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馴染な男  作者: 孤独
大学2年
7/52

鳥の激突


春季リーグを制した九州国際大学。

試合の別れ目で好リリーフをした大鳥と名神の活躍は高い評価を勝ち取っただろう。



「いやー、良い投球したぞ」


試合が終わった時。自分にウットリしてしまう大鳥。その顔に、名神も喜びの顔を出していた。


「お前だからできたんだぜ」

「いやいや、名神がいなきゃできなかった。新フォームだって、名神の考案だろう」

「できたのはお前じゃないか。お前だからあの試合を抑えられたんだ」

「またまたよー。そーやって、俺を褒めてくれてよ、可愛いぜ」


互いに謙遜野郎。でも、そー言ってくれて照れて喜んでいるのは、大鳥だ。

大鳥は名神に褒められるとホントに、嬉しいのだ。練習中は厳しい事を言うけれど、試合中か試合後にデレる名神がクソ可愛い。


「イチャイチャしてんな。2人共」


監督にも怒られるのも当然。

リーグ戦終わって、3日過ぎているのだ。いつまでも過去の栄光に縋ってはダメ人間に落ちる。成功の悪い例が、今の大鳥の姿である。



「新フォームの事だが、時折肩が開いていた。それに肉体改造によって、球速や球威を誤魔化しているだけだった。まだまだ未完成と見えたぞ」



状況がピンチであり、相手に大鳥のデータがないからこそ通じた投球であったと。監督は見抜いていた。

一年時の大鳥達に伝えたように、あくまで肉体という資本を大事にする考え。これはとても正しい事だ。技術とは力を身につけてから、縋るものなのだ。

社会における仕事もそうだ。己という肉体があって、仕事に携える。学ぶ知恵があって、技術や情報を知る。



「相手の裏を突くのは嫌いじゃないが、相も変わらず逃げの投球だ。肉体を磨くことを忘れるな。打者に投球するタイミングを読まれたら、ただのストレートとスライダーだぞ」



よく分かっている監督だ……。

大鳥が抑えられたのは、運によるところもある。1安打許したのもタイミングが合い、ストレートを狙い打ちされたからだ。打者が上手だったら、長打にされていただろう。



「短い溜めで質の高い球を投じるには、やはり下半身の筋力を初めとした全身のバネだ。一瞬で力を下から上へ、連動して投じるのだ」

「投球や打撃の全てに言えますね」

「つまり、筋肉を鍛え上げることが大切なのだ」



もし。

今の大鳥のフォームで140前半を投じることができるのなら、リーグどころか。全国でも戦える投手になる。そんなスケールを監督も感じた。

そして、名神以外の選手にもだ。

投球技術という一点では、大学の全国レベルに達する。おまけにサウスポーでこれだけの技術。



忘れていた。

大鳥は全国にこそ行けなかったが、あの”最強3世代”にいる奴だ。




「おっと。では、お待ちかねのプロ野球。ウェスタン選抜との練習試合についてだが、先発は大鳥で行く。そこから各投手、2イニングずつ。プロの打者を味わってくると良い」

「おおおおっ」

「やったな、大鳥!先発だってよ」

「2イニングか……」



とても短いが、プロのレベル(二軍だけど)と直接対決だ。選手みんな、そのレベルと戦いのは当然か。しかし、そんな大鳥の気持ちに監督は教える。



「?何を言っている。大鳥は3イニング。お前の投球で福岡大学に勝てたんだ。打者一巡、楽しんで来い」

「!!?3イニング!?打者一巡!」


正直なところ。

大鳥への褒美もあるが、監督自身がその練習試合で見たいのはチームの野手陣。

福岡大学に勝ったとはいえ、3得点だった。全国レベルに通じる打線ではなかった。

プロレベルの投手を相手に、6得点。それを監督は求めたいところだった。さらにこのチームにはうってつけの投手が、どうやら登板するらしい。



◇       ◇



九州国際大学  VS  ウェスタン選抜。

その日はやってきた。



「おおーーーっ!プロ野球選手が来たー!」

「地元でやるなんてねー」


大学野球とプロ野球の活性化目的。営業という目的もある。

