷲頭の力を活かせる捕手など、プロ球界でも少ない。
ただ投手の壁をやっていいわけじゃない。そーいうので通じるのは、米野やレイジのような、豪腕や速球派のみ。そんな彼等にもやがて来る衰えるに、対応できるかはその時の技術と経験、意識がモノを言う。
鷲頭は現時点でその状況だ。
「ち」
米野や叶のような、純粋な力が欲しい。一球の質がもっと欲しい。一軍レベルで戦うには、引き出しの多さだけでは通じない。俺に今足りないのはあいつ等のような、ねじ伏せていくボールだ。
打者も捕手も、チームなんてカンケーない。絶対的な投手が持っているボールが必要だ。
味方のエラーを引きずった感がある、7番に打たれたヒット。しかし、鷲頭は立て直して、8番を内野フライで抑える。
「………………」
単純な力を追い求めることと、
「行こう。大鳥。ボーっとするな」
「お、おお。悪いな。名神」
自分の実力を引き出す捕手の力。
まったく投手としてのタイプは重ならない大鳥と鷲頭だが、2人に足りないところは共通していた。その部分を持つ、大鳥には名神がいてくれる。きっと同じ事を思っているんだろう。
2回裏。
大鳥は4番打者と対戦。初回はスクリューを見せ球とした配球をしていたが、ここからの大鳥はスライダー中心の通常の投球。
大きく曲がる3種類のスライダーで打者を幻惑。
「あんなに曲がるスライダーは狙いを定め辛いぞ」
「よく見ろ。独特なフォームだから、タイミングを狂わされる事を嫌っている。ネクストに控える5番もそうだ」
「あ!ホントだ」
「鷲頭よりも力がない球と見抜いている。これは……」
カウント1-3からのスラーブ。
4番打者の打球は芯を外れていたが、フルスイングでボールに食らいついていた。
「レフト!!」
ひっかけてはいるが、外野まで飛ばされている。
完璧に捉える事は難しいがその球の軽さが、命とりだ。
なんとかレフトフライで抑えるも、
「強引なパワーで大鳥を攻略する狙いだ。多少のボール球でもお構いなし」
型に嵌れば凡打の山を築くだろうが、球が少しでも上ずっていたり、中途半端な球を投げようとするものなら痛打確定。プレッシャーを掛けていく。
「クイックモーションも走者が二塁にいたら、さほど意味はないからな」
投手のリズムが狂えば、自力で立て直すのは難しい。この時、捕手はどうする?
4番打者を抑えたが、自分の足りないところをすぐに感じた大鳥だった。鷲頭が先ほどの回で、一球の質が足りないがため、打たれるところを振り返る。
やはり、投手には力こそが全てなのだろうか。いや、
「1アウト!!内外野は下がってー!」
まだ宗司は成長途中の投手だよ。
でも、お前はいつか向こう側にいけると思うよ。
その時まで俺はお前を引っ張ってやる。見せてくれよ。今、プロにいる人達の前で、大鳥宗司を見せてくれ。
打者一巡という決められた枠の中で、名神のリードはただ大鳥の球を受ける捕手ではなかった。
観客席にいる阪東にも伝わるし、優秀なスカウト達にも伝わる気持ちがにじみ出ていた。
”マウンドに立つ投手を勝たせてやる”
それはピッチャーの大鳥の自信を支えている。力と技術のどちらが欠けても、通じる事はある。だが、人であるならば心を見失ってしまうと戦えない。
作戦は大鳥を信じ、彼の全力の投球を支えてやること。
「!」
構える和のミットはやっぱりでけぇ。打者の後ろが固くてデカい壁にも見えるぜ。
俺には鷲頭のような緩急や、速いストレートも変化球もない。変化と制球が今の生命線。
分かってる。俺の球はまだまだ軽い。タイミングずらしたり、芯を外したりしても、パワーで押される。
なら、これからの一切。
バットに球を掠らせない!
それが今。プロと激突して感じる歴然の差を埋める、希望。和が捕手だから、これが投げられる。俺には和がいる。
ギュンッ
曲がるポイントが早く、見切られる事はある。しかし、大鳥のその一球は曲がり幅も大きく、左打者の外角を掠めとる精度を持った一球。
パァァンッ
「ストライク!!」
「っ。なんて、スライダーだ。これは一軍に通じるぞ」
球速は123キロと、物足りない速度ではあったが手が出ないコース。
大鳥は技巧派の投手であるが、その本質は変化球のキレで奪三振をガンガンとっていくタイプだ。捕手の名神は分かっている。新フォームや新球の挑戦でパワー不足を補おうとしても、投手の持ち味を活かせるリードが基本。
投手の自信を出させてくれるリードに
「あいつ、良い捕手だな」
阪東は大鳥だけでなく、名神の実力と信頼にも注目した。
変化球中心の配球。しかし、一回とは違って、スクリューの遊びや試しがない。左打者からは逃げるスライダー。右打者にはカーブの軌道に似たスラーブで、ボールゾーンからストライクに入れる。カウントが整ったところで、落ちる縦スライダーで振らせる。
投球の8割はスライダー系のボールであり、2割のストレートは容赦なしの打者の内角のみ。
「あの多彩なスライダーを続けられた後にストレートか」
「絶好球じゃないのか?狙っていけば良いのに……」
「ボールの組み立てが上手いんだ。左打者なら死球を狙っているような、キツイところだけだ。左打者のストレートは全部ボールだ。だが、右打者ならその球がスライダーだった場合、死球になるコースにストレートを投げている。だから、あれでストライクをとれるのさ」
持ち味を活かすリード。
それは良いモノであるが、いずれ到達できる領域か。特に長い付き合いを持つ、名神ならば。か。
「2回で4つの三振を奪った!!」
「三振数で鷲頭を1つリードだ!」
「…………」
三振の数で試合の行方は決まんねぇよ。しかし、良い球を投げているのは事実だ。
だが、どこまでその投球が続くだろうか?
どうしたって三振を奪っていく投球スタイルは、球数もそうだが、投手の神経と気力をすり減らす。持ち味にしても、投手の力の底が見えてくるもんだ。
3回裏。阪東の予想通りの展開が起こる。
ヒットも四球も出していないパーフェクトな投球だが、早打ちされずに、カウント2-2。あるいはフルカウントまで、勝負を持ってこられる。ファールで粘られもする。打たれている鷲頭と、球数がさほど変わらない。
「ここぞって時の三振で良いんだよ。打たれても飛ばせない力がなければ、それもできないがな」
スライダーが抜ける瞬間を狙っている。
相手のミスを突く。たった一瞬、一度で、叩くが戦っているというプロの仕事。
パーーーーーーンッ
弾かれた打球音はとても爽快で、飛距離は打った本人も最長飛距離と思った。それほどに打てれば飛ぶボールであった。
「大鳥打たれたーー!ソロホームラン!!」
「抜けスラだもんな!見逃してくんねぇか!!」
失点内容が鷲頭とは違う。
完全な投手のミスや力不足が作る失点。それが
「ホームランか。3回で三振5つ、1失点。鷲頭以外で良いものを見たな」
プロのスカウト達がいる前で見せた、大鳥宗司の実力であった。
この後に登板する九州国際大学の投手達の誰よりも、良い投球をしていた。
一方で、鷲頭は2回の2失点のみ。5回まで投げ切る好投をした。