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馴染な男  作者: 孤独
大学2年
8/52

歴然の差



立ち上がり、鷲頭と大鳥は無失点に抑える。大鳥の方が2つの三振を奪っているため、大鳥の調子良さが出ていた。



「良い左腕だな。シンカーがちょっと甘いが、あのスライダーは二軍レベルじゃ打てないぞ」

「コントロールも良い。全部が変化球は低めに決まっているし、釣り球も効果的な高さ」

「あんだけ早いクイックはプロにもいるか、どうか。牽制とかはどうなんだろうな」


右だったらいくらでもいただろうが、左の技巧派は貴重だ。

鷲頭の視察や他のプロ選手の調査目的が多くいた中で、大鳥の存在は一部には光輝いて見えた。



「球速と球威がない。スタミナもどこまで持つか(練習試合じゃ打者一巡ってとこか?)」

「阪東さん。大鳥が似たようなタイプだから、イライラしてんの?」

「似てないでしょ。俺は本格派の投手だ。イライラもしていないぞ」


なんでもこなしちまう阪東にとって、投手のタイプは関係ないだろう。あえて言うなら、万能タイプの投手。



「所詮、プロの世界は力ずくだ。たまたま、調子が良くて初回を抑えたに過ぎない」

「厳しいが当然の答えだ」

「まぁ、鷲頭も同じなんだがな。この試合では、大鳥が有利だ。捕手の差がある」



2回表。鷲頭の投球はまだ本調子に遠い。

本人も分かっているんだろう。変化球を活かすには、ストレートが活きなければいけない事を



カーーーーンッ


内角の甘いストレートをレフト前に運ばれ、ノーアウトで走者を背負う。

力んで投げた事が災いしている。147キロとかなり速い部類であるが、米野や阪東、叶とは違って、鷲頭の球は



「ちょっと軽いな」

「お。同期の心配」

「球の出どころも、大鳥と違って打者からは見えやすい。回転が上がれば空振りをとれるストレートなんだが、今の絶不調の鷲頭にそれはない。加えて、セットポジションの状況だ」


あの走者を見た感じ、足で揺さぶるほどの走塁意識はない。5番打者も強攻のようだ。

この場面で打者に集中できるかどうか。鷲頭のメンタルと、バッテリーの信頼が問われてくる。



走者を背負う事で、本来の投球に支障が出るものもいる。鷲頭の場合、クイックがそこまで得意ではないという、プロ平均レベルの状態で留まっていることが、彼の完成度の高さであろう。

高校時代での試合では、鷲頭の投球は打者を翻弄し、ねじ伏せもした。阪東も桐島も、手こずらせた投手だった。走者を意識しての速球系の配球になるか。それとも、打者集中で色んな球種を投げるか。


「ストレートが走ってない。こーなると、SFFがどこまで使えるかどうか」

「スライダーじゃなく?」

「相手の打者はストレートかスライダーにヤマを張っている。SFFは完全に捨てている。緩い球もだ」


打者を探るための、外のスライダーから。反応こそしたが、外の変化球は捨てていたんだろう。そこは打ち気ではない。内角の球でゴロを打たせる。悪くない要求と理想ではあるが、阪東はダメだし。


「あ、馬鹿」

「?」

「あの捕手め。鷲頭の状態をしっかり見とけ!打者に気を取られ過ぎてる!投手あっての捕手のリードだぞ!」


今のスライダーは曲がりが早い。勝負球として使えるもんじゃないぞ。投げた鷲頭もそれに気づいてねぇ。気を張り詰め過ぎている。牽制でもいいし、緩い球でも、カウントを悪くしてでもボール球。何でも良いから、力みをとれ。

ここでゲッツーの欲しさに右打者への内角スライダーを投じたら、……



「って投げてるーーー!!それはダメだーー!」



阪東の予想通りの展開。鷲頭や捕手からすれば、強攻する打者に6・4・3のダブルプレーを誘ったが。スライダーの曲がりが早く、真ん中に来てしまう。待ってましたと強振し、飛んだ打球は左中間。フェンス直撃のタイムリーツーベース。



「おおーー!鷲頭から先制タイムリー!!」

「無念晴らしたぜーー!」

「続くぞーー!」



予想外の、九州国際大学の先制で試合が動いた。しかも、ノーアウト2塁のチャンス。



「……あー。しょうがないか」

「今のは捕手のミスと?」

「だな。元々、鷲頭の投球スタイルは捕手のリードがかなり求められる。高校時代の相方はかなりの捕手だったからな。奴は大学に進学したが……」



米野星一のシンプルな強さ。村下レイジの絶対的な投手力。阪東孝介の極められた対応力と経験。

鷲頭には速いストレートと多彩な変化球があっても、投手単体としての力量が3人と比べて劣ってはいた。

いわゆる。



「投手1人の力でねじ伏せるタイプじゃないんだ」


単純な力負け。投手とか野手とか、選手とか。人全てに言える、力不足が鷲頭の問題であった。


「とはいえ、俺達と並ぶ逸材だ。捕手によっては、米野と同等。レイジは超えるだろうな。あの2人は捕手の差がそこまで出ない、絶対の個の力がある。だが、鷲頭はバッテリーの力が大きく影響する」