二軍とはいえ、かつてのスター選手や将来のスター候補もいる。地元の人々が足を運んでくるのも当然だった。また、スカウトやスコアラー達も来ている。

当然、この男も



「投げるんだろ。鷲頭」

「ああ、先発だ」



阪東孝介は観客席側から、投球練習を開始しようとする鷲頭に声をかけた。

ウェスタン選抜のスター選手。その第一号だろう。”最強3世代”の1人だ。こんなところにだって、彼のファンがいる。そして、彼にやられた選手達が相手側にもいる……。



「き、聞いてねぇぞ。監督、黙っていたな」

「あの鷲頭が先発なんてよ」

「プロ二軍って言われてもよ。鷲頭はねぇーだろ」


トラウマを抉られている先輩と後輩達がいる。

米野星一、桐島勇太、鷹田花王、渡辺レイ、叶善。そして、”最強3世代”、今年の世代の顔。高卒でいきなりメジャー挑戦をし、すでに12勝を挙げている、村下レイジ。こいつ等と並ぶ怪物や天才が、鷲頭一稀世である。


「みんな、どーして顔色悪くなってるんです」

「名神。知らねぇのか?スタメンマスクなら知っておけ」

「いや、米野さん達と同じなのは知っています。初年度で7勝挙げたことも」



実績という格は確かに劣るかもしれない。しかし、実力は高校時代の時点では、米野達と互角にして同格。

昨年。高卒上がりでタイトル争いやど派手な活躍をした連中と、互角の実力者であるのには違いない。


「桁が違うぜ」


怖気づくのもしょうがない。しかし、確実な事実もある。


「調整とかあるんじゃないですか。鷲頭も万全ではないのでは?」

「!……確かに」

「あいつが二軍漬けされているって事は、不調なのか!」

「なら打てるかもしれん!ケチョンケチョンにやられた借りを返してやるぜ!」

「当人、負けた奴の顔なんて覚えてねぇだろうが……」



一軍復帰間近であるが、鷲頭が二軍でくすぶっている理由もある。

それは鷲頭に本人にもあり、チーム全体にもあること。ウェスタン選抜という形でそれは顕著に出てくる事であろう。

鷲頭になくて、米野にあるもの。一流投手に必要なこと。


「……難しい事だ」


阪東は知っており、この試合。その足りない部分をこれから投げる大鳥が持っている事を知り得る。

そして、試合は始まった。



九州国際大学 VS ウェスタン選抜。


先攻は九州国際大学。鷲頭がマウンドに上がる。

こんな形であるが、大鳥と名神が初めて戦う。噂の”最強3世代”。打者ではなく、投手同士の対決。凄みというのを見られる。



「!」


あれから3年か、4年か。確かに年月が彼を成長させただろう。しかし、それを追いかけて来たからここでも野球をやっている。一太刀でも浴びせてやりたい。

あの怪物と再び戦えること。




パアァァンッ


負けるために立つか。勝つために立つか。もう、それだけになった。

自分がやり切ること。そのそれでも、上回る鬼才。



「ボール」



打ち気を逸らす、スライダーから入ったが打者は見逃す。これだ。鷲頭は多彩な変化球を操るが、スライダーとSFFは超一級品。スピードも140キロに迫り、ストレートと似ている。



「大鳥とは違うスライダーだな」

「だが、完成されている」



空振りを狙う大鳥のスライダーに対し、鷲頭のスライダーはカットボールに近い。打たせるスライダーだ。そのため、球速も球威も、大鳥を二つほど上回っている。

足を上げ、十分な力を溜め、小柄な身体能力をカバーする体重移動と全身活かしたフォームで放る投球。一球一球の質が、プロレベルに通じるものだ。



ズパアァァッ



「ストライク!!バッターアウト!!」

「鷲頭、健在だーーー!」

「エグイSFF!137キロで落ちるのは反則だろ!!」


両チーム、観客の多くが鷲頭のスタートに驚きと歓声を飛ばすが。観戦する阪東は今日の鷲頭の出来を



「絶不調だな」


ストレートが走っていない。球速こそ出ていても、上ずっていて、狙い通りに投げれていない。変化球で今のを抑えたに過ぎない。それも1人の打者を相手に、ストレート、スライダー、SFF、カーブ、チェンジアップと投げ過ぎだ。

