馬か野郎
『それは本当なのか?』
『うん、入団拒否した』
『本気でしたのか?』
『本当に本当にした。めっちゃ怒られた。監督と大学、球団、親に至るまで……(笑)』
『……俺にも相談してくれよ』
『今、行くから』
◇ ◇
パラパラ……
地元を離れ、電車に乗って、辿り着いた街。
パラパラ……
あいにくの雨。
こちらから来た事も、待っている事も大変だった。
「悪い、和」
「いいよ、宗司」
どーいう顔している。そんなお互い様に思って、ゆっくりと話せるところに向かう。
そこまでの間。肝心な話をすっぽかして、
「地元のみんなはどうしてる?」
「あー、……せっかくの祝いが台無しだって」
名神は地元の様子や大学の様子を聞いていた。怒られること一杯だったが、それもそれで元気だったと、大鳥は伝えた。
みんなそりゃ怒るだろうって、名神は自分の気持ちをまだ隠して、大鳥と話していた。
「いらっしゃい!」
料亭に入って、一室を借りて。ちゃんと
「……ちゃんと話してくれよ」
真剣な話を要求した。
ここなら誰も2人を知る人はいない。本当の気持ちを、確かめたい。確かめ合いたい。
「……ビールでも……」
「頼むな!水で十分。ここの」
「厳しいな。一番怒らしちゃいけないの、怒らしてるな」
酒の勢いを使った言葉は辞めろって、それだけはダメだって。名神は厳しい表情と手で、大鳥にさせなかった。
諦めて、名神の命令に従った。言葉通りの気持ちだった。
「割烹系デスカ」
「定番のコースで良いだろ」
親友を多く持つタイプ。一定の親友と強い親交を深めるタイプ。
人は1人で生きていけないという、当たり前の事実を持っており、それが噛み当っている2人。店屋物に入ってのぎこちなさが、どーしても秘密を他人に語るには不適合と言える。
2人が注文を頼み。お冷と、すぐに来たお通しを食べながら
「俺が決めなきゃダメなのか」
「うぇっ?」
「俺は受ける捕手。投手の宗司が決めていいだろ」
「……今日の俺は謝る側じゃんか」
こんなにもこんな時が恐いんだろう。
話してみろって気持ちと、話さなくていいって気持ちを入り交えて
「ごめん。ここの飯、俺が払う!好きに食っていいから!」
「いつもの割り勘で良いだろ!」
「悪い。ホント、先送りで」
捕手らしく受ける構え。もう、名神はミットを構えているのだろう。
大鳥はあー、そのー、的な顔して、誤魔化しじゃない単純な時間稼ぎをしたい顔していた。
その口を切ってと、言いたげなのは分かって。
「飯、運んでくるからな」
「そ、そーだな」
「箸つつく程度じゃ、その口は語ってくれそうにない」
「悪い」
「”話し方”を考えてないな」
「それも見透かすか」
そんなことくらいで、俺達の信頼や絆が壊れたりしないからって、伝えていることは大鳥に分かる事だ。
その本心はちゃんと語るって、名神にも分かる。聞き飽きそうにないくらい、聞きそうだった。
「お待たせしましたー」
二人前の刺身コースが運ばれ、ようやく大鳥の口も動いた。
マグロの刺身にワサビ醤油をつけ、飯に乗せるところの名神。
「怒ってる、よな?」
「……………」
「プロに行って欲しいって、和の気持ち。和の夢。俺は分かっていたのに、俺は自分をとった」
「……………」
大鳥は頭を下げて、この分かってくれる気持ちを素直に声に出した。
「俺は変わらないさ。俺の捕手は和じゃなきゃ、ダメなんだ。お前が俺を投手として、見てくれなくなっても。俺にはお前しかいないんだ!」
即席マグロ丼を食べている。噛む回数が多いこと、名神も何を堪えているか。
沈黙が長くて、特に静かだった。
ゴクンっと飲み込んでから、
「俺だって、宗司が投手の方が良い」
謝る事があるとすれば、
「知ってたんだろ?俺がプロ志望届、出していないの」
「…………ああ」
「俺がプロで戦える力量はない。そして、プロに入れて。宗司と同じチームになる確率なんて、まずない。どっちみち、俺がこれから先で宗司とコンビを組む方法なんてなかっただろう」
名神和にとって、大鳥宗司に悪かったことがある。
頭を下げる大鳥も驚くほどの光景。向かい合う、名神は。これから大鳥に対して、大変に申し訳ないと伝える精一杯。
箸を置いて
「それでもな。……頭上げろ」
「!」
言葉のあと、大鳥は目の前を見た。
「……俺が、悪いんだ」
名神、座敷に頭を垂れる。親友に対して、このような頭の下げ方はそれだけのものだ。
少し、言葉が出なかった大鳥。何がそーさせる?
「俺に宗司と組む実力がなかった事が、お前を傷つけた」
「!おい、馬鹿な事言ってんな!」
「宗司が色んな方面から怒られる事も、俺のためかよ!」
「俺のためだ!!頭をあげてくれ!!」
そんな言葉を聞いても、あげられなかった。
「宗司がプロに行けるのに、俺は……そこに行けない!行けなかった!勇気もなかった!そんな思いがお前を留めてしまった!」
「……親にも球団にも言った!俺は和と組むって!!野球やるなら!和がいることを望んだ!!」
「馬鹿!!組めなかったから!!お前は入団拒否なんかしたろ!!俺はみんなの夢、壊しちまったんだ!」
この信頼、破れないものだ。
「んな理由ないし。……きっと宗司がそう思っても、俺は支える。俺がそうなっても、宗司を支えた」
「ふざけんな!嫌だぞ!絶対に嫌だ!!」
「嫌でもよ!同じ世界にいる親友が、バラバラになるわけねぇだろ!!お前がそうした!だから、俺もそうした!」
分かっているはずだ。
この入団拒否の真相を、言わなくたって気付いている奴。
「プロで活躍する宗司、どこで野球するか分からない俺。もう組めないから。宗司が、俺なんかをとったって思われる悔しさがある」
「馬鹿。それが、俺の選択だ!」
選択だから。酷く傷つけている事実。
一緒にプレイしようぜって、野球少年の夢物語。そのまま進んでいくことが、どれだけ難しい社会か。
「頭上げろ。怒られるのは俺だ。頭下げるのも、泣くのも、俺だけでいい」
もう泣いている。
「和まで泣くなよ」
向こうも泣いている。