どちらが良し悪しとするものではないが。

バッテリーである以上、投手の全てを引き出すのが仕事。鷲頭がプロ入りで伸び悩んでいるのは、彼の力を引き出せる捕手との巡り合わせがないこと。これもまた運命である。プロの世界でも、あり得ることだ。


「それを含め。力不足とするも良しだがな」


とにかく、ノーアウト2塁だ。失点した直後に開き直れるかどうか。特に捕手の方だな。

鷲頭は強い。それでも、ねじ伏せに行くか。



間をとって、鷲頭がしたのはロージンをとっての、集中。自分の投球を活かしてくれる捕手の存在。それが欲しい。2軍どころか、自分のチームの1軍にも。自分を活かせる捕手がいない。埋もれる鬼才に、孤高な投手として挑んでいく。

待っていろと、鷲頭の力は漲っている。

サインに首をよく振って、己の実力で勝負。


が。



ポーーーンッ


「あーーー!逸らしたーー!」

「パスボールだ!!」


セカンドゴロでの進塁打。さらにバッテリーエラーで、1点献上。鷲頭を相手に2点のリードをとる。このミスからの失点はプロなんだろうかって、疑うようなものであった。ハッキリ言って、鷲頭が可哀想。

第三者からの目線で見れば


「あー……味方のエラーか……」

「これは鷲頭の失投だな。SFFで三振をとりたいのは分かるが、選択する球種じゃなかった。鷲頭が首を振ってたから、奴は投げたんだろ」

「ボールを止めてれば2アウトだったのに」

「今日の鷲頭が、三振をとれる球にSFFしかない状況も悪い。だが、走者はなくなって立ち直るだろ」



鷲頭はまだ踏ん張りどころだな。

調子が悪いと、ほとんどが上手く機能しない。捕手事情の悪循環もあるよな(SFFを止めてくれん捕手はキツイ)。

チーム内に鷲頭をリードできる捕手がいてくれればな。2年目の奴にそーいう事があるとは思えないが。


実際に鷲頭の力を活かせる捕手など、プロ球界でも少ない。

ただ投手の壁をやっていいわけじゃない。そーいうので通じるのは、米野やレイジのような、豪腕や速球派のみ。そんな彼等にもやがて来る衰えるに、対応できるかはその時の技術と経験、意識がモノを言う。

鷲頭は現時点でその状況だ。



「ち」


米野や叶のような、純粋な力が欲しい。一球の質がもっと欲しい。一軍レベルで戦うには、引き出しの多さだけでは通じない。俺に今足りないのはあいつ等のような、ねじ伏せていくボールだ。

打者も捕手も、チームなんてカンケーない。絶対的な投手が持っているボールが必要だ。


味方のエラーを引きずった感がある、7番に打たれたヒット。しかし、鷲頭は立て直して、8番を内野フライで抑える。



「………………」


単純な力を追い求めることと、


「行こう。大鳥。ボーっとするな」

「お、おお。悪いな。名神」


自分の実力を引き出す捕手の力。


まったく投手としてのタイプは重ならない大鳥と鷲頭だが、2人に足りないところは共通していた。その部分を持つ、大鳥には名神がいてくれる。きっと同じ事を思っているんだろう。


2回裏。

大鳥は4番打者と対戦。初回はスクリューを見せ球とした配球をしていたが、ここからの大鳥はスライダー中心の通常の投球。

大きく曲がる3種類のスライダーで打者を幻惑。


「あんなに曲がるスライダーは狙いを定め辛いぞ」

「よく見ろ。独特なフォームだから、タイミングを狂わされる事を嫌っている。ネクストに控える5番もそうだ」

「あ!ホントだ」

「鷲頭よりも力がない球と見抜いている。これは……」



カウント1-3からのスラーブ。

4番打者の打球は芯を外れていたが、フルスイングでボールに食らいついていた。


「レフト!!」


ひっかけてはいるが、外野まで飛ばされている。

完璧に捉える事は難しいがその球の軽さが、命とりだ。

なんとかレフトフライで抑えるも、


「強引なパワーで大鳥を攻略する狙いだ。多少のボール球でもお構いなし」


型に嵌れば凡打の山を築くだろうが、球が少しでも上ずっていたり、中途半端な球を投げようとするものなら痛打確定。プレッシャーを掛けていく。


「クイックモーションも走者が二塁にいたら、さほど意味はないからな」


投手のリズムが狂えば、自力で立て直すのは難しい。この時、捕手はどうする?