色んな球種があるからといって、それを簡単に見せ続けては意味もない。鷲頭の一級品の変化球は、スライダーとSFFの二つだけが勝負に使える球だ。



1回表は三振1つを含んで、鷲頭は三者凡退に抑える。結果としては最高であるが、内容だけ見れば大学レベルの打線に救われたと言える。



スロースターターな面もある。打者一巡目くらいはこの状態だろう。

エンジンが掛かってストレートが走ってくれば、投球の質が上がってくるんだがな。


鷲頭の投球目当てに来ていた阪東は、ウェスタン選抜の打線に興味はなかった。年上のスカウト達と一緒に並んで、雑談をしているところだった。



「あんなスピードで曲がる変化球なんて、初めて間近で見たぞ」

「あれが先輩達の言う、世代代表の実力なんだ」



鷲頭が絶不調であることなど、知る事すらできない大鳥と名神。彼等にとってはそれくらいの差を知れただけでも、大きな収穫。そして、今日はそれだけではない事。相手打線は、これまで対戦した中で一番かもしれない。大物打ちがいる打線ではなく、気を抜けない穴がない打線。

全力の大鳥でどこまでやれるか。抑え込めると思ってはいない。でも、思い切っていく。



「!」


初っ端からかよ。和!


「ああ」


コントロールとスライダーは通じるさ。見せてくれ、その一球。



大鳥の第一球は、周囲をある意味。驚かせたものであった。そのフォームから見れば、そいつだけはどーしてもぎこちなさが表れていた。

打ち気の打者に初っ端、大甘な。新球、シンカーを投じたのだった。



バキイイィィッ



特徴的なクイックモーションであっても、タイミングをずらされる事無く、シンカーを芯で捉えていた。


「ファール!」

「あぶねっ」


いきなり、長打コースに運ばれるところであった。実践レベルで試すにはまだまだ無理のある球。球速と球威を持たないスクリューは、読まれたり対応されたら痛打されるのは当然。


「!」


まだ通用しないと大鳥は見ていたが、名神はそれでも続けてシンカーを要求する。コースとキレが甘いと痛打されるが、どちらかさえあれば、まだ通じる。信頼と信用を届ける、要求だった。

それに応えるのが大鳥の役目。

手先の感覚を研ぎ澄ませ、バットに掠らせないイメージで投じる。



カンッ


2球連続でファールとなったが、初球とは違い。明らかにシンカーの質が上がった。



「随分、キレる変化球を投げるな」


阪東。柿ピーを食いながら、大鳥の二球目に目を張った。今のが偶然かもしれないが、初球と同じであればヒットにされていたと見ていた。

同じスクリューの使い手、米野が投げるスクリューの一種。空振りを奪う役目を担うスクリューに似ていた。まだキレとスピード、コントロールと足りていない部分は多かったが。特徴的なクイックモーションも含め、鷲頭以外にも楽しみを感じた。自分が元投手であるだけに、投手の味方であった。



ある意味で絶好球を打ち損じた打者は、当然。大鳥が大学レベルと侮っていた。多少、キレる変化球を投げれても基礎的な部分は、プロに通じていない。小手先では通じるわけがない。プロという力の壁を見せつけようとした瞬間。



ズパアァァッ



「!!」

「ストライク!!バッターアウト!!」



鷲頭とは違うスライダーであるが、それと同じく完成されたスライダー。バットは空を切った。



「あんたのスライダーと似ているね、阪東さん。良いものを見れただろう」

「どこが?俺の方が2つ,3つは上。良いスライダーなのは事実だけどな。柿ピーをもう一袋」

「酒は?」

「要らん。仕事中に酒はいかんぞ」


空振りをとれる変化球だ。プロ二軍レベルでは打てないものを見た。

しかし、上手いのは大鳥だけじゃなく。捕手の名神が、大鳥を操縦する上手さを阪東は評価した。

球速と球威を見れば、とにかく特化した技巧派の左投手。実のところ、鷲頭と被って見えるところがある。それは捕手の器量。


右打者に入ってくる、スライダー。

それが大鳥の決め球だろう。それでキッチリ、投手が理想とする三振をとれる。捕手がしっかりとしてなきゃ、できないことだ。鷲頭とは違い、一球の重さではなく、投球の質で勝負するフォームだ。投手の理想を壊せる、捕手への信頼を感じる。

ストレートもたかだか、130代後半。しかし、タイミングを狂わせて打たせられる。



「少し違うか」



要求するのは捕手の名神。

投げるタイミングは投手の大鳥が決めている。自分の投球スタイルを理解してなきゃ、打ち気を逸らすなんて事はできない。洞察力と経験はまだまだ足りていないが、その片鱗は見せている。大鳥に合わせて捕手の名神も、よく集中力を保っている。長い付き合いのあるバッテリーだな。



「今日は、鷲頭だけじゃなかったようだな」




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