4番打者を抑えたが、自分の足りないところをすぐに感じた大鳥だった。鷲頭が先ほどの回で、一球の質が足りないがため、打たれるところを振り返る。

やはり、投手には力こそが全てなのだろうか。いや、



「1アウト!!内外野は下がってー!」



まだ宗司は成長途中の投手だよ。

でも、お前はいつか向こう側にいけると思うよ。

その時まで俺はお前を引っ張ってやる。見せてくれよ。今、プロにいる人達の前で、大鳥宗司を見せてくれ。


打者一巡という決められた枠の中で、名神のリードはただ大鳥の球を受ける捕手ではなかった。

観客席にいる阪東にも伝わるし、優秀なスカウト達にも伝わる気持ちがにじみ出ていた。

”マウンドに立つ投手を勝たせてやる”

それはピッチャーの大鳥の自信を支えている。力と技術のどちらが欠けても、通じる事はある。だが、人であるならば心を見失ってしまうと戦えない。

作戦は大鳥を信じ、彼の全力の投球を支えてやること。


「!」


構える和のミットはやっぱりでけぇ。打者の後ろが固くてデカい壁にも見えるぜ。

俺には鷲頭のような緩急や、速いストレートも変化球もない。変化と制球が今の生命線。

分かってる。俺の球はまだまだ軽い。タイミングずらしたり、芯を外したりしても、パワーで押される。

なら、これからの一切。

バットに球を掠らせない!

それが今。プロと激突して感じる歴然の差を埋める、希望。和が捕手だから、これが投げられる。俺には和がいる。



ギュンッ



曲がるポイントが早く、見切られる事はある。しかし、大鳥のその一球は曲がり幅も大きく、左打者の外角を掠めとる精度を持った一球。



パァァンッ


「ストライク!!」

「っ。なんて、スライダーだ。これは一軍に通じるぞ」


球速は123キロと、物足りない速度ではあったが手が出ないコース。


大鳥は技巧派の投手であるが、その本質は変化球のキレで奪三振をガンガンとっていくタイプだ。捕手の名神は分かっている。新フォームや新球の挑戦でパワー不足を補おうとしても、投手の持ち味を活かせるリードが基本。

投手の自信を出させてくれるリードに



「あいつ、良い捕手だな」


阪東は大鳥だけでなく、名神の実力と信頼にも注目した。

変化球中心の配球。しかし、一回とは違って、スクリューの遊びや試しがない。左打者からは逃げるスライダー。右打者にはカーブの軌道に似たスラーブで、ボールゾーンからストライクに入れる。カウントが整ったところで、落ちる縦スライダーで振らせる。

投球の8割はスライダー系のボールであり、2割のストレートは容赦なしの打者の内角のみ。



「あの多彩なスライダーを続けられた後にストレートか」

「絶好球じゃないのか?狙っていけば良いのに……」

「ボールの組み立てが上手いんだ。左打者なら死球を狙っているような、キツイところだけだ。左打者のストレートは全部ボールだ。だが、右打者ならその球がスライダーだった場合、死球になるコースにストレートを投げている。だから、あれでストライクをとれるのさ」



持ち味を活かすリード。

それは良いモノであるが、いずれ到達できる領域か。特に長い付き合いを持つ、名神ならば。か。



「2回で4つの三振を奪った!!」

「三振数で鷲頭を1つリードだ!」

「…………」


三振の数で試合の行方は決まんねぇよ。しかし、良い球を投げているのは事実だ。

だが、どこまでその投球が続くだろうか?

どうしたって三振を奪っていく投球スタイルは、球数もそうだが、投手の神経と気力をすり減らす。持ち味にしても、投手の力の底が見えてくるもんだ。



3回裏。阪東の予想通りの展開が起こる。

ヒットも四球も出していないパーフェクトな投球だが、早打ちされずに、カウント2-2。あるいはフルカウントまで、勝負を持ってこられる。ファールで粘られもする。打たれている鷲頭と、球数がさほど変わらない。



「ここぞって時の三振で良いんだよ。打たれても飛ばせない力がなければ、それもできないがな」



スライダーが抜ける瞬間を狙っている。

相手のミスを突く。たった一瞬、一度で、叩くが戦っているというプロの仕事。



パーーーーーーンッ



弾かれた打球音はとても爽快で、飛距離は打った本人も最長飛距離と思った。それほどに打てれば飛ぶボールであった。



「大鳥打たれたーー!ソロホームラン!!」

「抜けスラだもんな!見逃してくんねぇか!!」



失点内容が鷲頭とは違う。

完全な投手のミスや力不足が作る失点。それが



「ホームランか。3回で三振5つ、1失点。鷲頭以外で良いものを見たな」


プロのスカウト達がいる前で見せた、大鳥宗司の実力であった。

この後に登板する九州国際大学の投手達の誰よりも、良い投球をしていた。


一方で、鷲頭は2回の2失点のみ。5回まで投げ切る好投をした。



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